81.悔しい気持ち
迫り来る剣を払いのけると相手の剣が宙を舞い、地面に真剣が突き刺さった。
剣が突き刺さったことで勝敗が確定して体の力を少し抜く。
「そこまで。勝者はカーロインだ」
「ありがとうございました」
「はぁ、はぁ……。ありがとうございました……」
対戦相手である女子生徒に礼儀正しく挨拶すると、相手も息を切らしながら挨拶を返してくる。よし、今日の試合はこれで終わりだ。
再度会釈だけして試合場から出て、真剣を鞘に戻して手を開いては閉じてを繰り返す。
実家にある自分の剣と授業で使用する真剣は刀身の長さも異なるけど何度も授業していくうちに慣れてきた。
決着が着くまでそこそこ時間ががかったけど疲れはない。夏休み熱い太陽の下で毎日鍛練をし続けた結果かもしれない。
自分の成長に気付いて頬が緩むのを抑えながら歩いていく。試合を終えたばかりだから少し休憩しよう。
そう思っているとまだ新緑の葉が印象的な大木の下で座るユーグリフトを見つけて近付く。
「ねぇ」
ベンチに一人座るユーグリフトに声をかける。
すると無言のまま顔を上げ、なぜか怪訝な目を向けられた。
「…………」
「ちょっと、何よその目」
思わぬ反応にカチンと来てついきつく問いかける。いや、喧嘩を売りに来たわけじゃないんだけど反射的についきつく言ってしまった。
私から話しかけるのが珍しいのか澄んだ紅玉の瞳が怪訝な目を隠さずに見上げて来る。
「……いいや、話しかけられるとは思わなくて驚いているだけ」
「そう? あんたとはなんだかんだよく話しているつもりだけど?」
「そうだな。でもカーロインから話しかけるのは珍しいんじゃない? 明日は槍の雨かな。ああ、それとも豪雪かな」
「あんたねぇ……」
茶化すユーグリフトに青筋を立てる。何が槍の雨だ。何が豪雪だ。その場合はあんたの真上だけだと言いたい。
「あんた、憎まれ口言わないと生きていけないの?」
「俺はありのままの事実を述べているだけだけど? ってか見下ろすのやめてくれる? 気分悪い」
「うるさい高身長! あんたも少しくらい見上げる側になりなさいよ!」
文句言ってくるユーグリフトに噛み付く。この高身長男が。
ユーグリフトは男子の中でも高身長だ。私も女子の中では高身長に位置するけど……この男、家柄良くて顔良くて文武両道で高身長で跡取り息子ってなんなんだ。
正直、盛り込み過ぎだろう。世の中の男性に謝れ。
そして今日も今日とて口喧嘩を繰り広げて遠くから「またやっている」という視線を感じる。同じ授業を受ける生徒は私とユーグリフトが口喧嘩しているのをよく見ているから見慣れているような顔をする。解せぬ。
遠くから感じる視線に苦虫を噛みながら人一人分の距離を置いてベンチに座る。以前、先に休憩していたのに勝手に座って来た仕返しだ。
距離を開けて腰がけるとぱちくりと瞬きを数度繰り返して驚いた表情を隠さない。珍しい反応だと思う。
「珍しい。何、熱でもある?」
すると警戒されるように見られる。なんで同じベンチに座るだけで警戒されるんだ。いつも揶揄って仕掛けてくるのはそっちだろうと言いたい。
「ご心配結構。至って平熱よ」
「ふぅん」
それだけ言うと試合場で対戦している生徒を眺める。……さっきはやけになっていたけど、思えば、会話する際は決まってユーグリフトから話しかけてきていた。
内容の多くは人を揶揄う内容が中心だけど、時には心配してくれたこともあって、いつもユーグリフトから近付いて来た。
つまり私たちがこれまで会話を成立出来ていたのはユーグリフトが話を振って来たから。……なんだろう、なんだかよく分からないけど悔しい。
勉強でも剣術でも負けを食らい続けているのにここでも負けるなんて。腹立たしいったらありやしない。
「何、睨んできて」
「また負けたからよ」
「はっ?」
ユーグリフトがまったく分からないという顔を浮かべる。ふん、分からないままでいたらいい。
「よく分からないけど、やっぱりお前って感情豊かだよな」
「ねぇ、それ褒めてるの?」
「褒めてるよ。ちょっと悪いことしたなって思ってたから」
「悪いこと?」
ユーグリフトの発言に首を傾げる。はて。私、ユーグリフトに何かされたっけ?
ここ最近の奴との関わりを思い出していると続ける。
「一学期の試験の前にあんなこと言って悪かったなって思ってたんだ。カーロインって悩むところあるからさ。でも、いつも通りのお前でよかったよ」
「…………」
その内容に思わず無言になる。……そんなこと言うのはズルいと思う。
ユーグリフトとは口喧嘩が中心なのに人の性格をよく分析していると思う。
口喧嘩する相手なのに、私のこと気にしていてむずむずする。
悔しい気持ちが胸を占める。猪呼ばわりするくせにたまに優しくしてくるユーグリフトが悪い。うん、ユーグリフトが悪い。
「それで? なんか用件があって来たんじゃないのか?」
一応、聞くつもりはあるのか私の方へ目を向けて尋ねてくる。そうだ、本来の目的を忘れてはいけない。
「……今年の剣術大会、参加するの?」
気持ちを切り替えて、恐る恐る紅玉の瞳を見つめながら尋ねる。
公爵にユーグリフトの剣技を見てほしいと頼んだけど、そもそも本人が参加する気がなかったら意味がない。もしその時はどう参加させようか。
それに公爵に剣技を見てほしい気持ちもあるけど、去年の雪辱を晴らしたい。だから参加してもらわないと困る。
そんな風に内心で色々と思っていると混じり気のない澄んだ紅玉の瞳が同じく澄んだ空を見る。
「一応な。ダレル先生も参加を勧めて来るからその予定だけど」
「……そう」
返事しながら安堵がこぼれる。よかった、無駄に説得する必要がなくて。
そう安堵していると私の方へ視線を戻して口を開く。
「参加しなかった方がよかった?」
「そんなはずないじゃない。あんたを負かすつもりなんだからむしろ参加してもらわないと困るわよ」
「へぇ、リベンジしたいんだ?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてくる。リベンジ。そんなの、当たり前だ。
「当たり前よ。授業では何回かあんたに勝っているけど、私の目標は剣術大会であんたを打ち負かすことなんだから」
意地の悪い笑みを浮かべて来るユーグリフトに反論する。
二年生の剣術の授業はくじで決まった相手と対戦しているけど、それで何回かはユーグリフトとぶつかっている。
その授業で何回かは奴に勝っているけど接戦の末の勝利で余裕で勝ったことはない。
しかも何回か当たっているけど奴と対戦した総数を数えるとユーグリフトの方が勝っている回数が多い。……うっ、思い出すと頭が痛くなる。
だからこそ大きな大会である剣術大会でユーグリフトに勝ちたい。
それに剣術大会では近衛騎士団のトップである近衛騎士団長に王立騎士団のトップである騎士団長の両方が見に来るから売り出したい気持ちもある。
「目標ね。なら、今回もカーロインに勝って優勝するか」
「言ったわね。今回は絶対に勝ってやるんだから!」
「へぇ。勝負事だから手加減しないけどいいの?」
挑発するように目を細めて投げかけてくる。その発言に眉を顰める。
「手加減されて私が喜ぶ性質とでも? むしろそんなことしたら許さないわよ」
鋭く睨みながら言い返す。手加減されて優勝を掴んでもそんなの、全然嬉しくない。むしろそれで優勝したら辞退する。
「あんたと全力で戦ってそれで負けるのなら仕方ないわ。私の力不足だもの。だから全力出して戦ってよね」
「……そうだよな、カーロインはそんな奴だよな。……ふ、ははっ」
独り言のように呟いたと思えば急に笑って思わず見つめてしまう。なんだ、突然笑って。面白い要素がどこにあったんだと問い質したい。
そう思うけどユーグリフトのことだ。どうせ問い質してものらりくらりと躱して素直に答えてくれるとは思えないので諦めて立ち上がる。目的はもう果たせたのだから。
「大会当日、覚悟しなさい。あんたから優勝を奪い去るんだから」
「はいはい、期待しておくよ」
「はい、は一度でしょう!」
「はいはい」
口角を上げながら余裕綽々の返答が返してくる。この余裕さが腹立つ。おのれ、覚悟しておけ。
そして宣戦布告してユーグリフトの元から去った。