51.建国祭初日1
「ねぇねぇ、建国祭って最終日以外なんか予定ある?」
そう唐突に尋ねてきたのはアロラで、私とオーレリアを見ながらそんなことを問いかける。
「私は二日目に家族と王都を観光する予定です。去年も観光したんですが弟が大はしゃぎで。なので今年も家族と観光です」
「ふむふむ。なるほど。メルディは?」
「私は特にないわ。昔から建国祭中の王都は観光しているから別にいいかなって」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
返事をしながら紙に私たちの予定を書き込む。
さっきからなるほどと言っているが何がなるほどなんだ。
「じゃあさ。初日、三人で王都観光しない?」
「王都を?」
「うんっ!」
尋ね返す私にアロラが元気に返事する。建国祭中の王都を三人で、か。
アルフェルド王国はもうすぐ建国祭という国一番のお祭りを迎える。
名前のとおり、アルフェルド王国建国を祝うお祭りで三日間行われる。
三日間、王宮では煌びやかで華やかなパーティーが開催されるがその中でも一番盛り上がるのは最終日である三日目だ。
最終日のパーティーは全ての貴族の当主や夫人が参加し、その子どもである子息令嬢は任意参加だけど、普段顔合わせ出来ない人たちと会える機会でもあるため結構な人数が参加している。
また近隣諸国からは王族や外交官なども来る重要な行事でもある。
「建国祭中はお店も増えるし楽しくない? だから観光したいなーって思って!」
明るく理由を告げるアロラに耳を傾ける。
確かに建国祭中の王都は屋台や露店が増えて賑やかになる。遠方から来る人間もいるため倍以上の売り上げを稼ぐ店もあり、大きな経済効果を生む。
「私は別に予定ないからいいけど、オーレリアはどう? 次の日も同じ場所歩くかもしれないけどいい?」
「大丈夫です。それにメルディアナ様とアロラ様と観光したいです!」
ニコッと嬉しそうにオーレリアが笑う。それなら行こうと思う。幸い、建国祭中は学園もお休みとなっているので長く観光出来る。
「じゃあ集合場所はどこにする?」
「メルディのお屋敷でいいんじゃない? メルディのお屋敷、大きいから目立つし」
「人の家をそんな風に扱わないの。オーレリア、私の屋敷分かる?」
「はい、一応存じてます」
どうやら私の屋敷は知っているようだ。まぁ、アロラの言うとおり、私の家は公爵家なので大きいから目立つけど。
「ならそこで決定だね。歩いて観光するから二人とも歩きやすい靴と服だよ」
「はいはい」
「分かりました」
「ふふ、楽しみだなぁ」
集合場所を決めるとアロラが嬉しそうに口許を緩める。
確かに去年は建国祭期間にオーレリアとは仲良くなっていなかったから三人で行っていなかった。そう考えたら三人で行くのは楽しみだ。
アロラとオーレリアの楽しそうな表情を見ながら建国祭が来るのを待ちわびた。
***
時間の流れは早く、建国祭初日。
王都にある公爵邸でどの服にしようかとベッドの上に服を置いて見比べていた。
「うーん、平民向けで、動きやすそうな服ね……」
「迷ってますね」
「当然よ。歩きでの観光だから貴族の服だと目立つじゃない」
歩きで貴族と一目で分かるドレスや服装を来ていると色々と面倒だ。歩くのなら平民向けの動きやすい服装が適している。
「それにしてもお嬢様がご学友と建国祭とは。目から鱗です。ご友人が出来てよかったですね」
「ねぇ、ケイティ。失礼なこと言ってる自覚はある?」
「ありますよ。その上で気の強いお嬢様にアロラ様以外でご学友出来て驚いているのです」
「貴女、本当に主人のことをなんだと思ってるの?」
「お嬢様のご想像にお任せ致します」
服を眺める私に侍女のケイティが部屋の端に佇みながらそんなこと言う。
本当に、なぜ父はこんな侍女を雇っているのだろう。不思議でならない。
「うーん、これでいいかな」
手に取ったのはベルトで引き締めたカジュアルワンピースで、一度ケイティを追い出して自分で着替える。
髪はいつもどおり下ろすのではなく、動き回りやすいようにポニーテールにしてまとめて鏡に映る自分を見る。うん、悪くないと思う。
「どう、変じゃない?」
「おかしくありませんよ。よく似合っていると思います」
「そう、ありがとう」
まだ二人が来るまで時間があるのでリビングに行ってゆっくりと寛ごうと思う。
「楽しんでくださいませ」
「ええ」
そしてじっ、とケイティを見る。
今日のケイティはいつもどおりの侍女の服を着ている。つまり、私が出ていったあとも仕事はするのだろう。
「? ……なんですか、じっと見て」
「そういえばケイティは私が寮に行ってから仕事はどうなってるの? 他の侍女の仕事に加わってるの?」
「私はお嬢様の侍女ですよ? お嬢様がいなくても部屋を掃除していて忙しいんです」
「……仕事はそれだけ?」
「はい、当然です」
キリッとした顔で堂々と言ってのけるが、どうやら私が学園に行ってから随分楽になっているようだ。主人の部屋の掃除をするだけとは。
「前より楽じゃないの」
「まぁ、そうですね。じゃじゃ馬だったお嬢様の見張りをすることがなくなったのは大変楽ですね」
「主人の前で言うセリフじゃないと思うのだけど」
一体どこに主人の向かってじゃじゃ馬だと言う侍女がいるのだろう。って、ここにいるか。
しかし、私が学園に行ってから随分と楽していると分かった。……なら、しっかり働かせようじゃないか。
ニヤリと笑うと何かを感じ取ったようでケイティが一歩下がって訝しげに私を見ながら答える。
「お嬢様、嫌な予感がするのですが」
「あら、勘がいいわね。そうね、少し働いてもらおうと思ってね」
「長年働く滅私奉公の私をこき使うと申すのですか?」
「どの口が滅私奉公よ。口が主人を敬っていないわ。あと態度もね」
容赦なくケイティの発言を切り捨てる。ケイティだけだ、私にこんな態度を示すのは。他の侍女や執事たちは私をちゃんと敬ってくれるのに。
そしてこの侍女はすぐに楽しようとする。全く、優秀なのに。
……だから父は行動的な私に付かせたのか。そう思いたくない。
まぁ、どちらでもいい。どっちみち、嫌だと言っても絶対従ってもらうつもりだ。普段、寮にいて屋敷にいないから楽なのだからたまにはちゃーんと働かせないと。
「私付きの侍女だものね? 賃金を貰っているのなら相応に働かないとね?」
そしてニコッと美しい笑みを浮かべたのだった。
ケイティにある命令を下した後、部屋から出てリビングへと歩いていくと話し声が聞こえる。
「──、──?」
「──、────」
「……?」
リビングから聞こえる声が気になりそっと近づく。誰か来ているのだろうか。
ちなみに父と兄ではない。父は今日も今日とて仕事で王宮にいるし、お兄様は執務室で執務をしていたのは確認済みだ。
そして覗き込むとそこにいたのは私が尊敬する祖父だった。
「お祖父様っ!」
私の声に母とお祖父様が振り向く。まさかお祖父様が来てたなんて。
「メルディ?」
「おお、メルディや。久しぶりじゃな」
リビングには母の父であるお祖父様がいて私を見て手を上げる。お祖父様と会うのはウェルデン公爵領以来で確かに久しぶりだ。
「お久しぶりです、お祖父様。どうして王都に?」
「久しぶりに旧友と会うことになって王都に来たんじゃ。そのついでにリーリヤに会いに来てな」
「そうなのですね」
当主を伯父様に譲ってからずっと領地で過ごしていたから不思議に思っていたら旧友に会うためか。なるほど。
でもそれならお祖父様が来ること言ってくれてもよかったのに。母から何も聞いていない。
「お母様ったら教えてくれてもよかったのに」
「突然来たのよ。伝えることなんて出来ないわ」
「え? 突然?」
お祖父様の方を見るとニカッと笑う。あ、これは本当に伝えてなかったなと読み取れる。
「驚かせようと思ってのう。だがこのとおりリーリヤに注意されていたところだ」
「当然です。いなかったらどうしたのですか? せめて早馬で一言連絡ください」
「はは、すまぬな」
笑いながら謝ってるけどお祖父様、本当に反省してますか? 母も呆れた様子を見せている。
「にしても、メルディも大きくなったな」
「去年会ったじゃないですか。お祖父様は腰痛が治ったようで何よりです」
「兵士の鍛練に参加したいが制限しておる。また腰を痛めるのは敵わんからな」
腰をさすりながらお祖父様がそう答える。その方がいいと思う。お祖父様のためにも、鍛練している兵士のためにも。
「そう言えばメルディ。剣術大会は準優勝したらしいな。おめでとう」
「ありがとうございます、お祖父様」
お祖父様が剣術大会のことを褒めてくれて微笑む。準優勝は悔しかったけど、お祖父様に褒められて嬉しくなる。
「してメルディや。どこかに行くのか?」
「建国祭中なので王都を友人と観光しようと思って」
「そうか。楽しんでいきなさい」
「はい!」
元気に返事をして頷く。
それと同時に家令からアロラとオーレリアが到着したと告げられ、母とお祖父様に挨拶をしてエントランスホールへと向かう。
「あっ、メールディ!」
「いらっしゃい」
二人も動きやすい服装をしていて互いに似合っていると告げる。
「じゃあ、行きましょうか」
「うんっ!」
「はい」
家令に行ってくると伝えると公爵邸を出て三人で歩き出す。
そしてしばらく歩いているとおずおずとオーレリアが声を出した。
「め、メルディアナ様のお屋敷すごく大きいですね。エントランスホールも私の屋敷の二倍くらいありましたし」
「そう? 王宮と比べるも全然だけど」
「メルディさんや。そもそも王宮と比べることがおかしいですよー」
すかさずアロラが突っ込んでくれる。うん、比較対象が王宮って間違ってると思う。
そんな風に笑いを入れながら賑わう王都へ歩き出した。