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サムシング・ビューティフル(1)

 次にハルカがcosmo vita(コスモ・ヴィータ)にインした時、真っ先に視界に入ったのははちかちかと点滅するフェロヴィーアの機械群だった。


 先日カムパネルラが言っていた「ログインポイントを変更した」という言葉はどうやら本当だったようだ。ログインしたらそこはアイテムの中、なんてどうにも信じ難い話だけれど、信じ難いことだらけの今の状況一つ一つに突っ込んでいては、とてもやっていけなさそうな気もする。


 メインディスプレイには、こうこうと輝く星たちとそれを取り巻く宇宙空間が絶えることなく映し出されていた。自分たちが漂っているここが宇宙のどのあたりであるのか、ジョバンニには皆目見当がつかないが、どうやら自分たちはこうしている間にも、どこかを目指して移動しているらしい。


「おい」


 一体全体この宇宙船は、どこに向かって進んでいるのか。


 問いをぶつけようと、無言でモニターに向かい合っているカムパネルラに声をかける。


「この船は、一体……」


 疑問を口にしながら、顔をのぞき込んだところで気が付いた。


 白いまぶたはぴたりと閉じられ、金色のまつげが少しだけ震えている。どうやら頬づえをついたまま眠っているらしい。何とも器用なことだ。


「……」


 何となく手持ち無沙汰な居心地の悪さを感じたジョバンニは、とりあえず自分も座席に着くべくその場を離れようとした。くぐもったうめき声が、振り絞るように彼の喉から聞こえてくるまでは。


「……ぅ、う……あ、……っ」


 慌ててカムパネルラの顔をのぞき込むと、細い眉根がきつく寄せられてしわを作っている。まぶたはいまだ閉じられたままだ。どうやらうなされているらしい。


「――やめろ……くる、な……っ!」


 彼の言葉がひどく苦しげになったことに耐えられなくなって、ジョバンニはカムパネルラの肩をつかんだ。


「おい! おまえ! 大丈夫か!?」

「……っ」


 ガクッと大きく肩を揺らしながら、彼はどうやら目を覚ましたようだった。切れ切れの息を整えながら、引きつった顔で少し笑う。


「……ひとの寝顔をのぞき見るなんて、悪趣味だな」


 ジョバンニはむっとして、「うるせぇな! せっかく起こしてやったのに」と悪態をつくが、目の前で吐き出された憎まれ口は、どうやらただの強がりだったようだ。コントロールパネルの上で強く握られたカムパネルラの拳は、ふるふると小刻みに震えている。


「……来るなっつってたぞ。化けもんに追いかけられる夢でも見たか」


 不機嫌な(てい)を装いながら、そっぽを向いてジョバンニは尋ねる。


「化け物なんてかわいいものだったら、どんなに良かったか」


 カムパネルラはそう言って、彼にしては珍しくニヒルに笑った。


「……じゃあ、何だよ」


 重ねて問いかけるジョバンニに、ひとつ呼吸をおいて、彼は答える。


「――はじまりのおわりフィーネ・クレアシオンに遭った日のことを、いまだに思い出すんだ」


 その瞳は物憂げに伏せられ、こちらを見ようとしない。でもきっと悲しい色をしているのだろう。今までに見せた快活な笑顔とは、似ても似つかないくらいに。


「自分が自分でなくなっていくような、恐ろしい感覚だった。……何かに呑み込まれていくっていうのは、ああいうことを言うんだろうね。どこもかしこも暗くてどんよりとした塊の中で、どっちが上でどっちが下なのかもわからずに……」


 喉の奥からせり上がる言葉を、一つ一つ吐き出すように彼は語った。どんなに言葉を尽くしても、ジョバンニには彼の恐怖を理解することはできないだろう。それはわかりきった事実だ。人間は、たやすくひととわかり合うことなんてできない。


「――ああ、ごめん。少ししゃべりすぎたね」


 退屈だっただろう、と言って、彼は無理に笑おうとする。


 だからジョバンニは言った。


「なんだよ、続けろよ」

「……え?」


 ほうけたような顔でカムパネルラが初めてこちらを見る。


「吐き出しゃあ、少しは楽になるかもしれないだろ。……幸い、お互い暇だしな」


 唇をへの字に曲げながら、ジョバンニは自分の座席にふんぞり返りながら足を組んだ。


 ――痛みを分かち合うことなんてできやしないのに、その傷を知りたいと思うのはなぜだろう。ジョバンニはまだその感情の正体を知らない。知る用意がない。


 それでも彼は言ったのだ。不器用な言葉に無愛想なふくれっつらで、彼が少しでも楽になれるようにと。


「……本当に、いいの? 多分、聞いていてあんまり気分のいい話じゃあ……」

「……ったく、うだうだうるせぇなぁ」


 なおもためらうカムパネルラの言葉を、しびれを切らしたジョバンニが一蹴した。


「早くしろよ。俺の気が変わる前にな」


 愛想のかけらもないその言葉に押されるようにして、カムパネルラはぽつりぽつりと話し始める。


 突然現れた暗闇のこと。何もかもが飲み込まれて無に帰す瞬間のこと。そして不確かな足元に、彼が何度すべてを投げ出したいほどの恐怖心に襲われたのかということを。


 ジョバンニはあえて視線は合わせなかった。見られたくないだろうなと思ったからだ。だから黙ってうなずきながら、たまに相づちを打った。自分がここで話を聞いているのだということを、彼が忘れてしまわないように。


 やがて満足したのか、カムパネルラはきっぱりとした口調で締めくくった。


「でも、俺は自分の運命を曲げない。逃げ出さないって決めたんだ……。それがどんなものだって間違いなく、俺の選んだ道だからね」


 文脈はまるで通っていなかったし、彼が何を決意したのかもジョバンニにはわからなかったが、とてもさっぱりとした調子だった。


「そうか」とだけ言ってジョバンニは笑う。


 カムパネルラも笑った。ジョバンニには、それが建前でも強がりでもなんでもなく、カムパネルラの気持ちそのままの、とてもすがすがしい笑顔にみえた。

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