星空ポップコーン(1)
学校のない土曜日は、朝からcosmo vitaにログインするのがハルカの常だった。いつものようにフェロヴィーアのコックピットに転送された矢先、カムパネルラのらしくもない悲鳴が聞こえてくる。思わずぎょっとしながら、ハルカ――いや、ジョバンニは声のした方に首を伸ばした。
「あー! よかった! やっと来た! 君、ちょっと助けてくれよ!」
そう言った彼はジョバンニの背中に身を隠すと、何かにおびえるようにきょろきょろと辺りを見回す。
「あのエリザベッタってちびっこ、君のログインを待ちきれなくて一方的にやってきたかと思ったら、やれ退屈だの何だのって大騒ぎでさ……見てくれよ、この惨状」
そう言われて辺りを見回すと、そこらじゅうにジャンクフードの空箱が転がっていた。
「食べ散らかすのはやめてくれって言ったのに! 文句を言ったら蹴っ飛ばされるし……何なんだい、あの子は!」
そんなことでも、どうやらカムパネルラにとっては一大事らしい。ぶつぶつ文句を言いながらコックピット内のゴミを拾い歩いている。――意外ときちょうめんなのだろうか。
「そりゃあ大変だったな。んで、あいつは今どこに?」
少なくとも問題を起こした張本人は、現在この船に居ないようだ。
「おやつの買い出しだってさ」
恐らく空間転移アイテムを使って市場にでも行っているのだろう。何ともアクティブなことだ。
「……そういえば、食糧系のアイテムって使ったことないな。この世界でも、ちゃんと味覚や満腹感はあるのか?」
ジョバンニの素朴な疑問に、カムパネルラは答える。
「擬似的なものでまだまだ開発途上だけど、一応はね。おいしいと感じたり、満腹感もあるはずなんだけど……あのちびっこは一体どうなってるんだろうね」
物憂げな溜息をこぼすカムパネルラは、どうやらすっかりあの子供に参っているらしい。
いつも余裕しゃくしゃくの表情がコミカルに変化する様がおかしくて、ジョバンニは思わずぷっと噴き出す。
「あ、ちょっと! 君、何笑ってるんだい」
目ざとくそれを発見したカムパネルラが、とがめるように唇をとがらせた。
そうか、こいつ自身が子供みたいだから、エリザベッタと相性が悪いのかもしれない。
「いや、だってさ……」
そこまで言ってジョバンニは口をつぐむ。視界の端で、空間転送のエフェクトを確認したからだ。赤茶色の編み上げブーツがカツンと音を立て、すぐに二人のいる方向に向かって跳躍を開始する。
ジョバンニは、目標物に対して素早く移動する彼女のためにそっと場所をあけてやった。いや、厄介事から逃げおおせようとしたという方が正しいだろうか。
「だぁぁれがちびっこですってー!?」
繰り出された華麗なドロップキックは、見事にカムパネルラの腹へヒットした。
「っぐ!……い、いつから聞いてたのさ……」
「最初からよ!」
崩れ落ちるカムパネルラに、ふんっと勝ち誇ったような笑みをくれてやると、エリザベッタはジョバンニの方に向き直って視線を鋭くする。
「……遅い!」
「え?」
いきなり怒りの矛先を向けられて、ジョバンニは動転した。
「連絡が遅いって言ってるのよ! あんまり長いこと待たせるから、私の方からこっちに来る羽目になっちゃったじゃない!」
「えぇっ、それはお前が勝手に……」
「う・る・さ・い!」
エリザベッタは、厚底のブーツでジョバンニの足を踏んづけた。
「ってぇ!」
「ぼさぼさしてないで、あんたはちょっとこっちに来なさい! 話があるの」
エリザベッタはそう言って、コックピットの反対方向に歩いていく。
カムパネルラはというと、にこやかに笑いながら、いってらっしゃいとばかりに手を振っていた。どうせ厄介払いに成功したと思っているんだろう。ジョバンニは渋い顔をしながらカムパネルラをにらみつけた。
「何ボサッとしてんのよ! 早く来なさい!」
エリザベッタの怒声に促されて、ジョバンニは彼女に続いてコックピットの後方に向かう。列車で言えば、この後ろに連なるのは客車だが、フェロヴィーアは機関車ではなく、宇宙船だ。どうなっているのか、ジョバンニは知らない。好奇心半分、何やらいきり立っている彼女に対する恐ろしさも半分。ジョバンニは船室の後方扉を開けた。
「う……わぁ……」
ため息交じりの一言を残して、ジョバンニは絶句した。
円筒形の船室には、目立ったオブジェクトは何もない。鈍い銀色の光沢を放つ床の上。一面に広がっているのは今にもこぼれ落ちそうな満点の星空だった。一瞬ジョバンニは、宇宙空間に投げ出されてしまったのではないかと錯覚しかけたが、すぐに天井と壁が何らかの技術で透明化されているのだと気付く。外から見た時は全く気付かなかった。
カムパネルラのやつ、こんな特等席があるのなら、そう教えてくれればいいのに。
「何してんのよ。早く座れば」
そう言ってエリザベッタは、無造作にその場に腰をおろした。
「特別に、あんたにも分けてあげる」
メニュー画面を操作したエリザベッタが具現化したのは、やはりというか何というか、彼女の体ではおよそ抱えきれないだろうという分量のお菓子だった。
ふっと破顔するジョバンニに、エリザベッタは不満げながらも二種類のポップコーンを差し出した。「塩味とキャラメル味、どっちがいい?」
いずれのパッケージにも「フィウーメ市場銘菓・星空ポップコーン」とある。ジョバンニは少し迷ってから、キャラメル味の袋を受け取った。封を開けると、ポップコーンは何ときれいな星形をしている。
小さな粒を手に取って物珍しげに眺めていると、エリザベッタが真剣な声音でジョバンニに尋ねた。
「あんた……あいつのこと、どう思う?」
彼女は塩味のポップコーンをむしゃむしゃ食べながらそう尋ねる。
「あいつって?」
「とぼけないで! カムパネルラのことよ」
ポップコーンを頬張る彼女につられるように、ジョバンニも一粒口に入れる。すぐにふわりと甘いキャラメルの味が口の中に広がった。
「あいつ、何か他のやつとは違う気がするの。それは何も、はじまりのおわりの被害を受けたからってわけじゃない……と、思う」
ジョバンニはエリザベッタの横顔を見た。彼女の瞳は真剣だ。それに倣って、ジョバンニもまた真剣な顔つきで彼女に向き合う。
「あんたは何か感じないの? 何だかんだいって、話す機会は私より多いじゃない」
エリザベッタのだいだい色の瞳が、ジョバンニの目を真っすぐに射抜いた。
「俺は……」
ジョバンニは思わず口ごもる。
確かにカムパネルラの存在は謎だらけだ。
改めてエリザベッタから突きつけられたのは、自分が友人のことを何も知らないという事実だった。ジョバンニは頭の中で、彼の屈託のない笑顔を思い浮かべる。
「あんたにはピンとこないかもしれないけど、カムパネルラのハッキング技術は超一流よ。もしかしたらオフラインじゃあ、やばい稼業に手を出していたかもしれないし」
ポップコーンをいくつか口に放り込んでから、エリザベッタは続けた。
「それ以前に、チート技やら何やらに手を染めてないか怪しいもんだわ。はっきり言ってうさんくささの塊よ」
エリザベッタはじろりと半目でジョバンニをにらみつける。
「どうやって手なずけたのか知らないけど、警戒を怠らないことね。あんたみたいなやつは、とことんまで利用されてポイ捨てされるかもしれないんだから」
いつの間にか塩味のポップコーンをほとんど平らげたらしく、彼女は顔の上で袋を逆さまにして振っている。
ジョバンニは少し考えてから気付いた。彼女は自分のことを心配しているのだ。
「な、なによっ!」
物言いたげなジョバンニの視線に、エリザベッタは唇を尖らせる。
「……いや、おまえって案外いいやつなんだなと思って」
思わず素直にそうこぼすと、小さくて丸い彼女の頬が一瞬にして赤く染まった。顔中をくしゃくしゃにして不服の意を表してから、まるでひとりごちるかのような口調で言う。
「……何ででしょうね。ろくに知りもしない相手に情けをかけるのは私らしくないけど」
細められた瞳はジョバンニを通して、何かを見ている。もっとずっと遠くにある、彼女にとってかけがえのない何かを。
「あんた似てるのよ。あたしの……大切な子に、ね」
彼女はまるでその言葉自体が大切な宝物であるかのようにそうつぶやいた。ジョバンニは不可解な発言の意味を問いただそうとするが、うまい言葉が出てこない。普段やかましい彼女らしからぬ大人びた表情は、これ以上の追及を拒んでいるようにも見える。
「……何偉そうなこと言ってんだよ。ちびっこの癖に」
「誰がちびっこよ!」
混ぜっ返すように言うと、いかにも子供っぽい仕草で唇を尖らせた。彼女がいつもの調子に戻ったことに安堵しながら、そのまま横目で様子を伺う。
不愉快そうな素振りを見せたものの、どうやら本気で怒っている訳ではなさそうだ。笑って、怒って、また笑って。気まぐれな猫のように、今は細めた両目に優しい光を宿している。
幾億光年彼方から届いた星の光は、二人の心地良い沈黙を見守るようにしんしんと降り注ぐ。透明な天井の向こうでは、尾をひいた彗星が瞬いては消え、瞬いては消えと、静かな明滅を絶えることなく繰り返していた。




