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53.忍び寄る魔の手

「あ、これ前メルディに貰った物に似ている」

「どれ?」

「これこれ」


 アロラが指さしたのは蝶の模様をしたペンダントで、同時に渡した時を思い出す。


「わぁ、かわいいですね」

「それは北国のアクセサリーね。北国は蝶を神聖視していて持っていると幸せが訪れるって言われててアロラが誕生日プレゼントでほしいって言ってきたから北国の商人から買ったのよ」

「おや、お嬢さん詳しいね。北国(うち)は遠いからあまりここには来ないのに」


 渡した経緯を説明しているとアクセサリーを販売している店主に声をかけられる。ニコッと微笑んで誤魔化す。


「私の生まれ育った場所は商業都市なんです。だから東西南北各地の物が出揃ってて」

「おやそうなんだね。はは、うちの国の風習を知ってくれてて嬉しいよ。買ってくれたら値引きするよ?」

「なんでも?」

「それは商品次第だねぇ」


 笑いながら北方の北国出身の商人と交渉をして色々と眺める。商品は豊富でミサンガやストラップ、髪飾りなど色んなものが揃っている。

 どれを買おうか悩む。どれもいいなと思う。

 そんな風に悩んでいるとふと何かを感じてピタリと止まる。


「? メルディ?」

「メルディアナ様?」

「どうしたんだい、お嬢さん?」

「…………」


 アロラにオーレリア、店主が問いかけるも反応出来ない。

 ゆっくりと後ろを振り返る。後ろは大勢の人間が街道を歩いていて楽しそうに笑っている。

 しかし、そんな光景を無視して周囲を見渡していく。……どこからか不躾な視線を感じる。

 

 公爵令嬢でロイスの筆頭婚約者候補として育った私には味方も多ければ同時に敵も多い。王妃を狙う親やその令嬢、さらには私を陥れて父を失脚させようとする貴族もいてそれ故気配や視線には敏感になるように育てられた。

 先ほどオーレリアを眺めていた好意的な視線と違う、不躾で不快な視線が感じる。

 そっと周囲を見るとようやくその方向を掴む。……右から不躾な視線が複数感じる。どうするべきか。あまりそちらをじっと見ていたら気付かれる。何もなかったように装って距離を取ろう。


「ごめんなさい、名前呼ばれた気がして。気のせいみたい。じゃあこれ買います」

「そう? じゃあそれは──」

「やっぱり値下げはいいです。こちら代金です」


 値下げはいいと言って店主にぴったりの代金を払う。一刻も早くここを立ち去るべきだ。


「そう? ありがとね。はい、どうぞ」

「ありがとう。二人とも、早く行きましょう。パレード見逃すわ」

「え?」

「はい?」


 驚いたように声を上げるもそんな二人を無視して即してパレードの方へ歩いていく。


「え、ちょっとメルディ。どうしたの?」

「黙って。()()()()()()()()()()

「……!」


 尋ねてくるアロラに簡潔に返事する。その一言でただならぬ状況だと理解する。

 歩きながら気配に神経を尖らせる。

 複数の気配、視線におおよその人数を把握する。人数は……最低でも四、五人はいる。

 問題は彼らの目的が誰か、だ。


 一番あり得るのは私だろう。王妃狙いの人間にとって、筆頭婚約者候補の私は邪魔で邪魔で仕方ないはずだ。

 ここで最悪なことがなくても私が怪我でもしてそれが公になれば一気に私の評判が落ちる。

 そうしたらあとは簡単だ。傷物は王妃になれないから引き摺り下ろせる。

 それならさっさと二人と離れた方がいいだろう。二人に迷惑をかけたくない。

 それも相手の目的が私ならの話、だが。


 もしこれが相手の目的がオーレリアなら話は変わってくる。

 オーレリアも先ほどの発言から何かただごとではないと気付いているけどまだ状況を把握しきれていない。アロラとオーレリアを置いて別れるのは危険すぎる。


「…………」


 人混みの中を歩いているのに相手は変わらずついてきている。……一度、どこかの店に入って二人に説明した方がいいだろう。

 視界に入った雑貨店に二人を先に入れる。


「ごめんね、いきなり」

「はぁ、はぁ……。い、いえ、大丈夫です」

「うん……。……メルディ、どういうことか説明してくれる?」


 二人とも疲れたように返事をする。少し早歩きで引っ張りすぎたと反省する。


「ただごとじゃないのはメルディの様子から分かったけど……何があったの?」

「……誰かがつけているわ」

「えっ……!?」

「……それで?」


 簡潔に告げるとオーレリアが息を呑む。一方、アロラは静かに私の続きを待つので続きを話す。


「……目的は、多分私。私をよく思わない人間はいるのは知っているからね」


 本当はオーレリア狙いの可能性もあるが憶測で本人には言えない。それなら私にした方がいい。

 相手の目的が私だと告げるとオーレリアが不安そうに見上げてくる。


「だ、大丈夫なんですか……!? け、警備隊に通報した方が……!」

「通報したくても相手の姿が分からないから無理よ。相手を捕まえない限りはね」

「そんなっ……」

「──だから、二人は警備隊の元に行って保護してもらって。私は別行動するわ」


 淡々と二人にこのあとの指示するとアロラとオーレリアの目が見開く。

 そしてきっ、とアロラが睨んで声を張り上げる。


「は? ちょっと、メルディ! 何言ってるの!?」

「狙いが私なら二人は巻き込まれた形になる。私一人離れたら二人を追うことはないかも」

「そんな危険なこと認めるわけにはいかないじゃん! 何考えてるの!?」

「危険だって分かってるわ。でもこのまま逃げ続けても解決しないでしょう? ならさっさと捕まえて雇い主を吐かせた方が効率いいわ」


 アロラが抗議してくるけど淡々と事実を述べる。

 仮に三人で警備隊に行ったら保護してくれるだろう。

 だけど実際に何かされたわけでもなく、相手を使えていないため警備隊は捕まえることが出来ない。

 そして捕まえない限り毎回必要以上に周囲を警戒しなければならない。それなら一人でも捕まえるべきだと考える。


「でも、メルディアナ様一人じゃなくて三人でもっ……!!」

「オーレリア、言っておくけど相手は素手だと思う? それこそ、ナイフでも持ってるかもしれないけど、戦えるの?」

「そ、れは……」


 あえて怖いことを呟いてオーレリアを戸惑わせる。私一人守るのは出来ても二人を守るのは厳しい。

 相手の目的は恐らくアロラではない。多分、私かオーレリアだ。

 なら自分の身を守れる私はともかく、オーレリアは警備隊で保護されるべきだ。

 安心させるために二人に微笑む。


「大丈夫よ。私、自分で言うのもなんだけど強いもの。ささっと一人捕まえるから二人は警備隊に保護されて警備隊の人に私のいる場所伝えて頂戴。それが私のためになるし」


 ニコッと笑いながら二人に告げる。実際、捕まえて警備隊へ連行するのに目立つから来てもらった方がありがたい。

 二人とも苦い表情を浮かべるも私が折れないと判断したのか、アロラが返事をする。


「……分かった。でも、メルディ。絶対に無茶はしないでね?」

「ふふ、大丈夫よ。だからお願い出来る? ……相手の目的はもしかしたらオーレリアかもしれない。その場合は二人の元へ合流するから。だからアロラ、人が多い場所を走って警備隊の元へ行ってね」

「……! うん」


 頷きながら後半をアロラだけに聞こえるように声量を落とす。人が多い場所を走っていたら少なくとも襲われることはないだろう。

 同じく頷き返したアロラを確認して私がこれから向かう場所を伝えて雑貨店を出る。……相変わらず、まだ複数の不躾な視線を感じる。


「まだいるの?」

「ええ、しつこいわよね。二人は曲がったら一気走って」


 何もないように二人に微笑んで一人別行動する。これで誰に用があるのか分かる。

 すると私の方向へ三、四人視線を向けてつけてくる。……視線の数が減っている。目的は私とオーレリアか。


「はぁ、嫌だなぁ」


 誰が雇ったのだろう。イライラする。いくらなんでも女三人に向かって数が多くないだろうか。

 そして()()()狭い裏側の細道へと足を進んでいくと、後ろから声がかかる。


「お嬢ちゃん、こんなところで一人?」

「っ……」


 振り返るとお世辞にもいいとは言えない雰囲気の男たちが四人、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくるので震える演技をする。

 眉を下げて不安そうに見ると案の定、男たちは油断したのかペラペラと話し出す。


「いけないねぇ。内務大臣の娘であるお嬢様が一人でこんな所にいて。誘拐されちゃうよ?」

「でもま、俺たちは優しいから大人しくしてくれたら悪いことはしねぇわ。大人しくしてたら、な?」

「お前こえー顔してるんだから笑うなよ」

「お前こそな。ま、お嬢ちゃん。ちょいとこっち来な」


 来るように指図する男にこくこくと頷いて、従うふりをして歩きながらちらりと男の服と武器を見る。……腰には剣を差している。王都の治安を管理する警備隊ならまだしも随分と建国祭中に不似合いな物を装備していると思う。

 そして男が手を伸ばした瞬間──拳を作り男の腹を容赦なく殴りながら叫ぶ。


「ふざけんじゃないわよ!」

「がはっ……!?」


 突然の襲撃に驚いて前のめりになる男の隙を見逃さずすかさず手刀で男の首を叩いて気絶させる。とりあえず一人完了っと。


「……は?」


 反応出来ない残りの三人を無視して気絶した男から剣を拝借する。……質は良くないけど素手で戦うよりましなので活用させてもらう。


「まずは一人」


 そしてニヤリと笑いながら男たちを一瞥すると一歩、男たちが後ろへ下がる。私の様子が変わったことに気付いたからだろう。


「私が大臣の娘と分かっての行動ということは──公爵家からの報復は覚悟の上、ってことよね?」

「っ……! 行くぞ! 相手は小娘一人だけだぞ!!」


 警告すると一人が大きく声を上げて残りの二人がこちらへ走ろうとする。逃げないか。まぁ、雇い主からいい金額を頂いているのだろう。

 

「──そう、逃げないんだ。でも、誰が一人だって言ったの?」

「うぎゃあ!?」


 呟くと同時に私から一番離れた男──先ほど指示した男が悲鳴上げる。仲間の悲鳴で男たちも立ち止まって振り向く。

 視線を向けると私の侍女であるケイティが指示役の男の腕をおかしな方向へ捻らせている。


「……だから嫌な予感すると思ったのです。お嬢様は時折荒く使うので」

「たまにはいいじゃない。そのために私付きの侍女をしているんだから」

「はぁ。あとで旦那様からボーナス貰わないと」

「ちょっと、今日は私の費用持ちで好きに遊んでいいって言ったでしょう」

「お嬢様から離れずに遊べというものではないですか」


 文句をこぼすケイティ。なら早く終わらせろと言いたい。


「なら早く片付けて頂戴。このあとは屋敷に帰るからそのあとは好きに遊んでいいわよ」

「言質は取りましたからね、お嬢様。では、片付けましょうか」


 そう言うと同時に指示役の男を投げて気絶させる。

 ひぃ、と残りの男たちが私とケイティを交互に見る。なのでニコリといい笑みを作る。


「言ったでしょう? 公爵家からの報復は覚悟の上なのだろうってね?」

「く、くそがぁぁ!!」


 そして男が走って剣を振り上げる。なので剣で受け止める。

 すると受け止めたのが意外だったのか驚かれる。まぁ、今の力強かったからな。


「な、なんで……!!」

「力が強いのは分かったわ。でも戦えないくせにこんなところに来るはずないでしょう?」


 戦えないならこんな細道なんて来るわけない。細い道へ進んだのは広い道で複数人と戦うのは難しいと考えたからだ。

 一方、狭い道なら一対一で戦える。なのであえて細い道へ来たのだ。


 カァン、カァンと再び剣がぶつかる。それにしても弱い。観察するも素人の持ち方に振り回し方だ。こんなの、領地の兵士の方が十倍強い。

 無駄な動きをせずに男から剣を引き離して腹を狙って気絶させる。よし、二人目制圧完了っと。

 残りは一人。ケイティが相手しているからすぐに解決するだろうと思ったけど、その予想とは裏腹に思わぬ方向へ転がった。


「う、うわああああああっ!!!」


 ケイティと戦っていた最後の男が動揺してナイフをブンブン振り回す。やばい、動揺して危険だ。

 ケイティも危険と感じて男の攻撃を回転して避けると街道に繋がる方向へ一直線に逃げていく。


「ケイティ! 大丈夫!?」

「大丈夫です。しかし、あの男錯乱しているのでこのままでは観光客が危険ですので制圧してきます」

「分かったわ。私もついていくわ!」


 他の男たちは気絶させているのですぐには起きないはずだ。万が一、起きて逃げても今逃げた男を捕まえて雇い主を吐かせたらいいだけだ。

 そうと決まれば鞘を奪って剣を収めて街道へ走って行く。急いだ方がいい。

 そう思って走っていると街道へ繋がる道から男の叫び声する。


「どけぇぇ!!」

「っ……まずいっ……!!」


 全速力で走っていると男がナイフを振り回していて、誰かに勢いよく振り下ろした。

 危ない、と声をあげようとしたらその人は鮮やかな手さばきでナイフを持つ手首を掴んで男を地面に倒して男を制圧する。

 なお暴れる男はナイフを振り回そうとするも膝で押さえつけられ、ナイフを奪われた後首を強く叩かれて気絶した。


「すごい……」


 思わず声がこぼれる。鮮やかな制圧だった。一体、誰だろう。

 制圧した人間が顔を上げて、息を呑む。


「ユーグ、リフト……?」

 

 肩で息をしたユーグリフトがこちらを見ていて、拍子抜けした私の声が狭い細道に響いたのだった。



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