60.報告と今後
建国祭の夜会は無事に終えて二日。
私を襲おうとした荒くれ者が吐いたと手紙で伝えられ、授業終了後、公爵家が用意した馬車に乗って実家の公爵邸へと帰宅した。
到着して馬車から下りると家令のボルトンが腰を折って出迎える。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいまボルトン。どこに行けばいいの?」
「はい、旦那様の執務室に向かうように仰せつかっております」
「そう」
建国祭が終わったことで父の仕事量は少し減ったようで珍しく今日は休みと聞く。あまり長話にはせずに報告を聞いて今後の対応を考えて父を休ませたいなと考える。
「分かったわ、案内は不要よ。一人で行くわ」
「かしこまりました」
ボルトンに伝えると迷うことなく父の執務室へと足を運ぶ。父の執務室には今まで片手で数えるほどしか入ったことないけれど、場所は知っているので迷うことない。
迷うことなく父の執務室の前に辿り着くとコンコンとノックする。
「誰だ」
「お父様、メルディアナです。学園が終わったのでやって来ました」
「そうか。入りなさい」
「はい」
父から入室の許可が下りたので音を立てずに入室する。
どうやら私が来るまで仕事をしていたようで、執務机には書類が何層にも積み重なっている。
「建国祭が終了して一段落着いたのですよね? なら無理をしなくても」
「残念ながら大臣をしているとそう休めるものではないんだ。直筆のサインに国家事業の提案に進行状況を読んで必要なら手を加えないといけないからな」
「大変ですね……」
「ああ、まったくだ」
そして目を瞑って溜め息をつく。疲れているのだろう、父の顔には疲労の顔が滲んでいる。
「お父様……」
「ああ、すまない。座りなさい」
「……はい」
父の指示に従って執務机の前にあるソファーに腰がける。柔らかくて座り心地がいい。
「何か飲むか? 飲むのなら使用人を呼ぶが」
「いいえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうか」
私が座るのを確認すると父も立ち上がって私の向かいにあるソファーに腰がけて書類を長机に置く。
「吐いた情報をまとめたものだ。雇われた者たちは侍女に依頼されたようだ」
「侍女ですか」
「ああ。侍女が一人、その侍女を護衛するための騎士が二人。金額は金貨十五枚で『痕に残る怪我を負わせたら金貨を三倍にする』と言われたらしい」
「へぇ……」
金貨十五枚は平民四人家族が派手に生活しても三ヵ月は容易に生活が出来る金額だ。それを三倍にするか。道理で荒くれ者たちが躍起になるわけだ。
「狙いは? 私以外にも狙っていたと思うのですが」
「メルディアナの言うとおりだ。依頼主はメルディアナとマーセナス辺境伯家のオーレリア・マーセナスの二人に危害を与えるように指示していたようだ」
「そうですか」
やっぱり犯人は私とオーレリアを狙っていた。学園に在籍する人間と考えていいだろう。
「マーセナス家にも伝えようと思うが、なぜ彼女も狙われたか分かるか?」
「……ご存じのとおり、私は騎士を目指しています。しかし、それは家族やごく親しい人間にしか伝えていません」
「そうだな。続きを」
「はい。それで──」
そして父にロイスとオーレリアの三学期の出来事を簡潔に伝える。その際に、ルーヘン伯爵令嬢と衝突したことも。
聞き終えた父は考えるように口元に手を置く。
「つまり、筆頭婚約者候補であるメルディアナと噂になったマーセナス家の令嬢を害そうとしたのか」
「はい。ただ、以前から王妃様から注意するように言われていたのでケイティを護衛として遠くから警護するように命じていたので事なきを得ました」
ケイティに護衛するように命令していたのは王妃様とライリーに警告されていたからだ。私を害そうとする人間がいるとは思わなかったけど、学園外なら幾らでも隙があると考えたのだろう。
それもケイティという万能侍女をつれていたことで潰れたけど。
「侍女の名前と容姿はなんと言っていますか?」
「侍女の名はドロテだ。茶髪に黒目の年齢は二十代半ばくらいで尋問した四人が皆同じことを口にしているから容姿は信用していいだろう」
「茶髪に黒目ですか。騎士の容姿はなんと?」
「そこに書いてある」
「では拝見します」
まとめられた書類を読んでいく。侍女であるドロテの容姿に彼女を護衛していた騎士の容姿に推定年齢も記載されている。
「確かなのですね」
「ウェルデン公爵家が聞いた内容で確かだ。ややきつい尋問で反抗心をなくしたようだ」
「……そうですか」
どんな、とは聞かない。ただ、普通の警備隊が行う尋問よりきつかったのは容易だ。
しかしウェルデン公爵家は帯剣貴族としての誇りも持っている。無駄な尋問はしていないと思う。
「……ドロテが働く屋敷を捜索しましょう。同時にドロテと同じ容姿で亡くなった女性についても調べたいと思います」
「それは私も同意見だ。冷酷な家なら利用した侍女を消すこともあり得る」
「はい」
秘密は多ければ多いほどにバレる可能性が高くなる。特に、その秘密の内容が大きな案件になるほど知る者の心の負担は大きくなる。
それを考えたら消す可能性も否定出来ない。なのでドロテの行方を探すと同時に調べた方がいいと考える。
「ドロテという名も偽名の可能性もある。それも考えながら捜索しよう」
「はい。そして、これは私の考えですが、犯人は学園に在籍する者と考えます。金貨十五枚は令嬢が簡単に用意出来るとは考えにくいです」
「そうだな。裕福な貴族令嬢と言えども金貨十五枚を家族に黙って容易に用意するのは難しいだろう。家もこの計画に加担と考えた方がいいだろう。……王妃を輩出出来る家柄に我が家、そしてウェルデン公爵家と敵対している家でまずは探してみよう」
「はい」
父の考えに頷く。無闇矢鱈に調べるのは得策じゃない。まずは絞って調べるべきだ。
「マーセナス家には私が上手く伝えよう。そうしたら令嬢も不用意に外出は控えるだろう」
「お願いします」
「途中報告は必要か?」
「いいえ、お父様も忙しいと思うので結構です。この件を知っているのは?」
「リーリヤにジュリアンにあとは家令のボルトンの三人だ」
「では時折屋敷に帰ってお母様かボルトンから途中経過を聞きます」
「そうか。ならそうしよう」
お兄様はこの間の建国祭の夜会で今度はオーレリアの領地が面するラヴェル王国の人と顔見知りになったのでまた商談とかで忙しくなるはずだ。母かボルトンに聞いた方がいいだろう。
「細かく調べるので時間がかかると思うがとりあえず一ヵ月後、情報を共有しよう。その時は手紙を送るからまた来るように」
「分かりました。私のことで迷惑かけてしまい、申し訳ございません」
「メルディアナが悪いわけじゃない。悪いのは卑劣な手段をする輩だろう」
指摘されて確かにそうだなと考える。私は危うく痕の残る怪我を負いそうになり、父の仕事は増えた。悪いのは襲撃などを画策した人間たちだ。
「スターツ公爵家の嫡男……彼には礼を伝えたが本当に感謝しないといけないな」
「……そうですね」
父の言葉に頷く。確かにユーグリフトがあの場に来なかったら怪我人も出てもっと大騒ぎになっていたことだろう。
再び父が溜め息をつく。悪いのは画策した人間だけどそれにより父が疲れるのは悔しい。
ちらりと執務机の書類の束を見る。私がいなくなった後にまた仕事する気だろうか。
「お仕事があるのは分かりますがどうか無理はしないでくださいね。倒れたら元も子もないので」
「リーリヤにも言われている。大丈夫だ、優秀な部下がいるし陛下もこの度の出来事に大変不快に感じている。しばらくは捜索に専念するようにと言ってくれている。だからお前は自分の身だけを心配しなさい」
心配の言葉をかけると父が顔を和らげてそう言ってくれる。やっぱり、父は家族思いな人だと思う。
「はい。だからお父様も少しは休憩はして下さいね。お母様が悲鳴あげるのは嫌なので」
「……善処しよう」
「そこは『はい』と言いましょうよ」
「……メルディアナ、リーリヤと似てきたな」
「そうですか? 私はお父様と似ていると思いますけど」
父の問いに即座に切り返すと互いに無言になる。
そして互いの顔を見て小さく笑う。別に特別おかしいこと言ったわけじゃないのに笑ってしまった。
父に挨拶をして書類を持って執務室へ出る。これは私が持っておいた方がいいだろう。
それからは寮の門限まで母とお兄様とお茶を飲みながら過ごし、途中からは父も着て家族団欒で過ごした。
***
「では寮の門限が近付いてきたので寮へ戻ります」
「ああ、気を付けるように」
「メルディ、落ち着いたらまた来てね」
「メルディ、体調には気を付けるんだよ」
「はい。お父様にお母様、お兄様も体調にはお気を付け下さい」
父に母にお兄様と順番に返していく。一応、もう成人なのに末っ子だからか子ども扱いされる。体調管理なんて自分で出来るのにと思いながらも嬉しいのは嬉しい。
「それでは私はこれで失礼します」
家族に礼をして馬車に乗り込んで学園へ戻る。この時間なら学園に十分間に合うだろう。
先ほど過ごした時間を思い出す。久しぶりに家族皆でお茶を飲むことが出来てよかったなと思う。
学園卒業までは簡単に屋敷には帰れないけど、やっぱりずっと過ごしてきた屋敷は居心地よく、家族と過ごす時間は好きだなと思った。