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おわりのはじまり(4)

 トールはそのままきゅっと唇を引き結ぶと、二人に背を向けたまま黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロに手を伸ばす。


「……っ!」


 ジョバンニとエリザベッタは同時に息を呑んだ。


 しかしトールの体に目立った変化は現れない。かわりに彼の指先がそれに触れた瞬間、見たことのない白色のウィンドウが現れた。


「管理者コードを入力して下さい」


 彼は迷うことなくいくつかのキーをタップし、エンターキーを押す。


「認証完了。当プログラムに対するアクセスを許可します」


 そのメッセージとともに、黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロがふわりとトールの手の上に移動した。


「さぁ、これであとはF因子を読み込むだけ。君たちもようやく、お役御免だ」


 淡々と語るトールの声色からは、いかなる感情も読み取れない。悲しみも怒りも感じさせない無機質な声だ。ジョバンニは拳を震わせながら、トールに語り掛ける。


「カムパネルラを……利用したのか……?」


 もしトールがうなずいたら、殴ってやろうと思った。夢に見て夜ごとうなされるような恐怖を甘んじて受け入れたカムパネルラ。それでもなお、あんな風に明るく笑って、きれいに瞳を輝かせる彼をないがしろにするような人間は、どんな理由があれジョバンニには許すことができない。


「違うな。俺たちは取引をしたのさ」


 トールはそう言って、冷たい瞳をちらりとジョバンニに向けた。


「俺は、カムパネルラにこの仕事を依頼した。そして、カムパネルラはそれに見合う条件を提示し、契約は成立。あいつは命がけでこの仕事を成し遂げたんだ。その決断をとやかく言う権利は、兄さんにだってありはしない」


 きっぱりとした口調で断言するトールに、ジョバンニはきゅっと唇をかみ締めた。悔しいけれど、言い返すことができない。そういえば旅のそこかしこで、自分はカムパネルラに覚悟の気配を感じていたはずだ。それなのにどうして、気付くことができなかったのだろう。


「……もしかして、気が付いていたらあいつを止められたかもしれないって、そう思ってる? とんだ思い上がりだな。あいつの決意を、なめてもらっちゃあ困る」


 ニヒルに笑ったトールが手を、そしてその手に寄り添うように浮かぶ黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロを自身の胸の前に近づけた。


「幸い、俺たちの目的は合致していた。おんなじことを考えていたのさ。やっぱり、長いこと手塩にかけていると、プログラムも主に似るものなんだな」


 トールの瞳がジョバンニの両目を真っすぐに見据える。


「目的……?」


 疑問形でこぼすジョバンニに、トールはふるりと首を振った。


「そんなものあんたに話す義理はないさ」


 そう言って視線をそらすと、今度はエリザベッタの方に向き直る。


「さて、そろそろおしゃべりは終わりにしよう」


 宇宙服越しに、彼の背筋がぴんと伸びたのがわかった。


 外見はほとんど変わらないのに、その瞳が赤く冷たく光っているだけで、印象がまるで違う。それほどまでに優しい光を宿していた彼のことを思い、ジョバンニは一人唇を噛む。


「今から俺ははじまりのおわりフィーネ・クレアシオンのデリート作業に移る。……カムパネルラと短い間ながら一緒に過ごした君たちにとっては、辛い光景が今からここで繰り広げられることになるだろう。俺としては、ここでログアウトすることをオススメするよ」


 そこまで一息に説明してから、トールは肩をすくめて見せた。


「ジョバンニのログインポイントは、俺の方で変更しておくから問題ない。次にログインした時には、君たちの平穏なcosmo vita(コスモ ヴィータ)が戻っているだろう。もうエラーの恐怖におびえる必要なんてないんだ」


 しん、と耳の痛くなるような静寂が広がった。


 どこまでも広がる無音の空間で、ジョバンニとエリザベッタは静かに視線を交わす。


 二人が互いの瞳から読み取った決意は、全く同じ色をしていた。そうだ、何を迷うことがあるだろう。ジョバンニは毅然として前を向く。


「まったく! いきなり現れたと思ったらべらべらべらべらよくしゃべるわね! しかも説明がいちいち分かりづらいったら!」


 エリザベッタが声を張り上げながらトールをびしっと指さした。


「私たちはねぇ! まだ全っ然納得してないのよ! ……カムパネルラのやつがどんな思いでその決断をしたのか、私たちにはわからないわ! だけど、ちょっとはこっちの身にもなれってのよ!」


 たまったもんじゃない! と憤慨する彼女の声には少しだけ涙がにじんでいた。


 そして同じように声を詰まらせたジョバンニもまた、彼女の言葉に続く。


「おれたちには、確かにあいつの決意に口を挟むことなんてできやしない。だけど……一緒に居る権利くらいは、あるはずだ」


 よく言った、と長いまつげに縁どられただいだい色の瞳がジョバンニを見つめた。


 それに視線で応えると、きっぱりとした口調で断言する。


「ここで見届ける。カムパネルラの、そしてはじまりのおわりフィーネ・クレアシオンの最期を」


 悲しみの涙をたたえたクリスタルアイズには、一片の迷いもありはしない。


 ただ真っすぐに、カムパネルラの顔をしたカムパネルラではない彼を、射抜くように見据えていた。

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