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予期せぬ来訪者(1)

 サイトウさんから受け取った情報の解析を終えると、フェロヴィーアはすぐに航行を開始した。目的地に設定されているのは、どうやら惑星ではなく小さな銀河のようだ。具体的な座標とそこまでの推定距離がウィンドウに映し出されていたが、たどり着くまでにどれほどの時間がかかるのか、ジョバンニには皆目見当もつかなかった。


 カムパネルラの表情は優れない。何かを気にかけ、憂いているような、彼らしくもない気弱な顔をしている。船内はどことなく重苦しい空気で、ジョバンニは息が詰まりそうだった。


 少しの間横目でカムパネルラの顔色をうかがってから、ためらいがちに口を開く。


「サ、サイトウさん! ……いいひとで、よかったな!」


 少しでもカムパネルラの気が晴れれば、と彼なりに気を遣っての一言だった。


「――世の中がいいひとだらけだったら、誰も苦労はしないさ」


 しかし気を遣われた当の本人は、ため息交じりにそうこぼすと、頬づえをつきながらそっぽを向いてしまう。


「おまえなぁ! そういう言い方……」


 ジョバンニは思わずむっとしてそう言いかけたが、横目にこちらを見てきたカムパネルラの物言いたげな視線に押し黙った。


 何かを指し示すように人差し指を立てたカムパネルラが、淡々とした口調で話し始める。


「いいかい? サイトウさんは言った。『君のような存在にすがるしかない私たちは、本当に無力だ』だったかな。その言葉が何を意味していると思う?」


 指先を遊ばせながらそう尋ねる彼が何を言いたいのかわからず、ジョバンニは首を傾げた。カムパネルラはしばらくその様子を黙って見つめていたが、再び口を開く。


「NNR社は、はじまりのおわりフィーネ・クレアシオンの存在を既に確認しているのさ。しかし対策が間に合っていない。そしてその事実を公表せず、社員には厳しい情報統制。これって隠蔽(いんぺい)って言葉以外に何が当てはまると思う?」


 カムパネルラは指先でくるくる円を描きながら続ける。


「最初に会った時に言ったろう? 『運営がどうこうしてくれるなら、とっくに頼ってる』って。……まぁ、サイトウさんを恨むのがお角違いだってことはわかってる。だからね、俺が言いたいのは、頼れるのは自分たちだけってこと」


 わかったかい? とカムパネルラは人さし指をジョバンニの鼻先に向けると、ようやくいつものような笑顔を見せた。


 与えられた情報を少しずつ頭の中で整理していく。


 はじまりのおわりフィーネ・クレアシオンの存在を確認しながらゲームの運営を続けるNNR社。意識を失うユーザー。ログアウトできないカムパネルラと、これからはじまりのおわりフィーネ・クレアシオンに呑み込まれゆくだろう人々。


 すべてのピースがかちりとはまった。一つの厳しい現実を突きつけられて、ジョバンニは愕然とする。


「そんな……!」


 握りしめた手のひらに、爪がぐっと食い込んだ。


「そんなのってないだろ! こうして苦しんでる人間がいるのに。何で……!」


 声を荒げて立ち上がるジョバンニに、カムパネルラは面食らったようだった。


「おいおい。どうして君がそんなに怒ってるんだい」

「何でおまえはもっと怒らねぇんだよ!」


 ジョバンニはそう怒鳴りつけて、きつく自身の唇をかんだ。


 ひょうひょうとしているカムパネルラが腹立たしかったのだ。彼は今こうして怒鳴り散らしている自分よりも、もっともっとひどい目にあっているっていうのに。


「……そうだな。君が代わりに怒ってくれてるからじゃないか?」


 はにかむように笑うカムパネルラの表情があまりにも柔らかだったので、その言葉が、先ほど自分が投げつけた質問に対する答えだと認識するのに時間がかかった。ジョバンニは怒りの矛先を失い、

「――何なんだよ、それ」

 と小さくこぼすと、半目になって頭上の彼ををにらみつけた。


「おー、怖い怖い」


 カムパネルラはそう言って笑う。


 どうして当の本人である彼がそんな風に優しく笑えるのか、ジョバンニにはわからない。ただはっきりしているのは、カムパネルラの強い心は、きっと、かけがえのない何かによって支えられているということだ。そうでなければ、きっととうに彼の心は壊れてしまっているはずだから。


「そういえば……」


 その時ジョバンニの脳裏には、あの時の彼の言葉がよみがえる。


『守りたい、人がいるんだ』


 カムパネルラはそう言っていた。今までに聞いたことのないような、切羽詰まった声で。


 ……聞いてみても、いいのだろうか。


「おまえ、さっきサイトウさんに……」


 ジョバンニがそう切り出そうとした時のことだった。


 ゴトン、という大きな物音が聞こえた。場所はフェロヴィーアの外。おそらく、上の方だ。何かが、ぶつかったような音がした。


「……進路上に障害物はなかったはずなんだけどな」


 そうこぼしたカムパネルラが、手早く幾つかのモニターを確認する。


 ゴトン、ゴトン、と小さな衝撃は続いている。そしてどうやら少しずつ、その音は大きくなっているようだ。


 船内に緊張が走る。ジョバンニは小さく体を縮こまらせて唾を呑みこんだ。


 腹の底に響くような、ガァンッ、という音をたてて、勢い良くフェロヴィーアの扉が開く。

 大きな音とともに、コックピットに何かが転がり込んだ。


 鋭く息を呑む二人の前に現れたのは、宇宙服をまとった小さな塊だ。アイテム装着解除のエフェクトとともに、それは一瞬で白色から鮮烈な赤へと変化する。


「……?」


 ジョバンニが目をこらしながらそれに近づこうとすると、カムパネルラが慌てて制止した。

 赤い塊はむくっと起き上がり、二人に対峙する。身長は、ジョバンニの腰のあたりまでしかない。


「あんたたちねっ! あたしの邪魔するやつはっ!」


 赤毛を三つ編みに結ったおさげが揺れる。外見はおおよそ七歳程度だろうか。


「だけど、天才ハッカー春雷のエリザベッタちゃんが来たからには、そうはさせないんだか……ふぐっ!」


 彼女の威勢の良い口上は、残念なことに最後まで続かなかった。


 カムパネルラが無造作に、彼女の頭へチョップを食らわせたからだ。


「……何なんだい、このちびっこは」

「さぁ……」


 そう言い合いながら顔をしかめる二人の間では、「ちょっと! ちびっこって何よ!」と小さな自称天才ハッカーが不満げにぴょこぴょこ跳ねていた。

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