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61.仮の日常

「──で、この時代に油絵が誕生し、アルフェルド王国で大きく発展し油絵による美術作品が生まれている」


 選択科目である王国美術史の講義を聞きながらノートを取る。

 季節は六月。あと一月もしたら二年生初めての学期末試験だ。なのでしっかりと話を聞く。

 ノートをしっかりと取りながら隣の席でうとうとと居眠りするアロラを起こす。


「アロラ、起きて」

「んぅ……はぁい……」


 瞼をこすりながらゆっくりとノートを取っていくのを確認し、私も自分のノートを取っていく。

 そうして受けていると授業終了の鐘が鳴り、教師が終わりの挨拶を発して退室していく。

 教師の体質を皮切りに受講していた生徒たちも次々と立ち上がって教室から出ていく。


「アロラ、私たちも教室に戻りましょう」

「ふぁーい……。メルディ……途中の内容書けなかったからあとで貸して……」

「はいはい」


 頼み込んでくるアロラに返事する。仕方ない、試験ギリギリに見せてと頼まれるよりかはましだ。

 アロラと話しながら廊下を歩く。いつもと同じ学園の風景だ。

 建国祭中にあんなことあったけど、あれから私の周りで異変は起きておらず、大方いつもと変わらない日常である。

 しかし、変わったこともある。それは──。

 教室を開けた瞬間、甲高い女子生徒たちの声が響き渡る。


「ユーグリフト様、今週末我が家で夜会のあるのですがユーグリフト様もどうですか?」

「あらズルイわ! なら私も今度ガーデンパーティーを開きます! ユーグリフト様、いらっしゃいませんか? 楽しいパーティーにしますわ!」

「貴女は邪魔よ。ユーグリフト様、今度夜会を開くのでぜひ来てくださいませっ! 我が家の楽団はそれはそれは美しい演奏を弾くのです。どうかお聴きになってくださいませ」



「…………」


 ユーグリフトの席の周りで騒がしく騒いでいる女子生徒を見ながら着席する。


「メルディアナ様、アロラ様」

「オーレリア、また?」

「はい。そうみたいです」

「そっか」


 近付いてきたオーレリアに尋ねると予想どおりの返答が返ってくる。またか、という気持ちになる。


 そう、全てが建国祭前と同じではない。変わったこともある。

 それが休み時間が以前と比べて騒がしくなったということだ。

 学園が再開した昨日と今日、休み時間の度にクラスの女子や他クラスの女子、挙句の果てには三年生の先輩までが教室へ来てユーグリフトの元に集まってはパーティーに招待する。おかげで人口密度が高いしきゃっきゃっと女子特有の高い声が教室内で響き渡る。


「すごい人気ですね……ユーグリフト様」


 こそっ、と他の人に聞こえないようにオーレリアが小さく話す。


「そりゃあ夜会に一切顔を出さなかった貴公子様が建国祭で顔を出したからねー。自分の家のパーティーに来てくれたら鼻が高いよ」

「なるほど」


 アロラの解説にオーレリアが感心したように頷く。そう、アロラの解説は正しい。

 夜会やパーティーに一切参加しなかったユーグリフトがやって来たら鼻が高いし、しばらくは社交界で自慢出来る。

 華やかな場に一切出なかったこともあり、華やかな場が苦手なのだと思っていたユーグリフトが建国祭に来ていたことは衝撃的だったようで、昨日も今日もユーグリフトを狙う女子生徒たちがクラスに来てはパーティーに招待している。


「噂だと、ユーグリフト様と学年的に合わなかったお姉さま方やまだ入学前の令嬢たちがこぞって公爵邸に縁談お手紙を送っているみたいだよ」

「なんでそんなこと知ってるの?」

「情報通だから知ってるんでーす」


 自称情報通のアロラが呟く。確かに婚約していないお姉さま方やデビュタントしたばかりの令嬢たちはたくさんいる。

 そしてそんな家から大量に縁談の手紙が来ているらしい。大変だなスターツ公爵邸。まぁ、ユーグリフトってロイスの次に優良物件だし仕方ないか。


 ユーグリフトは無視して読書をしているも、女子生徒たちは気にしていないのかその周辺をうろうろしていて次々と話しかけている。無視されているのにメンタル強いなと思う。あれか、自分だけじゃないからか。


「ユーグリフト様、何を読んでいるのですか?」

「わたくしにも紹介してくださいまし!」

「わたくしにも教えてくださいませ」

「…………」


 相変わらずユーグリフトの周りで騒ぐ女子生徒たち。あれじゃあ集中出来ないと思う。

 そんな風に騒いでいると、ユーグリフトがパタンと本を閉じて立ち上がってわいわいと騒ぐ女子生徒たちへ目を向ける。

 端整な顔に見つめられて取り囲む女子生徒たちが顔を赤らめてぽぉっとした目になる。

 そして赤らめている女子生徒たちの様子を気にも止めずにゆっくりと口を開く。


「──昨日も言ったとおり、参加する気はない。うるさいから帰れ」


 不愉快極まりない表情で低い声で簡潔に拒絶の意を告げると、ピシッと石像のように女子生徒たちが固まる。

 そんな女子生徒を一瞥すると興味なさそうに歩いていき、包囲網を抜けて廊下へ出ていく。


 しん、と教室が一気に静かになる。不思議と熱気も霧散していく。

 そしてユーグリフトがいなくなったことで女子生徒は残念そうにとぼとぼと歩いて教室をあとにしたのだった。




 ***




「さっきの光景はすごかったね」


 昼休み、食堂が混んでいたこともあってテイクアウトして東屋で昼食を摂っているとアロラがそう呟いた。相変わらずアロラが買った料理がテーブルを多く占めている。


「さっきのって、ユーグリフト様のことですか?」

「うん。いやぁ~、ユーグリフト様、容赦なかったねぇ」

「そうでしたね。一瞬でしたね……」

「まぁ、下手に優しく注意するより効果的じゃない?」


 ユーグリフトの対応に三者三様の言葉をこぼす。

 でもまぁ、ユーグリフトがはっきりと拒絶して教室から出て行ったのでクラスは一気に静かになったのでよかったなと思う。あれで多分大丈夫だろう。

 二日間でも休み時間の度に騒がれるのは迷惑だ。昨日も断っていたのに粘り強くてユーグリフトもうんざりとした表情を浮かべていたし。ユーグリフトを想うのなら気遣って騒がしくしない方がいいのに。


「殿下の時はあそこまで騒がしくなかったもんね」

「そうね。騒がしくても節度はあったわよね」


 ユーグリフトが放置気味ということもあるけど、元々ロイスのファンの子と比べて華やかな子が多くて難儀だと思う。

 なのでバッサリと斬らないといけない。そう考えるとユーグリフトの対応は適切だっただろう。


「……そうか、だからああ言ったんだ」

「えっ、どういうこと?」


 ぼそりと呟くとアロラが拾って聞き返す。オーレリアも私を見る。独り言のつもりだったのに。

 二人に視線を向けて考えたことを口にする。


「きつい言い方したら彼女たちも従うし、仮に恨まれてもユーグリフト一人で済むでしょう?」


 簡潔に考えを述べる。ここは東屋で周囲には人がいないし、これくらい話してもいいだろう。

 この二日間、休み時間の度にユーグリフトのせいで他クラスの女子生徒や先輩も来てクラスは騒がしくなっていて迷惑もかかっていた。

 その中でも特に被害を(こうむ)っていたのはユーグリフトの近くの席の人間は遠目から見ても大変そうで、居心地悪そうだったなと思い出す。

 ユーグリフトもそれに気付いていたのかもしれない。何気に人をよく見ているから。だから早く対処したのだと思う。

 考えを述べて食事を再開して野菜を一口サイズに切って口に含む。


「……へぇー」

「……ちょっと、何その視線」


 野菜を飲み込んで問いかける。正面からじっーとアロラがこちらを見るけどなんなんだ。


「べーつに。その考えはなかったからなるほどって思って。……メルディってユーグリフト様の考え分るんだ?」

「そんなことないわよ。ただ、そう思っただけよ」

「へぇ~、なるほどねぇー」


 楽しそうに一人頷くアロラに怪訝な顔になる。何がなるほどね、だ。


「何がなるほどなのよ」

「えっー、なんでもなーい」


 とぼけて私の問いを躱して食事を再開するアロラ。もういい、ほっておこう。アロラがふざけているのはいつものことだから。

 しかし、やはり後継ぎは大変だと思う。それはロイスやお兄様を見てつくづく感じていた。

 お兄様も今は婚約者がいるから落ち着いているけど、婚約者が出来るまではよくお茶会でお兄様のこと尋ねられていた。

 例えば「何が趣味なのか」「何が好物なのか」「どのような女性がタイプなのか」など、私が知る由もない情報まで尋ねられたこともある。

 中には私を利用してお兄様と接触しようとした令嬢もいたくらいで、にこやかに断ったけど後継ぎは大変だと感じた出来事である。


 私がこうしてのびのびしていられるのも後継ぎじゃないからだ。そりゃあ、公爵令嬢で地位目当てで近付いてくる子息はいるけど筆頭婚約者候補(ロイス)効果もあってお兄様やロイスと比べると少ない。


「でもユーグリフト様や殿下ほどの身分の方となると政略結婚も普通にありますから頑張るのも分かる気がします」

「そうだよね」


 オーレリアの発言にアロラが返す。実際、二人は知らないけどロイスには公国の公女殿下との婚約話が秘密裏に上がっていたし否定は出来ない。

 公国との国交や貿易を今より増やすなら王太子であるロイスじゃなくても公爵家の嫡男でもユーグリフトでも十分いけるだろう。公女殿下と公爵家の後継ぎとされるユーグリフトなら身分も釣り合う。

 ユーグリフト程の優良物件はいつ政治的に婚約してもおかしくないから女子生徒たちが必死になるのも分かる。


「後継ぎも大変ね」


 そして他人事のようにそんな風に呟いてサンドイッチを口に含んだのだった。


 

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