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66.嫉妬と怒り

「…………」


 私を睨みつけながら見つめるシェルク侯爵令嬢を堂々と見つめ返す。

 シェルク侯爵令嬢の顔を見てさっと状態を確認する。まだ捕まって一日だからか、体調の変化はなさそうだ。


「貴女と会うことは今日で最後と思うから会いに来たの。聞きたいこともあったからね」

「聞きたいことですか。いいですよ、何聞かれるか大体予想がついているので」


 簡単に了承してほんの少しだけ驚く。嫌がられると思ったのに素直に応じるとは。

 でも、その方がスムーズに聞きたいことが聞けるのでいい。

 ベッドから立ち上がりこちらへ近付いてくる。彼女のトパーズ色の瞳と視線がぶつかる。


「なら単刀直入に聞くわ。どうして私とオーレリアに危害を加えようとしたの?」


 簡潔に問いただす。私が聞きたかったのはこれだけだ。

 侯爵令嬢で王妃に十分なれる身分と教養は持っていたけど彼女は王妃を目指している様子が全く見えなかった。ルーヘン伯爵令嬢のように、ロイスに積極的に話しかけたり近付く人柄でもなかったから余計にだ。


「……そんなの、決まっているからじゃないですか。オーレリア・マーセナスはただ単に気に入らなかったから。そしてメルディアナ様はそんなオーレリア・マーセナスと殿下をくっつけようとしていたからですよ」


 私の問いにシェルク侯爵令嬢が無表情で淡々と答えていく。


「私はロイス殿下が好きだった。それこそ、初めてお会いした時から、一目見た時から好きだった。……だけど、そんな殿下の側には私よりもっと相応しい相手……メルディアナ様がいました」


 ポツポツと出会った時のことについて話していく。……初めて会った時からというと、もう七、八年前からか。


「二つの公爵家の血を引いて、美しくて勉強も殿下と張り合えるほど優秀で、教養であるヴァイオリンも刺繍もマナーも同世代の中で一番優れていて。……何より、いつも微笑みの仮面を被っている殿下を本当の笑みに変えていた令嬢はメルディアナ様だけでした。……そんなの、私が出る幕ないじゃないですか」


 悔しそうに、泣きそうな表情で声を絞り出すようにシェルク侯爵令嬢がこぼす。……その言葉だけで本当にロイスのことをよく見ていて思っていたんだと窺える。


「婚約発表まだだけど、メルディアナ様は殿下の筆頭婚約者候補でしたから学園在学中にでも正式に婚約すると思っていました。……殿下の隣に相応しいのは血筋に家柄、教養と何もかも秀でいるメルディアナ様しかいない。そう思っていたのに……」


 声音が下がってシェルク侯爵令嬢が俯く。

 しかし次の瞬間、その泣きそうな形相は消えて顔を上げる。


「それなのにメルディアナ様は辺境の田舎者のマーセナスと殿下をくっつけようとするなんて。そんなの間違ってるわ!」


 怒りからか、声が大きくなり最後は私を見上げて睨み付けてくる。

 トパーズ色の瞳は今や怒りと嫉妬の感情で埋め尽くされているのが読み取れる。


「私が王妃を目指さなかったのは公爵令嬢で非の打ちどころのないメルディアナ様がいたから。だけどメルディアナ様が王妃になる気がないのなら私が王妃になるわ!」


 感情的に金切り声でシェルク侯爵令嬢が叫んで、シェルク侯爵令嬢の声が空間全体に響く。

 興奮気味のシェルク侯爵令嬢を見て少しだけ間を開けて再び問いかける。


「……だから私とオーレリアに危害を加えるように依頼したと?」

「ええ、そうです。マーセナスだけ危害加えても筆頭婚約者候補であるメルディアナ様が健在なら意味がない。だから二人を狙ったんです。……ですが、メルディアナ様が予想以上に剣術に長けているのは計算違いでしたね」


 建国祭の件を思い出したのか顔を歪めながら呟く。シェルク侯爵令嬢からしたらまさか荒くれ者たちが返り討ちになるとは思わなかっただろう。

 やはりあの時オーレリアたちと二手に別れてよかったと思う。いくらケイティがいたとしてもアロラとオーレリアを守りながら大人数の荒くれ者を返り討ちにするのは難しかったと思うから。


「王妃にしようと企んでいるのかもしれませんけど、あの子に王妃は勤まりませんよ。政治に無縁の、中央に何一つ伝もない辺境の田舎貴族が王妃になるなんて中央貴族の当主も令嬢も納得しない。メルディアナ様だから皆黙っていたけれどマーセナスが王妃になったら羽をむしり取られる未来しか待っていないわ」

「荒唐無稽な話するのやめてもらえる? 聞いてて腹立たしくなるから」


 シェルク侯爵令嬢の発言に冷たく切り返す。ロイスを動揺させるから荒唐無稽な話をしないでほしい。


「もしそうなったとしてもカーロイン公爵家が後ろ楯になるわ」

「例え公爵家が後見人になっても全員が納得するわけないわ!!」


 後ろ楯になるといってもさらに噛み付いてくる。

 ……確かにオーレリアは辺境貴族出身だ。中にはシェルク侯爵令嬢のように侯爵位と同じ身分と思わず田舎貴族と考えている人間もいるだろう。

 だけど、だからといって辺境とバカにするのは間違っている。


「辺境の田舎貴族というけれど、彼らがどれだけ重要な存在が理解している?」

「たかが少し軍事力持っているだけの田舎貴族じゃないですか。そんな娘が王太子妃、ゆくゆくは王妃だなんておかしい話だわ。王妃に相応しいのは中央に権力を持つ中央貴族。そうじゃありませんか?」


 自分の言葉に何一つ間違いがないと確信して発言しているのが感じ取れる。……以前も同じ話をしたけどどうやら届いてなかったらしい。仕方ない、なら改めて言おう。


「少し軍事力を持っているだけ? それは国内の軍事力の四分の一は辺境伯家が担っているのを知った上での発言かしら?」

「よ、ん分の一……?」


 事実を伝えると詰まったように声を出す。まぁ、この内容は軍事史の教科書に書いていたくらいなので仕方ないけれど。

 しかし、国内の軍事力のおよそ四分の一は辺境伯家が保有しているのは事実だ。

 騎士を目指していない生粋の貴族令嬢であるシェルク侯爵令嬢が知る由もないだろう。


「だ、だからなんなんですか。今は戦争もない平和な時代じゃないですか!」

「ええ。今は、ね。もし他国と戦争が起きたら真っ先に戦場になるのは辺境伯の領土よ。でもね、その辺境伯家が敵に回ったら国は大混乱よ。王都と離れている分、王都からの支援を必要としない経済力と軍事力を保有しているから隣国へ寝返ったらその損失は計り知れないわ」


 反論するシェルク侯爵令嬢に淡々と事実を述べる。

 辺境伯家は決して田舎貴族とバカにされる一族ではない。むしろ、敵に回してはいけない一族だ。

 隣国と接している分、冷遇すると寝返る可能性がある。それはすなわち、経済力と軍事力を失うといっても過言ではない。


 だからこそ、王家は辺境伯家を大切に扱わないといけない。

 彼らがいないと領地が火の海になるのは中央貴族たちだ。戦争の際は命がけで国土を守り、国の守護を行っている辺境伯家を無下にするのは暗愚の為政者でしかない。


「辺境だからと下に見るのはいい加減にしたら? 誰のおかげで戦争を考えずに優雅な生活が出来ているのか。考えた方がいいわよ」

「……っ」


 指摘するとシェルク侯爵令嬢が口ごもる。……まぁ、いい。聞きたいことは聞けたのだから。ここで私は終わらせよう。


「……でもまぁ、こんなこと言っても貴女に意味はないわね。爵位を剥奪され、罪人になる貴女が王妃になることはあり得ないんだもの」


 父親のシェルク侯爵の罪は重すぎる。金山の未報告に違法な金製品の製造販売。到底許されるものではない。


「お父様の悪事のことを言ってるの? そんなの知らなかったわ! お父様がそんなことしていたなんて昨日知ったばかりよ!」

「ええ、そうかもしれない。でも──知らないからと言って許されると思ってるわけではないでしょう?」


 意図的に声を低めて告げると一瞬狼狽える。

 確かにシェルク侯爵令嬢は父親である侯爵の悪事を何も知らなかったかもしれない。

 だけど、彼女自身罪を犯しているから「知らなかった」からと言って逃げられるものではない。


「貴女は同じ貴族を手にかけようとした。自分の罪はしっかり償ってもらうわ」


 そしてロイスへ視線を向けて交代の合図を送る。

 合図を受け取ったロイスは小さく頷くと私と場所を交代してシェルク侯爵令嬢と対峙する。


「……シェルク嬢、今後は裁判を得て君の処遇が決まるが、まずは侯爵の方が先になると思う。裁判が始まるまで君は別の留置所で過ごすことになるだろう」

「殿下……。……どうして、あの子なんですか?」


 ロイスが出てくるとシェルク侯爵令嬢が泣きそうな声でそんなことを問いかける。あの子、というのはきっとオーレリアのことだろう。


「ずっと前から殿下を遠くから見ていました。殿下に恋い焦がれていました。なのに、殿下はメルディアナ様でもなくて私でもなくてあの子を見て……。どうしてあの子なんですか……?」


 絞り出すような声でロイスを見上げてシェルク侯爵令嬢が問いかける。

 トパーズ色の瞳からポロポロと涙がこぼれる。


「……そうだね。どうしてと言われても上手く言えないけど……シェルク嬢が僕を一目見た時から好きだったと同じように初めて彼女の音色を聴いた時から惹かれたんだ」


 シェルク侯爵令嬢の顔を見ながらロイスがゆっくりと言葉を選んで語る。


「廊下から聞こえる彼女の音色を聴いてどんな子なんだろう、と思ってずっと気になっていた。そして、実際に音楽演奏会で彼女の演奏を聴いた時、それは恋に変わったんだ。……だから君の気持ちには応えられない」

「っ……」


 ロイスの言葉を聞いてシェルク侯爵令嬢が崩れる。涙を抑えきれなかったのか、声を詰まらせて泣いている。


「まだ君は未成年だから処罰は侯爵ほど厳しくないはずだ。自身の罪をしっかりと償ってこれからは生きてほしい」

「殿下……」

「…………」


 泣くシェルク侯爵令嬢にかがんでハンカチを差し出すと少しだけシェルク侯爵令嬢を見つめる。

 その時間はほんの二、三秒で、立ち上がるとシェルク侯爵令嬢に背を向けて私に声をかける。


「行こう、メルディアナ」

「……いいの?」


 来た道へ先に歩いていくロイスに尋ねる。話したいことがあったというのにもういいのだろうか。


「うん。彼女は今後、茨の道を歩むことになる。そんな彼女にあまり言うのもどうかなって」

「……そうね」


 ロイスの言うとおり、罪を犯したシェルク侯爵令嬢の今後は茨の道のりだろう。

 貴族令嬢だった彼女はこれから罪人として罪を償うのだから。自尊心の高い彼女は許せないだろう。


「メルディアナの方こそいいの? あんな目に遭ったのに」

「いいわ。聞きたいこと聞いたから」

「そう?」

「ええ」


 先を歩くロイスの隣を並んで歩いていく。

 シェルク侯爵令嬢と今後遭う可能性は限りなく低いだろう。

 危害を加えようとしたけど、それでもずっと不幸になれという気持ちにはなれない。

 罪を償って、今後彼女の人生に少しでもいいことがあればいいなと思った。



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