64.王宮へ
その日の夕方、夕食の前にでもロイスに謝りたいなと思って門限の時間まで校門近くまで待つ。
しかし、いくら待ってもロイスが返ってくる様子はなく、不思議に思い守衛に声をかける。
「あの、殿下はまだですか?」
「王太子殿下ですか? 殿下なら本日は王宮へ泊ると申して手続きをしましたが」
「え」
守衛の返答に耳を疑う。王宮へ泊まり込み?
学生は基本的に寮生活をするが、夜会やお茶会の予定があれば外泊も認められている。
ロイスも授業期間中でも絶対参加の公務があれば手続きをして王宮へ泊っていた。だから今回も大事な予定があるから申請したかもしれないけど……。
……とりあえず、王宮に泊まるのなら今日は会えない。仕方ない、明日の朝にでもロイスを取っ捕まえて謝ろう。
そう決意して女子寮へと戻る。今日の課題に明日の予習もしないといけない。もうすぐ学期末試験だし勉強しようと思う。
***
──と、思っていた時期が私にもありましたよ。
ロイスと喧嘩してから三日。あれからロイスに会えずじまいとなっている。
理由は王族の仕事。それで三日間、学園を欠席している。
タイミングよすぎてわざとかと思ってしまう。そもそも、ロイスは王族だけどまだ成人していないので王族の仕事は制限されているはずだ。
そりゃあ、時には忙しそうに動いている時もあるけれど、それでも陛下や王妃様と比べると仕事は制限されているので泊まり込みの仕事をする必要はあまりない。
なのに泊まり込みで仕事していると聞いて口を尖らせる。
父に聞いてもいいけれど、王族の仕事なら私には話さないはず。だからどんな内容なのかも全く分からない。
「殿下が休んでもう三日かぁ。忙しいんだね」
「そうね」
「お忙しいですね。生徒会の仕事もありますし、早く終わってくれたらいいのですが」
オーレリアも心配そうにロイスの体調を案じる。
来月には学期末試験もある。今回こそはロイスとユーグリフトを倒したい。なので早く仕事が終わってほしいと思う。
そして、先日八つ当たりしたことを早くロイスに謝りたい。
そんなこと考えながら午後の授業も真面目に受けて寮へ戻ると、週末ということもあり、手紙がたくさん届いていた。
「今週もたくさん……」
手紙が届くことは珍しくない。月に一度、家族から手紙が来るし、今は学園があるけど週末はよくお茶会や夜会の招待状を受け取ることがあるから。
なので鞄を机に置いてベッドに座りながら差出人を確認する。
「これはお茶会、こっちもお茶会。こっちは夜会で……あれ?」
封に記された名前、そして紋章に息を呑む。
「珍しい。お父様から……?」
封にはカーロイン公爵家の家紋の蝋が押されていて、差出人の名は父となっている。
父が私に手紙を送ることはそう多くない。基本的に母と兄が送ってきて父は用がある時のみ送ってくる。なのでこれは私に用があるということだ。
「……もしかして犯人が分かったとか?」
父が私に手紙を送るとしたらそれくらいしか思いつかない。まだ一ヵ月経っていないけど犯人が分かったから手紙を送ってきたのかもしれない。
「……とりあえず、開けて確認しないと」
机の棚からペーパーナイフを取り出して手紙の封を切って目を走らせ……ゆっくりと息を吐く。……どうやら、私の予想どおりだったようだ。
「……よかった」
ほっとしてポツリと独り言を呟く。
父の手紙を要約すると犯人は無事捕まえたようで、雇い主に侍女のドロテ、騎士二人の身柄も押さえてその主人である一家も全員捕らえたようだ。
学園に通う彼女も押さえて今は王宮の牢にいるらしい。
そして私も王宮に来るように命令が書かれている。学園付近に公爵家の馬車を用意しているので手続きを取って向かうようにと指示されている。
「……とりあえず王宮へ行きましょうか」
荷物を置いたまま制服の状態で部屋を出て、外出手続きを行い学園を出る。
そして手紙に記されたとおり右側を曲がるとカーロイン公爵家の家紋が記された馬車とケイティの姿が視界に入る。
「お嬢様、旦那様が王宮へ向かうようにと」
「ええ、聞いてるわ。向かって頂戴」
「かしこまりました」
御者に指示をして馬車に乗る。
向かいにケイティが座ると御者に合図をしてカタコトと馬車がほんの僅かに揺れながら動いていく。
窓から映る景色を眺めながら手紙の内容を考える。
犯人である彼女の家は表向きには私の実家・カーロイン公爵家、そして母の実家であるウェルデン公爵家と敵対していなかった。……内心どう思っていたかは別だけど。
それなのによく一ヵ月も経たずに調べて証拠も掴んだなと思う。……まぁ、それくらいの情報能力がないと長年政治の中枢にはいられないのかもしれない。
後継ぎでもないのでそこら辺のことは教えられなかったけど、カーロイン公爵家は大臣をしていない時代でもその権力と領地から国の中でも大きな影響力を持っていたから陥れようとする政敵には神経を尖らせていたのかもしれない。
「ケイティは王宮へ行く理由は知っている?」
「一応知っています。お嬢様に危害を加えようとした家を捕らえた、と」
「そう。……相当恨まれていたとはね」
私とオーレリアを襲うように指示した犯人はアマーリヤ・シェルクだと判明した。
シェルク侯爵令嬢とは同じ中央貴族の令嬢として幼少期から顔見知りで、それこそ幼い頃は彼女の母親主催のお茶会にも参加して一緒に遊んだこともある。
そんな彼女が私を害そうと画策していたとは、と考えて小さく息を吐く。
「お嬢様」
「平気よ。人間誰とでも気が合うわけじゃないもの」
ケイティが少しだけ心配そうに見てきたのでそう返す。……シェルク侯爵令嬢とは深い交流はなかったけど、それでも昔からの知り合いだったから知った時は僅かばかり動揺した。
それでもシェルク侯爵令嬢がしたことは許されるものではない。彼女は勿論、それに関与した侍女や騎士たちも裁きが下されるだろう。どんな理由であれ、罪はしっかり償ってもらわないといけないと思う。
「…………」
そんな風に考えながら馬車に乗っていると王宮へ到着する。
馬車から下りると、昔からの顔見知りである近衛騎士団の副団長がやって来る。
「カーロイン公爵令嬢、お待ちしておりました」
「シャヘル副団長。お出迎え、ありがとうございます」
王族と王宮を警護する近衛騎士団の副団長であり、伯爵家の当主であるシャヘル副団長にカーテシーをして挨拶する。
ちなみにシャヘル副団長と知り合ったのは十一年前。私とロイスが初めて会った時に一緒にいた騎士だ。
シャヘル副団長にはたくさんお世話になった。ロイスと一緒に剣術教えてもらったり、たまにロイスと一緒に王宮内でかくれんぼしてその捜索ととても振り回した。
そんなシャヘル副団長だがその後、順調に出世して副団長になったようだ。出世して何より。
シャヘル副団長の後ろをついていきながら王宮内部へ進んでいく。
王宮の父の執務室へ行くのは初めてなので少し緊張する。
そう思いながら歩いていると、やがて父の仕事部屋である執務室へたどり着く。
「私は入り口で控えておりますのでどうぞお入りください」
「分かりました」
シャヘル副団長に頷き、ドアをコンコンとノックして声をかける。
「お父様、メルディアナです。入ってもよろしいでしょうか」
「入りなさい」
「はい」
ドアを開ける。そこは父の執務室だと思っていた。
しかし、それは全く見当はずれで、そこにいたのは──陛下に王妃様と父、そしてロイスの四人だった。
「は?」
「まぁ、メルディアナ。素になっているわ」
素っ頓狂な声をあげると王妃様が指摘する。それは大変申し訳な……って違う!
なんで? なんで陛下に王妃様にロイスと王族全員集合しているの!?
呆然としているとふふ、と悪戯が成功したように王妃様が笑う。
「ふふ、メルディアナ。いいから座りなさい」
「は、はい……」
戸惑いながらも王妃様に命令されて父の隣へ腰がける。王宮の父の執務室は知らないけど、ここは父の執務室だと思っていた。
けどここには王族全員いる。ということは、ここは父の執務室ではない。
「お父様、ここは?」
「殿下の執務室だ」
「ロイスの!?」
予想外の発言に驚いてしまう。父の執務室ではないと思っていたらまさかロイスの執務室って……!!
しかも王族一同集合とか聞いていない。なんで教えてくれなかったんだ。
「メルディアナ、許してね。私が命じたの。とりあえず、王宮に来るように書きなさいって」
「王妃殿下が……」
父に抗議の視線を投げかけていると王妃様が弁明するように説明する。王妃様の命令……。少しだけ溜飲が下がる。王妃様の命令なら父も逆らえにくい。
大人しく座っているも私の向かいにはロイスがいる。……この前、八つ当たりして気まずい。
ロイスにはずっと謝りたいと思っていたけどそれは今じゃない。なんてタイミングだ。
そんなことを内心思っていると、陛下が声をあげる。
「さて、では全員揃ったから始めよう。ロンバルト」
「はい」
陛下が父の名前を呼ぶと父が返事し、私の方へ視線を向ける。
「メルディアナ、手紙を見て犯人を知ってどう思った?」
「……どう思ったかですか?」
父に問いかけられ、少しだけ考える。どう思ったか……。
「……正直、少なからず動揺しました。シェルク侯爵令嬢とは学園で関わる機会が殆どなかったので」
そしてありのまま、思った気持ちを正直に述べる。
二年間クラスが異なっていたシェルク侯爵令嬢とは関わる機会がほぼなかった。
強いて言えばオーレリアに嫌がらせをしていたのを介入したくらいだけど……まさかあれで恨まれていたのだろうか。
もしそうだとしたら中々の演技派だと思う。敵意を隠し、建国祭中に私に危害を加えるように依頼した後に夜会で微笑みながら私の様子を見に来たのだから。
「あとは犯人が早く見つかって少し驚きました。シェルク侯爵家は我が家ともウェルデン公爵家とも敵対していないのによく見つかったな、と」
「そうか。それは、殿下のおかげだ」
「……ロイスの?」
父の言葉を反芻してしまう。ちなみに、陛下たちは普段私がロイスと呼んでいるのを知っているのでここでもロイスと呼ぶ。
ロイスの方へ目を向けるとロイスがゆっくりと話し出す。
「ここ数ヵ月、違法な金製品が出回っていたのは知ってるよね?」
「……? ええ、お兄様も懸念していたから知っているけど……」
突然そんな話を振られて少し戸惑うも答える。
春休みの少し前からアルフェルド王国の一部で違法な金製品が発見されていて問題になっていた。特に金製品の商取引も行うお兄様は困った様子で金製品の鑑定を信頼している部下とともにしていたくらいだ。
公爵家の後継ぎが自ら行うのかと思うかもしれないけど、商取引にとって信用はそれだけ大切ということである。名を轟かせるには時間がかかるのに信頼を失うのはあっという間に可能であるからだ。
「……シェルク侯爵がその違法な金製品を販売していたと?」
「正確には製造販売ね。領民である職人に製造を指示して販売していたのよ」
「製造をですか?」
王妃様の言葉に耳を疑う。販売だけではなく、製造までしていたなんて。
「ですが王妃様。金は貴重な資源で金山が発見され次第、王家にほうこ……」
そこで口が止まる。そう、金はアルフェルド王国では貴重な資源だ。そのため、発見され次第王家に報告して国が管理することになっている。
シェルク侯爵領の土地柄と特徴について瞬時に思い出す。……もしかして。
「シェルク侯爵領に、金山があったのですか?」
王妃様に尋ねるけど、実際は確信に近い。
シェルク侯爵領は貴金属の工房を幾つも所有していてさらには山も複数所有している。その内の幾つかが金山だったとしてもおかしくない。
「ええ、そうよ。製造を開始した年月を考えると見つけたのはここ二年ほどね。鉱夫たちに金を採掘させてそれを他金属と混ぜ合わせて作るように指示して純金と謳って商人に販売させていたみたい」
「……なんてことを」
思わず頭を抱える。なんてことしているんだ。
混ぜ合わせた偽物を純金と言って販売するなんて。金の価値を下げるだけじゃない。下手したら国の信用が疑われて国際問題に発展する内容だ。
「急激に行うと露見する恐れがある。だから露見しないように調整しながら違法な金製品を純金と言って高値で販売していて膨大な利益を得ていたんだ。一刻も早く見つけないといけないのに巧妙に細工をしていたせいで見つけるのに苦労したよ」
はぁ、とロイスが溜め息を吐きながら疲れた様子で呟く。確かにこれは一刻も早く見つけないといけない問題だ。他国にも渡っているかもしれないから商人を取り押さえて証拠も押さえないといけない。
「シェルク侯爵に商人、職人は取り押さえたのですか?」
「ああ、全員取り押さえて拘束している。王都と侯爵領の侯爵邸は今頃王立騎士団が捜査しているはずだ」
「そうですか……」
父から取り押さえたと聞いてひとまずほっとする。まだやることはいっぱいあるけれど、とりあえずこれ以上被害が広がることはないだろう。
「侯爵の金山の未報告に違法な金製品の製造販売、令嬢の暴行容疑でシェルク侯爵家の取り潰しは決定事項だ。領地は王家管轄となってこれからは我々が管理することになるだろう」
陛下がシェルク侯爵家の処罰を簡単に告げる。取り潰しは確定だ。行った犯罪が多すぎる。
詳しい処罰は今後決まるだろうけど、爵位剝奪は確実だ。
「メルディアナが令嬢と会うことは二度とないでしょう。だからメルディアナ。もし話すことがあるのなら最後に会いなさい」
「王妃殿下……」
王妃様の発言に考えてしまう。王妃様の言うとおり、シェルク侯爵令嬢と会うことはもう二度とないだろう。
彼女自身の罪に侯爵の罪。貴族ではいられないし、今後は茨の道だ。
……恨み言を聞くのも今日だけだ。なら、最後に向かい合って私も話をしようと思う。
「……分かりました、シェルク侯爵令嬢に会おうと思います」
「そう……、分かったわ。ならあとで案内させるわ。ロイス、シェルク侯爵の件よくやったわ。あとは私たちに任せなさい」
「はい、母上」
「私たちはこれから会議があるからここで退室するわ。ロイス、ここ最近忙しかったでしょう? ドアを少し開けて口の堅いシャヘル副団長が外で警護しているからメルディアナと少しゆっくり話しなさい」
「へっ!?」
「ありがとうございます」
王妃様の発言にまたしても素っ頓狂の声をあげる。ちょ、王妃様!?
そして王妃様は疾風の如く陛下と父をつれて部屋から出ていった。王妃様、策略家じゃないですか?
「メルディアナ、少しいいかな」
「……ロイス」
ロイスの方を見ると少し困ったような笑みを浮かべながらそう呟いた。