注文の多い武器商人
朝だ。ああ、日本で言う関東と同じくらいの緯度のお陰でそこまで早くはない。わがままを言うならあと5分は感覚を遅らせてほしかったが。
頭に響くうるさい目覚まし時計を止めて目を開ける。
...カーテンの向こうからくる光が寝起きの目には眩しすぎる。
少しくらい太陽も休めよ。
時計を見るとまだ6時。普通に早すぎる時間だ。
どうしてこの時間に起きるか。それは毎日の習慣にある。
「銃の手入れでもするか...」
拳銃を分解して各部品の点検を済ませ、また組み立て直す。
最後にカバーをスライドさせておいていつでも撃てるようにしておく。安全装置も忘れないようにな。脚がふっとんじまう。
おーこわ…説明しといて忘れそうだった。
制服やその内側にセットされている弾倉なども問題なさそうだ。
次に昨日手に入れた銃だ。
...まあそのーーー前々からコイツが気になってたからな。
名前は確かーーーそうだ、『AN-94』だ。
いつもの胡散臭い商人が俺に渡してきたんだが...信頼できるのか?これ。
「まあ、準備OK」
制服に着替えて、新たに装備された『AN-94』アサルトライフルを収納できる背中のラックにそれを掛け、かかり具合を確認してからさらに拳銃をホルスターにしまい、リビングに降りていく。
どうやら風呂に藍が入っているようだ。
中で楽しそうに鼻息を歌いながら体を洗っている音がしている。本音を言えば覗きたい。怒られてもみたい。
しかし邪魔する...というかバレるのはなんとなく嫌だ。
変な矛盾を抱えながらなんとか欲を振り切り、通りすぎる。
「全く...」
そう呟きながら俺は正面玄関のドアを開け、庭に出る。
庭は広く作られているというか、もはや別の豪邸が建てられてしまうようなスペースがあるから狭く感じることはない。
「さて...」
早速射撃用の的がある所まで歩く。親父が用意してくれてたみたいだ。
やはり朝は良い...周りに家が少ない郊外なのもあるが、静かで、庭の草の匂いがしてとても落ち着く。
ーーー島なのに郊外ってのも妙か。
「...多重連鎖加速!」
『AN-94』を構えて、庭の端から突っ込んで一撃離脱を繰り返す。
...軽い!火力のわりに反動も小さいし、制御しやすい。
「すげぇ!ボディアーマーが紙っぺらだ…!」
これがアサルトライフルってやつなのか...
確かにこれは強いかもしれない。
一撃...引き金を引いて離脱。
少しずつ距離を伸ばしていってそれが100mまで行ったくらいで家の電気がついたのに気付いた。
人影は二つ。緋色か?
「一旦帰るか...」
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風呂場にはどうやら二人いたようである。
男子と同じ屋根の下のわりには無防備過ぎるところだが、この二人は男子と過ごすこと自体が初めてなのである。
まあーーーしょうがないことだ。
「ふぅ〜...朝風呂はいいわね!
目が覚めるし、何よりリラックスできる!
藍と入るのも久しぶりね!しかしまぁ…大きくなったわね、色々と。」
姉らしからぬふしだらな目線を静かに泡と一緒に洗い流す。
浴槽に沈めるのも入念に。
朝の静かな空間で浴びるシャワー!
これが無いと目覚めた気になれないのよね...
「ごめんね、起こしちゃって...」
湯船からサルベージの許可を得た頭に謝罪する。これは私が少し申し訳ないと思っていたことなのだ。
「別にいいわよ緋色!どう?哲が起きる前に朝ご飯の準備しちゃう?」
「そうね...そうしましょう!」
私が出る前に真っ先にお風呂から上がり、すっぽんぽんのまま飛び出そうとする緋色を引き止める。
「じゃあその前に...」
着替え終わる前にドアを開けようとした緋色を制して、再び着替えに戻る。
「服着なさいね?」
さっきドアの音がしたからもう哲は帰ってきてるはずだし、今あのまま出してたらきっと大惨事になっていただろうなぁ...と思うけど…向こうも女子になれてたわね。問題なかったわ。
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風呂場が騒がしい。二人が入ってるとかそういうオチだろう。
リビングのソファーに腰かける。
「起きてたの?」
明るくて元気な声。緋色の声だった。…服を着てない!?
根本から先に行くほど赤みがかっていく髪と、宝石のような緑色の瞳はいつも見ているものだが、からだは話が別だ。
いや着やせかよ。胸ないと思ってたわ。大きいやん。
ただ大きいんじゃなく、形が良い。触りたい。
腰のくびれから太ももの辺りにうっすら筋肉質なシルエットが見え隠れする。
隠しもせずそこに立つからもう目の行き場がない。
見なきゃいいや。見たいけど。
インスタントのコーヒーに視線をあずけた。
「ああ、おはよう」
「おはよう、新しい銃なの?前のより大きいわね?」
「『AN-94』だ。この間のと違って連射ができる。緋色は銃とかいるか?」
「いらないけど、へぇー...」
驚いて顔から一転、クスッと楽しそうに笑ったその顔がとても明るく、心地よいものだと感じたのはどうしてだろうか。
ずっと見てられる。一時間耐久みたいな?いけるな。
「いいんじゃない?
銃はわからないけどかっこいいと思うわよ、その銃!」
悪いことではないだろうし別にいいか。
「とりあえず服着ようか。学校だぞ?今日」
風呂場から「緋色、まだ着てないの~!?」と言いながら藍が出てくる。
血色の良い肌だ。肉付きも年頃の女子って感じでうっすら太ももが筋肉質なのが目線を吸い寄せる。
胸は意外とある。服の上からじゃわからないが、非常に柔らかそうな胸が…眼福とはこの事か。
「そういうのは見ないふりをしなさいよ!」
藍が顔を真っ赤にして何かを投げつけてきた。
「うぁっ!?」
迂闊だった!見とれていて見切れなかった!
が、柔らかい布の感覚がした。ドサドサ、シュルッという音の後、状況を把握した。制服だこれ。
テツテツも学校でしょ、と緋色が視界を遮り、慌ててしまった藍を部屋に連れていったらしい。
飛んできたのはなんだ…?
「あ、タオルか…」
少しだけあやかって、洗濯機に入れておいた。
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アカデミーに着くと、当然目線が集まる。
新しく持ってきた武器への好奇心、そして...
「あの3人が同じ家から出てきたっていうのは本当なの?」
「本当だって!俺見たんだよ!」
「見てたなら助けてくれよ…」
結構きつかったんだぞ?登校中になーーー
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「見たでしょ、私のからだ!」
「私たちの、ね」
小声でとはいえ、ここは公衆の面前だ。
駅前から続く大通り、更にはビル街が近くにあるだけあって、すさまじい人通りだ。
何が言いたいかって?聞こえないふりが通用するってことだ。
「無視しないでよ…ちょっと!」
藍が俺を逃がすまいと体をすべて使って腕を押さえに来る。
緋色はさらっと前に滑り込んできた。逃げらんねぇ…
「別に逃げればいいけど、学校で覚えといてよね」
「ええ、ちゃぁんとね?」
今日は良い日だ。花は咲いて、小鳥はさえずってる。そっか。
俺、燃やされるのか?藍だけじゃなく緋色にまで。
ーーーやけに清々しい気分になった。登校するときはいつも憂鬱なのにな。
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で、今ビクビクしながら時を過ごしているわけだ。
「緋色はわかるけど...あの子藍ちゃんでしょ?久しぶりじゃない?」
当然藍に対する目線も少なくない。
まあ俺も学校にいるの数回しか見た事なかったしな。緋色と姉妹だとは思いもしなかった。
色々対照的だしな。緋色の胸が着やせだったりするのとかは別として。やめよう。思い出してしまうかもしれない。
「久しぶり!皆またよろしく!」
「よろしくー!」
「久しぶり〜!」
「元気してたか?」
「心配ないわよ!」
藍はスタスタと適当な席についてしまった。
周りからはそのぎこちない仕草を不思議に思う視線もある。
っていうか数回しか来てないのにそもそもこんなに交友関係広かったのか?
「ンフフ〜♪遅れちゃうとこうなっちゃうよ〜?」
そう言いながら残り二つしかない席の片方に緋色が座り、空いたのは40個近くある中で唯一緋色の右隣だけだ。
「お前...狙ったな?」
「なんの話かしら〜?」
にへら、と緋色が笑う。...この性悪女め。
耐性がないから自分も顔が赤いのに無理をしている。
まるでネズミかリスに煽られて意地になっている妹を見ているかのような…
「...座っていいか?」
「ダメって言うわけないでしょ?」
何言ってんの?くらいの顔で返された。
朝の事件を気にしてるの俺だけなのか?それはそれで傷つく…
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しばらくして授業中...
「...ふふふ」
隣で静かに笑う藍の声を聞いた。
「いいなーあいつ」
「緋色ちゃんとも藍ちゃんとも一緒にいるじゃん。羨ましー...」
...一限目が始まるまでこっちの羨望の言葉と目線は続いた。
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「もう教えることはありません!以上!」
午後の最初の授業、5時間目は初っ端それで終わりだと言われた。
「...は?何言ってんだ?」
「教えることはもうない!っていうかめんどくさい!職務放棄!
怪我をしたりすれば看護するしここに集まって何かをする分には自由だが、俺らが教えるのは戦闘の基本だ!基本はもう教えた!
これまで通りに施設を使ってくれて構わないからよろしくっ!」
本当にそれだけ言ってどこかへ去ってしまった。速い。多分俺でもあれに追い付けない。
「...どうしようか」
午前の4時間、勉強に関していえば続行されるとのことだったが、戦闘に関してはもう講義は無いのか...
混沌となる教室のなか一人悶々とする。
「とりあえずブラブラ歩くか...」
緋色は他の女子達と歩いているようだった。
なんだ?みんな知ってたのか?
あの時の男子達も午前中は話しかけてくれていたのに、午後になっていきなり静かになったぞ...?
「...え、ねえ、聞いてるの?」
不満そうな緋色の声が聞こえてきた。
「あ?悪い、聞いてなかった」
「全く...ほら、行くよ?」
「聞いてなかったって言ったよな?どこ行くんだよ」
「適当にブラブラするのよ!高校生らしく!」
「じゃあお前は何を喋ってたんだよ...」
「...藍なしで2人で出かけないかって言ったのよぉ!」
確かに周りに目をやれば藍含め他のクラスメイトは普段通り女子達と一緒にどこかへ歩いて行ったが...
「そうか。いいぞ。二人でだな?」
「ぃよしっ!どこを歩こうかな?」
ーーーそこで俺に拒否権がないのを察した。
いつも通り俺が一緒に行く前提なんだな...
「...緋色が行きたいところに」
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「アカデミーってこんなに広いんだね〜...
あそことか何に使うのかな?」
「あ?ん〜...知らねぇな。
食堂とか武器の修理とか色々やるんじゃねぇの?あと靴紐」
「え?...あ」
ターン!!
一本の矢が目の前のガラスを数百のナイフへと変化させる。
緋色の頭があった場所を真っ直ぐ突っ切って壁に刺さった。
女子の扱いってそういやどーすんだ…?
後ろに緋色を回してガラスを脚でどける。
「え!?なに!?」
と言って即座に緋色がこっちを向いた。
「矢文だ」
「わかってたならそう言ってよぉ!」
なんて文句を言う緋色の口元に人差し指を差しだし、取り敢えず手紙だけ取って開いてみる。
えーとなになに...?あ、これアイツの字だ。
「『AN-94』はどう?
そうそう、そんなことより...その女子は誰だ!!
私というものがありながらけしからん!今すぐ会いに来い!
駅前のデパートの屋上で待ってるぞ!...来るんだぞ?』
「はぁ...わざわざ念を押さなくても行くよ...
なあ緋色、会って欲しい人がいるんだけど」
「あ、会って欲しい人!?」
「何かおかしいこと言ったか?」
目に見えて緋色の顔が赤くなっていく。
なになになになに?なんか変なことした?マジで。
「わ、私達にはまだ早いよ...
そう思ってくれてるのは嬉しいけど...」
「...?何言ってんだ?
別に、俺が世話になってる武器商人がお前に会いたがってるだけなんだが」
「...っ!
それを先に言いなさいよ‼︎」
ゆっくりと歩いていき十数分後。
デパートに到着。
平日にも関わらず人が多い。何かイベントか?
「ゴリ押しして制服のまま来ちゃったけど大丈夫だよね...?」
「大丈夫だろ...屋上行くぞ?」
「屋上...いいね!最近明るいしきっといい景色が見えるよ!」
「そう言うことじゃないんだがな...」
屋上へ向かう内になんだか緋色が距離を詰めてくる。
俯きながらなのは何か理由があるんだろうか?
と、目線を辿ると...俺の手があった。
「...ほらよ」
「な、何?急に」
手を差し出しても意外と戸惑われた。
...なんで?
「んぁ?手繋がないのか?」
「え...?」
「そうか」
「あっ!繋ぐっ!」
半ばふんだくられるようにして俺の手と緋色の手が繋がれる。
猫みたい...すごく柔らかくて壊れてしまいそうだ。
いくら剣を使うと言えども女の子なんだなぁと思う。
「なんでそんなに手を握ってくるの...?」
「え?」
ああ、無意識に手の力を強めたり弱めたりしてしまっていたらしい。
柔らかいんだもん。そりゃ触ってたいでしょ。男子ならな。
朝は触れなかったし。
「悪い、離したほうがいいか?」
「そうね...こっちにするっ!」
手を離すと今度は腕を組んできた。
「胸が当たってるんだが」
「嫌なの?」
「そうでもない」
緋色がその血色の良い唇をへの字に曲げる。
「顔色一つ変えずに言われても説得力ないんだけど〜?」
「ああ嬉しいよ!柔らかいよ!これで満足か!?
あと前見ろ。もう屋上だぞ...」
顔に出てたかもしれないな...
ああああぁぁ何でこんなことに...!
何はともあれ屋上に着いた。
...こんな体勢だから視線が痛いが。
「近い。これから会う人がどんなやつか知らないのにそれでいいのか?」
「良いわけなかろうがこのバカ!」
仁 王 立 ち で あ る。
もう一回言う。
屋上のテラスのど真ん中で仁王立ちである。
...おかしいな。用があるのはその後ろの人なんだが。
「なんで聖が出てくるんだよ...
お前の妹に用があるんだが。っていうかまさかあの手紙お前が書いたんじゃないだろうな?」
「そうだ」
「あの、姉さん...もう出てこなくて良いから...!
私がやるから...!」
「そうか?
うむ、では私は下がるとしよう。心しておけよ?哲」
「はいはい、覚えときますよ〜」
唖然としている緋色に気がついた相手が、気を利かせて話しかけてくれた。
柔らかそうな髪は肩くらいの長さで切り揃えられ、俺らとは違う制服を身に纏う。姉の方とは違って色々と柔らかそうな人だ。
「ごめんね、置いてっちゃってたね...
私は...あ、苗字も言ったほうがいいよね?
東雲 香月っていうんだ。よろしくね?」
「あ、はい、よろしくお願いします...」
「会ったことないけど一応同級生だから、敬語とかはいらないよ。
今日はただ『AN-94』の感想を聞きにきただけだから。
...で、どうだった?テッくん」
「テッ...?」
「ああ、いい感じだと思う。
取り回しもいいし、流石だよ」
「本当?えへへ...」
と、腕がキツく締められる。
締められるというか引っ張られるというか、組んだ腕が引き寄せられ...
「痛たたたたっ!?おい引っ張るなよ...ってなんで怒ってんだよ!?」
「別に‼︎なんでもないよ〜」
気にしない様子で香月が話しかける。
「そうだ。今度ここの学校の委員会がなんか治安維持部隊を作るらしいから、募集に参加してみたらどうかな?私も行くよ!」
「...考えとくわ。また何かあったらそっち行くよ」
「うん、またね〜...えへへ...」
軽い足取りで帰って行く香月。
数年来の付き合いだし心を許している喋りも少しは出た...かな?
「へぇー...」
「どうする?募集出るか?」
「そういう〝へぇー“じゃないの!」
「はぁ...?」
「ーーー女たらし...」
凄く痛い肘をもらった。