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できそこない(1)

 フェロヴィーア内部まで二人を運び込むと、ジョバンニとエリザベッタは宇宙服の装備を解除する。


「ご苦労様」


 カムパネルラがそう言って、硬い表情のままジョバンニたちに歩み寄った。


「……どうやら意識がないみたいね」


 エリザベッタはそう言って、腕の中の少年をそっとその場に寝かせる。土気色をした頬、真っ青な唇。ぴくりとも動かない体は、呼吸をしているのかどうかさえ怪しかった。


「この人たちは、一体……」


 ジョバンニはそう言って腕の中の男性を見やる。外見年齢は四、五十歳といったところか。こちらも意識はなく、青ざめた表情で目を閉じている。ジョバンニはそっと右手で男性の頬に触れてみた。瞬間、ジジッとノイズのような音がして、黒い影が現れる。裂傷……いや、これはテクスチャの損傷だろうか。


「ジョバンニも少し離れて。今、彼らの状態を確認する」


 カムパネルラはそう言うと、カーソルを彼らに向けてステータス画面を開いた。


 ジョバンニは瞬間短く息を呑む。目の前に現れたのは、カムパネルラのそれと同じように、虫食いだらけでろくに意味を成さないパーソナルデータ。


 辛うじて読み取れたのは、「旅人A」「少年C」という名前だけだった。画面は文字化けだらけだったが、プレイヤーレベルや個体値などは全く表示されていないように見える。

「……NPCノンプレイヤーキャラクターだね」


 カムパネルラは冷静な声でそう告げた。


 ノンプレイヤーキャラクター。ジョバンニも何度か彼らと遭遇したことがある。市場をはじめとした共有部にあらかじめ配置されたcosmo vita(コスモ ヴィータ)NPCノンプレイヤーキャラクターは、優れた言語認識システムを搭載していて、まるで本物の人間のように話ができるのだ。


 しかし、NPCノンプレイヤーキャラクターを形づくるテクスチャを動かしているのは、人間によって組まれたプログラミング言語だ。彼らには意志が無い。ならばそこには心も存在しないというのだろうか。


「そんな……」


 戸惑いを隠せないジョバンニは、もう一度、男性の手に触れてみる。ジジッという音とともに、三センチ四方ほどのテクスチャが一枚はがれ落ちた。穴のあいた部分には、グレースケールのドットが砂嵐のように点在している。


「データの損傷が激しい。……これは当たりかもしれないぞ」


 カムパネルラはそう言って、いくつかのモニターを手元に開いた。


「旅人Aはバージョン1・03、少年Cはバージョン1・021。どちらも公開されたのは二年ほど前だね。恐らくバージョンアップしそこなったんだろう」


 一旦モニターを閉じると、カムパネルラは二体のNPCの前に膝をついて、そっと顔をのぞき込む。


「目を、開けられるかい」


 カムパネルラの呼びかけに答えるようにして、男性がうっすらと目を開いた。


「このデータの損傷具合……君たちはエラープログラムのさだめのもと、出合ったんだね。黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロに」


 その言葉に、ジョバンニとエリザベッタは息を呑む。


「ああ……その通りだ」


 男性はしゃがれた声でそう言った。音声データにも損傷が及んでいるのだろう。ノイズがひどくて聞き取りにくい。


「俺たちは……できそこないの、エラーデータなのさ。エラーは、黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロによって消去される。当然のことだ……」


 旅人Aは、瀕死の人間のようにごほごほとせき込むと、再び目を閉じてしまった。


 カムパネルラはせわしなくウィンドウを操作する。


「彼らが遭遇したポイントを解析できれば、黒よりも黒ピウ・ネーロ・ディ・ネーロの現在位置を推測することも可能だろう」


 淡々としたその言葉に、エリザベッタもうなずいた。


「そうね。またとないチャンスだわ」


 手伝ってあげる、といってカムパネルラの隣に並び、彼女もまた何がしかの情報を解析する作業に入ったようだ。


「……」


 ジョバンニはためらいがちに口を開く。


「……この人たちは、どうなるんだ?」


 問われたカムパネルラは、わずかに視線を上げてジョバンニを見た。


「人ではない、NPCノンプレイヤーキャラクターだ。ここまでデータが損傷していると、自己修復機能も動作しないだろう。あと数時間もしたら消えるはずさ」


 あくまで冷静なカムパネルラの言葉に、ジョバンニは二の句がつげなかった。


 ――できそこないの、エラーデータ


 その言葉が頭の中で繰り返され、再びどくん、とジョバンニの心臓が脈打つ。速い鼓動によって運ばれる血液は、沸騰しているように熱くも、凍てつくように冷たくも感じた。


 ――できそこないは、どいつだ?


 頭の中で響くのは、ほかならぬジョバンニ自身の声だ。


 人嫌いだから人に嫌われる。


 人を受け入れないから人からも受け入れられない。


 そんな寂しい、弱い自分。


 冷たい床に横たわる二人の姿に少しずつ自身が重なっていく。


 ――ジョバンニ、いや、ハルカ。おまえも、用なしなんだよ。


 ジョバンニの心の中で、あざ笑うような声が響いた。


「……っざけんな」


 ジョバンニは喉の奥から絞り出した声でつぶやく。


 驚いたような顔をしたカムパネルラとエリザベッタがこちらを見ても、ジョバンニは構わなかった。


「ふざけんなよ!」


 怒鳴りつけているはずなのにその声にはまるで覇気がない。勢いのままカムパネルラにつかみかかっても、震えた拳はジョバンニの思うとおりに動いてくれなかった。これではまるで助けを求めてすがりついているみたいだ。ジョバンニは自身の情けなさにきつく唇をかみしめる。すべての真実を見抜いてしまいそうなカムパネルラの瞳が、今のジョバンニには他の何よりも恐ろしかった。彼の視線から逃げたくて、顔を伏せる。


「ジョバンニ……」


 口を開きかけたカムパネルラを、エリザベッタが制す。


「ちょっと、何内輪もめしてんのよ」


 そう言ってため息をつくと、エリザベッタは、ジョバンニのすねに思い切り蹴りを入れた。


「――っつ!」


 エリザベッタは、思わず飛び上がったジョバンニの服をすかさずつかむと、力技でカムパネルラから引きはがす。


「ちょっと喝を入れてあげる。いらっしゃい」


 彼女はそう言って、再びジョバンニを後方の船室へと連れて行った。


 カムパネルラは、しばらく悲しんでいるような哀れんでいるような、不思議な表情をしていたが、再びモニターに視線を落としてデータの解析を再開する。


 そのことが少しだけ、ほんの少しだけジョバンニには、何だか寂しいことのように思えた。




「何カッカしてんのよ。子供みたい」


 銀色の床にどっかりと座りこんだエリザベッタは、あきれたようにそう言った。


「子供、か……」


 ジョバンニも彼女にならって腰をおろす。自嘲するようにつぶやいた言葉は静寂の中に紛れて消えた。


 だいだい色の瞳が、ジョバンニのことをうかがっている。観念したジョバンニは、頭の中で言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。


「用済みだからってさっさとデリートしようっていうハラが気に食わないんだ」


 ジョバンニは静かに視線を伏せる。きゅっと握りしめた手のひらに、爪がきつく食い込んだ。


 エリザベッタの顔を見ることはできない。彼女は、きっとあきれているだろう。自分の言っていることがいかに子供っぽくて独善的なのか、ジョバンニは、頭の片隅ではきちんと理解していた。


「あのNPCノンプレイヤーキャラクターはプロトタイプよ。もうアップデートされたバージョンがその辺をうろうろしてる」


 淡々とした声で彼女は言う。


「優れたやつだけ必要とされて、あとはお払い箱ってか? 世界の真理だな」


 唇の片端をつり上げて、嫌味っぽくジョバンニは笑った。嫌な感情だ。どす黒くて、重苦しくて、ひどく醜い――。


「卑屈ね」


 エリザベッタはそうバッサリと切り捨てた。


「あの二人にあんたが何を重ねて見てるのか、私にはわからないわ。わかりたくもない」


 エリザベッタは、ジョバンニを真っすぐに見据える。視線は鋭く、そして何よりも強かった。


「だけどね、あんたは知っているはずよ。あんたは何を救いたいのか。何の為にここにいて、何の為にこれまでやってきたのか」


 そこまで言ったところで、彼女の張りつめた雰囲気がふっとやわらいだ。


「オトモダチなんでしょ? カムパネルラを助けてやりたいんじゃないの」


 そう言ってエリザベッタは少しだけ笑った。短い腕を伸ばして、ジョバンニの頭をわしゃわしゃとなでる。


「あーあー。これだからオコチャマは面倒くさいのよねぇ」


 茶化すような言葉にジョバンニは少しだけ笑う。


「おまえに言われたくねぇよ」


 憎まれ口をたたいてから、逆に彼女の頭をぐりぐりとなでてやった。


 そして正面から、燃える夕日のような瞳を見つめ、柔らかくほほ笑む。


「……ありがとうな」

「そんなこと言われる筋合いないわ」


 彼女はぷい、とそっぽを向くと、勢いよく立ち上がった。


「私、そろそろオフラインで用事があるの。今日のところは落ちるわ」


 スカートを翻しながら、びしっとジョバンニの鼻先を指さして念を押す。


「忘れるんじゃないわよ。あの二人はNPCノンプレイヤーキャラクター。それ以上でも、以下でもないわ」


 真剣な声音でそう言ってから、エリザベッタはすごむように睨みをきかせた。


「何か事態に進展があったら、必ずメッセージよこしなさいよね!」

「はいはい」

「……あいつにも、よろしく言っといて」

「わかったよ」


 ジョバンニがそう言ってうなずくのを見届けてから、エリザベッタは離脱のエフェクトとともに姿を消した。

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