58.建国祭・夜会3
ユーグリフトの登場でホールの空気が変わった。
令嬢たちの殆どが顔を赤らめてぼぉっと熱っぽい視線で見つめている。
子息の方はというとスターツ公爵家の子息の入場にざわつき、話しかけようか迷っている。
ユーグリフトが夜会に出るなんて珍しい。今まで、貴族主催の夜会は勿論、王家主催の夜会でも欠席して不参加だったのに。
学園の創立祭でも嫌々参加していたのに一体どういう風の吹き回しだろう。
そんな風に考えていると数人の子息たちが近付いていきユーグリフトが外向きの微笑みで応対していく。それだけで令嬢たちが小さく悲鳴をあげて騒ぐ。
「わぁ、ユーグリフト様が参加って珍しい。創立祭以来じゃない?」
「そうね。私もどこかの夜会に参加したなんて聞いたことないわ」
「正装姿カッコいいねー。そしてお姉さま方のバトルがすごい」
「確かに」
ケーキを食べながら呟くアロラに同意する。
学園を既に卒業している年上の令嬢たちからしたらユーグリフトは突然現れた貴公子だろう。
夜会に出ない謎の美青年、その正体がスターツ公爵家の跡取り息子としたらあとの想像は簡単だ。令嬢同士の激しいバトルが始まり、ライバルを跳ね除けようと躍起になっている。
「離れときましょう。近付いて巻き込まれたら堪ったもんじゃないわ」
「そうだねぇ。ここでケーキ堪能している方が平和だねぇ」
私の意見にアロラがのほほんと返していく。触らぬ神に祟りなしだ。
そうして関わらずにホールの端で過ごしていると王族を守る近衛騎士団長が登場し、大きく声を張り上げる。
「国王陛下に王妃殿下、王太子殿下のご入場ー!!」
その声が合図で王族だけが利用出来る重厚な両扉から父親である国王陛下と母親である王妃様、そしてロイスが入場する。
すぐさま私にアロラも頭を垂れる。アルフェルド王家に仕える臣下としての常識でマナーだ。
陛下が私たちを一瞥して声を張り上げて堂々と話し出す。
「ふむ。皆の者、此度は国の建国を祝う夜会によく来てくれた。今日という日を心行くまで楽しんでまた国を支えてくれ。さぁ、皆の者、今日は楽しむといい!」
陛下の始まりの言葉と同時にホール全体からわぁっと言う歓声が響く。さぁ、建国祭最終日の夜会の始まりだ。
「じゃあ、メルディ。またねー」
「ええ。またね」
アロラに別れを言いながら両親と兄を探す。これから陛下たちに挨拶の時間だ。
挨拶の順番は他国からお祝いに来てくれた貴賓が最初で、その次が大臣を担う一族、その後に爵位の高い順番となっている。
カーロイン公爵家は公爵家ってことと父が内務大臣ということで挨拶は初めの方となっている。
王族と挨拶するけどさほど緊張はない。両陛下とも顔見知りで王妃様とは母を通じて親しい方だし陛下も気にかけてくれている。
それに代表は父がしてくれるので私は母の隣で美しくカーテシーをして尋ねられたら応答すればいいだけだ。
「メルディ、こっち」
「はい」
お兄様に声をかけられ挨拶する場所へ一列に並ぶと先ほど騒がれていたユーグリフトが父と会話していた。
「カーロイン公爵、私はここでよろしいでしょうか」
「はい、ユーグリフト殿。大臣の中で最初に挨拶するのは宰相を担う家系なので」
「そうですか。それでは失礼します」
どうやら父とは簡単な挨拶が終わっていたようで列について尋ねていた。相変わらず、猫を被るのは上手で初見だと公爵家の貴公子に見える。
しかし、なぜだろう。なぜ二年前から社交界に参加出来るようになっていたのに今まで参加しなかった奴がなぜ今、急に参加するんだ?
頭の中を疑問符で埋め尽くす。ユーグリフトの行動はよく分からない。夜会とかパーティーに興味無さそうだったのに不思議である。
内心考え事していると挨拶の時間となり、貴賓たちが陛下たちに挨拶を述べていく。
貴賓たちの流暢なアルフェルド語を聞きながら淑女らしく姿勢よく並んでいくと、ユーグリフトの番となる。
「国王陛下、お初にお目にかかります。スターツ公爵家の嫡男のユーグリフト・スターツと申します。本日は宰相閣下の名代としてスターツ公爵家の代表として参加致しました。本日は、建国祭の夜会にご招待いただき恐悦至極でございます」
美しい礼をしながら淀みなく挨拶を述べる。陛下と挨拶するのは初めてのはずなのに堂々としているなと思う。
「ユーグリフトか。其方のことは聡明で剣技に優れているとロイスから聞いている」
「身に余るお言葉です。王太子殿下と比べると私など足元にも及びません」
「ははは、謙遜しなくてよい。どうかその才能を生かしておくれ」
「勿論です。王家に誠心誠意お仕えする所存です」
そしてそのまま二、三言陛下とやり取りをしていくが……これはユーグリフト、これから大変だなと思う。
陛下に次代の国王であるロイスに目をかけられる。それは誰しもが求めていることで、王族に目をかけられているユーグリフトを巡る令嬢たちの争いは今まで以上にさらに過熱するだろう。
それと同時に、ユーグリフトとスターツ公爵の関係性も気になってしまう。
父親の名代なら「父の名代として」と言ってもいいのにユーグリフトが発したのは「宰相閣下」。まるで他人のように感じられ、父親であるスターツ公爵と仲がよろしくない様子が読み取れる。
スターツ公爵も息子であるユーグリフトが挨拶していたにも関わらず一切息子を見ようとはせず、冷たい親子関係だなと思ってしまう。
「…………」
一体、どうしてこの二人は険悪なのだろう。気になるけど、ユーグリフトに直接聞くのは気まずい。
「次、カーロイン公爵家」
はっ、と意識を戻して歩き出す。色々と考えている間にユーグリフトの挨拶が終わったようだ。
父が代表として挨拶していくのを聞きながら姿勢を保つ。
「ジュリアン、また新しくカサンドラ王国との貿易に成功したそうだな」
「はい。本日は、カサンドラ王国で新たに入手致しました茶葉を献上していますので、後ほどご覧下さいませ」
カサンドラ王国とは最近お兄様が貿易に力を入れている南の国だ。貿易を成功させ今回王家に献上しているのは知っているし、また伝手を広げているのも知っている。やっぱりお兄様商売上手だと思う。
「メルディアナは新年のパーティー以来だな。聡明で剣技も優れていて素晴らしいな」
「ありがたきお言葉です、陛下」
陛下に褒められるも謙遜する。勉学ではロイスに及ばないし、剣術はユーグリフトに及ばないのでまだまだだ。
それから父と陛下が二、三言言葉を交わしているのを見ているとふとロイスと目が合う。
晴天のような水色の瞳の奥に僅かに心配を含んだ様子が見えるので小さく口角を上げて安心させる。大丈夫、今日は無事に終わるはずだ。
私たちの挨拶が終わり一礼をして立ち去る。
立ち去る際にオーレリアを探すと辺境伯夫妻とともに並んでいるのを目に捉える。よかった、いつの間にか来ていたみたいだ。
陛下との挨拶を終えた父は大臣として来賓の持て成しをすると言い、一方の母は他国の夫人たちと交流すると言い、私とお兄様と別れて行動するのでお兄様と歩いていく。
「それにしてもスターツ公爵家の嫡男かぁ。夜会で見るのは初めてだなぁ。メルディ、彼とは同じ年だよね? 交流はあるの?」
「交流は……よく分かりませんが、一応クラスメイトですよ」
お兄様の問いに少し悩みながら答える。交流というか会えばいつも舌戦を繰り広げているんだけどお兄様には言わない方がいいだろう。私が注意されるのは目に見えている。
「そっか。せっかくだし挨拶しようかな。メルディは? 一緒に挨拶でもしとく?」
「いいえ、私はいいです。端でゆっくりとしておきます」
「そう? じゃあ僕だけ行ってくるね。何かあれば僕を呼んでね」
「はい」
ユーグリフトへ挨拶するお兄様を見送ってそっと息を吐く。
アロラとオーレリアなら先に挨拶が終わるのはオーレリアなので終わったら辺境伯夫妻に挨拶してオーレリアと合流しよう。それまでは端でゆっくりとしておきたい。
壁の花になりながら果実水を飲む。来賓客に年の近い人もいるけど会話するようには指示されていないので話さない。だって気を遣うじゃないか。
音楽の音色に耳を傾ける。時折視線を感じるけど壁の花になって過ごす方が気が楽なので話しかけるなオーラを放って──「一人?」……なんで来るんだろう。
ちらりと視線を左に向けると正装姿のユーグリフトが佇んでまっすぐと私を捉える。
「……そうだけど、なんでこっちに来るのよ」
「一人でいたから」
「話しかけて来るなオーラ放ってたの気付かなかった?」
「そんなの気にしないし」
そう言いながら私の隣に佇む。ちょっと、挨拶するために列に並んでいる令嬢からすごく視線感じるんだけど。
「あんたのせいで令嬢の方から視線感じるんだけど」
「いい防波堤だな」
「人を防波堤代わりにするんじゃない!」
小声でユーグリフトに抗議する。防波堤になるのはオーレリアとアルビーとライリーで十分だ。
「お兄様と話していたんでしょう? 私になんか用?」
「ジュリアン様とは挨拶しただけ。知り合いいないからカーロインのところに来ただけ」
「そのせいで令嬢から視線感じるんだけど」
現に今だってじろじろと不躾な視線を浴びている。まぁ、美貌の貴公子様が身分が釣り合う公爵令嬢と一緒にいると不安になってしまうだろう。
子息の方もちらちらと視線を向けているがやめてくれ。こちらを見ないでほしい。
「俺だって視線なかったら防波堤になんかしない」
「参加したら注目されるって分かってたでしょう? なんで参加したのよ?」
気になって率直に疑問をぶつける。今までどの夜会やパーティーにも参加しなかったのにどういう風の吹き回しなんだろう。
「特に深い理由なんてない。名代として参加してほしいって家令に手紙で何度も頼まれたから参加しただけ」
「その名代も今まで頼まれてたでしょう? 今さら?」
納得いかない返事に再び疑問をぶつけると当てつけのように、はぁー、と長い溜め息を吐かれる。ちょっと、何その態度。
「別にいいだろう。そっちこそ参加して危機意識低いんじゃないの?」
「失礼ね。ちゃんと危機感あるわよ。そのうえで参加してるのよ」
ユーグリフトに指摘されて言い返す。危機意識はきちんとある。そのうえで参加しているだけだ。
「心配ご無用よ。私に喧嘩売って来たこと後悔させてやるから」
口許を上げて勝ち気な笑みを浮かべる。私は仕掛けられない限り手を出さないが売られた喧嘩は買う。今回の事件、必ず犯人を暴いてやるつもりだ。
宣言すると「ふぅん」と感情の見えない返事をして口を開く。
「そう、それなら安心だけど」
「ええ。安心して結構よ」
「威勢いいな。でも、その方がカーロインらしいよな」
「ふふ、そうでしょう?」
ユーグリフトがクツクツと小さく笑うのでつられて私も小さく笑う。なんだかんだ、心配してくれているようだ。そこは素直に感謝しないといけない。
「おーい、メルディー!」
「あ」
そんな風に思っていると明るい声が耳を通り、そちらへ目を向けるとアルビーとライリーがやって来た。