ハロー・マイ・ロンリー・プラネット(3)
ミッドカンパニー会議室で行われた会合には、フィーネ・クレアシオン事件調査委員会の名で、社員数名、一連の調査を担当していたトール、そして、何とCEOであるハルカとトールの父、ノブユキ・ミスミが出席していた。
「あなたが、エリザベッタさんですか?」
そう言って頭を下げる大企業のCEOに、さすがのエリザベッタも緊張したようだ。表情が一瞬にしてこわばる。
しかし彼は柔らかい笑みを浮かべると、更に腰を低くして、感謝の言葉を口にした。
「一連の事件のこともそうですが……何より、あなたは私の大切な息子たちを救ってくれました。公私混同と言われても仕方がないですが、どうしてもお礼が言いたかったのです。本当にありがとうございました」
息子という単語に目を白黒させたエリザベッタは、ハルカに「どうしてそういう大切なことをもっと早く言わないの!」としこたま怒鳴る。
「そんなこと言ったって」
「うるさい!」
鬼気迫る彼女の迫力に、ノブユキは思わずぷっと噴き出した。
「いや、失敬。この子がこんなに慌てるところを、今まで見たことがなかったものでね」
しわの刻まれた目尻を穏やかに下げて、ノブユキはいとおしげにハルカのことを見つめた。他の社員たちも、いつもは厳しい上司の思わぬ一面を目にして、口元をほころばせる。
調査委員会は、その後も和やかな雰囲気で進行していった。
一連の事実関係を明らかにした後、ミッドカンパニーはNNR社にその結果を提出し、正式に告発する意向だという。次回のバージョンアップに向けた新システムの試用によって、はじまりのおわりは生まれた。予期せぬエラーを隠ぺいしたNNR社に対してどういった法的措置が取られるかは、今の段階では何とも言えないそうだ。
「全国に出ていた意識不明者は意識を回復しているようだけれど……厳罰は免れないだろう」
トールは真剣な面もちで言葉を重ねる。
「はじまりのおわり事件の解決に協力的なNNR社員も、合わせて行政に報告するつもりだ。内部で制裁等されることがないようにするのが目的。……ディスククリーンナップ担当のサイトウさんとか、ね」
ハルカの脳裏に思い出されるのは、情報墓場で出会った人の良さそうなサイトウの姿だった。自身の社内での立場を危うくしてまで協力をしてくれたあの人には、それを考慮した対応が必要だ。こくり、とうなずいてハルカはトールの瞳を見つめ返す。
「そのためにはまだまだ調べなきゃならないことがたくさんあるんだ。それこそ、俺たちじゃあとても追いつかないくらいに」
そこまで言ったトールは、にっと笑ってハルカから視線をそらした。見つめているのは、口をへの字に曲げながら話を聞いていたエリザベッタの方だ。
「そこでエリザベッタ。君に協力して欲しい」
「は?」
急に名前を呼ばれた彼女は、ぽかんと口を開けた。
「外部の捜査委員として、正式に君を任命したいんだ。もちろん相応の謝礼は払う。外注とか派遣とか……そういう言葉の方がわかりやすいかな」
つらつらと並べ立てられる説明に、少しずつ彼女の瞳が輝きだす。
「黒よりも黒に絡んだもうけ話がナシになった分、ここで取り返す気はないか。状況によっては、継続的に仕事をお願いする可能性もある。君としても悪い話じゃないだろう?」
そう言ったトールはこの時点で、彼女がシングルマザーとして三歳の息子を懸命に育てていること、そしてそのためにお金を必要としていたことを調べ上げていたらしい。
後でその話を聞いたハルカは、少し趣味が悪いと思ったが、弟なりに彼女にとっての最善を考えてのことなのだと納得した。
それは申し出を受けた時のエリザベッタも同様だったようだ。
「まったく、仕方ないわね」
そう言った彼女の目尻には、喜びが色濃く浮かんでいた。
あの生意気小娘のこんな顔が見られるなら、リアルも存外悪くない。ハルカはそう思った。
「それにしても」
回想にふけっていたジョバンニの心を、トールのおかしそうな声が現実に引き戻す。
「ユキヒロは将来有望だな。あの年で兄さんに負けず劣らずの眼光の鋭さなんだから」
「何だよ。俺はあんな風ににらみ付けたりしないぞ?」
「どうだか」
肩をすくめるトールと、唇をとがらせるジョバンニ。
二人の時間は、以前に比べて穏やかに、そして長く流れている。
トールは最近、よく笑うようになった。ジョバンニがそのことを指摘したら、「それは兄さんも同じだろう? 自分のことには本当に疎いな」とあきれられた。
小ばかにしているような時も、面倒くさそうに何かを話している時も、よく見れば彼のとび色はとても優しい色をしている。今まで気付かなかったのが不思議なくらいだ。こんなにも彼は、ジョバンニを、ハルカを見てくれていたのに。