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アロラ・オルステリヤ

メルディの幼馴染・アロラ視点の第2章のどこかの時間軸のお話。

 私、アロラ・オルステリヤは伯爵家の次女だ。

 両親に兄と姉が一人ずつ、三人兄妹の末っ子として生まれた私には幼馴染がいる。


「並んだ甲斐があったなぁ」


 腕の中にあるランチボックスに本日限定のマーマレードパイが包まれた包み紙を見て一人呟く。

 同じ選択科目を取っている友人二人は先に東屋に向かっているはずだ。あとは私が合流するだけだ。

 限定品を購入出来たことで今は気分がすごくいい。足取りも軽い気がする。


 そして東屋へ向かうと珍しくてかわいい珊瑚色の髪を持つ親友──オーレリアちゃんを見つける。

 その隣には──美しい黒髪をもつ幼馴染兼親友が頭を抱えて叫んでいた。


「悔しい……! また負けたっ!」

「メルディアナ様、落ち着いてください……! 次があります!」

「……あらら」


 見慣れた光景にああ、またかと思う。

 そして二人に近付いて着席して一応、尋ねる。

 

「語学の講義だったよね。で? 今度は何で負けたの?」

「長文の読解よ。出来た人が先に提出するのだけど……ユーグリフトの方が早く解いたのよ」

「ふーん」


 着席して一足先に食事を始める。お腹が減っているのだから仕方ない。

 ランチボックスに入ったサンドイッチを頬張りながら黒髪の親友──メルディの話を聞く。


「ユーグリフト様も同じ講義取ってるんだねぇ」

「そうよ。はぁ、今回は自信あったのに……」

「それは残念だねぇ」

「ああ、思い出すとまた悔しくなる」


 大きな溜め息を吐くメルディを眺める。

 ここだけ切り取ると騒がしいけど、メルディは家柄に血筋に教養も完璧な非の打ちどころのない令嬢だ。


 メルディとは領地が隣ということもあって、六歳からの付き合いだ。

 生家のカーロイン公爵家は建国時からある大貴族で、メルディの故郷である公爵領はアルフェルド王国の経済を大きく支える商業都市であり、王都に次ぐ第二の都市とも呼ばれている。

 父親は公爵で内務大臣、母親は武芸で知られる公爵家出身の社交界の華。二つの公爵家の血を引くメルディは華やかな顔立ちをしていて、同性でも美しいと思ってしまう美貌を持っている。

 教養は高く、礼儀作法も完璧で剣まで使え、王太子であるロイス殿下と幼馴染であるメルディは殿下の筆頭婚約者候補だ。

 外側だけ見たら完璧すぎて近寄りがたく感じるけど、性格は気が強いけど面倒見もよくて友達思いな性格をしているから同級生や年下の女の子にも慕われている。


「メルディも負けず嫌いだねぇ」

「あいつ……ユーグリフトは勝たないといけない存在なのよ。放課後、復習して今度は絶対先に解いてやる!!」

「がんばれー」

「頑張ってください、応援します!」


 オーレリアちゃんと一緒にメルディに声援を送る。

 普段、公爵令嬢の仮面を被っているメルディはこんな風に素を全開にしない。

 本来の性格を出すのは長い付き合いのある幼馴染や友人、従兄と限られた人だけだけど、例外もある。

 それが同じクラスの男子生徒であるユーグリフト様だ。


 宰相を父親に持つユーグリフト様はスターツ公爵家の後継ぎで、それはそれは美形だ。

 太陽の光に反射する白銀の髪と澄んだ紅い瞳はルビーのように美しく、学問に剣術とどちらも優れたユーグリフト様は学園の女子生徒に大変人気である。

 おまけに婚約者もいないため、公爵夫人の座を狙う令嬢は大量にいる。

 だけど、当のユーグリフト様は興味ないのか近付いてくる女子生徒をまったく相手にせず、しつこい子には冷たい。

 そんなユーグリフト様とメルディはひょんなことから接点を持ち、それ以来二人は学問も剣術も張り合うライバルになっている。

 会えば口喧嘩をし、勉強や剣術では張り合うのを一年以上続けていて、もう学園の恒例になっている。


「午後の講義も集中しないと。オーレリアもごめんね」

「いいえ。でも放課後も勉強するならしっかり食事を摂りましょう」

「……そうね。今日のメニューもおいしそうね」

「おいしそうな匂いもしてお腹減りますね」


 空気が変わり、ほのぼのとした空気が流れる。何はともあれ、解決してよかった。

 そしてマーマレードパイを取り出して一口含む。うん、やっぱり並んでよかった。パイの中にマーマレードがたっぷりと入っている。

 温かくてサクサク食感があるパイをもう一口含んだ。




 ***

 



 放課後、昼食で宣言したとおり、メルディは勉強をするために学園の図書室へ向かった。

 私は赤点を回避して平均くらいの点数を取れたら満足だけど、メルディは満点を取るために努力をしているからすごいと思う。あと負けず嫌いもすごいと思う。


 オーレリアちゃんも今日は予定があるようで、一人で校舎を歩く。

 婚約者のステファンは殿下の側近として生徒会に所属していて忙しいので会えないので少し寂しい。

 なのでさっさと寮へ戻ろうと思っていると、前方に美しい白銀の髪を持つ()()()を見つけて声を上げる。


「ユーグリフト様?」

「……オルステリヤ?」


 呼ばれたユーグリフト様が振り向く。相変わらず美形だなと思う。

 白銀の髪は珍しくてどこか神秘的に感じる。顔も整っているし、文武両道で次期公爵様。うん、これは女子はほっておかないと思う。


「何か用?」

「あ、すみません。特に用件はありません」

「ふぅん」


 思わず呼び止めてしまったけど怒った様子がないのでほっとする。

 メルディとの口喧嘩をよく隣で見ていてユーグリフト様が短気でないのは知っているけど、少し緊張したのは内緒だ。


「カーロインとマーセナスは?」

「え?」

「? いつもよく一緒にいるだろう?」


 僅かに目を動かして尋ねる。なので素直に答える。

 

「今日は二人とも用事がありまして」

「そう」

「ちなみに、メルディは今日の語学の講義の復習するために学園の図書室へ行きましたよ。ユーグリフト様に今度こそ勝つんだって」

「俺に?」

「はい」

 

 メルディの名前を出した瞬間に僅かに目を見開いたのを見逃さない。

 

「こう言ってはあれですけど、よく付き合いますね。メルディってすごく負けず嫌いじゃないですか」

「そうだよな。俺もすごいなって思う」


 おや、と思う。てっきり呆れた様子を見せると思っていたのに。

 それならと思って口を開く。


「──ユーグリフト様、一つ聞いてもいいですか?」

「ん? 俺に答えられる内容なら」


 ユーグリフト様が口許に弧を描いて微笑む。

 微笑んでいるけど、美しい紅玉の瞳からは感情が読み取れない。まぁ、それでも気にせずに聞くけど。マイペースなのは自分の長所だと思う。


「ユーグリフト様にとってメルディってどんな存在なんですか?」

「カーロイン?」

「はい」


 瞠目するユーグリフト様にこくりと頷く。

 ずっと思っていた。他の女子生徒にはいくら近付いてきても興味ないも示さなかったのに、メルディにだけは態度が違うから。

 会えばいつも仕掛けるのはユーグリフト様で、メルディと口喧嘩をしている時はどこか楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。

 質問されたユーグリフト様が小さく笑う。


「そう来るか。それは予想していなかったな」

「本当ですか?」

「本当。……まぶしいなって思うよ」


 小さく呟かれた声は柔らかくて息を呑む。この人、柔らかい声出せるんだ。

 

「だからつい声かけてしまうんだよな。まぁ、感情豊かだし反応いいからつい揶揄ってしまうけど」

「……そうなんですね」


 これ以上追求は出来ないだろうなと考える。ユーグリフト様みたいな人は中々本音を言わない人だと思うから。


「…………」


 メルディは殿下の筆頭婚約者候補だ。

 でもメルディも殿下もお互いに恋愛感情抱いてないし、なんなら殿下は他に好きな人がいる。

 メルディも気になる異性がいないように見えるけど、殿下の恋が成就したらメルディ狙いの子息が殺到するだろう。

 でも、どちらかが婚約したらきっと二人の今の態度や関係は変化すると思う。

 

「メルディを揶揄うのは程々にしてくださいね。宥めるのも大変なんですから」

「オルステリヤも律儀だな」

「メルディは私の大切な勉強の先生であり、親友であり、幼馴染ですから。だから、あまり揶揄わないでくださいね。──後悔しても知りませんから」


 後半はひとりごとで呟くとユーグリフト様が感情の読めない微笑みで問いかける。


「……それはつまり?」

「他意はありません。ただ、負けたらメルディがうるさいので」


 だから私もとぼけて答える。本音を言わないのはお互い様だ。

 そんな私の態度にユーグリフト様は不快を示すことなく笑う。

 その笑いは貴族らしい作り笑いとは違い、感情が見える。


「でも加減したらうるさいだろう? だからこれからも勝負には手を抜かないつもり」

「……ならメルディには精進してもらわないと」


 知り合って一年ほどなのにメルディの性質をよく知っている。確かに手加減してたって知った方が大変だろうなと思う。

 

「それじゃあ私は失礼しますね」

「ああ」


 一礼してユーグリフト様と別れる。

 幼馴染のメルディは、私にとって大切な人の一人だ。

 だからメルディが好きになって、幸せになれるのなら誰だって認める。

 例え、私からしたら何を考えているか分からないような人でも、だ。

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