72.正反対の従兄たち
夏休みに入って数日、私は王都にある公爵邸にいた。
「お嬢様、殿下からお手紙です」
「ロイスから?」
部屋で寛いでいた私にケイティが手紙を差し出す。
封には王家の紋章が刻まれていて、宛名を見るとロイスの名が記されていた。
「ロイスから手紙なんて。どうしたのかしら」
少し疑問を持ちながら封を切り、冷えたレモンティーを飲みながら手紙を読んでいく。
「……ん!? げほげほっ……」
しかし、読み進めていくうちに驚いてレモンティーが気管に入りむせてしまう。あ、ヤバイ。呼吸が……。
「何しているんですか、お嬢様……」
「まっ、て……。……ふぅ」
咳込んでゆっくりと深呼吸を繰り返す。おのれケイティ、残念な目を向けるのはやめろ。そんな目で見るな。
「何か驚くようなことが書かれていたんですか?」
「ええ、ちょっとね」
尋ねてくるケイティに短く答えて手紙を見る。
手紙には視察に行くと綴られていた。それはいい。夏休み前に視察に行くだろうと言っていたから。
ただ、驚いたのがその場所。
視察先はなんとマーセナス辺境伯領とその近隣領地だそうで近々出発すると綴られていた。
「オーレリアのところか……」
このタイミングでマーセナス領。……これは王妃様が一枚噛んでいる気がする。
長期休暇中の多くの生徒は領地へ戻っている。領地の視察なら理由としておかしくないし、子息令嬢の目も少ないから交流しやすいのは確かだ。
これは王妃様なりにロイスを応援しているのだろう。だから行くように仕向けたのだろう。
学園なら生徒の目が多くて距離を縮めるのだって一苦労だ。どちらかが積極的ならまだしもロイスもグイグイと行ける性格でもないし、オーレリアもロイスに対して好印象だけど様子からして「恋愛」ではないだろうから。
「……ここで少しは距離を縮めてほしいけど」
周辺領地も視察するなら一週間前後は滞在するはず。この機会を逃さずにロイスには頑張ってほしいと思う。
「そっちは招待状?」
「はい。色んなところから招待状が来ていますよ」
ケイティがロイスの手紙と一緒に持って来た招待状を一瞥する。
「そう。ならそこに置いておいて」
「かしこまりました」
ドサッと音を立てて招待状を机に置く。
音を鳴らしたけどこれはケイティが雑に置いたわけではない。ただ単に招待状が山盛りということだ。
「ありがとう」
「いいえ」
招待状を見るとお茶会と夜会と分けてくれたようで分かりやすい。さすがケイティ。普段はだらしないけど、ちゃんとすれば普通に優秀だ。
まずは夜会の招待状を手に取って封をペーパーナイフで切っていく。
「それにしても毎日毎日多いですね」
「デビュタントしたばかりと比べるとましじゃない?」
「それでも三十通は優に超えていますよ」
呆れ気味に呟くケイティに思わず苦笑してしまう。うん、確かに多いと思う。
去年はすぐに母方のウェルデン公爵領へ行き、その後は実家の公爵領に戻ったからか夜会やお茶会の招待状は少なかった。
だが今年は王都に滞在しているからか、それとも婚約者がいない私に息子を会わせたいからか、色んな家からこうして毎日大量の招待状が私の元に届けられる。
学生は社交シーズンは参加しにくい。だから長期休暇で学園が休みの時期に招待状がたくさん届けられる傾向だ。
お兄様が学生だった時も長期休暇時に大量に招待状が届いていた。それこそ、私の比ではなかったと思う。
そんな風に考えながら振り分けていくと、一つの招待状に目を止める。
「あら、この家」
思わず呟くとケイティが覗き込むように近付く。
「サンクスレッド侯爵家ですね。どうかしましたか?」
「うん、ちょっとね」
ケイティが問いに曖昧に答える。
差出人のサンクスレッド侯爵家はカーロイン公爵家と同じように建国時からある名家で、国内でも発言力が高い家で現当主は王宮で高官として地位を築いている人物だ。
「…………」
国内でも上位に位置する侯爵家となると他の招待者も高位貴族中心だろう。そこでなら目的の人物に会えるかもしれない。
「参加しましょうか」
「するのですか?」
「いつまでも面倒って言って逃げるわけにはいかないでしょう。参加するわ」
簡潔に告げるとペンを手に取る。日付も週末なので迅速に返信を記すべきだ。
そして参加する旨を記すと封に入れて蝋を垂らす。
「ケイティ、これをボルトンに渡して」
「あのお嬢様が夜会に参加だなんて。明日は槍の雨が降るのでしょうか? それとも落雷が落ちてくるのでしょうか?」
「本当に失礼な侍女ね。主人のことなんて思っているの?」
前言撤回。やっぱりこの侍女はだらしないし主人を敬う敬意が足りない。
***
件の侯爵家の夜会に参加する旨を送って数日。
ドレスはもう決めたため部屋でゆっくりとしていたところにそれは起きた。
誰かが走る音と使用人たちのざわめきを感じ取ってドアを向ける。なんだろう。
そう感じた瞬間、ドアが勢いよく開かれると見慣れた赤髪が視界に入ったと同時に大きな声が部屋に響いた。
「メルディっ! お前、サンクスレッド侯爵家主催の夜会に参加するか!?」
「……はっ?」
思わず顔を歪ませてしまう。なんだ、いきなり。
突然部屋に乗り込んできた従兄のアルビーに怪訝な顔を浮かべてしまう。
「……事前連絡もなしにいきなり何」
まず連絡もなしにやって来るのは非常識だしノックもせずにドアを開けるなんてありえない。
「それよりも! 明日の夜会参加するのか!?」
「……するわよ」
必死の問いかけに片眉を上げながら参加すると伝える。だからなんだいきなり。
参加すると伝えると急に希望を見つけたように私と同じ朱色の瞳を輝かせる。
「まじか! はぁ、よかった~」
「参加するの? 意外ね」
「参加したくねぇよ!」
「えっ、じゃあなんなの」
希望を見つけたような瞳から絶望した様子で参加したくないと叫ぶ。百面相で忙しいなと思う。
とりあえず様子を見に来た使用人たちに大丈夫と告げる。父は仕事で王宮だし、母はお茶会に行っているし、お兄様も外出していてよかったと思う。
追い出すわけにもいかず、溜め息吐きたくなるのを堪えて席に座るように促す。
「とりあえず座れば?」
「茶は?」
「いきなり来てよくそんな要求出来るわね」
「走ってやって来たから喉乾いているんだけど」
「知らないわよ」
「寛大なメルディ。俺に茶をちょうだい」
「本当ねぇ……」
おだてるアルビーに呆れながらケイティに目で合図して冷たい茶を淹れるように指示をする。
指示を受けたケイティは足音を立てずに部屋を出ていく。
「指示したから座って」
「ありがとう、さすがメルディだな」
「お調子者ね」
アルビーに座るように促すと私も向かい側に座る。アルビーの顔を見ていると汗をかいているのが読み取れる。
「もしかして走って来たの? 今日暑いのに?」
「体力づくりも兼ねてな。それに、風もあったしすごい暑いってわけじゃないし」
「はいはい」
呆れたまま聞く。風があったとは言っても走るのはどうだと思う。
そんなこと考えているとケイティが音を立てずに入室して私とアルビーの前に冷たいお茶を置いて一礼する。
「それで? 急に乗り込んできて明日の夜会に参加するのか聞きに来たってこと? 嫌なら断ればいいのに」
「俺だってそうしたいのは山々だよ。ただ、明日のサンクスレッド侯爵家ってところは母さんの友人らしくて強制参加なんだよ」
「ふーん」
アルビーの話をお茶を飲みながら聞く。あ、これ思っていたより冷たくておいしい。
「夜会なんて面倒なのは同志のお前も分かるだろう? 人に囲まれるわ所作を見られるわ集中しないといけないわ嫌味を躱さないといけないわってすげー面倒だろう?」
「まぁ、分かるけど」
公爵家の人間と接点を持ちたいと考える人は多く、夜会に参加すれば男女関係なく多くの人に囲まれる。
ダンスやマナー、話術と色んな方面に神経を尖らせる必要があるので確かに大変だ。
「学園主催や王家主催は絶対参加だから仕方ないって思うけど、任意の夜会だぜ? それなのに強制参加って。なんとか欠席しようとここ数日色々と策を練ったけど上手くいかなくてさ」
「策って?」
「薄着で寝たり、冷たいもんばかり食ったり、何時間も鍛練をしたり熱湯風呂に長湯したりと思いつく限りチャレンジしたんだけどまったく風邪引かなければ体調不良も起きなくて。なんでなんだ……?」
「…………」
憔悴しきったアルビーに呆れてしまう。この短時間で何回呆れているんだと思う。
どうやら伯母様に太刀打ち出来ないアルビーはどうにか休めるように画策したらしいが風邪も引かなければ体調不良にならなかったらしい。さすが体力バカ。頑丈だと思う。
それにしても、こういうところは双子でも正反対だなと思う。
ここでライリーなら嫌でも諦める。無駄な労力を使いたくないライリーは抵抗するだけ無駄だと考えるから。
しかしアルビーは諦めずに頑張ったようだ。で、ダメだったから最後は私のところへ駈け込んで来たらしい。私は駆け込み場所か。あ、防波堤だった。
無駄な足掻きをしていると思っていると不思議とライリーが「アルビーってバカだよねぇ」って呟いているのが聞こえた。うん、これはテレパシーじゃない。空耳って思いたい。
「でもメルディがいるんなら安心安心。防波堤役、任せた」
「言っておくけど、明日はお兄様と行くからエスコートはいらないから」
「そっか。でもメルディが参加するなんて珍しいよな。茶会ならまだしも夜会なんだから」
不思議そうにアルビーが私を見つめる。
確かにお茶会と夜会だったらお茶会の方に参加していた。
お茶会は基本女性だけの集まりだ。だからダンスはなく、婚約のこともまだ聞かれることも少なかったから。
「まぁ、お父様もお母様もお兄様も驚いてたわね。でも、私も今年で十七だしいつまでも駄々をこねるわけにはいかないからね」
好きじゃなくても役割はある。逃げてばかりではダメなのは分かっているので少しずつ参加しないといけない。
それに、夜会の方が私が会いたいと思っている人にも会える確率は高いし。
「俺より考え大人かよ」
「伯母様が見習いなさいって言いそうよね」
「おいおいやめろよな」
顔を歪めて嫌がるアルビーにふふ、と笑ってしまう。いきなり来た仕返しだ。
そうして二時間ほど愚痴や色んな話しているとボルトンから再び来客の知らせを受け、アルビーを置いて一人エントランスホールへ歩いていく。
こんなに何回も客人が来るとは。恐らく、次の客人はあの人だろう。
階段を下りてエントランスホールにたどり着くとそこには予想通りアルビーそっくりのライリーがいた。
私に気付いたライリーがアルビーと異なる青い瞳が私を見る。
「メルディ、連絡もなしにいきなり来てごめんね」
「ううん、平気。アルビーで来たの?」
「うん。母上から早くバ……アルビーをかいしゅ……連れて帰るように命じられているから」
にこやかに微笑むライリー。バカと回収を言い直しているけど、かなり苛ついているのが読み取れる。
「どうぞ、入って」
「ごめんね。あとこれは母上からのお詫びだって。叔母様と食べてだって」
「お母様はいないから大丈夫だったのに」
「でもどうせバレるでしょう? なら二人で食べて」
「ありがとう」
王室御用達のケーキ店のケーキ箱を受け取り、お礼を述べる。確かにボルトン辺りが報告するだろうからバレるだろうなと思う。
「それじゃあ回収するから。どこにいる?」
もはや回収と隠すことなく発して尋ねるライリーに苦笑しながら教える。
「私の部屋よ」
「そっか。少しお邪魔していい?」
「ええ。私も行くわ」
ケーキをボルトンに預けてライリーとともに私の部屋へ向かう。
部屋に着くとアルビーが私の隣にいるライリーを見て顔を歪める。
「げぇっ、ライリー!」
「やぁ。バカアルビー。迎えの時間だ」
「うっ……。あああ、腹が痛い! 腹が痛くて動けないから帰れないっ!」
「それは大変だ。母上の特製薬草汁を飲まないとね。母上に伝えておくよ」
アルビーの仮病にライリーがそれはそれは清々しい笑みで切り返す。
ちなみに二人の母親である伯母様は薬師の資格を保有していて薬草を栽培している。苦い薬草が多いが効果は抜群である。
「あんな激マズ飲めるかよっ!!」
「腹痛なら仕方ないよね。大丈夫」
わめくアルビーをドアに凭れながら眺めているとライリーが近付いて首根っこを掴む。
「ほら、早く帰るよ。馬車とはいえ、この炎天下に人に外歩かせるなんて」
「はぁ? これくらいの暑さで? そんなんだから俺より体力ないんだよ」
「なるほど、さすがアルビーだ。体力バカだね」
「はぁぁっ!? んだと、バカライリー! っていてててて!」
「ごめんね、メルディ。いきなり来て。お詫びはまたするから」
「ええ、楽しみにしてるわ」
にこやかな笑みでズルズルとアルビーを引き摺るライリー。この二人を見ていると笑劇を見ている気分になる。
そんなつくづく容姿以外正反対二人を見送りながらケイティに新しいお茶を頼んだのだった。