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74.攻防

 二週間後、私はとある伯爵家主催の夜会に参加していた。

 いつもどおり子息に令嬢と関係なく声をかけられ参加者たちとしばらく会話をし、休憩すると言って輪から外れる。

 それから数分、休憩するとある方向へ足を進めて淑女の微笑みを浮かべる。


「宰相閣下、こんばんは」

「……カーロイン公爵令嬢」


 私を見ると僅かに顔を顰める公爵。なんだとこらと言いたいけどおくびにも出さずに美しい、非の打ちどころのないと言われる微笑みを維持する。


「私に何かな」

「はい。閣下と最新の戦術論文について討論したくて参りました」

「私は戦術とやらは専門外なのだが」

「あら、問題ないかと。本日、討論したいと思うのは三ヵ月ほど前に導入するか議会でも上がっていたはずの内容ですので」


 だから安心して下さいと最後に付け加えるとさらにしかめっ面になる。

 公爵のユーグリフトの努力を否定する会話をして二週間。私はその間に二度ほど夜会で公爵に突撃していた。

 威圧感を出しても効果ないため公爵が不快そうにしているが気にせずニコニコと微笑む。


「……令嬢は、女性だが戦術に詳しいだな」

「お褒めに預り光栄です。ご存じのとおり、母方が帯剣一族で幼い頃からウェルデン公爵領に通っていたので自然と他の令嬢と比べて興味を持つようになりました」

「それでも令嬢の興味関心は驚くな」

「まぁ、ありがとうございます。それで──」

「おや。ウェルデン公爵、丁度いいところに。姪のカーロイン公爵令嬢が貴公とお話ししたいと申している」

「はっ……い?」


 思わず令嬢らしかぬ言葉が出かけて咄嗟に誤魔化す。

 そして近くを歩いていた伯父様を取っ捕まえて私を押し付ける。


「それでは」

「まっ……!!」


 後ろを振り返らずに爽快に立ち去りイラっとする。……また逃げられた。

 逃げられたのはこれで二度目だ。だがこの程度で諦める私ではない。

 沸々とやる気スイッチが入る。


「……ふ、ふっふっふっ……」

「……メルディアナ、どうしたんだ?」


 突然、姪を押し付けられて謎の笑いをする私に伯父様が怪訝な顔を浮かべる。ヤバい、変な目で見られている。


「いいえ。なんでもございませんわ、伯父様」


 そのため、大丈夫と伝えるためにニコリと素の笑いを浮かべながら返事をする。

 そしてそんな私に伯父様は怪訝な顔をする。あの、伯父様? そんな顔をしないでくださいな。




 ***




 それからも私と公爵の攻防は続いた。


「こんばんは、宰相閣下。突然ですが、閣下は騎士についてどう思いますか」

「国と国民を守る大切な存在だな」

「はい。騎士は国の存亡に必要不可欠な存在かと思われます。それで、現在の騎士制度ですが──」

「悪いが挨拶しないといけない人がいてね。ここで失礼する」




「本日は涼しいですね、宰相閣下。本日は騎士の歴史についてお話ししたく参りました」

「令嬢。私のような壮年と話すより仲の良い令嬢と話す方が有意義じゃないだろうか」

「おっしゃる通りです。しかし、閣下とは夜会でしかお会い出来ないので参りましたわ」

「そうか。私は忙しくてね、ここで失礼する」




「こんばんは、かっ──」

「悪いが用事があってね。失礼する」


 そして微笑みながら行くとついには挨拶の途中で去る。……ちょっと、まだ挨拶終わっていないと言いたい。

 青筋が立ちそうなのを堪えると私に気付いた子息に令嬢に囲まれる。


「カーロイン嬢、こんばんは。この後のダンス、わたくしと踊って頂けませんでしょうか?」

「カーロイン公爵令嬢、こんばんは。彼の次でいいので私と踊って頂けませんか?」

「まぁ、メルディアナ様っ! ご機嫌よう! 本日も素敵なドレスですわね」

「メルディアナ様ったらこんなところにいたのですね。あちらでお話ししませんこと?」

「ええ」


 複数人が同時に話しかけてくるのをにこやかに微笑みながら聞いて、そして相手が求める回答を口にしたのだった──。






「あの冷酷無情傍若無人残忍酷薄の腹黒宰相め!」


 夜会から戻り、部屋に入った瞬間そう叫ぶ。噛まずに言い切って少しだけスッキリする。

 公爵と話をするために積極的に夜会にしてその数はもう両手の数を越えている。

 特に今日は腹が立った。最初の方はまだ辛うじて挨拶してこちらの話を聞いていたが今日は挨拶の途中で立ち去った。腹立たしいったらありやしない。


「あの狸宰相め……」

「……お嬢様」


 公爵の悪口を呟いていると、後ろから声をかけられる。

 くるり、と後ろを見るとケイティがなんとも言えない顔で佇んでいる。


「どうしたのよ、ケイティ」

「……お嬢様、何かのお遊びですか?」

「遊びじゃないわよ。悪口よ悪口」

「聞きたくない単語があったのは気のせいですか? とある大臣の役職が聞こえたのですが」

「スターツ公爵のこと?」


 公爵のことかと思い呟けばケイティが眉を顰めて苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。


「お嬢様……。没落するのなら一人で落ちてください。私を巻き込ませないでください」

「残念ながらそれは難しいんじゃない? 貴女は私の侍女だし」

「今すぐ主人を変えたいです」


 すぐさま新しい主人を探そうとするケイティに睨む。なんだと。この侍女は本当に主人を何だと思っているのだろう。

 じっくりと三時間くらいかけて問いただしたい。


「お嬢様。お嬢様が今、悪口をおっしゃったのは国の中でもかなりの権力者ですよ? それもあの冷酷と有名なスターツ公爵閣下ですよ?」

「夜会で言っていないのだから問題ないわよ。廊下にも人の気配はない、いるのは私と貴女だけ。つまり、この話がもし漏れたら犯人はおのずとケイティってことよ」

「うえぇぇ」

「その二日酔いのような声はやめなさい。減給させるわよ」

「横暴です。屋敷の労働基準条件に反してます」


 減給すると言えば即座に言い返す。ああ言えばこう言ってこの侍女は主人のことをどう思っているのだろう。聞いてみたいようで聞いてみたくない。


「宰相閣下と何かあったのですか?」

「お話ししたいのに逃げるのよ? ひどくない?」

「お嬢様は強引ですからね。宰相閣下に不快な発言でもしたのでは?」


 確かに挨拶するばすぐに騎士関連の話をしているので公爵からしたら嫌な話かもしれない。

 だが、だからと言って小娘の話から逃げるのは大人げないのではないだろうか。


「お嬢様。お嬢様はご存じないかもしれませんが宰相閣下は冷酷と有名なお方です。数年前には親族を粛清したという噂がまことしやかに囁かれているのですよ」

「ケイティ、知っているの?」


 ケイティが公爵の粛清を知っていて目をぱちくりする。使用人のケイティすら知っているとは。


「当時は有名でしたから。宰相閣下が糸を引いているという証拠は出なかったですが次々と親族や分家が失墜していて旦那様も自身に火が飛んでくるかもしれないと警戒していたので」

「ふーん……」


 親族や分家が次々に失脚していったら確かに父も警戒するだろうなと思う。父には公爵家を守る義務があるから。


「ですから潮時は考えてくださいね。お嬢様に何かあればカーロイン公爵家とスターツ公爵家で戦争になるのですから。そうなればもう大変ですよ」

「分かってるわよ。でも我が家は後ろめたいことはしていないから大丈夫よ」

「それでもです。警戒に越したお方だと思いますよ。それこそお嬢様に何かあれば奥様のご実家であるウェルデン公爵家も黙っていませんよ」

「それは大袈裟じゃないかしら」

「どうでしょう。大旦那様はお嬢様を溺愛しているので」


 大袈裟だと言うとすぐにそう返される。お祖父様が黙っていない、か。

 建国祭で私が危ない目に遭った時も怒り心頭だったのを思い出して口を閉ざしてしまう。……もう少しそこも考えて行動した方がいいかもしれない。


 考えながらドレスのままベッドに倒れる。ケイティから鋭い視線を感じる。これはあれか。行儀が悪いってことか。


「何? 行儀が悪いって?」

「いいえ、ドレスに皺が出来て戻すのが面倒だなっと」

「そっち!?」


 なんということだ。行儀が悪いから咎めているのかと思えば皺が出来て面倒とは。つくづく面倒くさがり屋の侍女だと思う。

 そんな面倒くさがり屋のケイティを無視して寝込んだまま考える。

 部屋の窓からは満月が見えて美しくてやさぐれていた心が少し癒される。


「別の方法を取るか……」


 会話による接触が無理なら別の方法も考える必要がある。

 公爵とは夜会くらいでしか会えないので手紙が一番やりやすいだろうか。まぁ、破り捨てられたら意味がないのだけど。


「それでもそれが最善かなぁ……」


 これまで何度も接触しているけど見事に惨敗している。あまり行きすぎると他の貴族たちの目にも止まってしまう。

 とりあえず、今は作戦変更として手紙による接触に移動しよう。それで様子見して随時考えよう。


「満月ね」

「そうですね。明日は快晴でしょう」


 私の独り言にケイティが天気の話をするのを聞きながら瞼を閉じる。

 他家の事情に首を突っ込んでいる自覚はある。だが、やっぱりユーグリフトと公爵の希薄な関係は看過出来ない。

 このままどんどん時が過ぎていけばもう修復不可能になると思うから。


「……よし」


 起き上がって風呂に入るために重苦しいドレスを脱いだのだった。


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