45.少しずつ距離を縮めて
最近、オーレリアはお菓子作りに夢中だ。
元々趣味の一つで時折作っていたけど、なんでも春休みに実家に帰省して久しぶりに隣国のラヴェル王国のお菓子を食べて懐かしくなったらしい。
それで王都の屋敷でお菓子作りをするようになり、今ではすっかり上達してたまに昼食のあとに三人で食べるようになった。
これがまたおいしく、お菓子作りは勿論、料理が出来ない私にとって羨ましく感じた。女子力強くない?
「んー、いい天気だね! 温かいお日様の下で昼食は気持ちいいね!」
「そうね。今日はいい春日和ね」
「はい。ポカポカと温かくて気持ちいいですね」
アロラの明るい声に私とオーレリアが答える。
二年生になって早二週間。春の温かい日のある日、私たちは東屋で昼食を食べるために来ていた。
理由は至極単純。食堂に人が多かったからだ。
そのため食堂でテイクアウトして外で食べようとなったわけだ。
「オーレリアは今日は西方の料理なのね」
「はい。領地が東側なので珍しくて」
「そっか」
そう言いながら西方の料理をおいしそうに見る。前から思っていたけど、オーレリアは表情豊かだなと思う。
「ねぇねぇ、オーレリアちゃん。今日は持ってきたんだよね? 今日はなんなの?」
「あ、今日はカップケーキですよ。プレーンとココア味で作りました」
そう言ってオーレリアが紙袋からかわいらしいリボンで結んだラッピング袋からカップケーキを取り出す。
カップケーキはプレーンとココアの二種類で計四つある。
「アロラ様はどっちも食べるかなって思って四つ作りました。昼食後に食べましょうか」
「そうだね! あー、お腹減った~」
語尾を伸ばしてアロラが溜め息吐く。それはいいが、注目するべき点はアロラが持つテイクアウト用の紙袋だ。
「やっぱりお腹空くと何もやる気でないよねー。よし、午後の授業頑張るためにたくさん食べようっと!」
明るい笑顔で紙袋から順番に取り出して東屋のテーブルに置いていく。
その数、テイクアウト可の日替わりメニューに種類豊富な菓子パン四つにサンドイッチ二つとドーナツでオーレリアとともに声を失う。いつもどおり、買うのが遅いと思ったらこんなに買っていたとは。
「? どうかした?」
「……相変わらずよくそんなに食べられるわね」
「だっておいしいんだもん。おいしい物を食べていると幸せな気持ちにならない?」
「言いたいことは分かるけど一度によく食べられるわね」
「えへへー。メルディに褒められちゃった」
「褒めていない」
笑うアロラに即座に突っ込む。なんかこのやり取り、去年もしていた気がする。
「アロラ様、すごい食欲ですね……」
「この子ったら昔からそうなのよ。食べても太らないんだから腹が異次元空間になってるんじゃないかって疑ってるくらいよ」
「ちょっと、人を人外みたい言うのはやめてよー」
「ならその食欲どうにかしなさいよ」
「──それは、無理な相談だね」
「ちょっと、なんでそんな真剣な顔つきになってるのよ。おかしいでしょう」
なんで急に真剣な顔になるんだ。どこにそんな要素があるって言うんだ。
「ふ、ふふふっ……」
そんな風にアロラとやり取りをしていたら隣にいたオーレリアがくすくすと笑い出す。
「オーレリア?」
「ご、ごめんなさい。でもお二人のやり取りが面白くて……。ふっ、ふふ」
笑いが堪えきれないのか謝るも笑っているオーレリア。オーレリアさん、どこに笑いの要素があるんだ。教えてほしい。
「まぁまぁ、メルディさんや。いいじゃないかいいじゃないか」
「どこがいいのよ」
どこがいいんだ。全く、アロラったらふざけているなと確信する。
「そういえば、もうすぐ音楽演奏会だけどメルディとオーレリアちゃんは参加するの?」
「は? ああ……、私は参加しないわ」
さらりと話を替えるアロラに一瞬虚を突かれるも平静を装って答える。
今は四月の半ば。来週には音楽演奏会が始まり、エントリーが始まっている。
「オーレリアは? 参加するの?」
「私も今回はいいかなって思ってます。去年、賞を貰っていますし、目立つのはちょっと……」
「ああ……、確かにね」
そういえばオーレリアは音楽演奏会で最優秀賞を取ったことでシェルク侯爵令嬢に目を付けられたのだ。そりゃあ、遠慮したくなるだろうな。
特に一年の三学期に少々面倒なこともあったし、下手に目立つのはよくないだろう。参加しない方が賢明だ。
「そっか。ベアトリーチェちゃんは参加するの?」
「リーチェは参加するって言ってたわ」
「ベアトリーチェちゃん参加するんですか? 何を演奏するんですか?」
「曲名は分からないけど難しいのに挑戦するみたい」
リーチェは音楽演奏会に参加するのだろうかと思い尋ねてみると参加すると先日聞いた。
リーチェは私同様ヴァイオリンを習っていたので当日聴くのが楽しみだ。
「それじゃあ当日聴くのが楽しみですね」
「ええ。そうね」
そんな風に三人でお喋りをしながら昼食を摂っていく。
話題は色々とあって授業の話や新しく出来たカフェに今人気の観劇の演目など色んな話をしながら時間を過ごしていく。
「あー、午後は移動教室でハーバーのおじいちゃんか。お昼ご飯食べた後だし眠くなっちゃうな」
「いつものことじゃなくて?」
「いつもどおりとも言う」
「アロラ様……」
アロラの発言に乾いた声で呟くオーレリア。私も溜め息が出る。隣で寝ていたら起こさないといけないな。
「あれ? アロラ?」
そんな風に考え事をしていると遠くから知っている声が聞こえて振り返る。……この声は。
「あっ! ステファンっ!!」
ぱぁぁっとアロラが一気に綻ばせて駆け寄るのは婚約者であるステファンだ。
そしてここにステファンがいるということは……。
「メルディアナ? マーセナス嬢?」
「殿下」
そして当然ステファンの隣にはロイスがいて私たちを見て水色の瞳を丸めてこちらに近付いてくる。
「東屋で昼食を?」
「はい。殿下とステファンは食堂ではないのですね」
「うん。来週の音楽演奏会の準備とかで忙しくて。だから生徒会で食べるつもり」
「そうなのですね」
どうやら生徒会活動で忙しいようだ。副会長になったばかりだし色々と忙しいのだろう。
「大変そうですね」
「そうだね。生徒会長も大変そうで。メルディアナ、手伝いに来てくれる? 来てくれたら助かるんだけど」
「ふふふ、私には荷が重いですわ」
「やっぱりダメか」
断られるのは分かっていたのだろう。軽やかに手伝いのお願いを躱すと、ははっ、と笑う。
そんな私たちのやり取りを見ていたオーレリアがロイスに声をかける。
「お忙しいのですか?」
「ん? 大丈夫だよ。新しくなったからまだ少し忙しいけど、音楽演奏会が終了したら一段落するだろうから」
「そうなんですね」
ロイスの言葉にほっとしたように浮かべるオーレリア。どうやら心配していたようだ。
「心配ありがとう」
「い、いいえっ……!」
心配してくれたことに気付いたロイスが優しく微笑んで礼を言うとオーレリアが恥ずかしそうに俯く。なんだろう、この二人を見ているとじれったくなる。
そんな二人を眺めているとロイスの視線がカップケーキに止まる。
「メルディアナ、それは?」
「これ? オーレリアが作ったの」
「マーセナス嬢が?」
「そう。ね、オーレリア」
「は、はい」
オーレリアに話を振ると、振られたオーレリアが緊張したように答えていく。
「へぇ、マーセナス嬢が? 得意なんだね」
「いえ、得意とまでは……。ただ最近作っていてたまにお二人に食べてもらっているんです」
「そうなんだ」
納得したかのように頷いてカップケーキを見る。……ほしいのだろうか。まぁ、好きな子の手作りは食べたくなるだろうな。
ほしいのなら私の分をあげようかと考えていると、アロラがこっちに入ってきた。
「殿下、ほしいのなら私の分一つあげましょうか?」
「アロラの?」
「へっ!? アロラ様っ!?」
アロラの突然の提案にオーレリアが驚いたような声をあげるも、アロラはスルーしてそのままロイスに話しかける。
「私の分として二つ用意してくれてたんで一個あげますよ。プレーンとココアどっちがいいですか?」
「それなら、プレーンがいいけど」
「ち、ちょっと待ってください! 殿下、素人が作ったものですよ!?」
勝手に話が進んでいくのを感じてオーレリアが異議を申し立てる。
「僕は気にしないよ?」
「そうだよ。殿下口うるさくないよ?」
「アロラ、口が悪い」
「えー、どこがー?」
無礼な態度をするアロラにステファンが注意して、アロラは不服そうに頬を膨らませてステファンに抗議する。
「別に気にしないけど、マーセナス嬢ダメかな?」
「……っ」
お願いするロイスにオーレリアが困ったような表情をする。私は口出ししない。
俯いて暫しの間、葛藤しているとゆっくりと顔をあげて呟いた。
「……分かりました、プレーンですね」
そう呟くとプレーンのカップケーキが入ったラッピング袋を手に取る。
「マーセナス嬢?」
「本当に、ほんっとうに素人が作ったので宮廷のパティシエの足元にも及びません。それでもいいのなら……どうぞ」
念入りに、そして素人の部分を強調しておずおずとした様子でロイスに差し出す。
そして受け取ったロイスはニコッと嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、放課後も生徒会活動があるからその時に食べてもいい?」
「だ、大丈夫です。あ、ステファン様の分……!」
「僕は甘味が苦手なので大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」
「いえ、それならいいのですが……」
ステファンに尋ねるも礼儀正しく丁寧に断る。ステファンは甘いのが苦手なので渡さなくて大丈夫だ。
「それよりステファン。お昼大丈夫? ご飯まだでしょう?」
アロラがそう尋ねて時計に目を向ける。気がつけば随分時間が経っていて残り半分だ。
午後の授業の準備もするならあまりゆっくり食事出来ない時間だ。
「そうだね。ステファン、早く行こうか」
「はい」
「じゃあね、メルディアナ、アロラ。マーセナス嬢、ありがとう」
ニコッと嬉しそうに笑いながらロイスが私たちに手を振る。あれは機嫌いいなと思いながら同じく手を振った。
そしてロイスとステファンは生徒会室の方へ歩いていき、東屋には私たちだけとなる。
「…………」
「オーレリア? どうかした?」
「あ。いえ……殿下が甘い物好きだって知らなかったので」
「ああ、秘密にしてるからね」
「どうしてですか?」
きょとんと不思議そうに問いかけてくるので真実を教える。
「だって教えたらプレゼントが殺到するだろうし。だから秘密にしてるけど結構の甘党なのよ」
「へぇ……そうなんですね。……ふふ。なんか、かわいいですね」
「「…………」」
小さく笑うオーレリアの横で私とアロラが硬直する。……かわいいだと? それは心情の変化が起きているのですか?
どういう意味かすごい気になる。ああ、気になる。聞きたい。聞いてもいいのだろうか?
「オーレリアちゃんは甘いものが好きな男の子好き?」
「好きですよ。私も甘いの好きなので話が合いそうだし盛り上がりそうですよね」
「ほぅ~」
ニヤニヤと笑みを浮かべるアロラ。注意しないといけないけど……私の興味津々で聞いてしまう。
「へぇ~、甘い物好きの男子はいいということですか。それにかわいい……。ふふ、いいこと聞いちゃった~」
「え? ……アロラ様!? なんか考えてませんか!?」
「し~り~ま~せ~ん~」
「絶対なんか勝手に考えてますよね!?」
アロラの異変を感じ取ったオーレリアが抗議するがすでに遅し。オーレリアの話を聞いていない。
「あははは~。さぁ、次の授業の時間は移動教室ですよー。メルディさんや、行きましょう!」
「そうね。ちなみに寝ちゃダメよ」
「あははは。寝ます! っていたぁっ!?」
私の警告に即座に寝ると答えたアロラにデコピンをする。なんで起きようと努力しないんだろう。
「いったーい! ステファンに言いつけてやる!」
「やってみたら? ステファンは私の味方になると思うけど」
ステファンに言いつけるというアロラにバッサリと事実を告げる。言いつけたらいいと思う。むしろ、ステファンに感謝されるのに金貨五枚賭ける。
「ううっ、メルディの意地悪……」
「さて、お昼ご飯は食べたしあとはカップケーキだけ食べてましょうか」
手の平を叩いて場の空気を変えてオーレリアに告げてカップケーキを手に取るって一口含む。うん、やっぱりおいしい。
「うん、おいしい。丁度いい甘みね」
「本当ですか? よかった」
「また作ってくれる?」
「はい!」
「アロラも食べないと貰うけど、どうする?」
「! ちょっとそれはダメだって!」
食べないのかと言うとアロラがココア味のカップケーキに手を伸ばして食べる。ならいい。
そして三人でカップケーキを食べて笑いながら残りの昼休みを過ごした。