38.噂の真相
「──ふぅん、殿下が女子生徒と二人で、ね」
「……っ」
ぼそり、とユーグリフトが隣で呟くも反応出来ない。
何がなんだか全く分からない。ロイスとオーレリアが? 一体どういうこと? 分からないことだらけだ。
だけど、やらないといけないことは一つだけ分かる。それは噂を止めることだ。
このままだと色々と根も葉もない話が尾びれ背びれがつく可能性がある。まずは例の女子生徒から真相を聞くべきだ。
静かに立ち上がって歩いていくと完璧な令嬢の仮面を被って話しかける。
「ごきげんよう。その話、もう少し詳しく教えていただける?」
「えっ……? め、メルディアナ様っ!」
振り返ると二人とも驚いた声で私の名を呼ぶ。
そんな二人にニコリと美しい笑みを作って詳細を尋ねる。
「突然でごめんなさい。急にその話が聞こえてきたからびっくりして」
「あ、も、申し訳ございませんっ……!!」
「いいのよ。でもその話、詳しく教えてくれるかしら」
「え、えっと……」
再びニッコリと微笑んで尋ねると二人は目配せをし、そして話していた女子生徒がおずおずと小さく手を上げてゆっくりと口を開いていく。
「その、つい先ほどの放課後のことです。王太子殿下とマーセナスさんが一緒に科目準備室から出てきたのです。それも、王太子殿下がとても楽しそうにお話をしていて……。殿下が異性の女子生徒と二人でいるのは珍しくてびっくりしてしまい……」
「……そうだったのね」
ロイスとオーレリアが二人で科目準備室から出てきた、か。……大したことないな。
だけどそれが大きな衝撃を与えているのは偏にロイスに正式な婚約者がいないからだ。
私が最有力と言われているけど婚約をしていないので王妃の座を狙っている令嬢も少なからずいる。
そんな中でロイスの隣を楽しそうに歩いている令嬢が現れたら……考えたくもない。
悪意がオーレリアに向かないように今まで二人きりにはさせなかったのに。歯ぎしりしてしまう。
ロイスは王太子ということもあって皆に優しいけど、女子生徒には誤解を与えないように必要以上に声をかけないようにしている。
そんなロイスがオーレリアと楽しそうに放課後の準備室から出てくる、か。話題になっても仕方ないかもしれない。
そんなこと考えていると、目の前の女子生徒たちが慌てたように口を開く。
「あ、で、でもメルディアナ様が心配することはないと思います! メルディアナ様は非の打ちどころがありませんから……!」
「そ、そうですよ! メルディアナ様は殿下と幼馴染で親しいですし、マーセナスさんも何か理由があったのかもしれませんし!」
どうやら私がショックを受けていると思っているらしい。必死に大丈夫だと言ってくれる。全然平気なんだけどなぁ。
しかし、この様子からして彼女たちはその光景を見て驚いたけどオーレリアに向けて敵意や悪感情を持っていないように感じる。それはよかった。あとはこのままオーレリアに悪感情を持たないようにさせないと。
「そうね。殿下は優しいからきっとオーレリアを助けたのでしょうね。だって、オーレリアは私の友人だもの。二人もこのことはあまり騒がずに今、私が言っていたこと伝えてくれる?」
片目を閉じてお願いごとをする。私の名前が出たら大きく騒ぐことは控えるだろう。
案の定、頼みごとをすると二人はこくこくと頷いて返事してくれた。よし、あとは当事者であるロイスに聞くべきだ。
ユーグリフトの元へ戻ると本をユーグリフトに渡す。
「ユーグリフト、この本あげるわ」
「へぇ、カーロインは? 殿下のところ?」
「まぁね。騒ぎを消さないと」
下手にこれでロイスの気持ちを勘づかれたら非常に厄介だ。オーレリアのために、どうにか沈静化を図らないといけない。
「ふぅん。カーロインも大変だな」
「友人のためだもの、これくらいなんてことないわ。ユーグリフトもあんまり騒がないでよね」
「生憎、そんな話に興味ないから話さないさ。安心したらいい」
「そう、それなら安心ね。じゃあ」
話さないと言うのなら話さないだろう。ユーグリフトはそんな人間だ。
踵を返して学園図書館を出て校舎へ歩いていく。
場所はさっき彼女たちに聞いたのでその近くへ向かう。
早歩きで歩いていくと前方から薄茶色の髪が見える。あの後ろ姿、歩き方に背丈はロイスだ。どうやら一人でオーレリアはいないらしい。
さらに早く歩いてロイスを呼ぶ。
「殿下」
「? メルディアナ、どうしたんだい?」
振り返ったロイスがニコッと笑いかけてくる。いや、のほほんとしている場合じゃない。
周囲に人がいないことを確認してロイスの肩に手を置いて囁く。
「ロイス、至急聞きたいことがあるから談話室へ行きたいんだけど」
「今から?」
「ええ。今すぐに」
「わ、分かったよ……」
私の圧に呑み込まれたロイスが頷いて至急談話室へと向かう。アロラとステファンはまたあとで話すしかない。とりあえずロイス確保。
ロイスを連れて談話室へ入ってやや荒くソファーに座る。
私の苛立ちを感じ取ったのか、ロイスがおずおずとした動きで向かいのソファーに腰がける。
「メルディアナ……どうしたんだい? 何かあった……?」
「ええ、あったわよ。ロイス、貴方のせいよ」
「え、僕……?」
動揺するロイスにはぁ、と溜め息が出てしまう。どうやら当の本人は気付いていないらしい。
額にかかる前髪を払ってロイスに聞いた話を簡潔に話す。
すると初めは普通に聞いていたけど、さぁっと顔色を青くした。
「つまり、見られていたと……?」
「そう。遠かったから何話していたか分からなかったけど、仲睦まじく笑っていて驚いた、と。……全く、何してるのよ。二人きりで話すのはリスクがあるから気を付けていたのに」
説明しながらつい毒を吐いてしまう。全く、何やっているんだ。やるのならバレないようにしないといけないのに。
「ごめん。彼女が日直で重い荷物を一人で運んでいたからつい声をかけてしまって……」
「改めて聞くけど、ロイスの意思で手伝ったのよね?」
「うん。むしろ、彼女は遠慮したくらいだ」
そうだろうな、と納得する。アロラならともかく、オーレリアはそんなこと出来る子じゃないは分かっている。
「放課後だから人が少ないと思って動いたのは迂闊だったわね。見ている子は見ているってことよ」
「そうだね……」
落ち込むロイスを見て肘掛けに肘を置いてはぁ、と再び溜め息をこぼす。
一番いいことはこのまま何もなくすぐに忘れられることだ。
だけどどうなるか分からない。寮という閉鎖的な空間に住んでいるためあっという間に広がることだろう。
そのことでオーレリアに牙を向ける女子生徒がいるかどうかだ。
「…………」
その時は、私がオーレリアを守るしかない。もう、嫌がらせをされて傷つくオーレリアを見たくない。
「……もう、過ぎたことを言うつもりないわ。とりあえず、オーレリアのことは私に任せて。下手にここでロイスが庇うとオーレリアが標的にされかねないわ」
「……メルディアナなら大丈夫と?」
「一応、私はロイスの筆頭婚約者候補で公爵令嬢よ。おまけにオーレリアとは友人。ロイスが庇うより私が庇った方がまだ沈静化図れるわ」
私とオーレリアは友人なので助けても特に不自然ではない。公爵令嬢の私が言えば多少無理でも押し通すことが出来る。
ただし、それでも納得出来ない令嬢がいる可能性も忘れてはいけない。
とりあえず、三学期はオーレリアの周りをよく見て警戒した方がいい。
「……ごめん、メルディアナ。僕の不注意でメルディアナに迷惑をかけて……」
「……どっちみち、こうなるとは思っていたわ」
そう、こうなることは覚悟していた。
最後まで誰にもバレずにロイスとオーレリアの恋を成就させるのは難しいと感じていた。恐らく、感じ取る子は感じ取るだろう、と。
その時から決めていた。もしバレたら標的になるであろうオーレリアを守ろう、と。
「最後まで隠し通して成就するのは難しいと判断していたわ。……オーレリアの件は任せて。守ってみせるわ」
「メルディアナ……。……ありがとう」
迷惑をかけたと思っているのか気まずい顔でロイスが告げる。
そんな顔をさせるつもりはなかったけど、この様子は自分のせいだと責任を感じているのだろう。
「大丈夫よ。私に任せて」
気まずそうにする幼馴染を安心させるためにニコッと微笑んでオーレリアの居場所を聞き出して談話室から出る。
ロイスによるとオーレリアはこのあと職員室に寄って寮へ戻ると言ったらしい。なら寮の方へ行こう。
急いで女子寮の方へ向かう。早速言いがかりつけられてないか心配になってしまう。
「──それ本気で言ってるの!?」
「えっ……!?」
──と思ったら私の祈りとは裏腹に、女子寮の廊下でオーレリアが数人の女子生徒に囲まれていた。遠目から数人がチラチラと見ている。
「もしそれが本当ならなんで殿下があんたを助けるのよ! おかしいじゃない!」
「で、でも事実は事実ですし……」
「なんですって!?」
激しい口調にオーレリアがびくりと肩を震わせる。……内心舌打ちする。あの声はハンナ・ルーヘンだ。
ハンナ・ルーヘンはルーヘン伯爵家の令嬢だけど、母方の祖父が公爵で王妃狙いの令嬢だ。よりによって王妃狙いの令嬢に絡まれるなんて。
「わたくしですら殿下とお話しするのは貴重なのにどうしてあんたが殿下と……!!」
「あ、あの……?」
興奮するルーヘン伯爵令嬢にオーレリアが困惑した表情を見せる。……これはよくない流れだ。止めないと。
すぅ、と息を吸って凛々しい声を意識してオーレリアの名を呼んで歩いていく。
「オーレリア」
「! メルディアナ様っ……」
先に反応したのはルーヘン伯爵令嬢で、私の方を振り返る。これで抑止力になればいいんだけど。
しかし、驚くも次の瞬間、何を考えたのかルーヘン伯爵令嬢がニヤリと薄く笑う。嫌な予感がする。早く退散すべきだ。
「遅くなったわね。早く行きましょう」
「え? あの、メルディアナさ──」
「聞いてください、メルディアナ様っ! さっきマーセナスさんと殿下が二人で準備室から出てきたんです! それも、とても楽しそうに!!」
駆けつけてオーレリアを連れ出そうとする私にルーヘン伯爵令嬢が大きな声で私に報告する。……後ろの廊下の方からざわつく気配が感じる。
表情には出さない。出さないけどこの様子……わざとだな。
「……そうなのね」
「はいっ! それで気になって聞いてみたんですがもうびっくりしましたわ。ご自分の仕事を通りかかった殿下に手伝わせるなんて無礼極まりない!!」
「えっ……!?」
急に大声で告げられた内容にオーレリアが動揺する。
その瞬間、背後から複数の視線が突き刺さる。恐らく、今の大声に反応して何人かがやって来たのだろう。……ちっ、嵌められた。
ルーヘン伯爵令嬢の狙いは二つ。一つはわざと大きな声でオーレリアの無礼な行動をばらまいてオーレリアを悪感情を持たせること。
そしてもう一つはあわよくば私とオーレリアを仲違いさせることだ。
ルーヘン伯爵令嬢は王妃の座を狙っていて私に敵意を持っている。だけど、公爵令嬢である私の前に突如現れたオーレリアを先に潰そうということか。……全く、陰湿なことをする。
これが婚約者なら問題になる事態。だけど、私とロイスは婚約していない。ならばどうにでもなる。
「メルディアナ様も思いませんか!? 殿下に手伝わせるなんて! 一体何様なんでしょうね!」
「──なら私も何様なのかしらね」
「……え? メル、ディアナ様……?」
大声で怒るルーヘン伯爵令嬢に氷のような冷たい声で返事すると、驚いたような声をあげる。
すっ、と背筋を伸ばしてわざと目を細めてルーヘン伯爵令嬢を見る。さぁ、反撃の時間だ。
「知ってのとおり、殿下はお優しい人よ。だから私が重い物を持っていると手伝ってくれるの。それが嬉しいんだけど、私も殿下に無礼を働いているわね。ごめんなさい、ルーヘン伯爵令嬢。教えてくれてありがとう」
私は学園では基本的に「さん」付けで呼んでいる。だけど今、あえて彼女には「ルーヘン伯爵令嬢」と呼んだ。
それだけでいつもの私と違うと分かる人は分かるだろう。
「っ……メルディアナ様は別に……」
「あら、どうして?」
喋ろうとするルーヘン伯爵令嬢の言葉を遮って視線は獲物を定めるようにしてニコッと微笑む。回りくどいのは好きじゃない。一発で決着つけよう。
「私は公爵令嬢だもの。殿下より身分が下なのに殿下の手を煩わせたのだから悪いわ。それなのに、どうして私は違うの?」
「メルディアナ様は殿下と幼馴染じゃないですか!」
「ならオーレリアは私の友人だもの。なんの接点もない子を殿下がいきなり手助けしたら驚くかもしれないけど、オーレリアは私を通じて多少話したりするもの。異常ではないと思うのだけど?」
「……っ!」
突いたら戸惑ったのか詰まらせる。そこを見逃す私ではない。そのまま畳み掛ける。
「ねぇ、思うのだけどこれはそこまで大きくなる話かしら? 少なくとも私はそうは思えないわ」
一度区切って目の前にいるルーヘン伯爵令嬢、そして背後でそっと行く末を眺める女子生徒たちにはっきと告げる。
「それと話の内容は私も知っているけど、オーレリアが手伝わせたわけじゃないから誤解を招くような発言、気を付けてくださる?」
「……っ!」
指摘すると怒りで顔を赤くするルーヘン伯爵令嬢にニッコリと微笑む。
大勢の前ではっきりと言い切ればルーヘン伯爵令嬢の言葉は上書きされる。先に利用したのはルーヘン伯爵令嬢だ。なら私も同じように利用させていただく。
「ということでもういいかしら? それともまだ何かあるかしら」
「……いいえ。……お騒がせして、すみませんでした」
ギリッ、というな音がしそうな感じの様子を隠さず、悔しそうに唇を噛みながらルーヘン伯爵令嬢が呟く。
「いいのよ。分かってくれれば、ね? さっ、オーレリア。勉強教えてあげるから部屋に行きましょう」
「え、は、はい……!」
そして強制的に終わらせてオーレリアを連れて歩いていく。
見物客の中には見知った子もいて、その中にオーレリアと同じクラスのシェルク侯爵令嬢もいた。
ちらりと見たものの、シェルク侯爵令嬢は特に今の話に反応を見せずに他の子と見物していたのでそのまま階段をあがったのだった。