101.私たちらしい関係
2話連続更新でこちらは2話目です。お気を付けください。
サクサクのアップルパイに自然と頬が緩む。
「やっぱりオーレリアのお菓子はおいしいわね」
「うんうん。今回も完璧だよ!」
「ありがとうございます。喜んでもらえてよかったです」
アロラと正直な感想を述べると向かいに座るオーレリアが嬉しそうに微笑む。
「でも忙しいんだから無理して作らなくていいからね」
「お菓子作りは趣味なのでむしろ必要です。それに、メルディアナ様には助けてもらっているのでお礼をしたかったので」
心配で伝えるとそう返ってきて感動する。オーレリア、なんていい子なんだ。
季節は一つ巡り、春になった。
ロイスの正式な婚約者になったオーレリアは平日は学園、週末は王宮に行って王妃教育に勤しんでいる。
ロイスと王妃様曰く、幼少期から婚約していたわけじゃないので王妃教育のスピードは速いらしい。
オーレリアは覚悟の上で必死に勉強しているけど、やっぱり複雑で難しい内容もある。
なのでそういう内容は私が教えたりしている。公爵令嬢として教育を受けていたこともあり、知識は多い。忙しいオーレリアの助けになればと思い、相談に応じたりしている。
そのお礼としてオーレリアはお菓子を作っては振舞ってくれる。
「今回はリンゴをジャムにしてるんだね。こっちもおいしい」
「そうですね。生地がサクサクしていておいしいです」
ロイスとステファンもおいしそうにアップルパイを食べて微笑む。おいしいと自然と笑顔になるから分かる。
レパートリーも着実と増えてきていて次はどんなお菓子だろうと楽しんでいるのは内緒だ。
ほのかに甘い香りがするお茶を飲む。さっぱりとしたアップルパイと合う。
季節の変化と共に色々と変わった。
ロイスは生徒会長になって生徒会活動をしながら少しずつ公務の範囲を広げている。これは生徒会メンバーが優秀なのもある。ステファンもロイスの将来の側近として今も右腕として生徒会活動で頑張っている。
忙しく過ごしているけど、オーレリアと過ごす時間はきちんと作っていて、私たちとも談話室でお茶もしたりしている。
アロラとは今年も同じクラスになったが三年生だからか最近は居眠りも減っていて嬉しい限りだ。
「もう三年生なんてびっくりだよね。この間入学したばかりなのに来年には卒業だなんて」
「そうね」
「メルディはこの前アルビー様たちに会ったんだっけ。元気そうだった?」
「元気だったわよ。あの二人は相変わらずだったわ」
アロラの発言に頷きながら先に卒業した従兄たちを思い浮かべる。
アルビーとライリーは王立騎士団に入団し、今は王都で勤務する。これは王立騎士団のルールで、入団一年目は王都で働くことになっている。
だからこの春も休日に二人と会った。アルビーは相変わらず元気で、ライリーは事務業務でさっそく活躍しているようだ。
その双子の二人は部屋が同室なようで、せっかく従妹が会いに来たというのにそのことで互いに文句を言い合っていた。
ちなみに喧嘩の内容は物の片付けだ。散らかし気味のアルビーと整理整頓派よライリーが同室になれば喧嘩するのは火を見るより明らかである。これはそう遠くないうちに王立騎士団でも恒例の光景になりそうだ。
そしてライリーといえばリーチェだが、この二人は今、文通をしているようで少しずつだけど距離を縮めている。アルビーはそれを揶揄ってこの前もライリーに締められてたけど。
「やっぱりメルディはお祖父様と同じ王立騎士団にするつもり?」
アロラが尋ねると皆の視線が私に集まる。
「そっちも考えてたけど、近衛騎士団にするつもりよ」
「そうなんだ。てっきりお祖父様と同じ王立騎士団で団長目指すのかと思った」
「私の戦い方はどちらかというと守りに強いから。周囲の意見も聞いて決めたの」
ほんの少し驚いた様子のアロラに補足を加えて説明する。
攻めの戦い方もできるけど、私はどちらかというと守りの方が得意だ。
だからお祖父様やダレル先生たちの意見も聞き入れてどちらを選ぶか決めたというわけだ。
「だからステファンとは王宮ですれ違うかもね。ステファンも卒業後は王宮に出仕するんでしょう?」
「はい。もし何か関わることがあればよろしくお願いします」
「まだ入団試験合格したわけじゃないけど、その時はよろしくね」
関わる機会がどれだけあるか分からないけど、知り合いが王宮で働いているのは心強い。アルビーもライリーも王宮勤めじゃないから。
「近衛騎士団か。じゃあメルディアナに護衛される日が来るかもね」
「メルディアナ様の近衛服……すごく素敵でしょうね」
ロイスが笑う隣でオーレリアがうっとりとした顔で呟く。その様子に苦笑する。
「そう?」
「絶対に似合います。白い近衛騎士の制服に黒い髪……。剣を振るう姿……似合うに決まってます!」
「あ、ありがとう」
断言するオーレリアに照れてしまう。なんか恥ずかしい。
照れを誤魔化すために再度お茶を飲む。
「ねぇねぇ、ユーグリフト様は? ユーグリフト様も近衛騎士団なの?」
「さぁ? なんか、王立騎士団から推薦みたいなの来たって言ってたけど」
「え、もう?」
アロラが茶色い瞳を丸める。うん、分かる。私も最初聞いた時は同じ反応だったから。
季節はまだ春で、卒業までまだ一年近くある。
なのに既に王立騎士団から推薦に近い手紙が届くのは異例のことで、それだけユーグリフトに期待しているということで。
「私には来てないのに。悔しい」
思い出してしまい、むすっとする。
ユーグリフトの腕が認められるのは良いことだけど、負けたようで悔しい。
なお、本人は今年の剣術大会で実力を示してから、と考えているようでそれを手紙で伝えたらしい。
「今年の剣術大会は、絶対に勝ってやる」
今年の目標を改めて口にする。もうチャンスは一回しかないんだ。今年こそ雪辱を果たしてみせる!
そう決意しながら飾られた時計に目を向ける。
時計の針はまもなく四時を示す時間になり、立ち上がる。
「この後、ユーグリフトと模擬試合するから行ってくる」
「今日なんだ」
「ええ、前回は負けたけど、今回は勝つわ」
「分かりました。頑張ってください、メルディアナ様!」
「頑張って、メルディアナ」
「ありがとう、オーレリア、ロイス」
応援のエールをかけてくれるオーレリアとロイスに手を振る。
「じゃあまたね、アロラ、ステファン」
「うん。またお茶会しようねー」
「また明日、メルディアナ様」
手を振り返すアロラと礼儀正しいステファンに挨拶をして部屋を出る。今日はダレル先生が審判してくれるので、試合の後に助言を貰おう。
そう思いながら鍛練場に足早に向かった。
***
「ねぇ、メルディって今年ユーグリフト様と婚約したよね?」
親友が去ったのを確認してアロラが三人に一応、問いかける。
幼馴染であり、親友であるメルディアナが今年婚約したのは知っている。婚約発表した際、令嬢子息関係なく悲鳴に近い声があちこちから聞こえたのは記憶に新しい。
名家出身の令嬢と子息の婚約は当然ながら騒がれた。
しかし、これが政略結婚かと心配になった自分は彼女に尋ねた。本当に婚約してよかったのか、と。
すると彼女の口から驚く事実を聞いて目を見開いたと同時に、自分のことのように喜んだ。
自分で選んで、掴んだ幸せなら何も言うことない。強いて言えば、仲睦まじい光景を見たらほんの少し、揶揄ってやろうと思ったくらいだ。
だが、婚約したにも関わらず、当の本人は以前とあまり変わらない。
「そうだけど、メルディアナは負けず嫌いだから」
苦笑して告げるのはこの中で彼女と一番付き合いのあるロイスだ。
「でも、メルディアナ様らしいと言えばらしいです」
「ああ、それは分かります」
そこにオーレリアが加わり、ステファンも同意して自分も苦笑いを浮かべる。
「もう、メルディったら。婚約しても変わらないんだから」
婚約しても負けず嫌いな親友は、今日も戦いに挑む。
***
「あ」
鍛錬場に向かう途中、ユーグリフトと出会した。
ユーグリフトの顔を見ると先ほどまで話していた内容を思い出して対抗心が芽生える。
「今日は私が勝つわ」
「へぇ、なら負けるわけにはないな」
私の宣戦布告を涼しい顔で返してくる。
それが悔しくて言い返したくなるが──その瞳の奥が、以前と違うことに気付いて口を閉ざす。
「…………」
さりげなく目を逸らす。
恋愛初心者の私に合わせてユーグリフトは婚約前と変わらない態度で接してくれている。
でも、変化したこともある。それが、少しくすぐったくて。
「お、スターツにカーロイン来たか」
前方からダレル先生の声が聞こえ、歩調を早める。
この気持ちを彼に知られたくなくて。勝負に集中したくて。
先に木剣を構えて深呼吸する。今は、この試合だけを考える。
たとえ婚約したとしても彼は私にとってライバルなのは変わりないから。
「──それでは始め!」
そして試合の合図と共に駆け出した。
これにて本編は終了です。番外編はのんびり更新する予定なので気長にお待ちいただければ幸いです。
次回作は12/21(土)に投稿するつもりです。
長い間お付き合いいただきありがとうございました!