24.創立祭2
「カーロイン公爵令嬢、私と踊って頂けませんか?」
休憩を挟んでいるとは言え、何曲目か分からなくなった時間、手を差し出してきたのは二学年上のモークス侯爵家の嫡男のヴァレンティーノ様だ。
苦手だけど、ヴァレンティーノ様の方が年上だし、ダンスを申し込まれたら女性は断りにくい。ここは応じるべきだろう。
「はい、勿論です」
そう結論付けて私も同じように淑女の笑みを貼り付けてヴァレンティーノ様の手に手を重ねて踊り出す。
曲は難易度がやや高く、速いメロディに合わせてステップを踏む。
「さすがカーロイン公爵家のご令嬢ですね。難しいのに軽々と踊ってのける」
「そんなことありませんわ。ヴァレンティーノ様のリードがお上手だからですわ。今だって集中しているのですよ?」
「はは、ご謙遜を。とてもお上手ですよ」
「まぁ」
ふふふ、と淑女らしい笑みを浮かべながら内心溜め息を吐く。褒めても何も出ないのに。
私がヴァレンティーノ様を苦手にしているのはこれだ。夜会で会う度にダンスを申し込んでこうしてあれやこれや褒めてくれるけど……その目的は私の後ろにある二つの公爵家だから笑えない。
別にヴァレンティーノ様が特別悪くない。カーロインとウェルデンの力を求めてくる子息は他にもいるから。
ただ、ヴァレンティーノ様は侯爵家の嫡男なのできつく対応が出来にくいため、神経を使う。
ステップに気を付けながらヴァレンティーノ様と一曲を踊りきり、互いに挨拶をする。
「カーロイン嬢と踊ることが出来て光栄でした」
「いいえ、こちらこそ」
互いに礼をして頭をあげると、視界の端に見慣れた珊瑚色の髪を見つける。
その方向に目を向けると私のよく知る友人──オーレリアが一人、ホールの端で休憩している様子を見つけた。
今踊っていた曲は速い曲だったから休憩したのかもしれない。あんまり一人にしておけないし、声をかけようかと考える。
「カーロイン嬢? どうかしましたか?」
オーレリアの方を見ていると、ヴァレンティーノ様が声をかけて不思議そうに私を見る。
「いいえ。少し踊り過ぎたようで疲れてしまったようです。休憩してもよろしいですか?」
「勿論です。ですが、私もいいですか? カーロイン嬢とはもう少しお話ししたいのですが……」
「まぁ。そんな、ヴァレンティーノ様は令嬢に人気ですもの。私ばかり話すのはいけませんわ。私は友人とお話しするのでどうぞ楽しんでください」
捲し立てるように早口で同行しようとするヴァレンティーノ様を拒否する。ダンスは踊ったから神経使わずに休憩したいのが本音だ。正直、足もしんどい。
「ご友人と……。それなら仕方ありませんね」
「はい。それではごきげんよう」
カーテシーをしてそそくさと去って女性の給仕から果実水を貰う。冷たくて甘みの含んだ果実水がおいしい。
そして一口含んでから、グラスを持ったままホールの壁側に佇むオーレリアに向かい話しかける。
「お久しぶり、オーレリア」
「! メルディアナ様!」
名前を呼ぶとぱぁぁっと明るい笑顔を振り撒いてくれる。その笑顔に疲れた気持ちが少し霧散する。
「どう? 創立祭楽しんでいる?」
「はい! 料理はおいしいし色んな曲が流れて楽しいです!」
興奮しているのか力説しているが、料理に演奏とは。煌びやかな世界に来てもやっぱりオーレリアは変わらない。
それでも楽しんでいるようなので何より。
「ダンスはどう? 無理してない?」
「ヒールはメルディアナ様に事前に言われていたとおり履き慣れたヒールなので平気です。でも、知らない人にも誘われたりするのでちょっとびっくりしました。実家の夜会は殆どが知り合いなので驚きました」
「王都では普通よ」
「そうなんですか!?」
「すごい、王都のパーティーって……」と、ぼそぼそ呟いているが本音を言うとかわいいからだと思う。
しかし、謙遜するのが目に見えているので黙っておこう。オーレリアは容姿が整っているのになぜか無自覚だ。
「何はともあれ、困ったことないのならよかったわ」
「平気ですよ。知り合いの、実家近くの先輩もいるので大丈夫です。それより! メルディアナ様と殿下のダンス見ましたがお二人とも息ぴったりでしたね!」
「まぁ、幼い頃は度々一緒に踊っていたからね」
オーレリアにロイスとのダンスを言われて思い出す。息ぴったり、か。
幼い頃、王都に滞在している間はよくロイスと会っていたから、勉強のついでにダンスも時々ペアになって踊っていたなと思い出す。
そう考えるとロイスとは本当長い時間をともに過ごしたなと思う。
だからこそ思う。幸せになってもらいたい、と。
長年一緒に過ごした幼馴染で友人のロイスを見つめながら、願ってしまう。
「オーレリアは殿下と踊らなくていいの? 結構な子が踊っているけど」
今現在もホールの中央で踊るロイスを見ながらオーレリアに問いかける。
通常の夜会と違い今回は特別。王太子と踊れる機会は殆どないため結構な子がロイスと踊っている。
「そんな、踊れたらすごいとは思いますが殿下も大変でしょうし……。それに、緊張して足踏みそうです」
「別にそれくらいで殿下は怒らないけどね」
それで怒るくらいなら私なんか散々ロイスを困らせて怒らせていると思う。昔の私は随分やんちゃだったので。
でもそれでもロイスは全く怒らなかったので結構寛容だと思う。
「メルディアナ様はもう踊らないのですか?」
「ええ、結構踊ったから疲れてね」
「え! 大丈夫なんですか!? 椅子に座りますか!?」
「大袈裟よ。怪我したわけじゃないし、普通に休憩していたら大丈夫よ」
あわあわと動揺するオーレリアを落ち着かせる。これくらい、休憩していたら大丈夫なのに。
「もし痛くなったら私に言ってくださいね」
「ありがとう。ならもう少し付き合ってくれる? そうするとダンス申し込まれにくいから」
「勿論です!」
オーレリアの返事を聞いてそのまま休憩がてら色々と話していく。
「疲れた?」
「まだ大丈夫です。それよりメルディアナ様は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。オーレリアって心配性ね」
「だってメルディアナ様、私よりずっと多く、しかも難しい曲踊っていたじゃないですか。私知っているんですからね」
オーレリアの鋭い指摘に苦笑する。しかし、事実なので否定出来ないのが困ったものだ。
そしてホールで踊るロイスと令嬢を見る。どうやら最後の令嬢ようだ。
この曲は比較的短いのでもう少ししたらこちらへ来るだろう。
「もう少しか」
「? メルディアナ様、何か言いましたか?」
「ううん」
聞き返すオーレリアに首を振りながらその後もオーレリアと談笑する。
そして最後のダンスを終えたロイスがホール内を探して、私の元へ向かう。
「あ、メルディアナ様。殿下がこちらへ来ますよ」
「そうね」
オーレリアに返事をしてそのままロイスを待つと、ロイスが声をかけてくる。
「遅くなってごめん、メルディアナ。マーセナス嬢といたんだね」
来て早々謝ってくるロイス。別に謝らなくていいのに。
「いいえ。休憩がてらオーレリアと楽しくお話していたのでお気になさらないでください」
そしてさりげなくオーレリアの名前を出して、オーレリアを会話の中に引きずり込む。
すると、ロイスの視線が隣のオーレリアへ移動する。
「そうみたいだね。こんばんは、マーセナス嬢」
「こんばんは、殿下」
「創立祭どうだい? 楽しめている?」
「はい。楽しく過ごせてます」
「よかった。ドレスもよく似合ってるね」
「お、お褒めに預かり光栄です……!」
ドレスを褒められ、緊張しながら感謝を述べる。
以前、異性と話すのは緊張すると言っていたけど、ロイスとは私を介して度々話しをするからか、普通に会話が出来ている。
これならと思い、ここ数日考えていた内容を言う。
「殿下。せっかくですし、オーレリアとも踊りませんか?」
「「えっ?」」
私の提案にロイスとオーレリアが同時に声をあげる。この二人、実は相性ぴったりじゃない?
内心そう思いながらも表情は微笑んだままにしておく。
「め、メルディアナ?」
「私とは踊りましたが、オーレリアとはまだ踊っていませんよね。踊っては如何ですか? オーレリアも、こんな機会滅多にないから踊ったら? 次の曲はゆったりとしていて踊りやすいし」
畳み掛けるように二人に言い放つ。実際、こんな機会殆どない。オーレリアが王都の夜会に参加しないので特に、だ。
驚くロイスにニコッと含んだ笑みを向けると、私の意図に気づいたようではっと息を呑む。せっかくのチャンスを生かすのも生かさないのもロイス自身だけど、少なくともダンスの借りはこれで返還だ。
一方のオーレリアは狼狽えたまま声をあげる。
「メルディアナ様……。私ごときが殿下とだなんて……、それに殿下はお疲れでしょうし……」
「……そんなことないよ」
「えっ……?」
そしてロイスはオーレリアに手を差し出してニコッと微笑む。
「マーセナス嬢。よろしければ僕と踊っていただけませんか?」
「……!!」
ロイスの正装姿の微笑みにオーレリアが頬を染める。うん、ロイスは正統派の王子様の雰囲気で端整な顔立ちだ。ときめいてもおかしくない。
「っ……い、いいんですか?」
「勿論。マーセナス嬢、僕と踊っていただけませんか?」
「……わ、私でよければ……」
詰まりながらもオーレリアが恐る恐るロイスと手を重ねる。
するとふわり、とロイスが優しく笑う。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「は、はいっ……」
そしてオーレリアに合わせてゆっくりとホールの中央へ向かう。
ホールへ着くと音楽が流れてきて、ロイスとオーレリアが踊り始める。
曲は秋の情感を表す穏やかなメロディで、ゆったりと踊っていく。
時折何か話していて、オーレリアが小さく笑うとロイスも同じように笑って微笑ましい光景が目に入る。
「……よかった」
二人がメロディに合わせて踊る姿を見つめながらぼそりと呟く。
自分より、他の生徒を優先して色んな女の子と踊っていたけど、やっぱり好きな子と一曲くらい踊らせたかったので、無事踊らせることが出来てよかったと思う。
「……さて、どこに行こうかな」
本当はこのまま終わりまで見ていたいけど、悲しいかな。まだダンスの時間はあって視線を感じる。
またダンスを申し込まれるのも、アプローチしてくる子息の相手をするのも面倒なのでどこか隠れたい。
そしてどこか避難先はないかな、とホールを見渡しているとテラスに目が留まった。
「……テラスなら」
秋のテラスはもしかしたらやや寒いかもしれないがその分、人があまりいないだろう。あそこでしばらく時間を過ごしていもいいかもしれない。なんたって会場であるホールは少し熱気を感じる。涼んでもいいだろう。
そう決めると入場口に近い開放されたテラスへ足を伸ばす。あそこなら人目がつきにくそうだ。
しかし、私と同じように考えていた人がいるようで、足を踏み入れた瞬間、先客から鋭い声が飛んできた。
「──誰?」
「……げぇ」
その声に思わず苦い物を噛み締めたような声がこぼれる。仕方ないじゃないか。その声に聞き覚えがあるのだから。
秋の夜風が吹くテラスに佇んでいたのは白銀の髪を持つ青年──ユーグリフト、その人だったから。