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50.意外な一面

 鉄と鉄がぶつかり合う音が鍛練場に響いて相手が真剣を落として決着がつく。


「勝者、カーロイン」

「はぁ、はぁ……ありがとうございました」

「ありがとうございました……」


 ダレル先生が審判をし、対戦相手に挨拶をして真剣を鞘に収めて試合場から出る。


 今は合同授業の剣術実技の時間で受講生同士で対戦をしている。

 一年生の時は木剣だったけど二年生からは本物の剣、真剣を用いて剣術指導と試合をしていて一年生の時より実践向きになっていて楽しい。

 

「次、フィーダーとラドレア。こっちで試合するように」


 試合場を出るとダレル先生が次の対戦者の名前を呼ぶ。残りは試合を観戦しても良い、自主練習をしても良いと結構自由なので少し休憩したいなと思う。

 休憩に最適な場所を探すと大木の下にあるベンチが視界に入り、あそこで休憩しよう即決する。

 試合を終えたばかりで暑いので太陽の光を遮断してくれる大木の下で涼みたい。そう考えればあそこが最適だ。

 やや早足で大木へ向かって歩いてたどり着く。


「……あ、思っていたよりいいかも」


 鞘を置いてベンチに座る。予想どおり、太陽の光を遮断してくれて涼しい。


「…………」


 カァン、カァンと鉄と鉄のぶつかり合う音が響いて耳を通り抜ける。

 試合は真剣を用いた対戦だったので肩の力を抜いてリラックスするように促して試合を眺める。


「……はぁ」

「ここ、いい?」


 ぼぉっと試合を観戦していたら横から声をかけられる。……この声。

 視線を動かして横を見ると案の定、そこには予想どおりユーグリフトがいて剣を鞘に入れて腰に差して尋ねてくる。


「……ダメだって言ったらどうするの?」

「勝手に座る」

「退散する気はないの?」

「ない」


 そして私の許可なく鞘を置いて勝手に隣に座り込む。隣とはいっても私と奴の間には人一人分くらいの空間があるけど、私の許可は?


「ちょっと、先座っていたのは私なんだけど」

「だから?」

「他のベンチに行ってくれる?」

「木陰の下で涼しそうだからここがいい」


 私の頼みを即座に断る。……コイツ、少しは考えるという心はないのだろうか。なぜクラスの女子はコイツにきゃーきゃーと騒げるのだろう。不思議でしかない。

 しかし、先に座っていたのに出ていくのも悔しい。それに、試合終わった直後で涼みたい気持ちもある。

 いつかのように置物のように放置しようと思い、試合を眺める。

 

「…………」

「…………」


 と、試合を眺めていた時期も私にもありましたよ。しかし、隣からずっと視線が感じて観戦に集中出来ない。

 ちらりと視線を向けるとバッチリと目が合ってしまい内心失敗したと思う。


「何? じっと見て」

「んー……、ちょっと待って」

「何を待つのよ」


 こちらをじっーと見つめるユーグリフトに怪訝な顔を浮かべてしまう。なんだろう、そんな見てきて。背中がむず痒くなる。

 相変わらず見つめてくるユーグリフトにそろそろ抗議しようとするとゆっくりと口を開いた。


「……なんかあった?」

「……は?」


 そして突然の問いかけに間抜けな声が出る。どういうこと?


「何かあったって?」

「なんか悩んでるとか、そういうこと」

「はい?」


 続くユーグリフトの発言に固まってしまうも許してほしい。だって、ユーグリフトの口からそんなことが飛び出るとは思わなかったのだから。

 いつも私を見れば揶揄ってくるのに悩んでるか、だと? 明日は嵐なのだろうか。それとも槍の雨が降るのだろうか。

 片眉を上げながら相手の様子を窺いながら逆に問いかける。


「……むしろ、なんでそんな風に思ったの?」

「今日の試合の剣筋、悪かったから。カーロインだって気付いてたんじゃない? 調子よくないって」

「…………」


 的確な指摘に口ごもる。適当にあてずっぽで言ってるのかと思ってたのによく見ている。

 確かに先ほどの試合で自分の剣筋や戦い方がよくなかったなと思っている。実際、少し危ういところあったし。

 でも、それは見ている人には気付かない程度の内容で私と対戦相手以外には気付かれていないと思っていたのに。なんて鋭い観察眼なんだと思う。


「昨日の剣術実技でも少し悪いなって思ってたけど調子でも悪い?」

「……体調は問題ないわ」

「ふぅん、じゃあなんか悩んでる?」


 混じり気のない紅玉の瞳がこちらを見て首を傾げて問いかける。

 不思議と、その表情がいつもの意地悪な顔と違って心配しているように見えるのは気のせいだろうか。

 普段と違う様子のユーグリフトに調子が狂いそうになる。ダメだ、私。平静になれ。むしろ、余裕を持って揶揄うくらいでいないと。

 そうだ。いつも揶揄ってくるユーグリフトが私の心配などするはずない。

 そう自分に言い聞かせて普段の意趣返しで揶揄ってやろうと思い笑ってみる。


「ふふ、何? 心配してるの?」

「そうだって言ったどうする?」

「へ?」


 揶揄ってやろうと思ってそんなこと言ったら即座にそう返されて再び固まる。それこそ、そんなわけないだろうとか返ってくると思ったのに。


 硬直する私をよそに一方のユーグリフトが小さく笑う。

 ジト目で見るけど相変わらず笑い続ける。相手の手の平で泳がされているみたいで悔しい。


「……何笑ってるのよ」

「だって悔しいって顔に書いてるから。何? 意外だった?」

「……実際そうだもの。いつも揶揄ってくるから意趣返しするつもりだったのに」

「そ。ならまた勝ったな」


 笑いながら勝利宣言されてむっとなる。別に勝負していなかったけどここでもユーグリフトが勝って悔しくなる。

 不機嫌な気持ちを隠さずに見せるとまた小さく笑う。だから笑うなと言いたい。


「でも心配してるのは本当。なんかあった? なんかあったのなら話くらい聞くけど。溜め込むよりはスッキリするだろうし」

「…………」


 ベンチに凭れてそう話しかける。どうやら、聞く気持ちはあるらしい。

 別に言うつもりもなかったのに、そんなこと言われてると心がぐらついてしまう。


「……私って鈍感よね」


 そしてやや時間を空けてポツリと最近気付いた自分の一面を呟いた。

 自分に鈍感な面があると気付いたのはつい最近だ。

 オーレリアと友人になってからオーレリアのこと守れている自信があった。ちゃんと守れていると思いきっていた。

 だけど実際は実害が伴う教科書の件を見るまで気付けなくて情けない。ロイスに任せてって大口叩いたのに結局守れてなかった。


 そもそも、十年の付き合いがあるロイスが初恋をしたこともロイスに告げられるまで気付かなくて鈍いところがあると認めざるを得ない。


「守れているつもりだったのに実際は守れていなくて。そんな自分に呆れてしまうわ」


 はぁ、と溜め息を吐きながら愚痴のようなこと呟いてしまう。こんなこと、ユーグリフトに言っても解決しないのに。


「ふぅん。……それはまだ続いてるの?」

「……ううん。今はもう止まってる」

 

 ユーグリフトの問いかけにゆっくりと首を振る。

 あの教科書の件以降、オーレリアは特に嫌がらせは受けていないらしい。

 例の三人組が犯人だったのか、それともそれを知った犯人が今は動きを止めているのか分からない。

 ただ分かるのは、ロイスにオーレリアのことは任せろと言ったのに教科書の件を見るまで悪口を言われていたのを全く気付かずに過ごしていたという事実だ。


「だからしっかり反省して自分の中で折り合い付けたつもりだったのに。あんたに調子悪いってバレててびっくりしちゃった」

「観察眼あるだろう?」

「ええ。悔しいけどね」


 ほっと息をつく。言うつもりなかったけど、ユーグリフトに少し吐き出して心が軽くなった。

 やっぱり自分の中で思うより少しでも他人に言った方が健康的だな。


「これからはもう少し周囲をよく見るつもり。いつまでもくよくよするより行動した方がいいしね」


 暑さが引いたのでベンチから立ち上がって空を眺める。今は同じクラスでオーレリアを守りやすい環境なのだから。

 ロイスとの距離を陰ながら見守り、時には背中を押して二人の距離を近づけさせる任務が私にはあるのだから精一杯頑張らないと。

 振り返ってユーグリフトにお礼を言う。なんだかんだ、少し助けてもらったのは事実なのだから。


「ありがとう、少し楽になった」

「俺は何もしてないよ。自分で解決してたじゃん」

「確かにそうよね。でも、言って楽になったのは本当よ。ありがとう」


 微笑みながら言うと同じくユーグリフトも小さく微笑む。やっぱりその顔には揶揄いのような意地悪な感情が見えない。


 そんなやり取りをしていると授業の終了を告げる鐘が鳴り、ダレル先生が集合するように呼び掛ける。ダレル先生の元へ行かないと。


「ま、自分の中で解決してるんならいいけど。無理はするなよ」

「わっ」


 そして立ち上がると同時にポンッと私の頭に大きな手を置く。なんだ、いきなり。上に高く一纏めにしたポニーテールがぐしゃぐしゃになるじゃないか。

 抗議しようとするもユーグリフトはその長い足で私を置いてダレル先生の元へ歩いて行った。……私も急ごう。


 鞘を腰に差して、ポニーテールの形を手で確認しながらダレル先生の元へ歩いていく。


「……でも意外」

 

 ポニーテールが乱れてないか確認して歩きながら先ほどのやり取りを思い出す。

 あのユーグリフトが私の心配をしてくれるなんて。それも、即答で心配しているような表情でじっと人の顔を見て。

 ユーグリフトと関わってもうすぐで一年になるけど、その間に優しくされたことは片手で数える程度だ。

 

「……でもまぁ、そういう時もあるわよね」


 奴も人間だ。たまには揶揄うばかりじゃなくて心配したり優しくなることもあるだろう。

 胸の中には意外と言う気持ちが九割、そしてほんの少しだけ嬉しかったという気持ちが一割だけあるものの、考えることはせずに集合場所へ向かった。


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