第5話
川沿いに下り始めてから体感で一時間程経った。
景色にこれといった変化は見られない。
こっちの世界に来た時、二人とも来ている制服以外手元に何も持っていなかった。
ズボンのポケットに入れていたはずのスマホもなかったので、来る際に弾かれたんだと思われる。
異世界の技術の持ち込みは混乱をもたらすからとか、なんかそんな理由に違いない。
そんな話を歩きながら光弥にしたら、笑われた。
「まさかお前の読書趣味がこんなところで発揮されるとはなぁ」
光弥は本を読むほうではなかった。
ノンフィクションをたまに読んでいるのを見かけるぐらいで、俺が読むようなSF
作品や異世界どーたらといったフィクションはわざと遠ざけているような感じだった。
「こうなるって知ってたら、俺も読んだんだけど」
「なにその危機意識。普通ないだろこんなこと」
「だよな」
小説は殆ど読んでいない光弥だが、何故か何時役に立つかも分からないサバイバル
の指南書を何冊も読んだり、旅行ガイドブックをよく買ったりしていた。
サバイバルの本に関しては今まさに遺憾なく発揮されているので、何も言うことはない。
空想の世界に救いを求める事を嫌う人間、それが光弥だ。
だから現実の世界で常に動き回り、面白いことを探し続けていた。
そして見つけてしまったのだ。
この世界を。
「本当は川に沿って歩くのはやっちゃいけないことなんだけどな。遭難した時に一番しちゃいけないのは遭難したと感じた場所から動くことだ。
探す方は遭難した地点から範囲を広げて捜索を進めるから、下手に動かれると分からなくなる可能性が高いんだ。
あとこれは山での遭難に多いんだけど、沢を歩くとかなりの確率で滝に突き当たるんだよ。そうすると素人にはどうすることも出来ず立ち往生する羽目になる」
「じゃあなんで移動しようって言ったんだ?」
光弥と俺は川からつかず離れずの距離を保って歩いている。
これにも理由があるようで、川は木が生えてないので道路の様に開けているように思われるが、地面が濡れていたりして滑りやすいし、水を被ったりしてしまえば体温を奪われて体力消耗に繋がるからだという。
「俺たちは黒い渦に飲み込まれてここに来た。本来の遭難の条件に当てはまらないんだよ。遭難ていうより誘拐に近い。
学校とは明らかに違う場所にいて日本かどうかも分からないんだ。これじゃ捜索しようがないし助けなんて来るはずもない。月を見るまでまさか異世界だとは思わなかったけどな。
これだけ状況が違うんだ。あそこにいるより動いて人の居るところに出たい」
「まあ、確かにそうだな」
とはいっても俺には光弥のようなサバイバル知識もないので鵜呑みするしかない。
そうして俺達は日が少し傾くぐらいまで歩き続けた。