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78.彼との関係

 スターツ公爵は僅か数年で政治の中枢に登り詰め、挙句の果てには要職の中でもトップに君臨する公爵は敵に容赦しないことから「冷酷宰相」と呼ばれ一部の人間からは恐れられている、らしい。

 それだけ聞いたら横暴な印象があるがその政治能力は非常に高く、宰相の特権を乱用せず、王家や国の発展に大きく貢献している。

 そんな有能で冷酷と呼ばれる公爵は私が告げた言葉を聞いた瞬間、静かに目を細めた。

 

「──ほぅ、どこでその噂を聞いた?」


 公爵夫人の死の原因に触れた瞬間、冬色の瞳に怒りの感情を乗せて私に尋ねる。……これは、公爵の逆鱗に触れたな。

 応接室の空気は一気に冷えきり、剣呑な空気が醸し出される。

 そんな中でも公爵は変わらず私をじっと見つめる。

 まるで、私のほんの少しの動作も見逃さないというくらい人の様子を観察して動向を見張っている。


「噂、ですか。……私が聞いたのは社交界ではありません。なのでご安心ください」

「ほう。それでどこからそんな話を聞いたんだ? 嘘を言わずに、正直に言うんだ」


 反論を許さないような勢いで公爵が私に命令してくる。

 きっと、公爵の頭の中は当時の使用人と目撃者の顔と名前を割り出していることだろう。

 ユーグリフトは公爵夫人の死は箝口令が敷かれていて、口にした者は如何なる理由でも厳罰が下されるようになっていると言っていた。

 つまり、公爵の粛清を知る者は不必要に公爵夫人の死を口にすることはあり得ないということだ。もし口にしたらどうなるか分かっているから。


 それなのに今さらになって公爵夫人の死の真相を口にする者が現れた。それも、まったく関係ない部外者である私。誰かが私に話したと思うのは当然だろう。

 もしここで私が嘘でも吐こうとすれば決して許しはしないという勢いだ。それこそ、カーロイン公爵家と敵対しても構わないというくらいの雰囲気だ。


「どこから、ですか……」


 公爵の問いにあえて一拍置く。

 これが普通の令嬢なら顔面蒼白で足をブルブルと震わせていることだろう。それくらい、公爵の雰囲気は剣呑としていて緊迫している。

 しかし、残念ながら私は少々違う。この程度の脅し文句で怖がる私ではない。

 こんなので震えていたら危険な騎士なんて目指さないし、何回も手紙による突撃なんてするはずない。

 なので背筋を伸ばして公爵を見る。

 

「そうですね……。閣下もよく知る人から聞きましたよ」

「私が?」


 相変わらず鋭い目で私の様子を観察する。構わない。堂々と背筋を伸ばして公爵と対峙しながらその名を紡ぐ。


「はい。──ユーグリフト様から公爵夫人のことはお聞きしました」

「ユーグ、リフト……?」


 ユーグリフトの名を呟くと一転、冬色の瞳による鋭い睨みは驚愕の色に変化する。まさか、ここで息子の名が出てくるとは思わなかったようだ。

 戸惑いの表情を見せながら公爵が口を動かす。

 

「なぜ、あれが……」

「……閣下がユーグリフト様のことどう思っているのかは分かりませんが当時のことやその前のこともお聞きしました。分家たちが公爵家に誇りを持っていたこと、公爵夫人を疎んでいたこと。……そして、公爵夫人が閣下を庇って目の前で刺されて亡くなったことも」

「……っ」


 淡々と飾らずに簡潔に語っていく。

 そして公爵夫人の死因を触れると公爵が眉を歪めるのを見逃さない。……そのことからユーグリフトだけではなく、公爵も同様に公爵夫人の死に苦しんでいるのが読み取れる。

 ……当然だと思う。幸せな日常が突如壊れて母親が、奥方が目の前で刺されて死ぬのだから。

 公爵の苦しみを感じながら、公爵に向けて深く、一礼をする。

 

「奥方のことですが、遅くなりましたがお悔み申し上げます」

「……っ」


 礼をしているため公爵の顔は見えないが息を呑む気配が感じる。そして、それまで張り付いていた重苦しい空気が霧散していくのを感じ取る。


「なぜ、君が……」

「……公爵夫人、ジゼル様はお茶会で数回見たことがありますので。お話を聞いてからずっとお伝えしたいと思っていました」


 僅かに動揺を見せる公爵に嘘偽りなく、ありのままの気持ちを伝える。

 公爵夫人の死を知ったのは偶然だ。それでも、本当の死因を知ったのだ。

 今さら遅いのは分かっている。分かっているけど、一言伝えたかった。


「……ユーグリフトが、九年前のことを……」

「はい。……公爵夫人の件で閣下が騎士に難色を示すのは分かります」


 頭を上げて、未だ呆然とする公爵にゆっくりと語る。

 騎士は危険な仕事だ。貴族の仕事の中でも花形で名誉な仕事だけど、大怪我をしたり、時には命を落とすこともあるくらいだ。

 誰しもが目の前で人が怪我をして血を流すのを見るのは辛いはずだ。それが、大切な人であるほどどれだけ苦しいか。

 だから公爵の気持ちは分かる。目の前で公爵夫人が血を流してそれが原因で亡くなったのだから。

 それでも。それでも、どうしても、伝えたいことがある。


「ですがどうか。どうか、ユーグリフト様の努力を、才能を、実力を否定しないでいただけませんか」


 公爵をまっすぐに見ながら伝えたいところを一音一音強調して告げる。どうか届いてほしい。


「公爵夫人……ジゼル様に似たユーグリフト様が同じ道へ進むことに気が進まないのは分かります。ですが彼の実力を見ずに、話を聞かずに否定しないでくれませんか」


 美しい、ユーグリフトの紅玉の瞳と異なる冬色の瞳に対して逸らさずに告げる。


 ユーグリフトは環境のせいか大人びている。

 それでも、彼はまだ十七歳の未成年で大人の支えが必要で。

 公爵夫人亡き今、一番の助けとならない人は公爵だ。その公爵と関係が冷え切っているのはダメだ。

 ユーグリフトは父親の公爵を嫌っているように見えるけど、公爵の身に何か起きて死別すると――きっと後悔すると思う。

 二人とも生きているのだ。一方的に拒絶するのではなく、きちんと腹を割って話しをするべきだ。

 そんな気持ちを乗せながら、もう一度公爵に向かい合ってはっきりと声にする。


「どうか、彼の剣を信じてくれませんか」


 冬色の瞳を逸らさずに告げると、少しだけ間が空いて公爵がゆっくりと話し出す。


「……あの子に才能があるのは知っている。彼女が、自分のことのように嬉しそうに語っていたからな」

「…………」


 彼女、というのは公爵夫人だろう。「彼女」と紡いだ時、公爵の瞳は当時を思い出すように目を細める。


「それでも、彼女に似たあの子までこの世から消えると考えたら……私は耐えられない」

「……それは、ユーグリフト様に伝えましたか?」

「いいや。もう数年口を聞いていないから言えるはずない。……それも、私が頑なにあの子の夢を否定したからな」


 尋ねると首を振り、ポツリポツリと心情を口にする。


「仕事を言い訳にあの子だけじゃなくて下の二人とも向かい合うのを逃げて来た。……彼女がこれを見たらきっと背中を蹴り飛ばすだろうな」


 ふ、と小さく笑うも、その瞳には悔恨が宿っていて言葉をこぼしていく。

 覇気がなくてユーグリフトの関係だけではなく、エルルーシアちゃんたちとの関係にも後悔しているのが窺える。


「学園入学後は休暇中も屋敷に近付かず、久しぶりにあの子を見たのはこの前の建国祭の夜会だった。夜会に興味ないあの子が珍しく参加して久しぶりに顔を見たよ」


 建国祭を思い出しているのか目を細める。つまり、ユーグリフトとは一年以上顔を合わせていなかったのか。

 今まで夜会に参加していなかったのになぜ建国祭は参加したのかは分からないけど、公爵にはちゃんと伝えないと。


「……ユーグリフト様は、聡明で聡い方だと思います」


 実際、聡い奴だと思う。人が言葉少なく説明しても状況把握が長けているのか簡単に答えを導くから。


「ですが、伝えなけば伝わらないこともあります。閣下のお気持ちを、ユーグリフト様へ伝えてください。心配していること、後悔していることを。ユーグリフト様なら真摯に耳を傾いてくれます」

「……そうか」

「はい」

   

 ユーグリフトは聡い。だけど、長年不仲で会話も数年交わしていない父親の気持ちを正確に察するのは難しいだろう。

 だからこそ、ここは父親の公爵が自分の気持ちを打ち明けて歩み寄らないといけなと思う。

 きっと、ユーグリフトなら公爵の話をしっかり聞いて向かい合ってくれるはずだ。


「……そうだな。すぐには難しいだろうし今さら遅いだろうが、可能ならもう一度あの子だけではなく下の二人ともきちんと話しをしたい」

「……まだ時間はあります。そう思うのでしたら時間を作ってお話をしてください」

「そうだね。ところで、君とあの子……ユーグリフトはどんな関係なんだ?」

「私とユーグリフト様ですか?」

「ああ。随分あの子のこと分かっている言い方だから気になってね」


 公爵が私とユーグリフトの関係性について問いかける。私とユーグリフトの関係。……そんなの答えは一つに決まっている。


「ライバルです!」

「……ライバル?」

「はい」


 公爵が復唱して不思議そうに私を見る。


「……悔しいことに私は入学してからずっと勉学でも剣術でも彼に敗北し続けて辛酸を嘗めてました。勝利したと思えばすぐに別の分野で負けて、それはもう屈辱ばかり味わってきました」

「そ、そうか」


 唇を噛み締めて敗北し続けてきた過去を思い出して顔が歪む。ああ、思い出すと悔しくて堪らない。

 そんな私の言葉に公爵が若干引いて頷く。公爵、残念そうな子を見る目で引かないでほしい。


「だからこそ絶対追い越して見せます。このまま勝ち逃げさせるわけにはいかないんです」


 ライバルである父親の公爵に決意表明する。そう、このまま奴に負け続けるのは私が許せない。


「閣下、剣術大会に来てくれませんか?」

「剣術大会に?」

「はい。去年、剣術大会にユーグリフト様が参加して優勝しました。そこでユーグリフト様の力を見てくれませんか」

「大会か……」


 公爵が考えるように顎に手を当てる。忙しいからどうなるかは分からないけど、可能ならぜひ観戦してほしいと思う。


「……予定が合えば陛下に同行しよう」

「ありがとうございます。……本日は、お時間いただきありがとうございます」

「いいや。……私の方こそ君と話せてよかったよ」

「!」


 公爵の言葉に驚く。まさか感謝されるとは。


「……いいえ、私の方こそ閣下とお話し出来て嬉しく思います」


 驚きながらもそれをおくびにも出さずに完璧な礼をして公爵に返す。

 そして公爵に挨拶すると家令に見送られながら公爵邸から出た。

 公爵邸を出ると少し離れた場所に止まらせていた実家の馬車に乗り込んで御者に屋敷へ帰るように指示する。


「……ふぅ」

 

 動き始めて背中に凭れて脱力する。今日はケイティを連れて来なくてよかった。

 公爵と対峙していた時は平気だったけど終わったら疲れが出てゆっくりと息を吐く。

 

「でもまぁ、本人の前では出なかったしよかった」


 これも普段から剣の鍛練をして精神を鍛えているからだろう。鍛練ってやっぱり大事だと思う。

 移りゆく景色を眺めながら屋敷へと帰宅したのだった。

 


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