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99.本音

 夜風を浴びながら二人が踊る姿を見る。

 あの後、陛下が少し話しをして二人のダンスを披露することになった。

 ダンスは穏やかな曲調のもので、ロイスのリードの上手さもあり、オーレリアも楽しそうに踊っていてその様子を微笑ましく思いながらバルコニーから眺める。


 さて、微笑ましいのなら会場内で眺めたらいいと思うだろう。

 しかし、それは無理な相談だ。

 理由は一つ、それはこれから始まるダンスの申し込みから逃げるためだ。

 ロイスがオーレリアと正式に婚約したことで私に近付こうとしている子息が増えるのは分かり切っている。なのでバルコニーへと避難してきたわけだ。


「……本当、よかった」

 

 穏やかな曲に合わせて踊る二人を見つめながら、感慨深く呟く。

 ここまで来るのは長かった。初めて人様の恋路を応援するのは難しく、しかもすれ違うから見ていてヤキモキしたこともあった。

 

「……でも、終わりがよければ全て良し、ね」


 中々進まぬことにもどかしく思うこともあった。

 だけど、今二人が幸せそうに笑っているのを見るとそんなことどうでもよくなる。

 感慨深く思いながら二人が踊る様子を眺めていると知っている声が降ってくる。

 

「こんなところにいたんだ」

「わっ」


 びっくりして肩を上げるのを許してほしい。

 やって来たのはユーグリフトで正装姿に目を丸める。知らなかった、参加していたんだ。


「もう、驚かさないでよ」

「そう言うけど、大して驚いてないだろう」

「驚いてますー」


 文句を言うも適当に躱し、私の隣へやって来て首を傾げる。なんだ、私に何か用があるのだろうか。


「来てたのね。いないと思ってた」

「強制的に連れて来られたんだよ。着飾るのは好きじゃない」


 溜め息を吐きながら愚痴る。が、正装姿のユーグリフトはやはり人の目を惹いていてはっきり言ってよく似合っている。これは、会場のご令嬢の視線をたくさん奪っていただろうな。

 そんな私の考えを知らないユーグリフトが会場──ロイスとオーレリアに視線を向ける。


「あの二人、上手くいったんだな」

「……その様子じゃ、殿下の好きな子が誰か知っていたのね」

「なんとなくだけど。──後悔はない?」


 声を落として問いかけるユーグリフトを見る。 

 横に佇む、混じり気のない紅玉の瞳が私をまっすぐと射貫いぬく。


「後悔? どうして?」

「……幼馴染でかなり親しかったように見えたから。俺から見ても殿下は人柄も良いし、好きだったんじゃないかなって」

 

 珍しく言葉を選ぶように、迷うように話すユーグリフトに私も少しだけ考える。

 ロイスとは幼馴染でずっと筆頭婚約者候補だったから正直、考えたことはある。

 もし、ロイスと結婚していたらどうなっていたかな、と。


「……そうね、ロイスと結婚していたら幸せな人生を送っていたと思うわ」


 ロイスを見つめながらポツリ、と思ったことを呟く。

 穏やかで優しいロイスはきっと王妃になった私を支えてくれたことだろう。それこそ、苦難な状況になっても互いに背中を預けられたと思う。

 きっと穏やかな人生を過ごせたことだろう。だけど──。


「でも、きっと未練があったと思う。……だって、王妃だったら騎士になれないもの」


 二人の笑顔を見ながらありのままの本音を語る。

 十年以上の幼馴染だ。互いの性格も得手不得手も知っているから互いに補っていたと思うし、結婚していたらそれなりに上手くいっていただろう。

 幸せな人生は十分送れたと思う。だけど、満足かと言われるときっと首を振っていた。


「私が満足だと言えるのは、騎士の夢を叶える時だと思うわ。だから後悔なんてないわ」


 ダンスを踊り終えて二人で貴族の挨拶を受けているのを見ながら答える。


「それに、私とロイスの間には恋愛の“れ”もないもの。……オーレリアならきっとロイスを支えてくれるはずよ」


 出会った時は大人しくて私より体が小さかったこともあり、弟のように思っていたロイスが恋をして、諦めずに幸せを掴みとったことが自分のことのように嬉しい。

 きっと、オーレリアとよりよい国を作ってくれるはずだ。


「……ならいいけど」


 私が心から言っている本音と分かったからか、ユーグリフトの纏う空気が軽くなる。……もしかして、心配してくれていたのだろうか。


「ふふ、何? もしかして心配してくれたの?」

「ほんの少しだけな。でも、杞憂でよかった」


 笑いながら私の問いに肯定する。……せめて揶揄い口調で言ってくれた方がよかったのに。

 本当に安心したような横顔で告げるから、心臓がドキリと鳴る。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 顔を逸らして小さくお礼を言うと別にと返される。小声で言ったのに聞こえていたなんて。やっぱり地獄耳だと思う。


「…………」

「…………」


 お互い無言となり、ひんやりと冷えた風が頬を撫でる。

 何か話した方がいいと思うけど、何も思いつかない。

 実を言うと、まさか参加しているとは思ってなかったので少し混乱している。

 いつもなら王家主催の夜会であろうとも参加しないのに今日は参加するなんて。


「そうだ、一応伝えておこうと思うんだけど」

「……? 何?」


 内心悩んで文句をこぼしていると、ユーグリフトが沈黙を破る。


「あの人──父親が、騎士を目指すの許してくれた」

「……え?」


 突然の報告に呆気を取られる。……今、なんて?

 私の聞き間違えじゃなければ、公爵が騎士になるのを認めてくれたと聞こえる。


「宰相閣下が騎士になるのを認めてくれたの……?」

「うん。二年連続優勝したのと、ダレル先生と観覧に来ていた騎士団長に俺の能力を聞いたみたいで。色々と話した結果、目指しているのなら応援するってこの間言われたんだ」

「……!!」


 声にならない喜びに目を見開く。

 聞き間違いじゃない。公爵がユーグリフトの夢を、気持ちを尊重してくれたんだ。


「よかったじゃない!!」


 自分のように嬉しくて興奮してしまう。気難しそうなあの公爵が認めてくれたなんて。

 まだ騎士になれるとは決まってないのは分かっている。来年の剣術大会も優秀な成績を残さないといけないし、入団試験もあるのは分かっている。

 それでも嬉しいのは嬉しい。だって、夢を叶える一歩が進んだから。


「今まで頑なに反対してたのに急に認めて不思議だったんだ。だから尋ねたんだ。そしたらカーロインが何度もあの人の元に行って説得しようとしてたのを聞いて。……嫌われているって思ってたんだけど?」


 ユーグリフトの目が疑問を隠さずに理由を私に問いかけてくる。

 どうやら公爵が私のことを話したらしい。珍しく困惑が顔に書いてある。


「…………」


 あの時の私は、自分の気持ちに全然気付いていなかった。

 でも、今は知っている。その原因をつい最近、知ってしまったから。


「……確かに意地悪なところあるものね。でも、納得出来なかった。才能があって、私の夢を応援してくれるくせに自分は諦めているユーグリフトを見るのは。──だって、あんたは私のライバルだもの」


 まっすぐとユーグリフトを見て伝える。

 ユーグリフトには才能がある。それは数多の戦場を駆け向け、不死身の騎士団長と呼ばれたお祖父様に鍛えられた私が断言する。


 自分の利き手を見る。

 手には公爵令嬢に相応しくない剣だこがある。

 その剣だこは、騎士を目指して鍛練して出来たものだ。

 だから剣術大会では二回とも接戦の末に負けてしまい、悔しくて堪らなかった。

 悔しかった。辛かった。──同時に、間近で見た鮮やかな剣技は美しくて魅入られた。


「だとしても無茶しすぎじゃないか?」

「閣下のやり方が気に入らなかったのだから仕方ないじゃない」

「……カーロインって変なところでお人好しだよな」


 呆れたようにユーグリフトが呟いて肩を竦める。……お人好し、か。

 確かにロイスやオーレリア、友人のためならいくらでも力を貸すと思う。

 でも前にも言ったけど、ただのクラスメイトならここまでしない。


「……嫌いなら説得なんかしないわよ」

「え?」


 ユーグリフトが驚いた声を上げるが無視して会場の方へ歩き出す。

 これ以上一緒にいると余計なことを言いかねないので逃げた方がいい。これは必要な撤退だ。


「じゃあね」

「ちょっと、待てって」


 呼び止める声が聞こえるも歩いていく。無視だ、無視。

 だけど、その歩みは途中で止まってしまった。

 なぜなら、後ろからユーグリフトに手首を握られたから。


「ちょっと、何する──」


 振りほどきたくて振り返ったのが悪かった。

 振り向くと思っていたより距離が近くて、その混じり気のない美しい紅玉の瞳に視線が吸い寄せられた。

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