57.建国祭・夜会2
「ごきげんよう、ルーヘン伯爵令嬢」
ニコッと淑女の微笑みを浮かべながらルーヘン伯爵令嬢を相手する。
学園では一律「さん」付けで呼んでいるけど今は夜会。なのでルーヘン伯爵令嬢のことも令嬢と呼ぶ。
「珍しいですね。メルディアナ様が緋色のドレスだなんて」
「ふふ、たまには明るい色も着たくて」
幾人にも言われたことを自動的に繰り返す。
建国祭で普段会えない王妃様に自分を売り込むチャンスだから来ているだろうと思っていたけど近付きたくなかった。
それなのにご丁寧にあっちから近付いてきて溜め息が出る。
しかもドレスの型は違うも色が真紅でバラの模様がついた派手なドレスだ。同じ色じゃないけれど微妙に似ていて最悪だ。
「今日は赤系統なのですね。明るい緋色のドレスにルビーのイヤリング……ふふ、とても煌めいてますね」
ニッコリと微笑みながら悪口を言う。翻訳するとしたら「派手過ぎるのよ。そこまで目立ちたいの? ピカピカして目が痛いわ」というところか。
ちなみにこれは言い過ぎではない。実際、小さい頃はオブラートに包まずにストレートにこんな文句言ってきたし今でも変わらないだろう。
なのでこっちもニコッと微笑みながら言い返す。
「ありがとう。侍女と話し合いながら決めた甲斐があったわ。ルーヘン伯爵令嬢も棘バラ模様の真紅のドレスよく似合ってるわ」
「なっ……!!」
すると瞬間的に顔を紅潮させる。そうだろうな。彼女が着ているドレスには棘の模様なんてついていないから。
つまり、はっきりとルーヘン伯爵令嬢を指しているけど以前も言ったとおり私は回りくどいことを言うのは好きじゃないのでストレートに言う。
「あら、ごめんなさい。棘はなかったわね。たまに特殊な模様のドレスがあるでしょう? 誤解しちゃったわ」
「……そうなんですね。メルディアナ様って案外目が曇っているんですね」
「最近疲れててね。ルーヘン伯爵令嬢はお話しする時いつも元気そうで羨ましいわ」
またしても嫌味を言うのでこちらも暗にいつも私に絡んで騒がしいなと告げる。遠目には敵視の視線、話せば嫌味で迷惑しているのでこれくらい言いたい。
「それなら無理せずに今日の夜会お休みしたらよかったのに。やっぱりメルディアナ様って目立ちたがり屋なんですね」
「そういうハンナもいっつも赤とかピンクとか目立つ色多いよねー。もっと色んな色試してみたらどうかな?」
また嫌味を言って来たらと思ったら隣からアロラが援護して言い返す。突然の不意打ちに私もルーヘン伯爵令嬢も凝視してしまう。
しかし、当のアロラはいつもどおりの笑みを浮かべていて、それが癇に障ったのかルーヘン伯爵令嬢が睨み付ける。
「アロラ……、話の途中に割って入るのは失礼ではなくて?」
「えー、だって元々私とメルディが話していた時に割って入ってきたのはそっちじゃん。私は割ってないもーん。そうなると先に失礼な行いをしたのはハンナになるんだけど?」
朗らかに、いつもどおり言葉を伸ばしながも明確に非があるのはそっちだと呟く。珍しい。今までも私の援護をしたことあるけどここまではっきりと言い返したのは。
「ハンナ、今日は王家主催の夜会だよ。メルディとハンナが反りが合わないのは知ってるけどここで騒いだら大変なのはどっちだろうね?」
「っ、アロラ……」
アロラが続けて口角を上げて笑いながら警告するとルーヘン伯爵令嬢の表情が苦々しくなる。
私とルーヘン伯爵令嬢が仲が悪いのは中央貴族の若者なら皆知っているし、ルーヘン伯爵令嬢が突っかかって来るのも知っている。
だから仮に事が大きくなっても私が被害者として通すことは出来るだろう。不利になるのはルーヘン伯爵令嬢、ということになる。
自分の状況が不利と感じ取ったのか悔しそうにしながら背を向ける。
「他に挨拶する人がいるから失礼するわ」
「うん、じゃあねー」
笑顔で何もなかったかのように別れの挨拶をするとこちらを睨んでくる。
しかし、それ以上特に何も言うことなく去っていった。……とりあえず、消えてくれて何より。
ルーヘン伯爵令嬢が人混みに消えていくのを確認して内心ほっと息を吐いているとアロラはしたり顔を浮かべる。
「あー、スッキリした!」
「……アロラが入ってくるなんて珍しいわね。びっくりしたわ」
「だって小さい頃からいーつもメルディ突っかかって来たじゃん。だから腹が立っちゃって。本当に嫌なら無視して関わらなければいいのにね」
「……まぁね」
私の幼馴染として付き合いの長いアロラはその光景をよく見ていただろう。時折巻き込まれていたし。
そのくせロイスの前だと嫌味を言わないので面倒だったなと思い出す。
「ありがとう、アロラ」
「ぜーんぜん。私もハンナにはうんざりしてたし。じゃあケーキのところ行こう?」
「……今のやり取りで疲れたから私も一個だけもらおうかな」
「いいじゃんいいじゃん。一緒に食べよう!」
楽しそうにケーキのところへ向かうアロラの後ろ姿を見て顔を緩める。普段はふざけていることが多いけど、こうして私を助けてくれるところは昔から変わらない。
「メルディー!」
「待って」
明るい声で私を呼ぶアロラに返事する。ヒールで早歩きして転ばないだろうかと不安になる。
先に到着したアロラが好きにケーキを次々と取っていく。それを遠目から見ていた男性陣が若干引いている。
「アロラ、男性陣が引いてるわよ」
「えー、いいよ。ステファンが嫌がらなければ」
「まったく……」
そして相変わらず周囲の視線を気にしない。
アロラにとって特別なのはステファンなのだろうな。婚約した時からずっと「ステファンステファン」って言ってるし。恋は盲目と言うのだろうか。
「オーレリアちゃんまだだねー」
「辺境伯夫妻もまだだし様子見ね」
二人でホールの端で話す。オーレリアは勿論、両親の辺境伯夫妻も遅くて少し気になるけどさすがに夫妻に一緒に来るオーレリアには手を出さないと思う。
一つだけケーキを食べてあとは果実水だけで済ませる。隣ではもぐもぐとアロラが食べているけどそのおかげで男性陣が近付いてこないのはありがたい。
「それでどう? 尻尾出してない?」
「そうね。皆、普通に挨拶してくるわ」
それこそ、私に好意的な人に私に敵対的な人も皆等しく普通に挨拶してくる。あ、ルーヘン伯爵令嬢だけ例外だけど。
だけど油断出来ない。一見、私に好意的に見せていても実は、ってこともあり得る。こんなこと言ったらきりがないけれど、あんなことあったし少し神経がピリピリしている。
「あ、ベアトリーチェちゃんだ。挨拶しなくていいの?」
「リーチェとはライリーと一緒にいる時に簡単にしたわ。人が多くてあまりお話し出来なかったからあとでゆっくりお話しするつもり」
「そっか」
視線の先にはリーチェが友人と仲良く会話をしている。もうすぐで王族が来て挨拶の列になるのでそのあとにでも話そうと思う。
そんな風に考えながら時間を過ごしながら時折見知った令嬢が挨拶してくるので軽く雑談を交えながら挨拶を返していくと、ある令嬢が声をかけてきた。
「メルディアナ様、アロラ様。こんばんは」
「シェルク侯爵令嬢。こんばんは」
ニコッと微笑みながら挨拶を返す。
美しいカーテシーをしながら挨拶しに来たのはシェルク侯爵家のアマーリヤ・シェルク侯爵令嬢で、深緑の大人しいドレスを着てふわりと淑女の笑みを浮かべる。
「先ほどは大変でしたね。ハンナ様ったら」
「そうね。でももう慣れたわ」
ちらり、とルーヘンは伯爵令嬢の方を眺めながら呟き、同情するシェルク侯爵令嬢に苦笑気味に答える。確かに大変だけどあんなやり取りを何年もしてたらもう慣れてくる。
「いつもメルディアナ様に突っかかって……身の程知らずですね」
「…………」
侮蔑を含んだ表情で冷たく言い放つ。……身の程知らず、か。
オーレリアの件で少し衝突したけどあれ以降、オーレリアには嫌がらせもしていないのは確認済みだ。
クラスも離れたし、私にも礼儀正しく接してくれるけど……身分の上下関係意識をはっきりと持っているのが感じられる。
同等の位置である辺境伯出身のオーレリアのことは田舎者と罵っていたにも関わらず、公爵令嬢の私が出てきたら態度が変わったのは印象深い。
別に彼女だけじゃないのは分かっている。だけど現に今だって伯爵令嬢であるルーヘン伯爵令嬢だからか身の程知らずと言ってるし身分意識が強いと言うのが読み取れる。
「ですがアロラ様のおかげで溜飲が下がりました。ありがとうございます」
「そんな、私は勝手にやっただけですよ」
「ふふ。突然挨拶してすみません、それを伝えたくて」
「いいえ、気にしないで」
どうやらそれを伝えたくて来たらしい。顔見知りだけど特に親しくなかったので不思議だったけど一応理由を知って納得する。
「ふふ、メルディアナ様はお優しいですね。それでは私はこれで失礼します」
ニコッと淑女の微笑みをしながら再び美しいカーテシーをして消える。気が強くて身分意識が激しいけど礼儀作法は一流で見ていて美しいと感じてしまう。
「…………」
シェルク侯爵家は侯爵家ということもあり、十分王妃を輩出できる家柄だ。私を邪魔だと思って危害を加えてもおかしくない身分だ。
……まぁ、シェルク侯爵令嬢より私に悪意大ありのルーヘン伯爵令嬢の方がよっぽど怪しいけど。一度、怪しい家を調べるのもいいかもしれない。
そんな風に考えていると出入り口からわぁっと声があがる。
「?」
なんだろう、他国の人や珍しい人でも来たのだろうか。
歓声の上がる方に反応して出入口へ目を向ける。そして凝視する。……え?
ゆっくりと歩くのは遠目からでも分かる美しい白銀の髪は幻想的な雰囲気を漂わせ。
漆黒の正装姿は息を呑む美しさで混じり気のない紅玉の瞳と対照的な青いクロスタイと同じく青いピアスを身に付けたユーグリフト・スターツが入場してきた。