80.団欒の時間
終盤、投稿時から一部修正しています。
夏の長期休暇が終わって三日。
学園では始業式が行われ、昨日からいつもどおり授業が始まっている。
そしてロイスはというと事前報告どおり隣国の王太子殿下の結婚式へ陛下の名代として参加していて学園は休んでいる。
ロイスは不在だけど学園は平和で今日も私たちは三人で過ごしている。
「わぁ! これスコーン?」
授業が終わってオーレリアの部屋へ行くと、オーレリアが手作りお菓子を私たちの前に持って来てアロラが声を上げる。
「はい。イチゴジャムやオレンジジャムを練り込んでいてこちらはレーズン入りですよ」
「わぁ~、おいしそう!! いただきまーす!」
宝箱を見つけたように茶色い瞳を輝かせたアロラが早速スコーンを手に取って口に含む。
「んー! おいしい! これはチョコレート入ってるんだ?」
「何も入っていないのもありますよ。それは生クリームを付けたらと思います」
そう言ってオーレリアが生クリームが入った瓶をテーブルに置く。
試しに何も入っていないスコーンを食べてみるとおいしく、生クリームを付けるとよりおいしくなる。
「やっぱりオーレリアちゃんお菓子の才能あるよねぇ」
「そんな。難しくないですからアロラ様でも簡単に作れますよ」
「えー、そんなことないよ。私もメルディも料理はからっきしだし」
アロラが笑いながら否定する。笑って言うことではないけど私もアロラもまったく料理は出来ないので言いにくい。
「苦手な方なのですか?」
「苦手ってもんじゃないよ。メルディは切るのは全部同じ大きさで切れるくらい上手なんだけど火加減は壊滅的で真っ黒焦げするよ?」
「ちょっと。それを言うならアロラだって火加減は私よりいいけど切るのすごく下手じゃない」
アロラによる恥ずかしい暴露に私も負けじとアロラの恥ずかしいエピソードを暴露する。いや、スコーンを食べていたのになんでこんなことしてるんだ。
「それってリンゴのあれ?」
「そうよ。皮剥きしているはずなのになんで芯しか残らないのよ」
「あれは包丁が悪いの。切りにくいんだもん」
「その後、同じ包丁で私皮剥きしたけど普通に出来たけど」
「ええっ~、そうだっけ~?」
「そうよ」
痛いところを突かれてとぼけるアロラ。とぼけても無駄だ。アロラより記憶力あるつもりだ。
アロラのリンゴ事件は忘れない。リンゴを持って来たアロラが私の家でアップルパイを作ろうという流れになり一緒にリンゴの皮を剝いたらなぜか芯しか残っていなかった。なぜ。
「でもほんと不思議なんだけど。なんであんなに真っ黒にするの?」
「知らないわよ。調整しているのになるんだから」
「それはそれである意味すごくない?」
何やら称賛を送られるけどそんな称賛いらない。私だってなんでいつもいつも真っ黒にするのか分からないんだ。
初めて挑戦して見事に料理を真っ黒にしたらお兄様とロイスが残念そうな子の目を向けて来た。私だってこんな惨劇が起きるとは思わなかったのに。解せぬ。
そして腹立たしいことにケイティはというとお腹を抱えて大爆笑していた。挙句の果てには「大丈夫ですよ、お嬢様は料理する必要ないので(笑)」と言っていたのは忘れやしない。
余計なことまで思い出しているとオーレリアが淡い緑色の瞳を丸めて小さく呟く。
「えっと、なんというか、二人とも苦手なんですね」
「えへへ」
「褒めてないわよ」
場違いに照れているアロラに突っ込む。まったく、なぜ笑えるんだ?
そう思っているとオーレリアがくすくすと笑う。
「ふふ、やっぱり二人は仲が良いですね」
「そう?」
「はい。やり取りが面白くて笑ってしまいます」
オーレリアがかわいらしく小さく笑う。やり取りが面白い。基本アロラがふざけてばかりするけど面白いのなら何より。
それからスコーンを食べながら夏休みの話になった。
「じゃあメルディはずっと王都でパーティーに参加してたんだ」
「まぁね。鍛練は忘れずにして、あとはリーチェと一緒に観劇見て散策したわ。アロラは?」
「私はいつもどおり旅行に行ったり時折お茶会とか夜会にも参加したりいたよ。勿論、ステファンともデートもしたよ」
「仲がよくてよかったわ」
アーモンドが入ったスコーンを食べながらアロラの話を聞く。以前、クッキーを作ってくれた時も思ったけど種類が豊富で色んな味を食べてしまう。
「オーレリアちゃんは? 聞けば殿下が視察に来たんだよね?」
「はい。主に父が応対してくれたのですが殿下からの申し出で父と一緒に領都や森を案内したんです」
「へぇー。色々と話したりした?」
「そうですね。領地の歴史や特産物の話とか領地関係の話ばかりしてしまったんですが興味深そうに耳を傾けてくれて……。領民が殿下と知らず話しかけても穏やかに応対してくれて……自分じゃないけど嬉しくなりました」
はみかみながらオーレリアが語る。ロイスも楽しく過ごせたようだけど、オーレリアもロイスとの時間を楽しんでくれたようだ。
「森にも行ったのね。野生動物もいたんでしょう?」
「はい! 野生動物とは言っても領民も訪れたりするので人間慣れしていて。殿下に対しても初対面なのに親しげに近付いて来てびっくりしました」
「そうだったのね」
動物に囲まれるロイス……うん、容易に想像出来る。やっぱり優しい性格が滲み出ているのかな。
私の愛馬であるヴァージルもロイスには懐いていたのを思い出す。
「領地にいる間、よく訪れる孤児院にも案内したんですけどそこでも優しくて。視察で疲れているはずなのに、せがむ子どもたちに嫌な顔一つせずに剣や勉強を教えてくれて……。やっぱり殿下は素敵ですね」
口角を上げながらいつもより穏やかな声で語るオーレリア。この雰囲気、いい感じでは?
そう思っているとアロラが口を開く。
「殿下は素敵な人だよ。王子様なのに驕らずに真面目で誰にでも優しいよ。ね、メルディ?」
「そうね。お忍びしては民の話に耳を傾けてよりよい生活してもらおうって頑張ってるわね」
「……私も視察中する殿下を見ていて思いました。民思いですよね」
オーレリアが感慨深く頷く。ちなみに、お忍びするきっかけとなったのは私だ。
まだロイスが小さかった時、一度も王都を歩いたことないというロイスの手を引っ張って一緒に王都へ散策したことがある。
さすがに勝手に抜け出したら大騒ぎになると思って騎士たちに同行を頼んで一緒に歩き回ったけど。
初めて王都を歩いたロイスの様子はそれはそれは面白かった。きょろきょろと忙しなく首を動かし、頬を朱色に染めて水色の瞳をキラキラと輝かせて楽しんでいたから。
大きくなったらそこにアロラとステファンも加わって四人で王都を歩いたこともあり、楽しい思い出だ。
「殿下なら良い治世を築けるでしょうね」
「……そうね」
微笑みながら話すオーレリアを見る。
その隣にオーレリアがいてくれたら、と思いながら返事したのだった。
***
オーレリアと別れてアロラと阿吽の呼吸で私の部屋へ向かう。
そしてドアを閉めるとアロラと同時に声を上げる。
「あれいい感じじゃない!?」
「思った! なんか殿下の評価上がってない!?」
興奮気味に言い合う。やっぱりロイスの評価が上がっている気がする。
オーレリアに案内してもらえ、とは言ったけどまさか領地案内で仲を縮めるとは。
「やっぱり令嬢子息の目がないから話やすいのかなぁ」
「あり得るわね。学園は基本、常に令嬢子息の目があるからね」
学園は狭い空間だ。常に人目があるためロイスも完璧な王太子を演じ続けなければならない。
だけど、視察だと令嬢子息の目は大幅に減る。同行する従者や官僚たちはロイスの性質を知っているから肩の力は抜きやすいのだと思う。
「土地的に王都と遠く離れているのも関係しているのかも。辺境伯も穏やかな人柄だしね」
「そうだねぇ。まぁ、殿下とオーレリアちゃんの距離が縮まるのはいい話だよね」
「ええ。ロイスの恋が成就してほしいもの」
例え二人の歩み寄りが遅くても少しずつ、いい方向に行ってくれるのなら嬉しい。
微笑みながらロイスのこと話していたオーレリアを思い出して、私も自然と笑みを浮かべたのだった。