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35.冬休み

 二学期も終わり、私は王都にあるカーロイン公爵邸に帰省していた。

 領地で父の代わりに領地経営している兄も新年の王家主催の夜会に参加するため、そして私が公爵邸に帰ってくるからと冬休みの数日前にこちらへやって来た。妹思いの兄だと思う。

 相変わらず父は大臣の仕事であまりいないが、夕食の時間には帰宅するように頑張っていてくれているので、家族で夕食を摂っている。

 

 学園のわいわいとした空間も好きだけど、こうした住み慣れた空間で家族と過ごす時間も好きだ。


「──はい、チェックメイト」

「ああ……。また負けました……」


 止めの言葉を告げられてがくりと肩を落とす。

 そんな私を見て、向かいにいるお兄様がははっと笑う。


「お兄様、笑わないでください」

「ごめんごめん、メルディ変わらないなって思って。負けたらなんでもかんでも悔しがるね」

「だって悔しいものは悔しいんです」


 お兄様の言葉にそう返答する。実際、今の試合もお兄様に負けて悔しい。

 リビングのテーブルでお兄様と試合していたのはチェスだ。

 夏休みはお兄様も領地運営で忙しく、私も愛馬のヴァージルの面倒を見たり、勉強や領都の散策で出来なかったのでお兄様とチェスをするのは久しぶりだ。

 しかし、相変わらずお兄様はチェスが強い。前より強くなった気がする。やっぱり悔しい。


「もう一試合お願いしたいのですが、仕事は大丈夫ですか?」

「構わないよ。領地は安定しているし、仕事は先の分まで終わらせたから」

「さすがお兄様」


 お兄様は仕事が早いので事実だろう。父の代わりに領主代行をしてもう二年。領主代行の仕事に慣れてきたようだ。


「お兄様は文官に出仕しようと思わなかったのですか? 学園の成績は優秀だったの知っていますよ」

「国の運営より、生まれ育った領地と領民の生活を豊かにしたいと思っていたからね。父上も、文官じゃなくて領主代行したいって言ったら普通に許可くれたし」

「私が騎士になりたいって言った時もすぐに認めてくれたけど、お父様って結構子どもに甘いですよね」

「父上は見た目がきついけど、中身は優しい人だよ」


 お兄様の言葉に同意の気持ちを乗せて頷く。黒髪にきつい目元の黒目で勘違いされやすいけど、お父様は家族思いな人だ。やっぱり家族は仲が良い方がいい。


「隣国との交易は未だ継続しているのですか?」

「そうだね。最近は工芸品も取り扱うようになったよ。グラスや織物とかね。ブローチのカットなんてアルフェルド王国(うち)にはない手法だから興味深くてね。近々王家に献上しようかなって思ってるよ」

「お兄様、楽しそうですね」

「楽しいよ。今まで領地と王都しか知らなかったからね。視野が広がるし、売り上げが領地に還元出来るから今の仕事にやりがいを感じるよ」


 微笑みながらお兄様がそう答える。その表情は本当に充実した様子で楽しんでるんだなと感じ取れる。


「楽しんでいるのは結構ですが、無理だけはしないでくださいね?」

「分かっているよ。それよりメルディこそ騎士になりたいからって無理をしてはいけないよ」

「お兄様ったら心配性です」

「たった一人のかわいい妹だからね」

「それならチェス、私に勝たせてくださいよ」

「ん? それは難しいかな」


 ニコリと微笑んだままコン、と音を立てて駒のないマスに自身の駒を置く。……この位置、中々意地悪なところに置いてきたなと思う。

 少し考えて私も駒を移動する。

 しかし、かわいい妹、か。オーレリアも話の内容から弟のことかわいがっているのが読み取れるし、ユーグリフトも弟妹をかわいがっているし、兄姉は弟妹をかわいがるものなのだろうか?


「やっぱり兄姉は弟妹がかわいいんですか?」

「ん? どうしたんだい、急に」

「いえ、なんとなく。新しく出来た友人も弟をかわいがっているのを話の内容から感じるので」

「かわいいじゃないかな。まぁ、人それぞれだと思うけどね」


 そう言って軽快な足取りで私から駒の一つのルークを奪っていく。うぐぐっ……、お兄様容赦ない。


「お兄様、容赦ないです」

「そう? そんなつもりなかったんだけどなぁ」

「無自覚ですか」


 話しながらお兄様の次の動きを予測して策を練る。ううむ、難しい……。

 なんとか考えて手を打ってビジョップを奪う。


「それより、二学期はどうだった? 剣術大会や創立祭はいい思い出になったかい?」

「剣術大会は準優勝で自分の力を王家に示すことが出来たのでよかったです。創立祭は……大変でした」

「はは、その声音からして本当のようだね」


 そして笑いながらお兄様が駒を動かす。あ、このままだと今度はナイトが奪われるかも。

 お兄様と依然チェスの試合をしながら二学期を振り返る。

 剣術大会の結果はよかったと思う。父に陛下に自分の実力を見せることが出来たから来年、再来年の剣術大会も頑張れば騎士になれそうだ。

 一方、創立祭は教職員と学生だけの参加と言っても踊る回数が多くてしんどかった。これが来年、再来年もあるとなると憂鬱だ。


「婚約でもしたら減るでしょうか」

「おや、気になる人でも出来たのかい?」


 お兄様が微笑みながら尋ねてくる。気になる人、気になる人……。ううむ、いないな。


「いませんね。ライバルは出来ましたけど」

「はは、ライバルか。ならダンスは我慢するしかないかもね」

「考えるだけ嫌になりますから考えるのやめます」


 話しながら強敵のお兄様を相手にする余裕は無い。もう会話は切り上げて試合に集中する。

 リビングには駒が置く音だけが響き、集中していく。

 うーん、と悩んでいると足音が聞こえて試合している私とお兄様に声をかけてきた。


「あら。貴方たち、チェスをしているの?」

「母上」


 悩んでいるとお母様がやって来て私たちのチェスを眺める。


「母上もしますか?」

「私は遠慮するわ。チェスは苦手なの。今はどっちが優勢なの?」

「ジュリアン様ですね。お嬢様が面白いくらいボコボコにされていますよ」

「ケイティ、集中力を削ぐのはやめて」


 眺めるお母様にケイティが余計なことを報告して私の集中力を妨害してくる。本当、この侍女は主人をなんだと思っているんだろう。

 そうして考えて手を打ったけど、お兄様またしても駒を奪いまたしてもお兄様に負けてしまった。がくりと肩を落とす。


「ううっ……」

「もう一回する?」

「いいえ……、また負ける光景が目に浮かぶので……」

「そう? ならケイティ、チェス直してくれるかい?」

「かしこまりました」


 指示を受けたケイティが素早い動きでチェスを片付けていく。ロイスとのチェス勝負は五分五分なのにお兄様にはまだまだ敵わない。


「メルディ、ジュリアン。このあと時間がある? 三人でお茶でもどう?」

「私は大丈夫ですよ、母上。メルディはどうだい?」

「私も大丈夫です」

「ふふ、なら準備してもらいましょうか」


 そして侍女長たちがお茶の準備をして温かいお茶を飲んでほっとする。


「メルディの負けず嫌いは誰に似たのかしら?」

「父上ではないですか? メルディは父上と似ている点が多いので」

「あら、旦那様はメルディ程勝ち負けに執着してないわよ」


 お母様とお兄様で色々と言っているので黙ってお茶を飲む。

 冬休みは休みも短いため課題は少なく、さっさと課題は終わらせたから特に急いでするものはない。


「そうだ、メルディ。新年の夜会のドレスは決めたかい?」

「あー……」


 お兄様が新年の夜会のドレスをして言葉が詰まる。

 新年の夜会の主催者は王家だ。なので陛下の誕生パーティー並みに人が多い。行くのが面倒なのが正直な本音だ。

 でも既に社交デビューしているので参加必須だ。ああ、面倒だ。


「特に決めてないです。クローゼットにあるドレスの中から選ぼうとは思ってますけど」

「メルディは本当、夜会より剣術ね」

「これが令嬢だけが集まるお茶会ならいいんですけど、夜会は殿方までいるじゃないですか。面倒なんですよね。夜会より剣術している方が楽しいです」


 腹の探り合いをして、子息のアプローチを躱すのに神経使うくらいなら剣技を磨いている方が楽しい。あとはヴァージルの世話をしながら丘でも駆け上がって街を一望する方が気分がいい。

 でも私は公爵令嬢。自分の役割をこなすつもりだ。

 冬休みなので領地に帰っている子はほぼいないだろう。なので王太子のロイスは勿論、アロラやステファン、オーレリアたちもいると思う。

 ユーグリフトはどうだろう。奴も今回ばかりは参加するのだろうか。

 

「メルディ? どうかしたの?」

「! いえ、何もありません。参加はしますよ。夜会までにドレスは決めておきます」

「お願いね。あ、そうだわ。メルディ、これ」

「?」


 お母様が思い出したように私に一通の封筒を渡す。一目見て上質な手紙で貴族が送ったのだと予測出来る。

 じっと見る私にお母様が楽しそうに話し出す。 


「リーテンベルク伯爵夫人と令嬢からお茶会の招待状を貰ったの。メルディ、一緒に行かない?」

「リーテンベルク伯爵家は母上のご友人の?」

「ええそうよ、ジュリアン」


 お兄様が呟くとお母様が頷く。リーテンベルク……ベアトリーチェの実家だ。

 ベアトリーチェはお母様の友人・リーテンベルク伯爵夫人の娘で私より一つ下の十五歳の幼さが少し残るかわいらしい令嬢で妹分のような子だ。

 母親同士が学生時代からの友人で、その縁で幼少期からベアトリーチェとは交友がある。

 私はリーチェと呼んでいて、姉妹のいないリーチェは一つ年上の私を慕って「お姉さま」と呼んでいたのを思い出す。


「ベアトリーチェもメルディに会いたいみたいで我が家と伯爵家だけのこじんまりとしたお茶会なんだけど、どうかしら」

「公爵家と伯爵家だけですか」


 なら四人だけになるのかな。大勢いたら完璧な令嬢の猫を被らないといけないけど、妹のようにかわいがっていたリーチェと伯爵夫人だけなら猫を被る必要はない。

 封を開けて内容を確認すると、リーチェが美しい字で挨拶から始め、伯爵家でお茶会を開くから招待したいと綴っていた。


 リーチェも十五歳。来年の春になると学園に通う後輩となる。ここ最近文通くらいでしか交流がなかったから会うのもいいだろう。日付も今年の末でその日は特に予定が入っていない。


「分かりました。お茶会、参加します」

「ありがとう、メルディ。ふふ、私もベアトリーチェに会うのは久しぶりだわ」

「そうですね」


 昔は私とリーチェが会うためにお母様もお茶会に参加していたけど、デビュタントをしてからは私単独でお茶会に参加する機会が増えたからお母様もリーチェにあうのは久しぶりだろう。

 当日は客人として行くのだからあの子が大好きだったイチゴたっぷりのタルトを用意しようと考えながらくすり、とかわいがっていた妹分の手紙を見て微笑んだ。


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