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サムシング・ビューティフル(2)

「そういえば」


 少しの沈黙の後、ジョバンニはその場の空気を入れ替えるように言った。


「おまえに聞きたいことがあるんだけど」


 そう言って思い浮かべたのは、彼の寝顔を見るまで投げかけようとしていた疑問だ。


 この船は一体、どこに向かって移動しているのか。


 しかしジョバンニがその疑問を口にする前に、発しかけた言葉を邪魔するようにして新規のウィンドウが開いた。


 恨めしげな視線の向こう側には、ポップに装飾されたゴシック体。


「プレゼントが一件届いています!」


 パンパカパーン、という間抜けな音とともに、メッセージが躍った。


「はぁ!? ったく、何なんだよ、一体……」


 アイテムボックスを開くと、最上段に『New!』のアイコンが点滅している。


 中身は『ファイヤーフラワー』という、入手難易度Aランクの植物系アイテムだった。実行して土に植えてやれば、たちまち線香花火のようなかわいらしい光の花をつける。輝く時間はわずか数十秒というはかなさだが、繊細な美しさ故に人気の高いアイテムだ。


「何でいきなりこんなもの……」


 不審がってアイテム受け取り履歴をチェックするジョバンニを、横からカムパネルラがのぞき込む。


「何だ。君、今日誕生日なんじゃないか」

「へ?」


 いきなりそう言われて、変な声が漏れた。

 慌ててメニュー画面端の日付を確認する。七月二十四日。すっかり忘れていたが、そういえば今日は……。


「どうしてわかったんだ」

「だって、書いてあるじゃないか。バースデーログイン限定プレゼントって」


 ほらここ、とカムパネルラが指さした先には、確かに彼の言った通りの言葉が記されている。


「ハッピーバースデー。知っていたら何か用意できたかもしれなかったんだけど、残念だな」


 そう言ってカムパネルラは、ジョバンニに向かって笑いかけた。


 しかし当のジョバンニの表情は優れない。彼にとって誕生日というのは、ちっともめでたいものではなかった。手放しに祝うには、そこに漂う死の色が、あまりに濃すぎる。


「……せっかく人がお祝いしてるっていうのに、辛気くさい顔だな」


 すっかり沈痛な面持ちになってしまったジョバンニに、カムパネルラは肩をすくめる。


「そんな顔してたら、リアルでだって祝ってもらい損ねるぞ」


 意地悪く笑うカムパネルラに、祝ってくれる人間なんているものか、と反論しようとした。しかしそこではたと気付く。


 ほぼ一年中家に帰ることのない父が、今日だけは早くに帰宅していた。「家族全員で夕食をとろう」と言って、献立はハルカの好きなハンバーグで。それらが結びついて導き出す可能性に、気付いた。気付いてしまった。


「……っ!」


 しかしその可能性を振り払うように、ジョバンニは強く首を振る。まだそれは彼にとって上手く受け入れることのできない現実だった。


 うつむいたまま黙り込むジョバンニに、カムパネルラはふむ、と考え込む素振りを見せる。

 やがてそのきれいな人差し指で顎をさすりながら、口を開いた。


「……さっきの言葉、撤回するよ」


 そして自分のメニュー画面を開き、アイテムボックスを展開する。


「遅ればせながら君にプレゼントをあげる。とっておきのやつだよ。よく見ておくといい」


 彼が用意したのは『発射台』というアイテムだ。手のひらサイズの簡易版だが、超小型のロケットや偵察機とあわせて使うと、それを宇宙空間に飛ばすことができる。


 カムパネルラはアイテム欄で『発射台』を選択すると、ジョバンニに言った。


「さぁ。さっきのアイテム、実行してみて」

「え、いや、だってここには土なんて……」

「いいから!」


 言われるがままに『ファイヤーフラワー』を実行すると、小さな苗木がジョバンニの手元に具現化した。


「よし、いくぞ!」


 カムパネルラは、選択していた『発射台』を、ファイヤーフラワーの苗木に向けてドラッグする。瞬間、カチン、という音がして、ファイヤーフラワー全体を光のエフェクトが包み込んだ。


「やった! 成功だ!」


 カムパネルラはそう言って子供のようにはしゃぐ。ジョバンニの手には、小さなポッドが取り付けられた発射台が握られていた。中からわずかにのぞくのは、おそらくファイヤーフラワーの苗木だろう。


「ほら、早く早く!」


 カムパネルラはジョバンニの手を引いて、フェロヴィーアの出口へ向かう。


「ちょ、おまえ、何する気だよ!」

「いいからいいから! 大丈夫だって!」


 カムパネルラはジョバンニの手の中から発射台を奪うと、フェロヴィーア側面にある小型のハッチを開いた。二重構造になっているとはいえ、扉一枚を隔ててそこはもう宇宙だ。


「ばか! 危ないだろうが!」


 早く扉を閉めろ、と促しても聞きやしない。


「大丈夫だから、こっち」


 興奮した様子でハッチを閉め、カムパネルラはジョバンニをメインディスプレイ前の特等席へといざなった。手の中に握り込んでいるのは、小型のスイッチだろうか。


「ちゃんと見ておくといい」


 カムパネルラは小さくそう言って、コックピットのパネルをタッチする。ハッチの外側にある扉が開いて、発射台が無重力の空間に放り出された。ふわりふわりと漂うそれを見届けてから、カムパネルラは手の中のスイッチを思い切り握り込む。


「君は、世界に愛されてるよ」


 瞬間。


 彗星(すいせい)のような姿をした光が、どこまでも高くに昇っていくのが見えた。はじめは小さく弱々しかった光が、飛行距離をのばすたびに輝きを増していく。生き物のように動き回る光の尾は、ある瞬間に弾けて、ぱっと一つの花を咲かせた。はかったようにタイミングをずらして花開いていく光たちは、やがて宇宙空間で一つのブーケのようにまばゆく輝く。


 ドォン、と腹の底に響くような音がした。じんわりとした余韻を残して、光は宇宙の濃い藍ににじむように消えていく。はかなくも強い、とても強い輝きだった。


「……何なんだよ、これ」

「裏ワザだよ。知らなかった?」


 最近流行ってるみたいなんだ、と付け加えて、カムパネルラは笑う。


 本当は「知るかよ、ばか」と言ってやりたかった。けれど上手く言葉が出てこない。ジョバンニの顔に浮かんでいるのは、情けなく眉尻が下がっているくせにそれを隠そうとする、意地っ張りの下手くそな笑顔だ。


「何だい、その変な顔は」


 それを笑うカムパネルラの表情は、あまりに屈託がない。まばゆいばかりの明るさはまさに大輪の花のようだったが、こちらはちっともはかなくなかった。


「おまえこそ変な顔だろうが。せっかくいいもん見たのに台無しだ」


 わざとにらみつけるようにして憎まれ口をたたく。しかしその言葉が真っ赤なうそであることは、ジョバンニ自身がよくわかっていた。


 「変な顔とは失礼だな」というカムパネルラの不満そうな声を聴きながら、二人はゆっくりと操縦席へ戻っていく。


 躍る流星と、花開いた輝き。ジョバンニの網膜にはいつまでも、きらきらと瞬く光のブーケが明るく色鮮やかに焼き付いていた。

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