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69.確執

 ユーグリフトの話を聞いて信じられなくて呆然とする。

 でも、ユーグリフトがこんなふざけた嘘をつく人間ではないのは分かっている。

 だからこれは真実。真実だけど……頭が混乱する。


「公爵夫人が公爵を庇ったなんて……」

 

 ユーグリフトの母親である公爵夫人のことは知っている。私も幼い頃、王妃様主催のお茶会で遠くから見たことあるから。

 子爵家出身ながら剣に長けていて、王妃様が王太子妃時代に護衛していて王妃様の信頼も厚かったのは母の話で聞いたことがある。

 ユーグリフトと同じ色彩を持つ美しくて気品がある女性だったけど突然病死して当時社交界で話題になったのは知っているけど……実は公爵を庇って亡くなったなんて。

 それも、ユーグリフトの目の前で刺されて命を落としたなんて。


「あの時は俺も小さかったから後悔ばかりしたな。もっと大きければ刺客を討伐出来たかもしれないのに。もっと冷静に処置しておけば治療が間に合ったかもしれないのに……って、しばらくそればっかり考えたな」

「そんなことっ……」


 当時を思い出しているのか、俯きながら覇気のない声で呟く。

 後悔ばかりしたと言うけれど、ユーグリフトはその時まだ九歳だ。

 しかも、持て成しをしていたということは剣を帯剣していないはずだ。帯剣もしていない九歳が暗殺者を倒すのは不可能だ。

 だから自分を責める必要はないのに。なのに、ユーグリフトは自責の念に駆られて未だに囚われているように見える。


「分かってる、たかが九歳の子どもに何が出来るんだってことは。だけど当時はそればっかり考えてた」

「ユーグリフト……」


 分かっている、と言うも覇気のない声で片手で顔を覆いそれ以上何も言えなくなる。……まるで、私の知っているユーグリフトじゃないみたい。

 でも、私もユーグリフトの立場だったら分かっていても後悔して自分を責めてしまうと思う。

 もしお父様にお母様、お兄様が目の前でそんな目に遭えばなんのために剣を持って鍛練し続けたんだって思うはずだ。


「……エルルーシアちゃんやヴェズリー君は本当のこと知ってるの?」

「知らないよ。素直に公表したら皆色々と邪推して面白おかしく興味津々で探り入れてくるだろう? それなら病死って発表した方が世間の注目も浴びにくいだろう? 結果、犯人が身内だったしそれは正解だったと思うよ」

「……それもそうね」


 乾いた声で答えるユーグリフトに少し間を空けながら同意する。

 確かに、公爵夫人が公爵を庇って亡くなったと聞くと社交界で持ちきりとなるだろう。

 そして犯人は必ず注目される。あとからその犯人が身内と判明したら多くの貴族が興味津々になってスターツ公爵家へ殺到するだろう。


 これが当主である公爵だけならまだしも下手したらユーグリフトや幼いヴェズリー君にまで聞いてくる可能性もある。

「名門公爵家の悲劇、身内同士の騒動」と謳って面白おかしく聞いてくる家は一定数存在する。特にスターツ公爵家と敵対関係ある家は好機とばかりに失墜させようと画策するだろう。

 自分の息がかかった他家の人間を介して心配した素振りでユーグリフトやヴェズリー君たちの元に尋ねてそこで聞いたお話をお茶会や夜会のネタにする可能性は否定出来ない。

 それなら嘘でも病死と発表した方がいいだろう。一時的に社交界の噂を独占するけど、しばらくしたら落ち着くはずだから。


「いつかはヴェズリーとエルルーシアにも本当のことを言う必要あると思うけど、あいつらはまだ小さいから。それに、本当の死因を知ったらあいつらはどう思うんだろうって考えると躊躇してしまうんだ」

「…………」


 ヴェズリー君とエルルーシアちゃんが傷つかないか、悲しまないか考えていて弟妹思いだなと考える。

 そんなユーグリフトの迷いを踏まえながら自分の意見を述べる。


「……あくまでも私ならってことだけど、私ならどんな真実であろうとも知りたいと思う。知らない方が後悔すると思うから」

「……そっか。カーロインはそう考えるんだ?」

「ええ。例え辛い内容でも知りたいって思う」

「ふぅん……」


 素直に伝えるとユーグリフトが考えるように返事する。

 少なくとも私なら例えどんな真実でも知りたいなと思う。知らないまま過ごすより真実を知って過ごしたいって思ってしまう。


「あくまでも私ならってことよ。詳しいことは公爵と話したらいいと思うし」

「……あの人ね。あの人はどう思ってるんだろうな」


 独り言のように呟くけど……その言い方にどこか壁が感じて今までのどこか他人のような関係を思い出してしまう。

 公爵夫人亡き後に変わったというけど、もしかしてよそよそしくなったのもその時期なのだろうか。


「……前から思っていたけど公爵と壁があるわよね」

「……まぁ、そうだな。言ったとおり、母親が死んでから仕事に没頭してさ。俺は別にいいんだけど、弟妹はまだ小さいから気にかけてほしいんだけどいくら言っても無関心で腹立つんだよな」


 軽蔑した表情で吐き捨てるように呟く。その声と表情から心の底から嫌悪している様子が感じ取れる。


「仕事が大切なのは分かるよ。でも、まだ小さいあいつらには父親であるあの人が必要なのは事実だ。……特にエルルーシアは母親の記憶が一切ないから気にかけてほしんだけど上手くいかなくて。だから俺がヴェズリーとエルルーシアの面倒見てきたんだ」


 頬杖をしながらもう片方の手でティーカップの中にあるティースプーンを回す。カップとスプーンがぶつかってカラカラと音が鳴る。

 エルルーシアちゃんの話はすぐ上の兄であるヴェズリー君よりユーグリフトの方が多いなと思っていたけどそんな理由があったんて。

 ……前から公爵とユーグリフトの間に何か亀裂があるように見えたのは弟妹たちへの態度が原因だったんだと理解する。


「弟妹思いなのね」

「……ああ、大切な弟と妹だよ。母上に頼まれたっていうのもあるけど、俺にとってもあいつらは大切な存在なんだ」


 ヴェズリー君とエルルーシアちゃんを思い出しているのか、父親に対する嫌悪感が消えて表情が柔らかくなる。……本当にヴェズリー君とエルルーシアちゃんを大切にしているのが窺える。

 ……私がユーグリフトの立場だったら、七年という歳月が経っていても完全には昇華出来ないと思う。

 だけど、ユーグリフトは自分より弟妹の方を優先して父親である公爵の代わりに面倒を見てきて精神的に強いなと思う。

 ユーグリフトが同じ年にしては妙に大人っぽいのは子どもながらに親族たちの抑圧に母親の死、父親との確執と色々と経験しているからだろうかと考えてしまう。


「……ユーグリフトは、」


 ポツリ、と中途半端に言葉にするも押し黙ってしまう。……こんなこと、私が聞いてもいいのだろうかと思ってしまうけど……知りたい。


「……ユーグリフトは今でも騎士になりたいって思ってる?」


 逡巡しながらもユーグリフトに問いかける。

 騎士は危険な仕事で時には怪我をして最悪の場合、命を失う仕事だ。

 一度、目の前で人が刺されて死を見てしまったけど、それでもユーグリフトは騎士になりたいのだろうか。

 問いかけるとどこか遠い目をしながら口を開く。


「……そうだな。なれるのならなりたいって思うよ」


 紅玉の瞳の視線を伏せながら、簡潔に答える。


「むしろ、あんなことがあったからこそなりたい。もう、二度と後悔したくないから守れる力がほしいって思ってしまうんだ」

「……そう」


 自分の拳を見ながら握り締めながら呟く。

 辛い過去があっても目を逸らさなくて、やっぱり強いなって思う。


「それじゃあやっぱり卒業後は騎士に……?」

「……なりたいって思うけど、あの人は俺が母親と同じ道ヘ進むことに反対しているから。難しいなって思ってるよ」


 溜め息を吐きながら語る。その紅玉の瞳には諦めているのか諦観の感情が浮かんでいる。

 創立祭でも「騎士は論外」って言っていたけど……やはりそれは公爵が反対しているからかと確信する。

 騎士は名誉な仕事であると同時に時には命を落とす危険な仕事のため、騎士になる際は親や近い親族といった人たちの同意書が必要となってくる。

 両親が亡くなっているのなら後見人である親族に頼むけど、両親のどちらかが生きているのなら親のサインが必要になる。


「騎士になりたくて何回か話し合いはしたんだけどあの人はまともに人の話を聞かないから。それが原因でもう二、三年まともに話してないな」

「そんなっ……」


 続いて語るユーグリフトの発言に衝撃を受ける。家族なのに、数年まともに会話していないなんて。

 先ほどとは違う意味で呆然とするとユーグリフトが頬杖をしながら笑う。


「カーロインの家は家族仲がいいって有名だもんな。驚くかもしれないけど本当。……だから少し羨ましいなって思う」


 乾いた笑みで笑うけど……その表情にはどこか寂しさが感じて見ていて胸が苦しくなる。

 そんな風に思っていると鐘の音が店内に響いてビクッと肩を揺らすとユーグリフトが懐中時計を取り出す。


「もうここに来て一時間か。カーロイン、予定とか大丈夫?」

「私は大丈夫……」

「それならよかった。俺は一度屋敷へ帰るけど、カーロインは?」

「……私はもう寮へ帰るわ」


 この後は特に予定はないけれど今日はもう寮へ帰りたい。重い内容を聞いてしまってから柔らかいベッドに身体を沈めたいって思ってしまう。

 そして二人で会計に向かってお金を払おうとするとユーグリフトに止められる。


「いいよ。俺払うから」

「……いいわよ。自分の分は自分で払うわ」

「エルルーシアと話に付き合ってくれた礼と思ってくれたらいいから」


 そう言って私の分の会計も済ませる。ユーグリフトに払ってもらうなんて。借りが出来たようで解せぬ。

 そして会計を済ませてカフェを二人で出ると少し先を歩くユーグリフトが振り返る。


「こんな話、初めてしてしまったけど別に気にしなくていいよ。もう自分の中では折り合いは付けているし」


 いつもどおりの堂々とした声でそんなこと言う。……そんなこと言うけど聞いたこっちはそんなすぐに折り合い付けられない。

 その後、ユーグリフトと別れて寮へ帰宅したけど気分が晴れることなく翌日へ向かってしまった。

 あんなことを聞いてしまったこともあってユーグリフトと口喧嘩する気力もなく、また、初めての学期末試験で不安を見せるリーチェの勉強やアロラの勉強を見て時間はあっという間に過ぎていき、学期末試験へと突入した。


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