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幕間2.過去編

 それからの日々は特に異変もなく平和だった。

 相変わらず大叔父や親族に分家は両親を詰っていたが、護身術と称して大叔父たちに騎士を目指していることを気付かれないように鍛練に取り組んだ。


 そして二年後、それは起きた。 

 当主である父にエルルーシアを出産した母に自分の三人で公爵邸にやって来た親族や分家たちを持て成していると、警備を掻い潜った数人の刺客が侵入してきて父に刃を向けた。

 突然の侵入者に集まっていた親族や分家は(みな)パニックになって我先に逃げようと屋敷へと走り、警備していた騎士たちは刺客を討伐しようと混戦状態となった。


「ユーグリフト! こっちへ来るんだ!」


 母に腕を引っ張られながら両親とともに安全な屋敷内へ向かって逃げていると、ふと、後方から気配を感じて振り返る。


「……っ!!」


 振り返るとどこかに隠れ潜んでいた刺客の一人がこちらをじっと見据える。

 そして刺客と視線が絡まると刺客はユーグリフトたちの方へ向かって走った来た。


「公爵様!!」


 気付いた騎士が叫んで走るも到底間に合う距離ではなく、走って逃げるも距離は縮まるばかりで目と鼻の距離となった。

 逃げられないと気付いた父が自身を、母を守るように後ろへ隠したのを確認して父に向かって手を伸ばす。


「ちちう──」


 そして父を呼んだその瞬間、視界の端に白銀の色が走っていくのを見えたと同時に刺客が鋭利なナイフが父に向かって進んだ。

 何かを深々と刺す音とともに悲鳴のような、くぐもった声がユーグリフトの耳に通った。


「ちぃっ……!!」

「……ぐっ……」


 ポタポタと赤い液体が美しい公爵邸の庭を場違いに彩る。

 そしてそこにいる人の後ろ姿に、光景にユーグリフトは縫い付けられたかのように動けなくなった。


(……赤い液体? 赤い液体って?)


 縫い付けられたように動けなくなっている間にもポタポタと液体が滴り落ちる音が耳を通り、必死に脳が否定しようとするも否定することが出来ない。


(嘘だ、嘘だ……)


 庭を場違いに彩らせているのは紛れもなく鮮血で、それを流している人物は──母だった。


「くそっ……」

「はっ……、痛いからやめてほしいね……」


 刺客がナイフを抜こうとしているのか引っ張ると母が苦痛に満ちた声で返す。

 そして素早い動きで相手の膝を蹴ると、蹴りを食らった刺客がナイフから手を放して走って来た騎士によって拘束される。

 刺客が叫ぶが何を言っているのか頭に入らず、ユーグリフトはついさっき、たった今の光景をただただ呆然と思い出していた。


(なんで、母上が)


 父を呼んだその瞬間、視界の端に入ったのは確かに白銀の色で。

 白銀の髪を持つのは自分と母のみで、確かにその光景をはっきりと見た。

 母が父を庇うように、刺客の前に出て腹を刺された場面を。


「っ……」

「! 母上っ!!」

「奥様っ!!」


 母が倒れると同時に刺客を拘束する騎士とユーグリフトが叫ぶ。

 ユーグリフトが駆け寄ると、左の脇腹に鋭利なナイフが深々と刺さっているのが見られ、冬色のドレスを赤黒く染めていく。


「し、止血を……」


 動揺して声も動作もままならないが、やらないといけないことははっきりと分かった。

 ハンカチを利用して止血しようとするも上質な無地のハンカチはあっという間に赤く染まって狼狽える。


(なんで……なんで止まらないんだっ……!!)


 応急処置の止血方法は母から受けていてその処置は間違っていない。

 なのに、血は一向に止まる気配を見せずにユーグリフトに不安を掻き立てる。

 剣術の鍛練で、今まで何度も怪我をしてきた。

 しかし、鍛練でこんな大量の血を流すことは今までなく、服が赤黒く染まる光景を見たことなかったため恐怖心が募っていく。


「なんで……なんで止まらないんだっ……!!」

「ユーグ、リフト……。いいから……」

「いいわけありません……!!」


 落ち着かせようと母が声をかけるが落ち着けるわけなかった。

 深々と刺さる凶器と一秒ごとに広がっていく赤い染みから、大きな怪我をしたことないユーグリフトでも一目見て致命傷だと理解出来た。

 それでもどうにか止血しようとするが、動揺して止血することもままならず焦りが募って悪循環に陥る。

 だからその時、母がどこを見ていたのか分からなかった。


「……ユーグリフト、もっとこっちへ来なさい」

「母上っ!? どうかしました!?」


 か細く自分を呼ぶ母に半ば叫び声でユーグリフトが応答する。

 覗き込む母の顔はどんどん青白くなっていて、刻一刻と「死」が近付いているのが簡単に読み取れてさらに不安を与えるのには十分だった。

 近付くと息苦しそうにユーグリフトを見て微笑む。


「悪いけど……、お前に頼んでもいいかな」

「何をです!?」


 止血作業を行いながら続きを促すと母が手を震えながら頬に触れ、ゆっくりとか細い声で囁く。


「騎士にならなくてもいい。オズワルドを、ヴェズリーを……、エルルーシアを、守っておくれっ……」

「っ母上……!?」


 頼みごとの内容に衝撃を受けるも咳込んで口から血を吐き出す姿を見て硬直する。

 直後に駆け付けてきた医師が母を救おうと使用人に指示して屋敷へ入れるも、母からの頼みごとに吐血した姿を見て動けずに硬直する。


「なんで、あんなことを……」


 屋敷内へ運ばれる母を呆然と見ながら最後に言われた言葉を反芻する。

 まるで、まるでその言葉は自分が処置しても助からないのを予期しているかのようで──。


「坊ちゃま……、ここは危険です。奥様の側へ……」

「……わ、分かった」


 おずおずと物心がついた頃から公爵家に仕える家令のクレトに進言され、意識を戻してどうにか返事する。

 唇を噛みしめながら、拳を握り締めながら自分自身に言い聞かせる。


「大丈夫……、母上は、強いお人だから……」


 母の近衛騎士時代の活躍は知っている。女性の身でありながら男性騎士と引けを取らず当時の王太子妃、現在の王妃の護衛もしていたと聞く。

 引退した後も鍛練を欠かさずしていて、自分の剣の師であり、公爵家の騎士も育成していて強い人なのは知っている。

 それに母自身、自分のことを丈夫だと言っていたではないかと思い出す。


(だから絶対、死ぬはずない……)


 拳を握りしめたまま、願懸けするように自分に言い聞かせる。

 母は強い人だ。だから、最悪なことなんて起きるはずない──そう、必死に思い込む。


「旦那様も奥様の元へ……」


 何度も己に言い聞かせて落ち着かせることで、クレトがもう一人佇んでいた人に進言した方向へ視線を向ける。


「父上……?」


 クレトの呼びかけで、そこでようやく父も自分と同じように呆然と立ち尽くしていたのを知った。




 ***




 懸命な治療が行われたが結果的に母は意識を戻らずに亡くなった。

 死因は臓器損傷が原因だが、凶器として使用されたナイフには猛毒が塗られていて、傷口から猛毒が全身に回る代物で急所を外しても死ぬという用意周到な手口だと判明した。

 死因は判明したものの、母の死因は父の意向で正式な死因は発表されることなく、母の死因は病死と公表された。

 それからだ。父が変化したのは。


 以前は忙しくても子どもである自分たちとの時間を大切にしていたが母の死後、父はその時間を全てなくして仕事に没頭するようになった。

 そしてそれと同時に、それまで大人しくしていたのと打って変わって親族や分家の粛清を開始した。


 以前から本家である公爵家へ何かと口出しをしていた当主夫妻を短期間で次々と()()()()させ、その後釜には大人しくて一定の能力を有する当主たちを据えた。

 次に一門の中でも影響力を持つ親族たちと敵対することを承知で徹底的に排除させて力を削ぎ落した。

 それでも不満を口出す親族や分家は()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして親族や分家の影響力を潰しながら当主である自身の命を狙った犯人を見つけるべく徹底的に調べ上げて犯人を見つけた。

 犯人は大叔父で、父の死後に母を追い出して自分たちを都合よく操ってさらに権力を増幅しようと企んでいたのが明らかになり、父によって一掃された。

 


『お前が悪いのだ、オズワルド! お前が、あんな女を公爵家に迎え入れたから! 儂に口答えするから! あの女を殺したのはお前だ!!』

『あの時大人しく死んでおけばよかったものの。あの女は最期まで邪魔ばかりしおって!!』



 己を排除しようとする父に大叔父は最期まで呪詛のような暴言を吐き続けたがそれまで大叔父に同調していた親族は全員粛清済みということもあり、大叔父の最期はあっけなく幕を閉じた。


 一年で父は余計な手間暇をかけずに邪魔な親族や分家を全員排除し、有能で口出ししない親族や分家のみと必要最低限の交流しかしないようになった。

 その後、父は宰相へと登り詰めて政治の中枢へ食い込み、敵対する人間には容赦のないことから「冷酷な宰相」と呼ばれるようになった。


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