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16.王都の夜会2

 オズワルド・スターツ公爵。

 ユーグリフトの父親で、スターツ公爵家の当主でアルフェルド王国の宰相を務めている。

 私は殆ど会ったことないけど、噂くらいは知っている。

 有能な宰相閣下であると同時に──敵には一切の情けをかけない冷酷な宰相閣下、と。


「カーロイン公爵、こちらはご息女だろうか?」

「はい。そう言えば公爵は初めてでしょうか。娘のメルディアナです」


 父が私を紹介したのでふわりと淑女の微笑みを作る。


「初めてまして、宰相閣下。カーロイン公爵の娘のメルディアナ・カーロインと申します」


 そして片足を半歩後ろに下げて完璧な角度で礼をする。完璧なカーテシーだと思う。

 同時に頭を下げながら思考を回転する。ここに奴、ユーグリフトはいるのだろうか。

 正直、会いたくないのが本音だ。ユーグリフトも外向き用の猫を被っているだろうがまた何か仕掛けてきそうで油断出来ないから。

 そんなことを考えていたら公爵の声が落ちてきた。

 

「さすがカーロイン公爵の娘ですね。公爵とよく似て礼儀正しい令嬢だ」

「スターツ公爵にそう言われて光栄なことです」

 

 褒めるスターツ公爵に父が返す。父は内政を担う内務大臣でスターツ公爵は宰相。仕事は違うがお互いに大臣。関わることがあるのだろう、お互いに愛想笑いを浮かべている。

 

 そして頭をゆっくりと上げてそっと周囲を見渡す。ユーグリフトを探すためだ。

 ユーグリフトは白銀の髪を持つから目立つ。だから見つけやすいだろう。

 同じ公爵令嬢である私が呼ばれているのだ。公爵子息でその跡取りであるユーグリフトも来ている可能性は高い。

 なのでゆっくりと目を動かして確認する。警戒に越したことはないから。

 しかし、目立つ白銀の髪は見当たらない。いないのだろうか?


「スターツ公爵、ご子息は?」


 疑問に思っていたら父がスターツ公爵に問う。丁度よかった。ユーグリフトの弟はまだ社交界デビューしていないので父が指している子息はユーグリフトだ。

 スターツ公爵の方を見ると、ああ、と声を零す。


「残念ながら息子は欠席で」

「そうなのですか」

「ああ、すまないな。令嬢にも息子と挨拶して欲しかったのだが」

「そんな、お気になさらず」


 微笑みながら返事する。むしろ、会わなくて安心しているので結構です。

 スターツ公爵の言葉に内心ほっとする。ユーグリフトがいないのなら警戒は他に向けることが出来るのでよかった。

 しかし、私も必要な夜会にしか参加していないけど王家主催の夜会すら欠席とは。いい度胸だなって思う。夜会がよっぽど嫌いなのだろうか。

 まぁ、ユーグリフトのことは考えなくていいのが分かったからいい。ここに奴がいないという事実が大事だから。


「メルディアナ、私はまだ話があるから陛下の挨拶が始まるまで好きな場所に行きなさい」

「分かりました。では、失礼します」


 父に言われて、父とスターツ公爵にカーテシーをして去る。

 さっき見渡したことで分かったけど、アロラはまだ来ていない。さて、どうしようか。壁の花になって料理でも楽しも──「見つけました、カーロイン公爵令嬢」……どうやら、それは出来ないようだ。

 瞬時に扇で口許を隠して令嬢の微笑みを作って振り返る。

 いたのは夜会に招待されたのだろう、数人の子息が微笑んで話しかけてきた。


「カーロイン公爵令嬢、お久しぶりです。私のことは覚えていますか?」

「こんばんは、カーロイン嬢。おや、それは人魚の涙と言われる真珠ですね? ああ、貴女の前では人魚の涙と呼ばれる真珠すら霞んでしまいますね」

「お久しぶりです、カーロイン嬢。どうか貴女と一曲踊る権利を頂けないでしょうか?」

「まぁ……」


 矢継ぎ早に次々と話しかけてくる子息たちに微笑むも、内心うんざりしてしまう。ああ、だから早く逃げたかったのに。

 だけど私も公爵令嬢。感情の操作は教わっているのでそんなことをおくびにも出さずに対処する。

 まずは覚えているかと問いかける侯爵子息には笑顔で名前を呼び、真珠の発言をする伯爵子息には恐れ多いと謙遜をし、ダンスを申し込んでくる侯爵子息には時間があれば喜んで、と微笑みながら返事をしていく。

 しかし、挨拶を終えても次々と話を変えて話しかけてくる人も何人かいて少し困る。もう、遠回しでも言おうかな。

 そう考えていたら見知った人間が私に声をかけてくる。


「メルディ、こんなところにいたのか」

「まぁ、アルビー」


 その相手はアルビーで、アルビーが()()で来た。……これは、もしや。


「遅いから心配したぞ。何してるんだよ」

「ごめんなさい」


 口許を扇で隠したまま、目元を少し下げて困ったように微笑む。これで、まるで元から会う約束をしていたように見えるだろう。

 だが実際は約束なんてしていない。なんなら即興でやり取りをしている。


「……ん? 忙しいのか?」


 私と同じ朱色の瞳が子息たちの方に向く。

 するとそれまで話しかけてきた数人の子息たちが微笑みながら撤退の姿勢に入る。


「カーロイン公爵令嬢、アルビー殿と約束されていたのですね。申し訳ございません、では私はこれで失礼させて頂きます」


 一人がそう告げるとまた一人、と他の子息たちが次々と同じ言葉を告げて消えていく。やっと立ち去ってくれた。


「メルディ、ほら。葡萄の果実水」

「ありがとう」


 そして阿吽の呼吸でアルビーとともにホールの端に行く。端と言っても人目があるけど、近くにいる人が少ない場所だ。

 そこで葡萄の果実水を口に含む。うん、おいしい。


「はぁー。これでしばらく大丈夫だな」

「助けてくれたのはありがとう。だけど、人を防波堤にしないでくれる?」

「なんだよ、いいじゃんか。互いに利益があるだろう?」

「ほらね」


 呑気な声をあげるアルビーに抗議の声を飛ばす。ほら、やっぱり。

 はぁ、と溜め息を吐く。

 アルビーが私を助けたのは半分は私のためだけど、半分は自分のためだ。


 次男と三男であるアルビーとライリーは公爵家を継ぐことはないけど、その血筋と容姿の影響で令嬢たちには人気がある。

 中でも人気なのは一人娘の令嬢だ。婚約者がいない二人は婿候補として夜会ではよく囲まれている。

 それに困った二人は一年後に社交界デビューした私をよく利用することにした。私、あちこちで防波堤している気がする。

 

「ライリーは?」

「令嬢たちに囲まれるんじゃね? 俺の分もあいつに任せたし」

「最低な発言ね」


 ライリーも令嬢たちのアプローチに困っているのにライリーに自分の分まで任せるなんて。後で報復されても知らないぞ。


「でもまぁ、俺たちも大変だけどお前の方も大変だなぁ」

「……そうね。皆、大層この血がいいみたい」


 唐突に私の方へと話を変えてそんなこと言うアルビーに苦笑してしまう。さっきのことを言っているのだろう。

 ロイスの筆頭婚約者候補の私だけど、正式に書面を交わしているわけではない。

 なのでアプローチをしてくる子息たちは一定数存在する。

 理由は分かる。私の体の中に流れているこの血のせいだ。


 私の体の中には武功で名を馳せ、王家の信頼が厚いウェルデン公爵家と代々内政で王家を支えて来たカーロイン公爵家の、二つの公爵家の血が流れている。

 過去には王妃も輩出し、また何度も王女が降嫁しているカーロイン公爵家の娘は大変魅力的なようで先ほどのように夜会に参加すると声をかけられる。

 ふっ、と笑ってしまう。目を見てたら分かるけど、彼らは“私”じゃなくて“カーロイン公爵家の娘”として見ている。その認識が強いからどうしても好意は持てない。


「そう考えると助かったわ。ありがとう」

「別に。俺も避難先が必要だったし」


 避難先か。あながち間違っていない。

 しかし、ライリーをほっておくのもかわいそうだ。……あ、ライリー、自力で脱出した。よかった。


「お祖父様は? 腰痛はよくなった?」

「じい様? ああ、大分よくなったな。とは言ってもまーた腰痛になったら困るから父上が釘刺してるよ」

「そう、よかった」


 数日前にお祖父様から手紙が届いたけど、アルビーに改めて聞いて安心する。

 そしてアルビーと話しながら時間を過ごすと王族が入場する時間となった。

 国王陛下の隣には王妃様がいて、その後ろには王太子であるロイスが控えている。

 陛下が夜会の開催を告げると王族に挨拶するために並ぶ。

 そのため私もアルビーとここで別れる。

 両親、そして兄の元へ行くと王族に挨拶するために並ぶ。とはいっても、公爵家の中でも上位の方に分類するためすぐに挨拶出来る。

 そして私たちの番になり、代表として父が挨拶する。


「陛下、本日の夜会に私と妻だけではなく息子に娘もご招待して頂き誠にありがとうございます」

「カーロイン公爵。気にしなくていい。二人とも社交界に参加出来る年齢になったから招待したのだ。公爵の子どもは二人とも優秀だと聞く。公爵は幸福者だな」

「恐悦至極で存じます」


 父と陛下のやり取りを聞いているとロイスと目が合う。

 この夏は政務で忙しい日々になると聞いていたけど肌の色はよくて健康そうだ。体調を崩してないようで何よりだ。

 目が合うと僅かに口角があがる。長年ともにいた勘で元気そうでよかったといっているのが読み取れる。

 なので私もそっちこそ元気そうでよかったという意味で口角をあげる。伝わっていると思う。

 そうしている間に父の挨拶を終わり、次の家へと譲る。

 今はまだ挨拶する時間だけどこの時間が終わればダンスの時間だ。

 一応言うが、踊る順番は決めている。まずは一曲目は踊らず、二曲目からお兄様、その次はアルビーとライリーといった身内と踊る予定だ。


 アルフェルド王国では一曲目に踊る相手は家族や親戚、婚約者と決まっている。

 ではなぜ兄であるお兄様と一曲目を踊らないのかというと、お兄様は一曲目は私のせいでエスコート出来なかった婚約者と踊るからだ。

 お兄様と婚約者の方は「別に構わないのに」と二人合わせて言ってたけど私が嫌だ。なので、一曲目は二人が踊ってもらうように頼んだ。

 

「メルディ。ダンス、本当にいいの?」


 他の貴族の挨拶が終わるのを待っていると、隣にいたお兄様にそう尋ねられた。

 だからニコッと笑う。


「はい。むしろ、一曲目はサボれて二曲目はお兄様でその後はアルビーたちで一曲踊る回数減るので私にとって万々歳です」

「……それならいいけど。ありがとう、メルディ」

「いいえ!」


 納得してもらったらよかった。私にもいいから気にしないでほしい。

 そうこうしていると貴族たちの挨拶が終わり、音楽が変化する。ダンスの時間だ。

 一曲目はお兄様を見送って婚約者の方と踊る姿を眺める。

 お兄様たちは学園で出会って恋に落ちて婚約した。きっと、私が在学中に結婚するだろう。

 貴族は家と家の繋がりや事業の関係など色々な理由があって政略結婚が多い。

 その中でもお兄様は好きになった人と婚約を結んだ。

 それが、羨ましくて憧れてしまう。


「…………」


 幼い頃からやんちゃでお転婆だった私だけど、令嬢が好む恋愛小説も読んだことはある。なので好きな人と結婚するのに少し憧れる気持ちはある。

 だからアロラやお兄様のように好きな人と婚約出来るのは羨ましい。


「……ってダメダメ」


 頭を少し振って否定する。今はやることがたくさんある。恋愛する時間なんてない。

 自分の夢とロイスの恋をサポートしないと。

 

 ロイスの方はどうなっているだろう、と思って視線を動かすと数人の令嬢がロイスに話しかけているのが見える。


「殿下、お久しぶりです。お元気でしたでしょうか?」

「王太子殿下、本日は陛下の誕生パーティーに招待してくださりありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます」


 数人の令嬢に囲まれるもにこやかに応対する。あっちもあっちで大変そうだ。

 私とロイスが正式に婚約していなくて私に子息が来るのなら、当然王太子であるロイスにも王妃狙いの令嬢が近付いてくる。

 同級生は私が参加しているからか少ないけど一つ、二つ年上の令嬢やデビュタントしたばかりの令嬢などがロイスを囲っている。


 大変そうだけどここは王家主催の夜会。王妃狙いでもないのに王妃狙いの令嬢とバトルしたくないので近付かない方がいい。私は空気。無視してくれ。近付かないでくれ。


 そうして空気に徹していると、婚約者と踊り終わったお兄様がこちらに来て手を差し出してくれる。 


「お待たせメルディ。ほら、踊ろう」

「はい、お兄様」


 そしてニコリと笑いながらお兄様の手に手を重ねてホールの中央へと歩いたのだった。


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