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63.助言

 早歩きで談話室から出ていく。

 十一年はまだ私たちにとっては決して短くない時間だと思う。

 王都に滞在している時は母親同士がお茶会している間、二人で王宮内を探索したり王宮図書館で一緒に星や国の文化など読んで笑いあっていた。

 そこには恋愛感情は存在しないけど、それでも親愛とという友情があったと思う。

 だからこそ、ロイスが困っているのなら、悩んでいるのなら力になりたいって思っていた。

 我儘かもしれないけれど、疲れているのならせめて話くらいは聞いて助けたいのにと思った。

 なのに『気にすることじゃない』の一点張りで。

 それがひどく、悲しくて。悔しくて。


「バカっ……」


 唇を噛み締めて前を見ずに早歩きで歩いたのが悪かったのだろう。

 いつもならしないミスをして、曲がり角のところで盛大に人とぶつかり体勢を崩してしまう。


「あっ──」


 体勢を直さないと、と思った同時に左腕を掴まれて助けられてしまった。力強い、男子生徒だ。


「すみません……、ありがとうございま──」


 しかし、お礼を最後まで言えずに止まってしまった。

 なぜなら、私の腕を掴んで助けてくれたのはユーグリフトだったから。


「な、なんで……」

「ここを歩いていたら前を見ない誰かさんが突撃してきたんだけど。……それで感謝こそされても未確認生物を目撃したかのようなリアクションされる覚えないと思うんだけど?」


 はくはくと口を魚のように動かしているとそんな風に切り返される。前を見ない誰かさんって私か。助けてもらったのは感謝するけどその言い方はどうかと思う。

 むっとするも言い返す気力が湧かずに黙っているとユーグリフトが眉を顰める。


「……? 何、もしかして風邪?」

「……はっ?」


 斜め上の方向へ行って思わず声を出す。待って、なんでそんな答えへ辿り着くんだ。


「……風邪じゃないわよ」

「ふぅん。噛みついてこないから風邪でも引いているのかと思った」

「噛みつかないと私じゃないってこと?」

「違うの?」


 カチーンと来る。コイツ、人を何だと思っているんだ?

 そう言えば猪って前に言われたしもしかして動物扱いしている?


「言うけど私が噛みつくのはあんただけで猪じゃないから」

「猪とはまだ言っていない」

「今言ったじゃない!」

「うるさい」


 盛大に吠えるとユーグリフトが左手で左耳を抑える。うるさいのなら両手で抑えたらいいのに、右手は未だ私の左腕を掴んでいる。

 痛くはないけれどしっかりと掴まれているため離れたくても離れられない。


「でもま、その様子だとまた何かあった感じ?」

「……さぁ、なんのことやら」

「あ、殿下」

「え」


 びくっと肩が上がり勢い良く振り返ると後ろには誰もいない。……嵌められた。唇を強く噛み締める。


「へぇ、殿下ねぇ?」

「……何よ、笑いたいのなら笑いなさいよ」


 睨みつけながら言い返す。今さら言い訳してもこの様子だとバレている。なら潔く認めるしかない。


「別に笑わないけど珍しいじゃん。穏やかな殿下と喧嘩なんて」

「……喧嘩じゃないわよ。私の、一方的な八つ当たりみたいなものよ」

「ふぅん? ……ま、話くらいなら聞くけど。どうする?」


 ポツリと呟くとユーグリフトがそんな提案をしてくる。

 見上げるといつも見るような揶揄いの表情が見受けられない。……今の、今のユーグリフトなら創立祭のように笑わずに話を聞いてくれるかもしれない。

 怒って出ていってしまったけど、なんだかんだ心が荒んでいて聞いてくれるのなら聞いてもらいたい。


「……うん」


 こくりと頷くと一瞬、ユーグリフトが驚いたかのようにピシッと固まる。なんだ、どうしたんだ。


「……何? どうかした?」

「なんにもない。じゃあ、東屋でも行くか。あそこなら人目があっても遠くからなら話が聞きにくいし」


 首を傾けながらユーグリフトに問いかけると何もないと言って行く場所を告げる。さっきのは一体なんだったのだろう。

 不思議に思いながらも手を離してくれたユーグリフトの後ろをトボトボとついていく。

 そして無言のまま歩いていくと学園敷地内にある東屋へ辿り着き、人一人分くらいの距離を置きながらベンチに座る。周囲には人が歩いていなければ気配もない。


「それで、八つ当たりって?」

「……ロイスが、最近忙しそうなの」

「……ふぅん?」


 静かにユーグリフトが相槌を打つ。静かにじっと耳を傾けてくれるので続きをゆっくりと語り出していく。


「上手く隠しているけど疲れているのが廊下ですれ違うと分かるから心配で。だから悩んでいたり困っているのなら力になりたくて尋ねたら『気にしなくていい』の一点張りで……。それでイライラしちゃってつい一方的に怒っちゃった」


 王宮のことは伏せて語る。賢いユーグリフトならこれでも十分伝えられるはずだ。

 言いたいことを一気に吐き出したことではぁ、と溜め息が出る。……本当、時間が経てば経つほど自分に嫌悪感が芽生える。

 ロイスは王太子で私と違って忙しくて抱えていることも多いはずだ。中には、私に迂闊に言えるような内容をあるはずだ。

 それなのに気にしなくていいと言うロイスに怒ってしまった。本当、何八つ当たりしてるんだろう。怒る相手は私自身なのに。


「怒って!」 

「は?」

「ロイスに八つ当たりもいいところだわ! 感情的になってロイスを……殿下を傷つけるなんて」


 ロイスはいつも穏やかな笑みを浮かべている。それは、ロイスの本来の性質が穏やかで気性が激しくないからというものもあるけど、王太子教育も関係している。


 物心がついた時から第一王子で国王夫妻の唯一の子ども、王太子であったロイスは国王教育を受けてきた。

 国の歴史に経済、語学に数学、外交に法律と成長するごとに教養や世界情勢まで幅広く学習して身に付けた。

 そしてその多くの学習の中に感情の操作もあった。

「王族は簡単に他人に感情を悟られてはいけない」──そう教えられたロイスは感情の制御が私よりも長けている。

 本当の心を見せるのはごく一部だけ。だからそれ以外の人にはどれだけしんどくても感情を見せずに穏やかな表情で応対するのが板についてロイスの中じゃ当たり前になっている。

 

 だから心配だった。例え自分が何か抱えていて悩んでいても殆どの人間、周囲には悟らせないから。


「六歳から一緒に育った私は殿下の表情が本当か違うか見極めるのは朝食前よ。……その殿下がここ最近忙しそうにしていてすれ違う度に悩んでいるのが分かるから心配だったの」


 ロイスはいつも色んな勉強を爽やかな顔でこなしていた。

 剣術は難しそうに訓練を受けていたけど、それでも訓練終了後は近衛騎士たちと楽しそうに話していて苦痛に感じているようには感じなかった。

 だけど今は違う。何か抱え込んでいるのは明らかだ。


「怒るのなんて筋違いなのに。……殿下に悲しい顔させちゃった」


 出ていく時のロイスの表情を思い出す。

 水色の澄んだ瞳は大きく見開き、その瞳には確かに傷ついた様子が見受けられた。……ああ、優しいロイスを傷つけてしまった。

 自分が起こした行動が情けなくて俯いてしまう。本当に、なんてことしてしまったんだろう。


「それで、怒ればいいの?」

「説教して頂戴。自分の行いが許せないわ……」


 項垂れながらユーグリフトに答える。今ならユーグリフトの揶揄いにも耐えられる自信がある。


「じゃあ遠慮なく。顔上げて目瞑って」

「……? ん」


 顔を上げて目を瞑れという指示に疑問が浮かぶ。なんで?

 不審に思うけど、でも言ったのは私自身だ。顔を上げて目を瞑る。

 そしてユーグリフトが近付く気配がして──次の瞬間、額に痛みが走り悲鳴をあげた。


「いっ……!」

「はい、これで終わり」

「はぁ……?」


 額を抑えながらユーグリフトを見上げる。どうやらデコピンしたようだ。


「物理的って聞いてない……」

「そりゃあ指定されないからな。それで、言わせてもらうけどカーロインってオンとオフの差が激しいよな」

「はい?」

「多くの人間には勉強もヴァイオリンも剣術も優秀でマナーは完璧の公爵令嬢を演じているのに、気が合う奴、付き合いの長い奴には喜怒哀楽をはっきり見せているよな」


 ユーグリフトが私の性格分析を行う。いきなり始まって少し困惑する。なんで急にそんなことを?


「あ、あの?」

「関わり少ない俺でも知ってるからきっと殿下はもっと色んなカーロインを知っているんだろうな。きっと、首を突っ込む性格も把握してるんだろうな」

「うっ……」


 ユーグリフトの指摘にうめき声をあげる。確かに今回のことも、根本的に考えると私が首を突っ込んだことで発展した事案である。


「お前、友人には甘いだろう? 知ったら首を突っ込んで危険な目に遭うかもしれない。だからその言葉は嬉しくても拒絶するしか出来ない──そう考えなかった?」

「え……?」


 ユーグリフトの仮説に間抜けな声を出す。それは、私を心配して……?


「そんなこと……」

「ないとは否定出来ないだろう。ま、俺の仮説も正解とは限らないけど。けど、カーロインは建国祭の時でも荒くれ者たちに危害加えられそうになったし、巻き込みたくないって穏やかで優しい殿下なら思ってもおかしくないだろう?」

「ロイスが……?」


 建国祭で荒くれ者に襲撃された翌日を思い出す。

 ロイスは忙しい中、時間を作っては私の元へ訪れて私の様子を見に来て安心したように抱き締めた。

 ロイスは私が英雄であるお祖父様から剣術の手解きを受けていることを知っている。そして、私の剣の実力も。

 それでも忙しい時間の中から駆け付けてきてくれたのは──私を心配してくれたからだ。



『メルディアナ』


『僕の一番の友人は君だと思っているよ』



 優しい声で私の名前を呼び、一番の友人だと言ってくれた幼馴染(ロイス)

 ロイスはいつだって優しかった。私に振り回されることがあっても怒らずに、常に一緒に楽しんでくれていた。

 心配していると伝えても拒絶した理由も、私を守るためなら納得が行く。ロイスなら私やステファンを守るためにやりかねない。


「だとしたら……余計謝らないと」

「そうだな。仲直り出来るうちにした方がいいよ」


 呟くとユーグリフトが助言する。そうだ、早く謝るべきだ。

 門限があるから帰ってきたらロイスを呼び止めて謝ろうと思う。このまま、仲違いのままいたくない。


「前も思ったけど、ユーグリフトって話聞くの上手よね」

「学園入学前は弟と妹の喧嘩の仲裁役に入って互いの話をよく聞いていたからな」

「ふーん」


 だから聞き上手なのか。なんか、また一つユーグリフトと弟妹のエピソードを知ってしまった。


「さっさと謝っていつもみたいにうるさくなれよ。元気ないと調子狂うから」

「うるさいのは余計よ」


 そしてすぐにこうしてイラっとさせる言動をする。私限定だけど。

 でも、そんな言い方をするも、私が落ち込んでいたりするとすぐに気付いてこうして気にかけてくれるのは事実で。


「……でも、ありがとう」

「別に、エルルーシアが迷惑かけたからな」

「ふふ。それ、去年のことじゃん」


 素直にお礼を言うとそんなこと言う。それがおかしくて笑ってしまう。

 ……そういえば、感情的になってロイスのこと「殿下」じゃなくて「ロイス」って呼んでしまっていたなと思い出す。一応、ユーグリフトに弁解しよう。


「あのね」

「うん」

「殿下のこと“ロイス”って呼んでいたけどそれは幼馴染で昔からそう呼んでいるの。だからついさっきもロイス呼びしたけど、黙っててくれる?」

「最初から言うつもりなんてないよ」


 広めないようにお願いすると快く了承してくれてほっとする。広めるような人間じゃないと思っていたけどそう言ってくれるのなら安心だ。


「それと、簡単に目瞑って無防備だけど?」

「無防備って……ユーグリフトが言ったんじゃない」

「それでも鵜呑みにして瞑るのはやめとけよ」


 言いたいことだけ言うとユーグリフトは立ち上がって東屋から出ていく。

 ユーグリフトが言ったから瞑っただけで誰彼なしに容易に瞑るはずない、そう言おうとしたのに先に男子寮に帰ったことでそれは叶わなかった。


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