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ハロー・マイ・ロンリー・プラネット(4)

 柔らかな風が一陣、二人の頬をはたはたとなでた。木の葉の擦れる音を遮るように、ピコン、と鳴り響いた小さなサウンドエフェクトがハルカの耳に届く。


 新着のメッセージだ。心当たりは一人しかいない。


「ジョバンニ! 今日こそはオークション、行くよなぁ?」


 開封と同時にチャット機能がオンになった。相変わらずのやかましい声に眉をしかめながらも、ジョバンニの口元には笑みが浮かんでいる。


「悪い。今日は先約があるんだ」

「マジかよー。相変わらずつれねぇなぁ!」


 ぶぅぶぅと盛大に文句を垂れるザネリ。


 ジョバンニは、なだめるような口調で言った。


「次は絶対時間取るから。……レアアイテム、ゲットするんだろ」

「ったく。絶対! 絶対だかんな!」


 念を押すような言葉を最後に、通信がプツリと途切れる。


 ふぅ、と小さく息をつくと、トールが穏やかな声で疑問を投げかけた。


「友達?」


 その言葉に、ジョバンニは少しだけ考えてから照れくさそうに答えた。


「ああ。……そう、だな。そうかもしれない」


 肯定に小さな笑みを添えると、トールは大きく背を反らせながら夜空を仰ぐ。


「ほら、そろそろ始まる」


 せかすような言葉に、慌ててジョバンニも空を仰いだ。まるで何かの合図のように瞬いた星が、一際大きな輝きとともに、確かな産声をあげている。


 ――第千三百三回、星祭(カルネヴァーレ)の開幕だ。




「すげぇ……」


 至る所で輝く星という星は美しく、ジョバンニに確かな感動を与えてくれる。今回はかなり大規模なサーバー増設のようで、こうしている間にも、今までの比ではないくらいたくさんの星が一斉に生まれていた。


 焼けた金属のような赤銅色、鮮烈に白い一等星。そのすべてが脈打つように膨らんで、弾け、そしてまた一つ大きくなっていく。この世界に来るまでは、天上でこんなに多くの星たちが瞬いているなんて知らなかった。いや、知ろうともしなかった、というのが正しいだろうか。きっと色んなものに盲目になっていたのだと思う。だって今、こんなにも、世界は色鮮やかだ。


 しかし、それでもジョバンニの心にはわずかな物足りなさがあった。カムパネルラに連れられて、自分の星から宇宙に飛び出したあの日、あの時、間近に見た星祭(カルネヴァーレ)では、繰り返される星の呼吸はおろか、その脈動のひとつひとつを感じることができた。目がくらむほど鮮烈な、生きた光を浴びた瞬間のことを、ジョバンニは今でも覚えている。


 その光の美しさを語り合った大切な友のことだって、まるで昨日のことのように思い出せるのだ。




 ジョバンニが、大切な思い出を一つ一つ揺り起こすように思い返していたその時。


 視界を切り裂く鋭い閃光があった。


 すべての悲しみを洗うような、すべてを喜びに変えるような、強い力をもったまばゆい光だ。


「あれは……」


 一つの星が、産声をあげた。


 その星は、澄み渡った鮮やかな青色で、いつもジョバンニを優しく見守っていてくれたまなざしにとてもよく似ている。


 ジョバンニはぼうぜんとしながら、つぶやいた。


「きっと、あいつだ」


 涙でにじんだ、ひどく情けない声だった。


「ああ。そうかもしれないね」


 うなずいたトールがどんな顔をしていたのか、ジョバンニにはわからない。けれど、彼も少しだけ、目尻をぬらしていたのだと思う。その声には、こらえきれない何かが、うっすらと、しかし確かににじんでいたから。


 ――ただいま、ジョバンニ。そして久しぶり。そっちはどんな具合だい?


 そう問いかけるように瞬く星。


 ――おせぇよ、ばか。


 声にならない言葉を胸中で囁いた瞬間、こらえきれなくなった涙が頬を伝った。


 喉の奥をひきつらせながら、それでもジョバンニは口を開く。


 この言葉だけは、必ず彼に伝えなくてはならなかったから。


「……おかえり、カムパネルラ」


 今にも消えそうなその囁きが、彼の元に届くことなんてあるはずがないのに。


『ただいま』


 まるでそう答えてでもいるかのように、彼方で光るあの青は、優しく柔らかく瞬いていた。

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