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43.誤解

「リーチェ……? どうしたの?」


 走ってきて荒い呼吸をするリーチェに駆け寄って様子を見る。

 頬は走ったことで赤いものの、さっと見る限り、特に怪我は見当たらない。


「何かあったの?」

「お姉さま、お聞きしたいことがあるのですが……! ……あ」

「? ああ」


 話そうとして声を詰まらせるリーチェに不思議に思い、リーチェの視線を追うと視線の先にいるのはユーグリフト。

 きっと、私とユーグリフトが話している時に来てしまったと思って止まったのだろう。


「大丈夫よ。もう話し終えたから」

「でもっ……」

「カーロインの言うとおり、もう話し終えたから気にしなくていいよ。それより、その色は新入生かな。入学おめでとう」

「えっ。あ、ありがとうございます……!!」


 リボンの色から新入生と判断してユーグリフトが猫を被って微笑む。

 その微笑みにリーチェが頬を染める。……こいつ、リーチェを誑かそうとしている。早々に引き離さないと。


「リーチェ、私に用があるのよね? なら談話室で話を聞くわ」

「いいのですか?」

「ええ。寮より談話室の方が近いしまだ行ったことないでしょう? そこで聞くわ」

「あ、ありがとうございます、お姉さま!」


 提案するとリーチェがぱぁぁっと表情を明るくさせて頷く。よし、さっさと離れさせよう。


「じゃあ行きましょうか」

「はい。……あ、失礼します、先輩」

「ああ、また」

「っ、は、はいっ……!」


 また、じゃない。素直でかわいいリーチェを近付けたくない。

 ユーグリフトを無視して歩き出すとリーチェがユーグリフトに軽く会釈してパタパタとついてくる。


「あの、お姉さま。よかったんですか? あの人とお話ししていたんじゃ……」

「いいのよ。あっちも終わったって言ってたでしょう?」

「それは、そうですけど……」


 ちらっと後ろを見ながら私を見る。どうせ同じクラスで毎日顔を合わせることになるからいいのに。


「そんなことよりリーチェ。あの人には気を付けてね」

「えっ? ……それは、先ほどの人ですか?」

「そう」


 不思議そうに尋ね返すリーチェに頷く。

 ユーグリフトはあんな性格だけど外面はいいので騙されないようにリーチェに一言伝えておかないと。かわいい妹分が猫被りに騙される姿は見たくない。


「あいつは文武両道で外面は貴公子として通しているけど実際は口が悪くて意地悪な奴だからね。気を付けてね」

「え、えっと……あのお姉さま。あの人のお名前は……?」

「名前はユーグリフト・スターツ。宰相であるスターツ公爵の跡取り息子よ」

「えっ!? スターツ公爵家の!? どうしよう、私、急いでてちゃんと挨拶しなかった……」


 あわあわとなってリーチェが顔を青ざめる。別にユーグリフトはそんなことで怒りやしないだろう。そんなことで怒るくらいなら私、今まで何回も怒らせている気がする。


「それくらいで怒らないわよ。気にしなくていいわ」

「でもっ……」

「ユーグリフトは家の名前を使うことは殆どないわ。もし使ってきて何かされたら言いなさい。私がやり返してあげるから」

「お姉さま、カッコいい……。……じゃなくて! それならいいけど……」

「まぁ十中八九、家の名前使わないから安心していいわよ」

「…………」


 ユーグリフトは父親であるスターツ公爵とはあまり仲がよくない、ように見える。

 ……理由は分からない。それでも、挨拶出来てなかったくらいで家の名前を使って何かするような器の小さい男じゃないのは確かだ。


 そんな風に話しながら歩いていくと談話室にたどり着いて室内に入る。

 普段は四人で集まっているから別に何も思わないけど、二人だと広く感じる。

 だけど二年生がまだ通る可能性がある廊下でリーチェの話に耳を傾けるのは難しい。なら談話室で聞く方がすんなりと頭に入るだろう。


「座ったら? 談話室のソファーは座り心地いいのよ?」


 ドアの近くで突っ立っているリーチェに声をかけて先に座ると、リーチェが小さな声で呟いた。


「……お姉さまは、」

「ん? なぁに?」

 

 何やら呟くリーチェを見ると、不安そうに大きな青い瞳を揺らしながらこちらを見つめる。


「……お姉さまは、スターツ先輩と仲がいいんですか?」

「……は?」


 しかし、リーチェの口から予想外な言葉が飛び出て固まる。……誰が、誰と仲がいいって?


「誰と、誰が?」

「お姉さまとスターツ先輩です」

「あ り え な い」


 一音一音を強調して言い切る。なんで? なんでダレル先生もリーチェもそんなこと言うんだ。

 特にリーチェなんて私とユーグリフトが話しているのを初めて見たのにそんな誤解するなんて……。なぜだ!と問いたい。


「……とりあえず、座りなさい」

「はい……」


 おずおずと向かいのソファーに座るリーチェを確認して溜め息を吐きながら問いかける。


「はぁ……。なんでそんな誤解を?」

「だって、スターツ先輩のことを“ユーグリフト”って呼び捨てしていたもの」

「それは──」

「それにお姉さまの発言。“あれくらいで怒らない”って普段から話していないと分からないもの。それと“十中八九大丈夫”って言葉も親しくないと相手の性格なんて把握出来ないし、お姉さまの表情も素の表情だったから仲がいいのかなって思って……」


 次々と挙げていく内容に顔を引きつりそうになる。この子、よく私のこと知っているし、よく見ている。


「リーチェ、よく見ているわね……」

「だってずっとお姉さまに憧れていたんだもの。お姉さまは勉強に剣術も出来て、乗馬も得意で明るくていつも人を引っ張ってくれてずっと尊敬していたの」

「そ、そう」


 急に褒めちぎってくるのはやめてほしい。気恥ずかしくなる。


「だから私もお姉さまのようになりたいって思って剣術を練習したけど、腕はからっきしだし兵法書の内容は全然分からないし……」

「そんなことしていたの?」


 と言うか、それ初めて聞いたんだけど。リーチェが剣術……小柄で華奢なリーチェには難しいだろう。

 それこそ、練習用の木剣を振り上げて素振り二十回するのも一苦労だと思う。


「だって、言って出来なかったら恥ずかしいもの! ……だから昔から何でも器用に出来るお姉さまに憧れてたの」

「リーチェ……」


 母親同士が親友で年が近いから慕ってくれていたと思っていたけど……どうやらそういう憧れもあったようだ。

 きっと、こんな風にリーチェが打ち明けてくれなかったら分からなかっただろう。

 でも今はリーチェの誤解を解かないと。


「……誤解しているようだけど、ユーグリフトとは一年の時に学業でも剣術でも争った相手なの。で、悔しいけどいつも僅差で負けてるの。……それだけならいいけど、私には口が悪くていつも揶揄ってくるから応戦しているってこと」

「そうなの?」

「私がそんな変な嘘をつくとでも?」

「ううん……」


 ゆっくりと首を振るとじっ、と私を見る。続きを言おうか。


「だから仲よくなんてないわ。話しても売り言葉に買い言葉で口喧嘩しているのが大半。あいつは追い越すライバルってこと」

「ライバル……」


 私のはっきりとした言葉にリーチェが繰り返して呟く。そう、それが私とユーグリフトの関係だ。


 互いの素の性格を知っているからか、猫を被る必要がないのは楽だ。

 そして私にとってユーグリフトとは追い越すライバル。それが、しっくりと来る関係だ。


「……ではお姉さまは殿下と婚約しますか?」

「ええっ? それは──」

「私は王妃様の地位に相応しいのはお姉さましかいないと思っています。だって、お姉さまと殿下は十年の幼馴染で昔から一緒にいて楽しそうに笑っていたんですから。……私は、オーレリア先輩より、お姉さまと殿下を応援したいです」

「リーチェ……」


 最後の言葉でリーチェの一連の発言に合点つく。

 そうか、この子はオーレリアとロイスの噂を聞いてそれで私の元へ突撃してきたのか。


「殿下とオーレリアの噂を聞いたのね」

「……はい。もう、聞いた時は驚きしかなくて。ずっと、お姉さまが王妃になるんだって思ってたから……」

「…………」


 リーチェの震える声に耳を傾ける。

 王妃様も私の価値を認めてくれている。リーチェも私を推してくれる。

 私を高く評価してくれるのは嬉しい。嬉しいけど……一度きりの人生だ。

 だからこそ、思い切り自分の夢に向かって走りたいと思ってしまう。


「……ありがとう、リーチェ。だけどね、私は王妃になる気はないのよ」

「! それは、オーレリア先輩に気を遣ってですか……?」

「違うわ。私が王妃になる気が全くないから」

「……そんな……」


 首を振って否定するとリーチェが震えたような声をこぼす。……騎士になりたいことも伝えた方がいいだろう。


「リーチェ。私ね、夢があるの」

「夢、ですか……?」

「ええ。私ね、昔からずっと騎士になりたいって思ってたの。……お祖父様のように国を、大切な人を守れる人になりたいって思ってて、だから剣の練習していたの」

「お姉さまが、騎士に……」

「うん」


 呆然とするリーチェに静かに頷いて微笑む。

 だけどリーチェは呆然とした顔のままだ。……中央貴族出身だから高位貴族の令嬢が騎士になるのが如何に難しいか分かっているのだろう。


 だけど、それを分かったうえで私は今まで剣を振るい続けた。


「難しいのは分かっている。だけど、リーチェが私に憧れていたように、私にとって騎士は憧れの職業なの。だから私は王妃になる気はないの。私は、騎士を目指すつもりよ」

「お姉さま……」

「それに、殿下は私のこと好きじゃないもの。殿下が好きなのはオーレリアなのよ?」

「えっ!?」


 真実を教えてあげると目を見開いて驚く。どうやら噂は聞いてもロイスがオーレリアを好きだとは思わなかったようだ。


「殿下と私の間にあるのは親愛だけよ。だから私が殿下の恋を叶えるために協力する立場を買って出たってこと。自分の夢を叶えるためにも丁度いいからね」


 ロイスのことは話すつもりはなかったけどその方が納得してくれるだろう。

 リーチェは口が軽くない。念押ししたら黙っててくれるはずだ。


「殿下がオーレリア先輩を……。お姉さまは、本当に殿下のこと想っていないのですね」

「ええ。私は殿下に幸せになってもらいたいの。勿論、オーレリアも私の大切な友人だから二人とも幸せになってほしい、そう思っているわ」

「……では私の早とちりだったのですね」


 ぼぉっとした顔で呟くと、リーチェがゆっくりと頭を下げる。


「ごめんなさい、お姉さま。勘違いして迷惑をおかけして」

「分かってくれたらいいの。ごめんね、王妃にならなくて。幻滅した?」

「そんな! 王妃にならなくてもお姉さまは私の憧れの人です、幻滅なんてしません!」


 即座に反応して答えてくれるリーチェに嬉しくて笑ってしまう。それならよかった。


「確かにお姉さまが王妃にならないと聞いた時はショックだったけど……お姉さまが決めたことだもの。私はお姉さまの思いを尊重します。……殿下の恋も影ながら応援します」


 そう述べると笑って微笑む。よかった、リーチェが納得してくれて。

 あとは、リーチェから協力を得よう。


「リーチェ、殿下とオーレリアの噂は一年生の間で大分浸透している?」

「……いいえ。まだごく一部かと。私も偶然耳に挟んだだけなので」


 ならまだ一年生には浸透しない感じか。なら早めに手を打とう。


「なら、その噂を聞いたらさりげなく誤解を解いてくれない? 無理はしなくていいから」

「はい、分かりました」

「それと、誤解を解いてもオーレリアに対してよくない気持ちを持っている子がいないか確認してくれる?」


 現一年生、三年生にもロイスを狙っている子が数人いる。

 ルーヘン伯爵令嬢も誤解を解いても納得出来ないのか、オーレリアに悪意を持っているし油断は出来ない。


「私もアロラも守っているけど、その噂でオーレリアを目の敵にしている子もいるから。警戒に越したことはないわ」

「分かりました。微力ながらも、お姉さまのお力になって見せます」

「ありがとう」


 そして私はリーチェから協力を得ることに成功した。


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