スクランブル・ブースト
「...哲のバカ」
「なんだよ急に...」
屋上へと向かう唯一の階段を降りたとき、緋色が落ち着いたと思ったら急にそんなことを言ってきた。
横を向くと目を合わせずに涙目になりながら俺の指を強く握り直してきた。
どうやら本気で俺が何かしてしまったらしい。
俺は思考を放棄しようとした脳を掴み、強引に働かせた。
「えーと、取り敢えず外いくぞ。ここじゃ人目に付くしな…
人前で泣くの、嫌だろ?」
今度はちらっと目線が合い、不安そうな子犬は小さく首肯した。
つってもどこ行くか…あ、あそこ行くか。
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「この島には沢山の小島があるんだ。知ってるよな?ここはその中でも俺くらいしか来ない場所だ。木が沢山ある良い公園だろ?
ほら、そこに川も滝もあるぞ?」
見渡すと、確かにぼやけた視界いっぱいに緑が差した。
水の音もする!都会の人の声や車の音のかわりに、草や木が擦れる音、滝の厳かな音に、川の静かで強い音がする。
「ごめんね、今度はちゃんと落ち着いたよ。」
「そうか、そりゃよかった」
そのままテツテツは車の雑誌で顔を隠してしまった。
バッグの中に入れておいた飴を一個口に放り込んで、少し腰を近付ける。なんなら寄っ掛かってみる…いや、これは少し恥ずかしいや。
「ごめんね、私…」
「気にしなくて良い。泣きたくなることくらい俺にも良くある。
ーーーお前がより人間らしく見えてよかったよ。」
「どういう意味よ?」
「俺を死ぬ気で追いかけてきてくれたけど、お前は俺に文句のひとつも言わなかっただろ?あんな大変なことになっておいてさ」
「あれは私が好きで追いかけてたから…」
「良くない、今ここで怒れ。じゃないと俺が泣きそうになる」
雑誌の向こうで鼻をすする音がした。
「フフッ…バカ、一人で行ったら危なかったでしょ?
一人の時に撃たないで。必ず、私と二人の時に撃つこと。」
二人で、というワードがサラッと出てきた自分に赤面しつつ、言ってしまった相手のことをかんがえて赤面する。
「ああ、じゃあいつでも撃って良いってことだな?」
「は?」
「そういう意味じゃないのか?」
二人の目線が合う。ピタリと止まった二人の時間に反して、回りの音はただ私たちを包み込んで隠してくれる。
「フフ、私たちまだ子供だけどさ、それでもそんなこと言っちゃって良いの?」
「ただ言うのも、約束するのも、タダなのには変わりないだろ?」
寄っ掛かってみる。あっけにとられて慌てるテツテツの声が聞こえる。幸せ。こうして“私”を預けられる人がいるって。
日がかなり傾いてきた。そろそろ指導されちゃうかも。
「そろそろ時間だし帰るぞ?晩御飯だって決まってないんだから...」
「ーーーそれだ」
ビッ、と俺の鼻先に指が突きつけられる。
「晩御飯、外食にしない?その...二人っきりでもいいよ?」
「あ、藍?一緒に晩御飯食べるか?
ああ、緋色もいるんだけど。ん、来る?了解。駅前のデパート集合な」
「...悪い、緋色が怖いから切るわ。
え?やっぱり来ない?そうか...?ああ、じゃあまた後でな
なんて、冗談だよ!怖い顔すんな」
「にひひ〜...じゃあ、そういう事だよね?」
「いや、藍なんとかしないと...」
「あの子たしか今日友達と居なかったっけ?」
「あー...そういえば」
「外食してるんじゃないかな?しょうがなくないかなー?
ーーーねぇ?そう思うでしょ?哲っ!」
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結局、何故か二人で食事することになった挙句、支払いは特に無かった。
「え、支払いは要らない...?そんな、お支払いをーーー」
「いいの。行くよ、哲♪」
「お、おう...」
...どうやら話を聞けば緋色たちの一族である『赤兎馬』の一族が何かあったらしく、支払いはオーナーが持っているらしいのだ。
「どんだけぶっ飛んでんだ...」
「何か言った?」
「いや、何も...」
帰り道は暗くなっていた。
七時くらいの少し青さの残る暗闇。
街灯と窓から漏れる明かりだけが街を照らしている。
「美味しかったー!食べすぎちゃったかな?」
「いいんじゃね?そんなすぐ太るわけでもなし」
「太ったら嫌でしょ?...私は嫌だよ!」
「そんなこと言ったって俺は気にしねぇよ...」
いつの間にか家の前に着いていた。
「んで、明日はどうするんだ?たしか明日が本番じゃ無かったか?」
「ん、そうだね〜...ルールは〜っと...
チームは当日の無しで決定、弾薬は用意される、あとは特に制限なし...?基本的に人は傷つかないね。」
「だろ?」
「ん〜...」
あの話が本当なら、この調整はペアを組まない人たちがが不利にならないようにという制限だろう。
「ペア、ないんだね〜...」
「仲間だけに頼ったところで勝てないぞ。練習しといて損はない」
「わかってるよぅ!でもテツテツと勝ちたいの!」
明日...どれくらい凄腕の奴らが集まるんだろうか。
...負けたら困る状況なのに、強い相手の方が嬉しいのか。
ーーー変だな、俺。
戦う理由が変わったとでも言うのか?
「ーーー下らない」
「え?」
「ああ、なんでもない」
戦う理由なんて家族が死んだ今、緋色しかもう無いじゃないか。
緋色と自分のために戦う。...それだけだろう?
「哲...?」
「どうかしたか?」
「目が怖くなってたよ...?」
「...そうか」
なんて言っていいのかわからない。
素直に相談してよかったんだろうか?
ーーー否、困惑させるだけだろう。
ただ虚しい自問自答が頭を回る。いつ終わるとも知れない、唐突な戸惑いが。
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朝、本番当日。
天候は晴れ。予想最高気温は27度で風は静かだ。
今日も俺は毎朝恒例の射撃練習だ。
庭(バカっ広い。今は射撃練習場)に的を設置して、1日で武器が変わったことなんてなかったから、少し慣れるのに時間がかかる。
「クッ...!」
地面を蹴って、的に向かう。
脚がしなやかに力を前に、前にと伝えて、俺の体が加速していく。
ーーーあと20m...
距離が短いためタイミングが遅いが、ここで銃を構える。
肩付け、頰付け、目付け。
忠実に姿勢を作っていき、セレクターを『セミオート』にセットして引き金を引く。
軽い射撃音と同時に、パスンという的を撃ち抜いた音が耳に届く。
が、ここでは止まらない。
弾が数発抜けたマガジンを捨て、新しいマガジンをセット。
的のすぐ横を走り抜け、そこで垂直に跳ぶ。
『多重連鎖加速』を発動しているため、3mほど浮いた。
慣性の法則で、走った速度のまま横に体が滑って行くその中、セレクターを『フルオート』にセットして引き金を引く。
小気味のいい乾いた音が心地よいリズムを刻んで反動と一緒に俺の体を揺らす。
無論、ここで揺れては命中精度が落ちるので姿勢は維持したままだ。
トス、という音を立てて着地し、的を見に行くと、普段よりも命中弾が多い。
撃っている弾数は同じだ。
「『AK-12』か...凄いな」
と、ひとりの使用人が近づいてくる。
10代位だろうか?
俺と同じくらいに見えるが、育ちがいいせいか立ち振る舞いが優雅で、気品を感じさせる。
成人していると言われても信じてしまうくらいにだ。
「お嬢様が起きたぞー」
「...それだけ言いに来たのか?」
「おう。起床後、朝食にする。って言ってたからな!」
「ん、そうなのか?それはありがとうな」
ーーー気になる。
なんでコイツ...タメ口なんだ!?
「どうかしたか?」
「いやっ何も...」
普通敬語とかじゃないの!?
もっとカチッとした口調なもんなんじゃないの!?
「...俺だよ。クラスでこの間話しかけたろ?」
「...は?」
「友達、だろ?」
「なんでここにいんの?不法侵入?」
「なんでそうなんの?ここの使用人!服見りゃわかるでしょ!」
「使用人が朝っぱらから大声出して大丈夫なのか?怒られるぞ」
「問題ない。もうお二方とも起きてるからな」
「緋色達、で二人なんだよな?」
「...ああ、話されたのか」
使用人はそう言うとゆっくりと視線を下に向け、祈るように目を瞑った。
「どうか、仲直りしてほしいよな」
「...できることなら、な」
「ところでなんだが、その銃と俺の銃、交換してくれないか?」
「お前、何言ってるんだ?」
「ちょっと待ってろ。持ってくるから」
「いや、話をーーー」
話を聞かずに家の中へ駆け込んで行ってしまった。
ーーーあれ、これ断りづらい状態に持ち込んでしまったのでは?
「人と話したことがないにしたってモノあげすぎだろ...!」
「悪いな待たせて!これだよこれ!」
目をキラキラさせて両手で持つのは、大きな狙撃ライフルだった。
長い全長、重い重量、そして全てを精算してなお余りある至高の火力...
見れば見るほど引き込まれるような...
「『L115a3』...コレがいいのか?」
「ああーーー受け取ってくれるか!?」
目をキラキラさせて期待の雰囲気をヒシヒシと伝えてくる。
「ーーーわかったよ」
「本当か!?ありがとな!!」
「...なんで、いきなり銃を使い始めたんだ?
この間まで剣使ってたはずだろ?」
銃は遠距離武器。この都市では忌み嫌われているから少なくとも俺以外に使ってるやつは学校にはいなかったはずだ。
「お前、ずっと一人で銃使ってきただろ?」
「...ああ」
「だから俺も一緒に使えば、話せることが増えると思ってさ」
ニコッと笑って無邪気にそう言う使用人の顔。
俺は今、同じ顔をできるだろうか。できるな。余裕だ。
「ほら、朝食に遅れるぞ!早く行こう!」
「わかってるよ」
ーーー緋色の顔がふと浮かぶ。あるじゃないか。笑える理由が。
「勝たないとな、試験」
「ん、やる気か!おーっし、手伝うぜ!」
「気張りすぎんなよ。朝食を食い終わったら射撃練習して、時間になったら出発しようか」
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「毎度あまり手が込んでいなくて恐縮ですが...」
「そんな、十分美味しそうよ?
手作りなのが一番嬉しいわ!」
「うんうん、頑張ってくれているのがよく分かるよ?
本当にもう...毎度毎度そんなこと言ってたら怒るからね!」
大きい家の見た目とは違って中身は意外と普通なこの家。
言い方を変えれば、世間一般で言うところの...家庭的な日常って奴だ。
「美味い...」
思えばこの使用人の喋り方もあまり違和感は無い。
話し方が俺に対してと緋色達に対してでこうも違うのに不思議なものだ。
「このカツは『勝つ』ってやつだよな?どっかで聞いたことあるぞそれ」
「はい、今日の試合は負けられませんので」
「そうね...哲、頑張ろうね。」
「ああーーーって、え?」
「あれ、実際の戦闘を考慮するっていうんでペアとか組んでも構わないって言ってたはずよ?」
「いいんじゃない?私は赤羽と行くわ。」
「ーーーそうか、ありがとうな」
素直に笑って...
ーーー初めて、意識して笑ってお礼をする。
「どういたしまして!」
「練習しときなさいよ?」
「おう!」
ーーー大人無し、高校生4人で囲う食卓。
みんなそれぞれ親がいない理由があるけど...
これはこれで悪くないのかもしれない。
「そうそう、今朝のメール見た?」
「ああ...」
今朝、珍しく学校から届いたメールの内容。
それは今回の試験の内容だった。
1 市街地は封鎖せず、そのまま実行することとする。
2 市街に放送を開始したタイミングで試験開始、同時に交戦開始とする。
3 建物は破壊しても構わないが、民間人に被害を与えた場合、評価から減点する。
4 装備や武器は全てスポンジなどを用いた安全なものとする。
5 以上のものを破った被験者は、全員失格とする。
「ーーーだったかな?」
「そうそう、それでね?私達のやつこれなんだけど...」
近接武装はスポンジになるから当然だがーーービロン。
柔らかいスポンジがビロンと揺れる。
割と揺れてるあたりかなり柔らかいらしい。
「...カッコ悪い...」
「刀の形はしてるんだし良いんじゃね?」
「哲は弾を変えるだけで良いんだから楽じゃん!」
「そうよそうよ!」
時計を見る。
あと30分程度...うん、練習するか。
「外、行ってくる」
タッと軽く地面を蹴る。
力が真っ直ぐ、ただ前に向かうように意識して。
マガジンが両腰に3本づつ下がっているのを蹴っ飛ばしながら進む。
「フゥッ...!」
息を吐き、腰撃ちで『L115a3』の引き金を引く。
響く轟音、吹っ飛ぶ的。
ボルトアクションのレバーを起こし、手前に引く。
空の薬莢が地面に落ちる渇いた音を聞きながら、またレバーを戻す。
的が無くなるまでしばらくそれを繰り返していると、使用人が玄関から近づいてきた。
「...もう時間がない、か?...早いな。」
「はい、そろそろ。
ーーー静かに願います」
ス、と人差し指指を立てる使用人。
「そういや、名前聞いてなかったな」
「ーーー浦風 赤羽」
「行くぞ赤羽、緋色、藍。
今のうちに二人ずつに散らばるが...幸運を祈る」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、みんなの顔は引き締まった戦士の顔に変貌していた。
いつの間にかそこには、藍も緋色もいた。
「じゃあ、また後で市街地でね!
ーーー勝とうね、哲!」
「ーーーああ!」
鳴り響く。
戦の火蓋を切って落とす引き金のチャイムが。