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小早川由香の場合2

「あ、あの、あたし、困ってて……もうどうしたらいいのか……学校の先輩にいじめられてて……それで……」

 あたしは必死になって今の状況を話そうとした。

 先輩の彼氏に誘われて映画を観に行っただけなのに、それが先輩にばれて酷く怒られた事。誘ってきたのは彼氏の方だし、ただ映画を観に行っただけなのに。

 それから先輩やその友達に毎日のようにいじめに遭っている事、学校の中で会えば髪の毛を引っ張られたり、悪口を言われたり、ビッチとか、淫乱とかそんな噂まで流されてる事なんかを話した。

 それに……毎晩、悪夢を見る。髪の毛を振り乱した先輩があたしの肩に噛みついてくる夢だ。それはもの凄く痛くて、あまりの痛みに目が覚める。


「それで賑やかなのね、あなたの後ろ」

 と薔薇子様が言った。

「え?」

「あなたと同じ制服を着た女子があなたの肩にくっついてるわ」

「え!?」

 あたしは身体をブルブルと揺さぶった。

「先輩が? じゃ、じゃあ、先輩、ずっと学校を休んでるんですけど死……」

「いいえ、死んではいないわね。つまり生き霊。あなたを恨む気持ちが強すぎて身体を抜け出してしまったのね。学校を休んでるのは、恨みが身体に負担をかけているんでしょう。もう起き上がる事も出来ないはず。遠くなくお亡くなりになるわね」

「そ、そんな……何であたしなんですか? 誘ってきたのは彼氏からだし、映画を観に行っただけなのに……」

 ポーンと高いピアノの音が響いた。

「そうねぇ、結婚してるわけでもないのに、たかが映画を見に行っただけなのにねぇ」

「そ、そうなんです! 先輩の彼氏の方は全然元気なんですよ! なのにあたしだけ?」

「うふふ」

 と薔薇子様が笑った。

「あなた、ご自分の事、綺麗だと思ってるでしょう? 学校でもモテるんでしょうね? とっても可愛いお顔だもの」

「え。ええ、まあ」

 お人形のような綺麗な薔薇子様にそう言われると少し戸惑うけど、モテるっていうのは間違いなかったし、学校内でも可愛い女子グループにいるし、雑誌の読モをやった事もある。中学、高校通して何人もに告白されたし、自分から告っても振られた事なんか無い。

「だから、悪いのは先輩の彼氏であって、映画に付き合った自分は少しも悪くないと思ってる? お友達としてその男子に付き合っただけだから?」

「え、ええ、そうです。生き霊に取り憑かれるなんて……そんな目に遭うほどじゃなくないですか? 憑くなら先輩の彼氏に憑けばいいじゃないですか? 悪いのは先輩の彼氏なんだから」

「そうねぇ、それがあなたの理屈ならここに何の相談にいらしたのかしら?」

「え?」

 薔薇子様はうふふと笑った。

「そういうご立派な理屈をお持ちなら、生き霊なんか気にせずにいるべきだわ」

「え、だって、噛みつくんですよ? 夜中に噛みつかれる痛みで目が覚めるほどなんです」

 この人、何言ってるんだろう、と思った。

 生き霊が憑いてるなんて冗談じゃないし、分かってるならどうにかしてくれればいいのに! このところほとんど寝ていない。うとうとすればもの凄い肩の痛みで目が覚める。

 どうしていいか分からなくて、絵美のママに相談したら、良い霊能者がいるって紹介してもらったのに!! 役立たずじゃないの!

「た、高い相談料とって、助言がそれなの?」

「だってあなたは先輩に申し訳ないと思う気持ちも、謝る気持ちもないのでしょう? 私は悪くないもん、それがあなたの理屈なのでしょう? それなら先輩が生き霊になるほどあなたを恨む気持ちも先輩の理屈ですわね。先輩の気が済むまでおつきあいしてさしあげたらどうかしら。先輩の恨みが消えるまでそのままか、もしかしたら先輩の方が力を使い果たして先にお亡くなりになるかもしれないわ。そしたら……うふふ」

「そしたら?」

「あなたが死ぬまで心置きなくあなたの側にいられますわね。ずっと。あなたの一生に寄り添って。悪霊となって」


 全身にぞぞっと悪寒が走った。

「一生?」

「それは先輩のお気持ち次第ですわ。善悪なんてたいした問題じゃないんですのよ。あなたが誰彼構わずおつきあいするのも、先輩が浮気性の彼氏よりもあなたを恨むのも。たいした事じゃありませんわ。それであなたが生き霊につきまとわれても、先輩がそれで生気を奪われて死に至ろうとも、あなたがたがそれぞれの理屈を通しただけですもの」

 薔薇子様はポーンポーンとピアノのキーを鳴らした。

 それから両手でピアノの鍵盤を叩き始めた。

 暗い、もの悲しい曲が流れ出した。

 レクイエムというのはこういう曲なのかもしれないと思った。

 その暗く悲しい曲を聴いているうちに眠たくなってしまた。

 けど、眠ったらまた先輩に肩を噛まれる……でもちょっとだけ、ちょっとだけ。

 ソファの肘掛けにもたれて目を瞑る。

 薔薇子様も何も言わずにピアノを弾き続けている。

 ソファにもたれているあたしの耳元で声がする

(ひどい……楽しみにしてた映画……前売り券も買って慶君がいける日を待ってたのに……他の子と行くなんて……酷い……小早川なんて可愛いって評判でモテてるんだから、何も人の彼氏と……遊ぶ相手はいくらでもいるじゃないの……酷い、悲しい……)

 同じ台詞が延々と耳元でリピートされた。

 そっかぁ、先輩、楽しみにしてた映画だったんだ。そう思うと悪い事しちゃったな。

(許さない……慶君も酷い……けど、小早川も許さない)

「痛っ!」

 先輩が大きな口を開けて、あたしの肩に噛みついた。

 先輩の歯はギザギザで鋭かった。

 顔ももう先輩じゃなくて、猿とか犬とかの獣が混じったような醜い顔になっていたし、獣臭がした。それはとても臭く、喉の奥げっと鳴った。


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