予期せぬ来訪者(2)
「天才ハッカー? ……君が?」
カムパネルラが不審そうなまなざしで、目の前にいるちびっこを頭からつま先まで観察する。少女は、「何よ! 何か文句でもあるって言うの?」と憤りながら、両手を大きく振り上げた。無論、大きくといっても、それは彼女の縮尺での話だったが。
ジョバンニもカムパネルラの意見に全くもって同感だった。いくらオンラインではある程度アバターの自由がきくとはいえ、言動はどう見ても天才ハッカーのそれではない。
「それで? その天才ハッカーさんが、一体俺たちに何の用なんだよ?」
ジョバンニはそう言って肩をすくめながら笑った。そのとたん、待ってました、とばかりにだいだい色の大きな瞳がきらりと閃く。
エリザベッタと名乗る少女は、大きく胸を反らしながら勝ち誇るように言った。
「あんたたち……黒よりも黒を探してるんでしょ?」
一瞬にして辺りの空気がピンと張り詰める。絶対不可逆プログラムの情報は、NNR社の、そしてジョバンニたちの機密にあたる事項だ。どう考えても一介のユーザーが知っている内容ではない。
「フフン。これでやっと信じたみたいね。あたしが超すご腕の天才だってこと!」
エリザベッタはさも愉快そうに笑うと、びしっとカムパネルラの顔を指さしながら宣言する。
「黒よりも黒はあんたたちなんかに渡さないわっ! 私が解析して、リアルで大もうけしてやるんだから!」
ふっふっふ、と笑いをこらえきれない様子のエリザベッタに、カムパネルラはあきれながら言う。
「ちょっと。そんな俗っぽい考えの君の野望と、俺たちの目的を並列で語って欲しくないんだけど」
「何が俗っぽいってのよ。がっぽがっぽもうけて、大金持ちになりたい――みんな持ってる願いでしょ」
エリザベッタは間髪入れずにそう反論してきた。彼女のまなざしは意外にも鋭い。まくしたてる勢いに少し気押されながらも、ジョバンニは口を開く。
「おいガキんちょ。俺たちは別に、黒よりも黒を私利私欲のために使おうってんじゃ……」
「同じよ。……少なくとも、そっちのノッポのあんたに関してはね」
ジョバンニの言葉を遮って、彼女は断言した。
「結局自分が助かりたいから、そこのお人よしを巻き込んだんでしょう? それで大義名分しょってるつもりなわけ? 聞いてあきれるわ」
エリザベッタの切り捨てるような言葉に、カムパネルラは苦虫をかみ潰したような顔をしてうつむいてしまう。
「……君、俺たちのストーカーか何か? 一体いつから見ていたんだい?」
そう尋ねられたエリザベッタは、肩をすくめながら平然と答えた。
「あんたがこのお人よしに接触する少し前……正確に言えば、NNR社のホストコンピュータにアクセスして、機密ランクAの文書を盗み取ってきたところからね」
「つまり最初からってことじゃないか……」
うなだれるカムパネルラに追い打ちをかけるようにエリザベッタは続ける。
「私がどんなに頑張っても破れなかったセキュリティを、いとも簡単にぶち抜いたやつがいたもんだからね。どんなんだろう、って見てたわけ」
彼女はくるんとジョバンニに向き直ると、腕を組みながらあきれたように言った。
「それにしてもあんた、どこまでお人よしなの? そこのノッポがどうなろうとあんたには関係ないんだから、ただこのゲームにログインするのをやめたらいいだけの話じゃない。協力してやる義務なんて、これっぽっちもないわ」
全く信じられない、とぷりぷりしながら、エリザベッタはジョバンニのことを見上げている。
彼女の言葉に、ジョバンニは初めて彼と出会ったあの時のことを思い返した。
何の変哲もない、いつもの通りの日常に突然現れたいかにもうさんくさい厄介事。
始めは、自分のためだった。自分だけの居場所であるあの星と、cosmo vitaを守るという大義名分と……ほんの少しの親近感。「ここにしか居場所がない」という彼の言葉は、ジョバンニの中の何かを確実に動かした。
しかし、今のハルカを、こうしてこの場所に留めているのは何だろう。
少し考えてから、ジョバンニは隣の座席に座る彼を見つめる。
「俺は……」
そう切り出すと、カムパネルラがゆっくりとこちらを向いた。少し頼りなげに揺れている、二つの青い星。
「――俺は、友達を助けたいんだ。そんな理由で始めたんじゃないけど……今は、そう思ってる」
ジョバンニはそう言って、そっと視線を伏せた。自分と第三者の関係に、「友達」という名前をつけたのはこれが初めてだ。そう思えたのだ……初めて、ほんとうに心から。
「ジョバンニ……」
カムパネルラの口調に拒絶の様子が見られないことに、ジョバンニはほっとした。
しかしどうにもうまく視線を合わせることができなくて、エリザベッタの顔ばかり見てしまう。
「あー! っもう! ばかばかしい!」
ジョバンニに向かって思い切り顔をしかめて見せると、エリザベッタはその場でばたばた地団太を踏んだ。
「お友達ごっこなんてどうでもいいのよ! 今私は、黒よりも黒の話をしたいの!!」
そう言うと彼女は、ジョバンニの服をつかんで無理やりその体をしゃがませた。
「フレンド登録!」
「は?」
かわいらしいお人形のような彼女が浮かべる鬼の形相に、顔を引きつらせながらジョバンニはおびえる。
フレンド登録をすれば、離れていてもお互いがゲームに接続しているかどうかがわかるようになる。直通メッセージのやりとりも可能だ。つまりは、ゲーム内にいる限り彼女の追跡から逃れられない。
ぎょっとして逃げ腰になるジョバンニの服を引っ張りながら、エリザベッタは細く整った眉を吊り上げる。
「いいから!」
「わ、わかった」
こうなってしまってはもう仕方がない。半ば強制のような形でフレンド登録をすませると、ようやく手を離したエリザベッタが満足そうに笑った。
「わかればいいのよ」
そう言ってふんぞり返る彼女には、どうやらこの先もかないそうにない。
「いい? インする時は必ず呼ぶのよ! あんたたちにくっついていって、絶対に黒よりも黒を見つけてやるんだから!」
鼻息を荒くするエリザベッタに思わず、「それって、俺たちに何かメリットあるのかよ……」とこぼすと、すねにローキックが飛んできた。
「私には大きなメリットがあるわ! もうけ話が絡んでるのよ? 呼ばなかったら……怖いんだからね!」
鬼の形相でにらみつけられると、いくら少女とはいえ迫力がある。
「わかった! わかったから!」
ジョバンニが何かを訴えかけるような目を向けると、カムパネルラも不承不承という感じでうなずいた。
「よし! じゃあ、連絡待ってるから、よろしくねっ!」
うふん、としなを作ってから、エリザベッタは素早く端末を操作し、ログアウトして行った。どうやらタイムリミットがやってきたらしい。
台風が過ぎ去った後の静けさが、フェロヴィーアの中に訪れる。
二人はぐったりと座席に体を預けた。
「……疲れた」
「あぁ、俺もだよ」
そう言い合って少し笑う。気が付けば船の中を満たしていた重苦しい空気は、どこかへ消えてしまっていた。
「……君もそろそろログアウトした方がいいんじゃないのかい?」
カムパネルラの言葉に、メニュー画面を開いて時刻を確認する。リアルでは現在午後十時。
「……おまえ、俺のこと小学生か何かだと思ってる?」
半目になって睨みつけると、カムパネルラはおかしそうに笑う。
「いやいや、心配してるのさ」
そう言ってから、少しためらったようなそぶりの後で付け加える。
「……友達、だからね」
ジョバンニは弾かれたようにカムパネルラの方を見た。そっぽを向いている彼の表情はここからでは確認できないが、彼は意外にも、少しばかり照れ屋なようだ。
「……じゃあ、俺もそろそろ落ちるかな」
そう言ってジョバンニは立ち上がった。
「それがいいよ。ゆっくり休んで」
言葉ではそう言う癖に、寂しそうに揺れる瞳がふたつ。
全く素直じゃないやつだ。自分のことを棚にあげて、ジョバンニはくすりと笑う。
「……何だよ」
「いや、別に」
不満そうなカムパネルラをごまかしてから、ジョバンニはログアウトのボタンをタップする。
「おやすみ。よい夢を」
「ああ。また明日な」
そう言ってやると少しだけうれしそうな顔になった。彼の表情の変化を見届けてから、ジョバンニは離脱のエフェクトに身を委ねるように目を閉じる。仮想世界から少しずつ離れ、リアルに近づく感触が、なんともいえないもの物寂しさをジョバンニに……いや、ハルカに感じさせていた。




