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47.犬猿の仲

 音楽演奏会当日、学園が所有する大ホールへ向かっていた。

 一年生から三年生まで演奏するこのイベントは休日に丸一日かけて行われる。


「楽しみだね、ベアトリーチェちゃんの演奏」

「そうね。一年生が一番最初だからもうホールの中に入って着替えていると思うわ」


 演奏順は一年生に二年生に三年生の順番でピアノ・ヴァイオリン・フルートの順で演奏されて適宜休憩が挟まれる。

 リーチェは一年生でヴァイオリンで演奏まで練習していいとなっているのできっと練習していることだろう。


「あれからもう一年か。オーレリア、難しい曲をさも簡単そうに演奏してたわよね」

「簡単じゃなかったですよ。すごく練習して緊張してましたし。演奏終わったあと緊張の糸が切れましたし」

「私から見たらメルディもオーレリアちゃんの曲もどっちもよかったなって思うなぁ。オーレリアちゃんのこと知らなかったけどすごくきれいな演奏してすごいなって思ったし」


 三人で歩きながら一年前の音楽演奏会について語る。もう一年前だとは早いなと思う。


「アロラ様は参加しないんですか?」

「別に賞がほしいとか思わないし、二人のようにすごい上手じゃないからねー。中の中レベルだし。ベアトリーチェちゃんの演奏終わったら帰るの?」

「私は一応時間あるから三年生まで見ようかなって思ってるけど。二人は?」

「私も最後まで見ようかと。参加しないけど他の方の演奏聴くのも楽しいですし」

「んー、私は途中で帰るかも。その時は一言告げるね」

「そう、分かったわ」


 休憩が適宜入っているので入退場は自由だ。だから気になる学年や演奏の時だけ見に来る人も多い。

 そんな風に三人で話していると視線の先に知っている人物がいて内心げっとなる。

 相手も私たちに気付いたのか勝気な笑みを浮かべながら友人を三人連れてやって来る。


「あら、メルディアナ様。ごきげんよう」

「おはよう、ルーヘンさん」


 ルーヘン伯爵令嬢が挨拶してくるのでこちらも返すも内心辟易する。会いたくなかった子に会ってしまったと思う。

 私との挨拶を終えると隣にいたアロラとオーレリアに目を向ける。


「アロラもマーセナスさんもごきげんよう」

「おはよー、ハンナ」

「お、おはようございます」


 続いてアロラとオーレリアに挨拶する。それにしても珍しい。挨拶してくるなんて。

 私とルーヘン伯爵令嬢は親しくない。なので偶然会ったからといって普通に挨拶してくるなんて思わなかった。


「メルディアナ様とマーセナスさんは本日の音楽演奏会に参加致しますの?」


 不思議に思っていると突然ルーヘン伯爵令嬢がそう尋ねてくる。なんだろう。なんでそんなこと聞いてくるのだろう。

 怪しみながらもどうせすぐにバレる嘘をつく必要がないので正直に話す。


「私もオーレリアも今回は参加しないわ」

「あら参加しないのね」

「ええ」


 淡々と感情を乗せずにやり取りをする。なんだろう、普通に話しかけてくるなんて。

 警戒しながら観察しているとアロラがルーヘン伯爵令嬢に尋ねる。


「ハンナはー? フルートだけど音楽演奏会に出るの?」

「ふふ、勿論」

「へぇ」


 意外だ。去年はフルートの部門で参加していなかったのに。

 そんなこと考えていると、笑顔でルーヘン伯爵令嬢が言葉を紡ぎ出した。

 

「でも意外でしたわ。メルディアナ様たちったら()()()()()()()だから今回もまた参加すると思ったのに」


 笑顔で貶してくるルーヘン伯爵令嬢にピクッと反応する。は? 今なんて言った? 誰が目立ちりたがり屋だって?

 見ると笑顔だけどその瞳の奥は悪意が漂っている。うん、やっぱりわざとだ。

 やられっぱなしの私じゃない。すかさずやり返す。


「あら、何か勘違いしているのではなくて? 私たちのどこが目立ちたがり屋なのかしら?」

「だって入学早々音楽演奏会に参加して最優秀賞を取ったのだもの。さぞ努力はしたのだろうけど目立ちたがり屋なのねって思うのは当然でしょう?」

「まぁ、ルーヘンさんったら面白い考えするのね。考えが凝り固まっているのね」

「まぁ、そんなことございませんわ。ただ、メルディアナ様ならと思いまして。ほほほ」

「へぇ、そうなのね。ふふふ」


 互いに笑顔で貶し合う。不穏な空気を感じ取ったのか隣でオーレリアが、向かいのルーヘン伯爵令嬢の友人たちがきょろきょろと視線をさ迷わせる。


 初めは私とオーレリアの二人を貶していたけど今や私一点狙いとなっている。まぁいい。私一人なら対処出来るので構わない。


「は、ハンナ様。そろそろ準備をした方が……。美しく着飾る姿を見たいですわ」

「わ、私もですわ!」

「ハンナ様、急ぎましょう?」


 居心地悪いルーヘン伯爵令嬢の友人たちが次々と彼女に進言する。どうやらもう立ち去りたいようだ。


「あら、そうですわね。時間は有限ですものね。一分一秒も無駄には出来ませんわ」

「はい。ですので……」

「ええ。メルディアナ様、悪いけど失礼しますわ。ごきげんよう」


 おほほほ、と高笑いをしながら立ち去っていく。まるで嵐のようだった。

 完全にいなくなったのを確認してオーレリアがおずおずと言葉をこぼす。


「その、以前も思ったんですがルーヘン伯爵令嬢ってなんというか迫力あってすごい方ですね……」

「あはは、ハンナって昔からメルディをやけに敵視してるからねー」

「まぁね」


 驚くオーレリアに笑いながらアロラが返事する。否定はしない、事実だから。


 私はルーヘン伯爵家の令嬢であるハンナと幼い頃から仲が悪い。

 別に家同士が仲が悪いわけではなく、父親同士が政敵であるとかそんなのではない。ただ単に私とルーヘン伯爵令嬢の仲が悪いだけだ。

 元々の相性が悪かった。それはあるけどさらに険悪なのは他に理由がある。

 その理由はロイスだ。


 国王夫妻の唯一の子どもで王子だったロイスは大きな問題がなければ間違いなく王位をつく人物だ。

 そのため、将来の側近候補と王妃探しとして度々王妃様主催のお茶会が王宮で開催されていた。

 幼い頃から勉学に秀でて穏やかで優しいロイスは勿論大人気で子息令嬢関係なくよく囲まれていた。

 だけど幼い頃のロイスは内気で大人しく、同性である子息ならまだしも異性である令嬢と話すのが苦手な子だった。……まぁ、ここは陛下と王妃様の関係を間近で眺めていたこともあると考える。陛下は王妃様に尻を敷かれているから。


 だから令嬢に囲まれていても喜ぶこともなく、どちらかと言うと困った様子を見せていてそんなロイスに手を差し伸べる役割を担っていたのは私だった。

 別にロイスにベッタリと常に張り付いているわけではない。お茶会といっても好奇心旺盛だった私はよく王宮の庭園を自由に歩き回っていたし。

 それでも戻って来てロイスの表情がしんどそうなら折を見て声をかけて令嬢の輪の中から連れ出していた。

 私が声をかけるとロイスも安心したように笑うのでそれを見ていた大人たちは勝手に「二人の仲は良好だ」と認識して社交界で広がったというわけだ。

 でもまぁ、ルーヘン伯爵令嬢にしては面白くないだろう。ロイスのことが好きなのに当のロイスにはいくら話しかけても他の令嬢と同じ扱いされて気が合わない私にだけは笑うのだから。


 そんなわけで私とルーヘン伯爵令嬢は仲が良くない。中央貴族の若者ならみーんな知っている暗黙の常識である。

 夜会やお茶会で鉢合わせしてドレスの型や色が似ていると嫌味を飛ばしてくるので私も淑女の笑みを浮かべながら言い返している。反りが合わない人間ということだ。


 大方、今回参加したのも王妃様の演奏会に出場するためだろう。おととしはヴァイオリン、去年はピアノで順当に行けば今年はフルートの演奏会が行われる。

 王妃様主催の演奏会に参加出来るのは今回の演奏会で上位二人だけでそれを狙っているのだろう。分かりやすいと思う。


「昔から犬猿の仲だからね。別にいいんだけど、アロラは大丈夫?」

「あー、大丈夫大丈夫。ハンナ、目の敵にしているのはメルディだから。たまに私にも飛び火来るけど受け流してるし」

「そう……。それならいいけど」


 仲が悪くて夜会やお茶会でドレスが似ていたりしていると嫌味を言っては敵意を送ってくるけど直接害をなすことはない。

 それは私が一応中央貴族の中でも力のある公爵令嬢だからだろう。だから嫌いでも直接手を出してくることはない。


「オーレリアも何かされたら言ってね」

「ありがとうございます、ですが大丈夫だと思います」

「それより早く入ろうよ。ハンナのせいで時間取っちゃったしいい席なくなるよ」

「……そうね」


 オーレリアには言ったしアロラの言うとおりルーヘン伯爵令嬢で少し時間を取った。さっさと入るべきだろう。

 そして大ホールへと足を進めた。


 その後、青いドレスに着替えたリーチェのヴァイオリンの演奏を聴いた。

 残念ながらも優秀賞には入らず五位の入賞で終わったけど美しい音色だったし、まだ二回チャンスある。来年頑張ってほしいなと思う。


 ルーヘン伯爵令嬢は惜しくも三位に留まり、王妃様主催の演奏会に参加するのは不可能となり、目が合うと大きく顔を背けられた。


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