おわりのはじまり(1)
朝が訪れても、不思議と気持ちは平静だった。いつものようにベッドから起き上がり、顔を洗い、部屋着に着替える。そこにあるのは高揚でも興奮でもなく、強いて言えば少しばかりの不安だった。嫌な夢の中で聞いた誰かの声が、耳の奥にこびりついてどうしても消えない。ハルカは弱々しくかぶりを振ってから、嫌な予感を断ち切るようにデバイスを立ち上げる。
メニュー画面にあるいつものアイコンをタップすると、ゴシック体の挨拶文が事務的にハルカを迎えた。
「ハロー! ようこそcosmo vitaへ!」
そう、何もいつもと変わらない。変わりはしないのだ。
自分自身に言い聞かせるように胸中でそう繰り返すと、ハルカはデバイスにインして、冷たい機体に体を預ける。
デバイスは何事もなくフルダイブモードへと切り替わり、ハルカの意識をcosmo vitaの世界に誘った。すっと意識が体を離れ、再び感覚を取り戻した頃にはもう、ハルカは『ハルカ』ではない。
「やぁ、おかえり」
カムパネルラはそう言ってジョバンニを迎えた。
「あぁ、ただいま」
そう答えて辺りを見回す。ここはフェロヴィーアのコックピット。目の前に居るのはその持ち主のカムパネルラ。ここのところ変わりなく、ジョバンニを取り囲んでいるいつもの風景だ。だがそれももしかしたら今日で終わるのかもしれない。ジョバンニの胸が少しだけちくりと痛む。
「エリザベッタを呼んでやってくれないか」
「あ、あぁ」
カムパネルラの言葉にうなずいて、すぐに彼女へメッセージを送った。
待ち構えていたかのように現れた空間転送のエフェクトとともに、彼女はジョバンニの前へ立ち塞がる。
「遅い!」
両手を腰に当てながら、エリザベッタはすごんで見せた。
「あんた、昨日のメッセージは本当なんでしょうね!?」
「詳しくはそいつに聞いてくれよ」
ジョバンニは投げやりに顎でしゃくって、カムパネルラの方を指した。
太陽みたいに真ん丸な瞳ににらみつけられ、カムパネルラは少したじろいだようだが、すぐに口を開く。
「黒よりも黒の最新位置情報をつかんだって話なら、本当だよ。ワープの準備もできてる」
カムパネルラの言葉に、ジョバンニは思わず目を見開いた。
「ワープって……この船、そんな芸当もできるのか」
「一般に提唱される空間歪曲型の応用さ。そんなに長い距離はできないけどね」
肩をすくめてそう言うカムパネルラに、じれたようなエリザベッタは顔をしかめて文句を言う。
「ごたくはいいから、早く連れてきなさいよ! あんただって一刻も早くログアウトしたいんでしょ」
エリザベッタの言葉に、きれいな空色の瞳が一瞬だけすっと細められる。それがどんな感情によるものなのか、ジョバンニにはわからない。
ぷいっとそっぽを向いた少女は、余っていた三つ目の座席にどかりと腰掛けてベルトを締めた。
「準備できたんだけど!」
「はいはい、わかったよ」
カムパネルラは大げさな仕草でため息をついてみせると、横目でジョバンニの方をうかがい、尋ねる。
「怖い?」
風のない湖面のように、静かで澄みきった声だった。
「いや、別に」
平然を装ってそう答えたものの、ジョバンニの中にくすぶっている不安は消えない。
「そう」
カムパネルラは物言いたげな目をしながらも、小さくうなずいて会話を切り上げた。
「君も早く座って、ベルトをして。多分、ちょっと揺れるから」
カムパネルラはそう言うと、手早く手元のパネルを操作する。
ジョバンニは彼の言葉に従い、着席してベルトを装着した。
「準備は、いい?」
真剣な声音にうなずくことで答える。カムパネルラの指がそろそろと、一つのボタンに向かって伸ばされた




