79.近況報告
公爵と対峙して数日。気付けば夏休みも終盤になっていた。
夏休みが終われば二学期になり剣術大会がある。
公爵にはユーグリフトの剣の実力を見てほしくて観戦してほしいと言ったけど、それとこれは別だ。
去年は接戦の末、惜敗していてそれはもう悔しかった。今年こそはユーグリフトから優勝を奪うつもりだ。
そのつもりでこの夏休みは毎日毎日鍛練に勤しみ、それだけじゃなくてアルビーとも対戦してきた。だから絶対勝つつもりだ。
内心、闘志を燃やしていると向かいにいる人物から声がかかる。
「なんだかスッキリした顔だね。悩みは解決した感じ?」
穏やかにこちらに問いかけて来るのは長い付き合いのある相手で、その相手の問いに返答する。
「うーん、そうね。少しは前進したかなって思う」
「そっか」
穏やかな声、穏やかな表情で向かいの席で優雅な仕草でお茶を飲むのは幼馴染歴十年以上のロイスだ。
続いて私もお茶を味わい、次に添えられている茶菓子を食べる。宮廷菓子職人が焼いた茶菓子は勿論おいしくてロイスが視察先から持ち帰ったお茶と相性抜群だ。
「おいしい」
「どっちが?」
「どっちも」
「それはよかった」
「ふふ」
優雅にお茶を飲んでいる場所は王宮にあるロイスの部屋で、ここには私とロイスとロイスに長年付き従っている口の堅い従者の三人のみだ。
そんな従者は客人である私に礼儀正しくて今は部屋の端に静かに控えている。うん、ケイティもロイスの従者を少しは見習ったらいいと思う。
「夏休み前より晴れやかな顔してるけど、好転したのならよかった」
「ロイスには心配かけたわね」
「いいんだよ。メルディアナはちょっと悩んでしまうところあるからね」
「それ、夏休み前も言ってたけど?」
「はははっ」
指摘すると笑ってお茶を飲んで誤魔化す。色々と聞きたいけど、私を思ってくれているのは分かるのでこれ以上言うつもりはない。
喉を潤しているとロイスが思い出したかのように小さく声をあげる。
「そうだ、メルディアナにプレゼントがあるんだ」
「私に……?」
「うん。あれ持って来てくれないかな?」
部屋の端に控える従者に頼むと従者が素早く動いて私に紙袋を差し出してくる。
「これ?」
「そう。開けてみて」
「? ……はっ! こ、これは!」
言われた通り紙袋からそれを出し、その存在に目を見開く。こ、これはもしかして……!?
「異国の新しい兵法書じゃない! えっ、なんで!?」
「視察先で偶然見つけてね。手に取ってみたら新しく発行されたものだからメルディアナまだ持ってないかなって思って買ったんだ」
「持ってないわ! いいの?」
「そのためにプレゼントしたんだ。だからどうぞ」
「……!! ありがとう、すごく嬉しい!」
新しい兵法書を前に小さな子どものようにはしゃいでしまう。
ここが学園ならもう少し自制するけど今はロイスと私のこと昔から知るロイスの従者しかいない。なら、我慢する必要はない。
「ちょっとだけ見てもいい?」
「勿論。むしろそうしてくれたら嬉しいな」
「じゃあ遠慮なく!」
ロイスから許可を貰い、会話を中断して本を開く。開くと新しい紙とインクの匂いがして自然と口許が緩む。
そして既に知っている戦術や知らない異国の戦術に過去の戦争による戦法などが記載されていて自分の目が輝いているのが分かる。
「わぁ、すごい……!」
興奮して読んでいると向かいからくすくすと笑い声が聞こえて顔を上げる。
顔を上げるとロイスが王太子としての表情ではなく小さい頃から見て来た素の笑みで面白そうに笑う。
「ロイス、何笑ってるの?」
「ごめん。でも、メルディアナすごく目を輝かせているから」
「誰だって好きな本読んでたらそうなるわよ。私にとって兵法書は特別だもの」
「そうだね。メルディアナは恋愛小説より兵法書だよね」
「余計な発言ですー」
互いに軽口を叩き、そして互いの顔を見て笑う。やっぱりロイスといるとありのままの自分でいられて非常に気が楽だ。
笑いながら本を閉じてテーブルに乗せる。
「続きは屋敷で見るわ」
「もういいの?」
「このまま読んでると一時間は軽くロイスを放置することになるもの。ロイスだって政務や公務で忙しいのにこうして時間作っているのだしここでやめるわ」
水色の瞳を丸めて尋ねるロイスにそう返す。事実、視察から帰ったあと政務の手伝いなどして忙しそうにしている。
「そっか。メルディアナといる時間は楽だからね。王太子としての仕事も忘れられるから一緒にいると居心地いいんだ」
「私もよ。完璧な令嬢として見ないから楽だわ」
「なんだかんだ僕たち似てるからね」
「そうね」
ロイスの言葉に深く頷く。
王太子と公爵令嬢という身分は注目を浴びやすい。幼少期から一緒に過ごしたからお互いの苦労は分かっているつもりだ。
だからこそ、ありのままの姿を見せても受け入れてくれる相手の近くは居心地がいいと言うロイスの言葉は分かる。
「視察はどうだった? オーレリアの領地に行ったんでしょう?」
「うん。自然豊かな場所で川は王都の川より透明で森は豊かで森の中にはキツネや鹿とか野生動物がいて驚いたよ。長年平和だからか町は活気はあるし賑やかだったよ」
「そういえば前、森があるって言ってたわね」
あれはいつだったか。……そうだ、勉強会の時だ。
苦し紛れに誤魔化したら虫退治も虫取りも得意だと言っていた。かわいい顔なのに虫を怖がらなくて逞しいと思ったものだ。これが中央貴族のご令嬢なら虫を見たら絶叫するだろうのに。
「高台からは領都を一望出来て夕方の時間は絶景で視察の疲れも忘れてしまったな。行った甲斐があったよ」
「冬はイルミネーションもあるって言ってたわね」
「そうだったね」
思い出しているのか楽しそうに頬を緩めてロイスが笑う。その様子に楽しめたようでよかったと思う。
「オーレリアとは過ごせたって認識いいのね?」
「うん。高台を教えてくれたのは彼女で、孤児院の訪問はマーセナス嬢と一緒に行ったんだ」
「そう。貴族の人目も少ないチャンスだからね。少しは距離を縮めないと」
「メルディアナから手紙で領地を案内してもらえって言われた時はハードル高いって思ったけど……従ってよかったなって思う」
「ロイスは押しが強くないから言わないと実行しないって思ったのよ」
言い切ってお茶を含む。
手紙を受け取った時、これはチャンスだと思って手紙を書いて送ったけどやって正解だったと思う。距離が縮まる好機があるのなら逃す手はない。
「楽しかったのね。私も行ってみたいわ」
「なら素直に行ってみたいって言ったらどうかな。喜んで案内してくれると思うよ」
「ふふ、そうね。その時はアロラも一緒に行こうかな」
聞いていると大自然のようだし羽を伸ばしてみたいなって思う。
アルビーとライリーの故郷であるウェルデン公爵領も自然豊かだけど毎年訪れていると見慣れてしまう。たまには全然知らない土地の自然にも触れてみたいと思う。
「冬の休暇は短いし季節的に難しいだろうけど、学園在学中に行ってみたいわ」
私の領地へ招待する約束もこちらの都合でキャンセルしてしまったし、オーレリアの都合がつけば春の長期休暇の時にでも招待したいと思う。
アロラとは領地が隣だから夏休みでも会えるし、母も張り切ってオーレリアを持て成すだろう。
「アロラとは会ったのかい?」
「お茶会したわよ。課題も一応見たから去年のように駆け込んでくることはないわ」
「さすがメルディアナ。対策してるね」
「こっちも予定があって急に来られても困るもの」
去年は夏休みももう終わりという時に突然課題を手伝ってほしいと言われて呆れたのできちんと対策してお茶会+勉強会をして課題の山が襲いかかってこないようにした。おかげで今年は平和に過ごせそうで何より。
「学園が始まれば公務も政務もセーブされるのでしょう?」
「うん。あ、でも一回公務で隣国へ行くから二週間くらい国から離れる予定だよ」
「ふーん、結構長期なのね」
学園再開したら公務も政務も減ると思っていたがまさかあるとは。少し驚きだ。
「隣国の王太子殿下が結婚するから父上の名代として僕が行くんだ」
「ああ、そういえばそんな話あったわね」
ロイスから説明されて思い出す。そういえば長年婚約していた婚約者と近々結婚する噂があった。
ロイスを派遣するのは両国の次期国王たちが友好な関係を結べるようにという目的だろう。
「それじゃあ二週間くらい不在ってことね。始業式は不在?」
「始業式はいるけどその数日後には旅立つ予定。だから剣術大会までには帰国出来るはずだよ」
日程を考えると確かにトラブルが起きなければ剣術大会前に帰国出来るだろう。
「メルディアナは今年も参加するんだろう?」
「勿論。今年こそ優勝するつもりで毎日鍛練してアルビーとも定期的に対戦してるの」
「そうなんだ。じゃあ期待しておくね」
「ええ。してちょうだいな」
ロイスの言葉に笑って返事する。
剣術大会まで約一ヵ月。
一ヵ月後のことを考えながら新しく来た茶菓子を口に含んだ。