できそこない(3)
メニュー画面を操作して、着用していた宇宙服をアイテムリストに戻すと、息の詰まるような閉塞感からは解放された。しかし自由に呼吸が継げるようになったからといって、何かうまい言葉が出てくるわけでもない。ジョバンニは何度か口を開いたり閉じたりして、カムパネルラとの間にある沈黙を埋める手段を考えていた。
「今日は君も落ちるといい」
不意にそう言われて、ジョバンニは現在時刻を確認する。
リアルでは午後九時半といったところだろうか。いつもより少し早い帰還の合図だ。
「君、だいぶ疲れた顔をしているよ。少しは自覚しなきゃ」
そう言って笑うカムパネルラに、それはお互い様だと言ってやりたくなった。澄んだ青い瞳には、いつものような生気がまるでない。
「……そうさせてもらうから……おまえもしっかり休めよ」
ジョバンニはそう言ってカムパネルラの肩をたたいた。
気遣っているのだと伝わったのだろうか。くしゃりと破顔した彼は、「わかってる」とうなずくと、コックピットの座席に腰掛けた。
「俺もここでしばらく眠るよ。情報の解析は、こいつらに任せるさ」
こいつら、という言葉に合わせて目の前の端末に軽く触れながらカムパネルラは言う。
「情報?」
ジョバンニがそう問い返すと、予想外に真剣な瞳がこちらを見ていた。
「……ああ。NPCたちが残してくれた、黒よりも黒の最終観測位置情報さ」
カムパネルラの言葉に思わず息を呑む。いかなるエラーも正す力を持った、絶対不可逆プログラム。それはこの旅の、自分たちの最終目標だ。
「エリザベッタにも伝えておいてくれ。次にインする時は、心して来るようにって」
「わかった」
ジョバンニはそう言ってうなずくと、手早くエリザベッタにメッセージを送信した。彼女もきっと喜ぶだろう。あれだけもうけてやるだの何だのと言っていたのだから。
――それならば自分は、どうだろうか。
はじまりのおわりが正され、カムパネルラは現実の世界へと帰る。この旅は無事に終わりを迎え、ジョバンニは再び自分の星での平穏な生活に戻るだろう。すべてが、それぞれのあるべき姿に戻る。それは皆にとって、喜ばしいことであるはずだ。
「……ったら」
ジョバンニは思わず口を開いた。声はみっともなく震えているが、それでも問わずにはいられない。何度かためらってから、情けない声を精一杯張り上げた。
「……向こうに、戻ったら……! リアルでも、俺たち、本当の友達になれ、ないか……?」
カムパネルラのことは何だか恐ろしくて見ていられなかった。両の拳を握りしめながら、きつく、きつく目をつむる。
少しの沈黙の後、ふっ、と彼は笑ったようだった。続いて立ちあがり、こちらに向かって歩み寄ってくるような気配がある。
「それは、とても魅力的なお誘いだな」
きつくまぶたを閉ざしたままのジョバンニの頭を、大きな手がぽんぽんとたたいた。
「君がそう望むのなら、是非ともそうありたいところだ」
長い指がぱさぱさの金髪を柔らかくすいてから、名残惜しそうに離れていく。
「本当か?」
ジョバンニはようやっと目を開いて、カムパネルラの瞳を下からのぞき込んだ。
透き通った海のように美しく、けれど底を見透かすことのできない色の瞳だった。口元はほほ笑んでいるのに、どうしてか今のジョバンニには、目の前に居る彼が涙を流さずに泣いているように見える。
「おやすみ、ジョバンニ。明日また君に会えるのを、楽しみにしてる」
カムパネルラはそう言って、くるりときびすを返した。
ジョバンニはその背中に何も言うことができない。伝えたいことはたくさんあるはずなのに、何一つとして言葉にならない。そんなもどかしさに襲われた。
「ああ、おやすみ……カムパネルラ」
結局その一言を絞り出すように伝えると、ジョバンニはログアウトのボタンをタップする。エフェクトの向こう側では再び座席に腰掛けようとする、彼の寂しい背中が見えた。




