固有剣武
連続投稿になりますっ
翌日。
緋色は朝起きて、いつものように昨日のことを振り返る。
テツテツに怒られたこと。
友達を守ってくれたこと。
この私にノロマって言ったこと。
ああ今日は怒られないように気をつけなきゃな。とか少しだけ思ってそれで終わり。
こういうことは引き摺らないのがいい、と緋色は心に決めた。
ハンガーからワイシャツを外して、腕を通す。
日に当たっていたワイシャツは暖かい。気温は寒いままだから日に当たって温かい服はとても着やすくて助かる。
ワイシャツのボタンを上から一つずつ通していくうちに、少しずつ前髪が落ちてくる。
長くなってきた前髪に寝癖がついて、少しねじれていた。
____髪、切ろうかな。
いつもの道を歩いているのに気が乗らない。
普段は私が注意しているのに一回怒られただけでこんなにへこむなんて、テツテツはきっと相当メンタルが強いのに違いない。
いや、私はたぶんテツテツに怒られたっていうことがショックなんだけど・・・
「____あ、緋色ちゃん。」
校門を抜けたあたりで後ろから声をかけられた。
振り返って緋色は息をのむ。
白葉 静。
このクラスでは珍しいおとなしい性格の同級生。
艶のいい長く伸びたブロンドの髪に風が吹けば飛ばされそうなほど華奢な体を持ち、護身術を授業で受けている割には虫も殺せませんといわんばかりのおとなしい表情をたたえているかわいらしい女の子だ。
おそらくいま最も緋色との距離が近い同級生であり、そして今日、テツテツに謝ろうと立案した当の本人でもある。
______あれ、なんか今日の登校は少し遅い・・・?普段はもう少し早めに来てるような・・・
「静ちゃん!おはよう~」
「ごめん!待たせちゃったかな・・・!」
今思い当たったというような慌てた表情の緋色を見て、その少女は困ったように笑ってこう言った。
「待ったって言ってもまだ登校時間より全然早いよ?そんなに気にしなくても・・・」
「だとしても謝らないよりはいいでしょ!」
静は困ったようにはにかんで、こう言った。
「緋色ちゃんは律儀だね。」
教室はやはりいつも通りに騒がしい。
護身術の実技の話、ゲームのピックアップキャラを引けなかった、恋人に振られた、そんな他愛のない話の中をまっすぐ突っ切って哲に話しかける。
「テツテツ、昨日はありがとう。静ちゃんもお礼を言いたいって!」
静の相談の内容は哲に昨日のことのお礼を言うことだった。
緋色を突っぱねることなく守り、傷ついてしまった哲に何かしてあげたい。その思いには同じように思っていた緋色が私も一緒に謝りに行こう、とその話に乗った。
自分で自分の背中を押す。いつものように。
守ってもらったことにはちゃんとお礼を言わなければ人として問題があるというもの。
「・・・?」
哲は目をきょとんと見開いて静を見ている。
そりゃそうだ。話の流れ的には緋色が先にありがとうを言ってから静も続くはずだったのだ。急に静に振ったのは静からすれば予期していない事態なのだから。
この場で動いているものといえば困ったように静がキョロキョロしているだけ。
緋色は思った。キョロキョロするの癖になってるみたい。かわいい・・・と。
静は思った。何を言ったらいいかわからないよ。私どうしたらいいの?と。
そして緋色は気づいた。
(あ、私が先に行くはずだったこれ___!)
「あの...昨日はありがとうございました。
緋色ちゃんを助けていただいて・・・私からもお礼がしたい・・・です。」
ようやく口を開いた、と緋色が思ったのもつかの間、テツテツが立ち上がった。
緋色は心臓が止まりそうだった。
やましいことなんて(テツテツには)無いはずなのにいつもの怖い哲に戻ったように見えて体の内から冷たいものが広がる感覚がした。
これが緊張か。
「・・・ごめん」
立ち上がった哲は第一声にそう言った。
緋色と静は頭が混乱した。
_____え?謝られた?どう返したらいいんだろう想定してなかった・・・
失礼だけど、怒られると思ってたわ・・・
「___巻き込んだのは俺の落ち度だ。謝らなくていい。危害を加えられそうになったら、次も俺が守るから。」
哲は表情一つ変えずにけろっとそんなことを言ってのけた。
言っていることと裏腹に、その声の響きはどこか冷たくすら感じられる。
「ちょっ、ちょっと、わたしと対応が違い過ぎない!?」
「緋色にも俺から謝ることはある。言い方悪かったな。ごめん。もうお前のことは傷つけさせない。」
また同じように冷たく響く声。
緋色は何となく理解していた。
これは謝罪じゃない。これまでの哲の言動などから、単純に謝るときは何か裏があると知っているのだ。
___謝罪をすることでこの件を終わらせて、首を突っ込ませる理由をつぶしにかかってる。
私の中で、それを強烈に、激しく否定する感情が押し寄せる。
「待って、私だって戦えるわ!だから___」
緋色は一歩前に出た。そしてそれを哲は、両手で肩を優しく抑えて、顔を伏せた。
「テツテツ・・・?」
「それはできない」
うつむいて見えない顔から聞こえた、はっきりと断じた声が緋色を下がらせようとした。
「なんでよ・・・!」
緋色はその手を振り払おうと肩を必死に動かすが、哲の手はしっかり緋色の肩を包んで離さない。
そして無言のまま、緋色の両肩に手を置いて大きく息を吸い、哲はこう言った。
「俺は自分の周りの人を守るために戦ってるんだ。なのに誰かを巻き込むなんて本末転倒だと思わないか?」
哲はそう言って「ちなみに今日は誰も撃ってない」と付け加えて緋色にピースサインを送った。
緋色は考える。どうしたら自分を巻き込んでもらえる?どうしたらテツテツは他人を頼るんだろう?
「私は守らなきゃいけないくらい弱いってこと?」
「そう言ってる」
「___調子に乗るなっ!」
緋色はどっちが謝っている立場なのかも忘れて大声を上げた。
炸裂する大音響とその犯人に教室中は目を丸くする。
「緋色・・・?」
「私は小さいころから剣術を仕込まれた。この現代で!銃になんか勝てるわけないのに、私は親からずっと剣のほうが強いって言われて、その通りに剣を振ってきた!」
緋色の目からぽろぽろ小粒の涙が流れる
哲はこれまで遭遇したことがない状況にまるで俺が泣かせたみたいじゃないかッ!と言わんばかりに目に見えてうろたえる。
緋色は演技でも何でもない。
どうしたら頼ってもらえるか、でもテツテツのほうが強いという思い。その葛藤の間で激しく揺れているのだ。
「わ、悪かった、落ち着いて。」
「スン、すん・・・」
周りの男子は時間通りに来た先生に事情を説明し、ここだけきれいにはぶられた。
成績だけはとっているのが災いした。たったの1回休むくらい問題ない。
___おい待て移動教室にするな勝手に。
目くばせすんなうなずくな静。___まったく!良くも悪くもうちの学校は自由過ぎる。
___行先はグラウンド、か・・・?外が騒がしいな。外に移動したか。この時間は誰もグラウンドを使わないはずだ。
いや移動早いな。
「緋色。」
名前を呼んだところ、少しぴくっと反応があった。
___お?これは手ごたえありか?
「___なあ緋色、放課後どっか行こうぜ」
おい俺。テンパるな。話し方が変だぞ。
とはいっても無理があるか。女子なんて苦手な方だし、相手は恐れく自分のせいでいじけてる。
「行くわよ、今すぐ」
良し、動いた。と思い椅子から立ち上がると、緋色が俺の腕に取り付いた。
先ほど述べたように、俺は女子が得意ではない。
「___何を・・・してるんです?」
「どうせあんたまた逃げるんだから離さないようにしてるのよ___私のこと見誤らないでよね。あんたより戦えるんだから
________離さないわよ」
緋色は哲の骨を折らんとするばかりに左腕を両手でギュっと締め付けた。
下からにらみつけてくる目線はもう威嚇とかそういうのではなく、単純に怒って拗ねているようだった。
そしてその表情をころっと変えて、女の子の顔に戻る。
その差に少し慣れない感情が吹き出しそうになって、思わず顔を背けた。
「ねえテツテツ、どこ行こうか?」
「誘った俺が決めていいのか?」
緋色は大きく頷いた。
やはり女子は苦手だ。いちいちどこを見たらいいのかわからない。顔を見たら目が合って気まずくなるし。
顔を前に向けたまま目線だけ緋色のほうに向ける。
「海が見たい。」
「_____海ね・・・」
この島の外周まで歩こう、と緋色が言ったので、それに従うことにした。緋色はなんだか浮かない顔をしている。
「・・・緋色」
緋色は反応がない。おそらくいい場所がないか必死に探しているんだろう。
頭を撫でてみて言葉を続けてみる。
「お前の剣は強い。多分、俺でも勝てない。」
「______っそんなことない!あなたのほうがずっと強い!」
「でも模擬戦は俺の全敗だ。誇っていい。」
「それでも!」
「誇るのは強者の特権だが、そこで謙遜するのは嫌味だぞ?」
緋色の頭を強めになでる。______緋色は黙ってしまった。
緋色の内心は穏やかではない。
________それならどうして頼ってくれないの?
ぐるぐると緋色の頭の中をかき乱していく。
緋色は哲に初めてほめてもらえたのだ。
厳しい家に育ち、剣術だけは誰にも負けないという自負とは裏腹にその師である父親や母親から褒められることはなかった。
怒られこそすれ、うまくできても次。次。次。
泣きそうだった。ここまでべた褒めされて、うれしいとは思わなかった。
もっと褒めてほしい。この人とできるだけ長くいたい。だんだん褒められることの比重が重くなってきていた。
だからこそ、頼ってほしい。
私の努力とささげた時間に、それに見合う価値が欲しい・・・・
哲は困った顔で緋色のことを見つめて、こういった。
「頼ってやる。お前のこと。」
緋色は一瞬目が輝いたが、本当に聞きたい言葉を聞くためにすぐに隠した。
私はあなたの本当の気持ちが知りたい。
ごまかしてたくさんの人を撃って自暴自棄になったあなたの言葉じゃなくて、本当のあなたの言葉。
「・・・一つ、聞かせて。」
哲は緋色の目を見た。
そしてまたすぐに海を見て、首を落とした後にハッキリと「どうぞ」とこっちに言ってきた。
少し心臓の鼓動が激しくなってきた。このために私はテツテツとかかわってきた。その目的が今達成されようとしている。
「あなたは、その力で何がしたいの?」
「・・・思ったよりまじめな話だな。好きな人がいるのかとか聞かれると思った。」
「それも気になるわ。」
緋色はさらに目を輝かせた。
言わなきゃよかったかもしれない。
「何がしたいか・・・」
哲は顎を触り、静かにうつむいた。緋色はそれを神妙な顔で見守る。
見たことない癖。
少し期待の気持ちが出てきた。
「戦いたい。誰かを守るために。_____手段は問わないから、どうにか。」
緋色は何となくがっかりした。もっとすごい秘密があって、私たちに隠した目的があって、みんなを守っているのだと。
______そして自分には、そんなことを同じ年の男子に期待していたのか、とがっかりした。
じゃあ私は何のために?一番がっかりしたのはそこだった。
こたえが、みつからない。
「最近はいろんなのが飛んでるんだ。海でそれが見たくて。」
そういった矢先に上空を何かがかすめていった。すぐそこまで近づいていた海のそばの手すりから身を乗り出す勢いで追いかける。
「なにあれ・・・」
「モーターでタービンを回して空を飛ぶ機械だよーーー要するに電動ジェットエンジンさ。」
ーーー空を飛ぶものが好きなのかな?
そう思った矢先、すさまじいエンジン音を響かせながら、真後ろの道路をバイクが駆け抜けていった。
「うるさいなぁ・・・」
前を向いて、驚いた。
テツテツが目を輝かせてバイクを目で追っているのだ。
「好きなの?バイク・・・」
「いや、エンジンが好きなんだ。」
テツテツはまた海に視線を戻した。
真下を大きなエンジンを身に着けた人影が通り過ぎていく。
この下には下の階層の空間に通じる通路があるのかもしれない。
「見た!?さっき通った時すごい風だった!」
「え、うん」
哲はずうっと空を飛ぶ人影を見つめている。
年頃の女子が隣にいるのに、と不貞腐れる緋色には目もくれない。
どうにか気を引いてやろうと緋色は躍起になった。
「きっとあれも誰かを守るために使われる。」
バッとまた風が吹いた。今度はあの人影のではなく、自然の力強い大きな風だ。
髪が風でなびき、ほかの通行人から見たら非常に絵になるのだが、哲はそれすら一切気に留める様子はない。
ふざけてるのかしら。どうして見てくれないの!?
___普段ならそう思っただろう。
でも、不思議と緋色はそんな風には感じなかった。
ここまでまっすぐな人に好かれたい。振り向かせて見せたい、と。
「海風のにおい。きっとずっと遠くから吹いてきてるんだろうな。」
「ふふ、ロマンチストなのね?」
「・・・まあ、そうなるのかな?」
哲がそっと緋色の手を片手で包み込んだ。
驚いた緋色と目が合うと、緋色は「かっこつけちゃって」と照れを隠した。テツテツは意に介さず「動こう。」といった。
___耳まで真っ赤。
緋色は口には出さなかった。
「あなたの家に行きたいわ。確か、喫茶店でしょ?」
今日は確か両親は海の向こうに仕入れに行ってるはずだ。
コーヒーとか少しの料理くらいだったら出せるけど・・・ここまで来て断るのもな。
「・・・わかった。結構距離あるけど、歩く?」
緋色は何も言わずに、ただ笑って大きく、大きく頷いた。
哲の家まで、時間ではかなりかかったはずだ。
混雑していなくて30分ほど歩いていたはずだけど、そんなに長く感じなかったのは会話に集中すると時間があっという間に過ぎてしまうからだろうね、と緋色は少し残念がりながら哲についていく。
「・・・緋色、もう帰った方が良い。」
「___へ?」
「俺の家が荒らされてる。間違いなく誰かが俺を待ってる。
___緋色に迷惑はかけられない。」
テツテツが何かつぶやいた。
「・・・?」
「___」
緋色はそこで止まってしまった。
止まって“しまった”と自覚した時にはもう遅かった。
テツテツの瞬発力はもはや物理法則の限界を行き、肉眼ではとらえられなかった。
___それはまさしく風のようだった。
「あ、ちょっと・・・!バカッ!」
いつも風のようにどこかへ消えていき、いつもいつも誰かを傷つけることでしか事態を解決できない。
でも怖い性格をしているわけではなくて、それしか手段を知らないだけの普通の同級生だと思ってずっと接してきた。
私にだけは心を許してくれてたと思ってたのに___いや?気にかけてくれていないなら、そもそも一緒に戦ってくれるんじゃないの?
「___そうね、そうよね・・・押してダメなら、さらに押す・・・!」
いつでも私はそうだ。後悔するときは余計に前を見る。
「やらない後悔より、やる後悔・・・!」
バッと風が起こった。
一般人には知覚できない風がすさまじい速さで吹き荒れ、あたり一帯を巡り巡る。
見つけた・・・!
「一人にはさせない・・・哲!」
________さて・・・どこにいるのかな?
哲は明かりのついていない部屋の中、足を進める。
「ふーん?」
哲は訝しんだ。
俺、いつも包丁はここに置くんだよな。
______ここにないってことは武器は包丁か。
これを使うってことは俺の拳銃を相手にすることは考慮していないはずだから、ここで俺が声を出してしまったことは・・・
______悪手だった!!
「シャァッ」
背後から迫っていた巨大な右手にそのまま外まではじき出された。
大きな窓ガラスを砕き、背中からアスファルトに転がった。
「帰りが早かったじゃねぇか・・・緋色はどうしたんだ?デート中だったろ?」
「見てたんだ。覗きは悪趣味だぞ?」
「多様性って言葉を知らねぇのかボンクラ。言ったもん勝ちさ」
龍樹
ピキッ。
確実に何かに、物理的にではないが何かにひびが入った音がした。
「お前もう撃たないんだろ?そのお飾りの銃でよぉ」
哲はホルスターから拳銃を取り出して放り投げた。
「二重加速」
「おっ_____」
その先の言葉は紡がれなかった。
膝を後ろから蹴られ、そのまま頭に照準を合わせ背中を踏みつけられている状況に理解が追い付かなかった。
「龍樹。お前の弱点は相手をなめ腐ってることだ。」
「相手に弱点を淡々と伝えるお前はどうなんだ」
「俺はなめてるんじゃない。見下してるんだ。お前をな」
哲のその言葉を切っ掛けに、龍樹の体が肥大化していく。
腕に関しては3倍近くまで肥大化して、もはや人の腕ではない。
昔の神話の本に出てくるような、化け物の腕だ。
そしてその力のまま、背中の上の俺の足ごと俺は押しのけられた。
「見上げろ、竦め。お前らごとき凡人に俺が負けることなんて、ない‼‼‼」
そしてさっきの俺を上回る速度でさらに背後をとられた。
_______おお、速ぇ・・・!
そしてそのままの速度で腕をこちらに振ってくる。
この一撃はクリーンヒットするんじゃないかと覚悟した直後。
___龍樹の腕が宙を舞っていた。
「______間に合った。」
緋色がいた。
髪を真っ赤に染め、その美しい剣の力を最大限に使いながら満足そうに笑ってこう言った。
「あなたは一人ではもう戦えない。____私抜きではもう戦えないわ。」
そして不敵な笑みを浮かべたままその美しい剣を敵に突き刺していく。
「バラの花ってきれいよね。でも棘がある。」
引き抜き、もう一度突きを放つ。
「パーフェクト・ローズ。この剣はほかのどんな剣にも劣らない・・・・・・最高の私の棘になる!」
緋色がそのまま左手を後ろに引くと、龍樹が悲鳴を上げながら姿を変えていく。
人のような姿に戻ったそれは、歯を食いしばりながらこちらに向かってくる。
「見ていてください・・・必ずやこいつらを消して見せます・・・・我が、神よォ‼‼」
緋色は自分の剣から逃れられたという事実に驚愕したと同時に恐怖した。
そして哲の方に向かったのを逃してしまったのだ。
「やばっ____」
「へえ、きみにも神様っているんだ。」
哲は依然として不敵な態度を崩さなかった。
速度に関する勝負ならだれにも負けない・・・!
龍樹___なのかあれ。人のような形なだけで凹凸がほぼない。___は高速移動を極めた姿に変え、その姿はまるで現実感がないが、どうやら俺がいる以上現実であるので・・・やれるだけのことはやろう。
「死ねッ」
「___多重連鎖加速」
______緋色だけにいい思いはさせない。と早口で詠唱を完了する。
世界最速の加速だと自負するこの剣武はもはやこれまでの加速とは次元が違う。
強力すぎるがゆえに体の一部にしか使えないが、このレベルの加速でのみ発生する輪のような模様を通ると・・・
______そのたびに速度は2乗。
全てを穿ち、何物をも打ち砕く物理最強のエネルギー量が発生する。
そしてそれを乗せた哲のミドルキックは_____龍樹のボディにクリーンヒットした。
「君にも神様がいるっていうなら___祈るといい。せめて楽に死ねるようにね。」
本音を言えば、できるだけお前の顔は見たくない。
そう言わんばかりに不可視の蹴りが龍樹を吹ッ飛ばした。
「___二度と顔を見せるな」
そのまま建物をはるかに超えた龍樹はどこかに消えていった。
あれで死んでないならきついだろうな・・・体はバラバラになってないし可能性はなくもない・・・
「哲___」
「ああ、緋色・・・無事____」
どす、という音がして緋色が倒れこんできた。
「疲れた。」
「・・・え?いや、そんなやわな体力じゃないだろ___」
「つ、か、れ、た‼‼」
結構力の入った拳がどすどすと胸に炸裂する。
「おま・・・痛ぇって!」
「馬鹿!バァァァカ!黙ってればいいのよ!」
ぼこぼこになった家の中を見、これからどうしようかと頭の中でぐるぐる思案していると緋色が「あ。」と口を開いた。
「たぶんあなたの親御さんだと思うけど・・・見かけたから通報しといたわよ。
___状態は・・・その・・・」
「気にしなくていい。いつかこうなるとは思ってた。____ずっと前からね。」
「______え?」
「_______もう、10年と少し前からだよ。」
わかってはいたけど___そうか。少し疲れたわ。
哲は黒光りする拳銃にそっと手を重ね、そのまま目を閉じた。