killing by my love
「駅前のビルは屋上からの見晴らしがいいし、中も入り組んでいてきっと人が多いはずだ。
ここは少し離れたビルから様子を見よう。俺の武器は接近戦ができないからな」
L115の黒い銃身を撫でながらそっと緋色に視線を向ける。
双眼鏡で回りの様子を確認しているようだ。キョロキョロとリスのように見回る様に感謝しながら壁に寄りかかる。
「それは良いけど、狙撃手ってやったことあるの?」
「俺は無い」
駅から歩いて2分くらいの位置にある大きなビルをエレベーターで上がる。
中には二人だけの静かな空間がある。
「...それは?」
そう言って緋色が指さすのは俺の両腰にある筒だ。
「予備の銃身。銃は撃ってるとダメになってくるから銃身を交換するんだよ。」
適当にごまかす。本当は水筒だ。
「それじゃなくて...その横にあるのは何?」
もう一度指差したその先を見ると、大きなポケットがあった。
両腰に一つずつ。なんて言えば伝わるか...
「...こいつの弾だよ」
「そうなの...?意外と大きいね。
それと、やったことないっていう割にはなんか考えがあるみたいだね?」
「ああ...狙撃はしない。最後の最後まで待つ。」
「ーーーえ?ずっと?」
「ルールの説明がされてない今、多分もう交戦が初まってる。
ここで飛び出せば間違いなく巻き込まれるし、生き残れても多分ボロボロになる。それは困るから俺らは生き残ることを優先とするーーー待とう。交戦開始するまで。」
そこから数分もたたず、銃声と大声が下から聞こえ始める。
銃声しか聞こえないあたり、剣武は大きな音が出ないのが利点としてもあるのか...同時に、本当に銃を使うのが俺だけではないことを教えてくれていた。
「ねえ、あのビルの上に誰かいない?」
「ん...?緋色は目がいいんだな。確かにいる。
放っておけ。わざわざ喧嘩を売る理由もない。」
「いや、えっ...!?」
「どうした?」
明らかに腰を抜かして目を見開いている。
ーーー只事ではないな。
「と、とととび...」
指さすその先を見ると...変わらず交戦中の奴らが見えるのみだった。
強いて言うなら変わったのは香月が増えていると言うことか。
「か、香月ちゃん、今飛び降りて...」
「は...?バカ言うな、下でバリバリ戦ってるぞ!」
「嘘でしょ!?」
とその時、バキバキィッ!
下から氷が溶ける時の破裂音のようなものが聞こえてきた!
「今度はなんだよ‼︎」
「何あれ...固有剣武!?」
見れば大きな氷の柱が下から突き上げてきた!
やはり固有剣武...いや違う。
手に持っているのはライフルだ。近接武装ではない。
固有剣武は近接武装でしか発揮できないはずーーーとなるといよいよどういうことだ!?
「機械みたいなの装備してる...?何かアレに秘密が...?」
「いや、機械でどうこうというのは聞いたことがないし、何よりそれなら俺ら以外の奴らも剣武を使えるはずだ」
「...どういう事...?」
「あの機械は多分この試験用に作られたものだろう。
飛び降りても無事なのは多分...アイツ飛べるんじゃね?」
「なにその適当な...」
「それ以外にどう解釈しろってんだよ...!」
素早く銃を構えて照準を合わせる。目標...香月。
「手は出さないんじゃないの!?」
「潰し合い以前にコイツら全滅するぞ!あのバカみたいなデカさの氷みたろ!?」
もう四の五の言ってられない...!
引き金に指をかけて引き切る。
サイレンサーで軽減された発射音…タンッという軽い音と共に非常に小さな閃光が奔り、塗料が込められた弾丸は一直線に香月へと向かっていく。
しかし行く手にはあの氷が発生してしまい防御され、こっちの居場所はバレてしまったようだ。
「ここがバレた!逃げるぞ!」
「どこに!?」
「考える前に走れ!お前もアレを喰らうぞ!」
再びあの音が聞こえてくる。
さっきより音がデカい...近い!
「跳べ‼︎」
反射的に口が声を発していた。
右手で緋色を押し、次の瞬間には背中を冷気が掠っていく。
「っ...!」
「大丈夫!?」
「ああ、問題ない...!」
俺らには武器を変えさせといてアッチは全力かよ...!
なんだよ!あんなのチートだ!
「分が悪すぎる!建物を変えてーーー」
「ーーー待ってくださいよ、テッくん」
目の前に機械を纏った香月。
「ハハッ...冗談だろーーーどっから出てきた!?」
「クッ...!」
『L115a3』を取り出し向けるが、あえなく弾かれ『HK416A5』を向けられる。
「試験はもう始まってるんですよ?ずっと待ってるなんてつまらなくないですか?」
「ソレに入ってんのは実弾か?勘弁してくれ」
「受けたらわかるんじゃないですか?」
「勘弁してくれっつったのが聞こえなかったのか...?」
『L115a3』を拾い全力で緋色の方に駆け出す。
「掴まれ!」
その声に反射的に反応した緋色が俺の腕を握ったのを確認して、建物から飛び降りた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「大丈夫だって!」
向こう側にあるビルの壁を蹴り、また元の建物を蹴る。
散った硝子の破片が綺麗だ。こんな状況でもそうじゃなくても逃げ出す。
地面に着くまでに6回ほどそれを繰り返して、地面についた瞬間駅に逃げ込む。
「ちきしょう...あんなの勝てるわけねぇだろ...」
「ありがとう...香月ちゃんを倒すのが試験なのかな?」
「わかんね。でも避けて通れないのは事実だろうな...」
あの氷が出てくる原理がわからない以上、無理にそれを分析するのも時間の無駄だ。
「正面突破か、それとも逃げ切るか...」
「うん、正面突破だな」
「ああ、正面突破だね」
「お、同意見か!」
「だって哲は逃げないでしょ?
いつだってそう。勝てないかもしれないのに喧嘩を売るしーーー」
「俺は負けない」
ーーーあ。と思った。
つい口から漏れてしまったのだ。
緋色も唖然としている。
が、次の瞬間には...緋色が肯定の意を示していた。
「うん、そうだね!テツテツは負けない!
誰よりも速いもんね!」
「俺そこまで言ったか?」
「言ってないよ?」
「なんだよ紛らわしい」
「でも私はそう思ってるよ?」
「...そうかい、感謝するよ」
「飛び降り以外はね!」
「ちょっと待てよ...!」
香月のその身に纏った機械が鋭角的なシルエットから水蒸気を曳きながら、ただ真っ直ぐに照準が眉間に合わせられる。
俺も照準をつけ返す。
「ーーーえぇいっ‼︎」
閃光。
一瞬だけ煌めいた赤い閃光が横から俺と香月との間に滑り込む!
「ううっ!」
香月はHK416を乱射しながら急激に減速、そのまま上昇していくようだった。
地面には塗料がぶちまけられる。
「今の内だ、別の建物に逃げ込む!」
「それなら駅ビルだね...視界も広いし近いよ!」
「わかった、手出せ!」
「え、何!?」
ガッと緋色の手を取り、体の方に引き寄せてお姫様抱っこの格好に持っていく。
「これが一番安定するもんな!」
「おんぶでいいじゃん!」
「俺が落ちつかねぇ!」
地面を真っ直ぐに蹴り抜き、規制されていない車道を走り抜ける。
時速はわからないが、大体...体感でいって継続して50〜60km/hくらい出ているだろうか?
一瞬だけであれば数100キロは出せるんだがそれだとここからの戦闘に耐えられない。
そのまま駅の構内に滑り込み、デパートに入り人がいない奥まで突っ込む。タイルがめちゃくちゃだ。
「ちょっ...どこ行くの!?」
「ここにアイツの武器庫が...!」
ドアを蹴やぶって倒れるように駆け込むとそこはーーー
「ーーーっ?」
一面の俺。
どこで撮ったかわからない写真、香月は一緒にいなかったはずの時の写真まで。
「まあいいや、銃をーーー」
と部屋を見渡しても...ない。
銃が一個も、ましてや弾薬すらなかった。
「なんだよ...!」
「ここに何かあったの...?って何この部屋?」
「知らん!!」
急いで駆け出す。
「何でだ‼︎何もかもがおかしい!
銃はないわ氷は飛んでくるわでなんなんだよ‼」
「これを!!」
聞き覚えのある声が飛んでくる。
咄嗟に受け取ってから正体がわかった。
「お前、トリスタンか?」
「はい...手を貸してもらえませんか?」
「いいけど何を...」
受け取ったのは…ANー94。前衛用のアサルトライフルだ。
「私の得意分野は狙撃です。
私が後方から援護します。前衛で戦ってもらえませんか?」
「アレを倒す気か?」
「やります。試験ですので」
「アレを倒せば合格かどうかもわからないのにか?」
「やります。ですので手を貸してください!」
まっすぐに目線で射貫かれる。まるであの冷気に当てられたようにだ。
「ーーー緋色、どうする?」
「任せるよ。私達ならできると思うし」
「そっちの...」
「華恋です。黒鉄 華恋。」
「行けるか?」
「トリスタンとなら、できるよ」
スッと表情が柔らかくなる。
「仲がいいんだね?」
「華恋??」
「えへへ〜」
隣からの気配が恐ろしくなってくる。圧がすごい。(暗黒微笑)って感じ。
「私達もああ有りたいものだねー...?」
〝はい“と言えという圧がすごい!ダークネススマイルやめーや!
苦笑いは隠せなかったが、かろうじて首は縦に動いてくれた。
「まあいいや。マガジンをくれ」
「了解です」
交換して安全装置の確認。
直前まで交戦していたのか銃身は少し熱い上に、セレクターがフルオートに設定されていた。セミオートに直しておく。
「何かわかったことはあるか?時間が無い。手短に頼む」
「必死なのは分かるが落ち着いて。
相手が『HK416』である以上、真正面から対抗できるのは現状『ANー94』だけ。だからこそ...〝陽動“を頼みたいんです」
「〝陽動“...?どうしてだ?
正面からの勝負で行けばいいじゃんか」
「あのアーマーを見ましたか?
アレはやわな代物じゃない...下手をすれば、ここ4人でかかっても勝てないかもしれない」
神経が逆撫でされるのが自分でもわかった。
『AN-94』の引き金を引く指に力がかかる。
安全装置をかけていなければ数発発砲されていただろう。
「ーーーお嬢様?」
赤羽だ。どうやらアイツも逃げてきたらしく、息を切らしてフラフラしながら倒れ込んできた。
「すみません、休ませてくださいーーーあ、哲、コレ返すわ...」
「随分早かったな?」
「俺には前線を走り回る体力は無かったんだよ。んじゃあ戻そーーー」
俺の手を見る。『L115a3』は俺の手には無い。
その横、トリスタンの手を見て察したのか、困った顔でフリーズしてしまった。
「あの...」
「いいですよ、あげます」
サラっと手を伸ばして『L115a3』を手渡す。
「奥の手だから見せたくなかったんですが...」
空中でいきなり何かしらの結晶のようなものが発生して、銃の形を作っていく。
「なんだそれ...」
「話は後です。その『AK-12』と『AN-94』もくれませんか?」
「何をするんだ?」
「形を変えます。二丁持ち、出来るんですよね?」
「どこでそれを...」
「後で話します。」
「後でっていつ?さっきから後でが多いけど」
「今話した方がいいですか?」
スッと静かに殺気が走ったのを感じ、やめておく、と手で制した後、大人しく銃を二丁渡した。
「ありがとうございます」
みるみる形が変わっていく。
いつの間にか材質が変わっていったりした後に完成した形は...知らない銃だった。
「『SIG MCX』って言って、かなり強力な銃です。
コイツなら『HK416A5』ともまともに撃ち合えるはずです。」
セレクターを見つけて安全位置に動かしておく。...すごく軽い。
「ーーー見つけた」
不意に聞こえた声に、頭より先に体が反応して速攻で動いた。
駅ビル内は狭くて入れないだろうと思った。
〝入れても身動きが取れないだろう“と。
だがしかし...
「どこにやったんだよあの装備は...!」
「ここで決着をつけます!皆さん散らばって!
撃ち合いは避けて...哲さん!?」
一丁にベルトをつけ、背中に背負って迫る。
緋色は逆サイドから回るようだ。
HK416の発する火線が目の前を掠り、焦げ臭い空気を散らす。
地面はペイント弾のインクでいっぱいに塗りつぶされていく。
「実弾じゃなかったんだな...!」
「やったら怒られちゃいますから...」
あの気弱そうな様子はどこへやら、勝ち気な少女が目の前にいた。空気が違う。重みが違うーーー殺意が違う。
「ーーー多重連鎖加速」
通り過ぎざまに斉射し、緋色につなげるために少し体をいれておく。
「行け、緋色!」
「...連鎖加速...最大戦速!!」
持てる最大の速力で突撃&離脱をかける!
氷が発生して盾のようになるが、迂回しても間に合う速力が緋色にはある!
「うぅ...!」
「おとなしく貰ってーーーねっ‼︎」」
緋色のスポンジ製の柔らかな刃が凄まじい鋭さで香月の首元を掠める。
「失礼ですけどお断りさせて戴きまーーー」
「させないよ?」
緋色の剣を防ごうとした香月の腕が別の剣によって封じられる。
トリスタンの横にいた女子だ。
「下がるしか...!」
その攻撃を素早いステップを踏みながら回避、ライフルを乱射し、香月は離脱して行った。
「ありがとう、華恋ちゃん!」
「お安い御用だ!ってね♪」
追わなきゃ、か。
ここは銃の撃ち合いに長けた俺がメインで対応すべきだろう。
「俺が追う。どこで合流する?」
「できれば駅のホーム!」
「了解!」
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「うぅ...このままじゃ...」
マガジンを交換しながら呟く。
「助けて、416...あなたしか頼れないの...
ーーー私の、テッちゃん...!」