星空ポップコーン(3)
両手にいっぱいの空き箱や袋を抱えてコックピットに戻ると、カムパネルラが何やら真剣な顔でモニターとにらめっこをしている。
「何だ、何かあったのか?」
「ジョバンニ。ちょうどいいところに」
声のトーンもどこか緊迫している。ジョバンニはすぐに座席に戻って、手元のモニターを確認した。
「……これ、そこの衛星の脇なんだけど、どう思う?」
カムパネルラがそう言って示した箇所には、確かに何かしらの影が見える。
「アップにしたら、こんな感じ」
該当箇所が拡大表示される。
そこに映し出されたのは、なんと、二人の人間の姿だった。どちらも、着ているのはぼろきれのような服だけで、土気色の肌をあらわにしている。ぴくりとも身動きしないその様は、死んでいるようにも見えた。
「まさか……! あんな現象、聞いたことないぞ!?」
動転するジョバンニに対して、カムパネルラはあくまでも冷静だ。
「そうだ。バーチャル世界とはいえ、ここcosmo vitaでは、宇宙服というアイテムなしでは、そもそも宇宙空間に出られない。少なくとも、一般のユーザーはね。だから……」
カムパネルラは、何かを言いかけたまま口をつぐんだ。戸惑うように揺れるジョバンニの瞳を、そっと気遣わしげに眺めている。
しかし、沈黙はごくわずかの間だった。
「……だから?」
口を開いたジョバンニが、カムパネルラに言葉の続きを促した。その瞳には事実を受け入れようとする決意の色が浮かんでいる。
こくりと頷いて、カムパネルラは続けた。
「もしかしたら、何か有益な情報を得られるかもしれないぞ。ちょっと寄り道になるけど、調べに行こう。君たち、宇宙服、持ってない?」
ジョバンニは首を横に振ったが、エリザベッタは違った。
「宇宙服なら二つ持ってるから貸したげる。一緒にあの人たちを拾いに行きましょ」
そう言ってから、エリザベッタが二人の様子を伺った。
ジョバンニは真っ直ぐにモニターを見上げている。映し出された画面の中、ぽつりぽつりと漂う二つの人影。その寂しいありようは、まるで孤独という言葉をそのまま具現化したようだった。
ドクンと胸の奥深くがうずくのを感じる。広い宇宙の中、点のように浮かぶ二つの異質が、少しずつ何かと重なっていくのがわかった。
それはひどく矮小で、とても寂しくちっぽけなものだ。どれだけ振り払おうとしても、ジョバンニから決して離れてくれない。
「――君が行くべきだ」
しばらく黙ってジョバンニを見つめていたカムパネルラが、口を開いた。
「君が行くべきだよ、ジョバンニ。……頼めるかい」
断定的なカムパネルラの言葉に、戸惑いながらもジョバンニは頷く。
いつもだったら「どうして俺が」と反発したかもしれない。しかしカムパネルラの青い双眸には、有無を言わせぬ強い意志や考えのようなものが感じられて、イエスと答えずにはいられなかったのだ。
「じゃあ、それで決まりね」
エリザベッタはそう言うと、メニュー画面からアイテムをドラッグした。ピコン、という音声とともに、ジョバンニの所持品リストに宇宙服が加わる。
数分の後、フェロヴィーアは宇宙空間に漂う二人を目視できる距離までたどり着いた。
「男子なんだから、ちゃんとフォローしなさいよね!」
エリザベッタはそう言って、フェロヴィーアの出口まで駆け出した。
その背中を追うように、ジョバンニも慌てて外へと向かう。
ハッチの前で宇宙服を装備すると、ジョバンニはごくりと唾を呑み込んだ。バーチャルとはいえ、目の前に広がっているのは広大な宇宙だ。好奇心と、それと同じくらいの大きさをした恐怖がふつふつと湧き上がる。鼓動が高まった。
全身に気合を入れて震えをおさえると、ジョバンニは扉を開く。宇宙服から伸びる命綱をフェロヴィーアの側面にひっかけて手ごたえを確認した。準備は万端だ。誰にともなくこくりと頷いて、ジョバンニは目の前に広がる空間へ勢いよく飛び出した。
今までフェロヴィーアによって調整されていた重力が消える。次いで、ふわりと体が宙に浮いた。いかんせん踏み切ることができないので、うまく力が入らない。
前方ではエリザベッタが、何をのろのろしているのだと言うようにジョバンニを手招いている。
どこまでも続く星の海。未知の空間に対する恐れと感動をかみしめながら、ジョバンニはその海を泳いだ。
思うように進めず、次第に息が上がる。呼吸音は宇宙服の中をうるさく反響し、耳がやられてしまいそうだ。
しかし、空気のない宇宙服の外には、この音は決して届かないのだ。そう思うと、ジョバンニは言いようのない寂しさのようなものを覚えた。
無限の静けさを人は孤独と呼ぶのだろう。ならば、この宇宙に浮かぶ星はみんなひとりだ。ひとりぼっちだ。誰かが手を伸べてくれるのを、何億光年の彼方からじっと待ち続けている哀れな迷い子。
ジョバンニの伸ばした両手が、ようやっと宇宙空間を生身で漂う謎の二人に届いた。指先に伝わってきたのは、人のもつ確かな触感だ。
――ああ。多分、こいつら生きてるよ。
確信めいた思いとともに、ジョバンニは二つの体を抱きかかえた。エリザベッタにジェスチャーを送り、彼女に少年らしき小柄なほうを引き渡す。
左腕でぼろきれに包まれた男性の体を抱えながら、ジョバンニは必死で命綱を引き、フェロヴィーアへと向かった。
早く確かめなければならない。彼らが確かに温かいのだということを。
相変わらずのこもった呼吸音が、ジョバンニの鼓膜に響いている。しかし、孤独を感じることは、もうなかった。




