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契約解除の代償

「……契約は解除されました。残念です。

 最初に説明した通り、あなたはもう二度と、使い魔と契約出来ない身体になりました」


「なんだと! 強い使い魔をつれ歩く予定だったのに、こんな虫けらのせいで!」


 男は倒れた椅子を持って、ブンブン振り回した。狭い室内あちこちに当たって大きな音をたてる。

 マリンがヒラヒラ飛んで逃げ回っている。


「落ち着いて下さい! 危ないから振り回さないで!」


 タンクが低い唸り声を出しながらビビアナに、噛んでいいかと視線を向ける。それに首を振った時、椅子がマリンの羽に僅かに当たり、身体が揺らいだ。バランスを崩したマリンに椅子がぶつかりそうになって、思わずビビアナは手を伸ばした。

 マリンを両手で捕まえて、椅子がぶつかる衝撃を身体を丸めて待ち構える。

 しかし、椅子はビビアナにぶつかることはなかった。


「なんだ、お前は!」


 ビビアナが顔をあげると、いつの間にかリュカがいた。


 片手で椅子を掴み、片手でタンクの牙を受け止めながら、ひどく冷たい表情で男を見つめている。 


「お前は……僕のビビアナを傷付けようとしたのか」


 リュカを纏う空気がどんどん冷たくなって、真冬の空気のように、息が白くなるほど冷えていく。


「ひっ! 何なんだ」


 椅子から手を離した男は、リュカから距離を取ろうと逃げる。狭い室内ではそれもかなわず、すぐに追い詰められた。

 片手だけで男の頭を掴み、足が浮くほど持ち上げる。

 

「う……うう……」


 男の顔色が赤黒くなり、呻く口から泡が出た。

 リュカが何かしているのか、息が出来ていないようだ。このままだと男は死んでしまう……。


「リュカ、止めて!」


 リュカは一瞬ビビアナを見て、あっさり手を離した。

 男の身体がドサリと落ち、激しく咳き込んでいる。命に別状はなさそうだ。

 咳きが落ち着かないうちに、店の入口まで這いながら逃げていく。


「お、お前ら……絶対に許さないからな!」


 掠れた絞り出した声で叫んで、ドアから外に出て行った。


「……いいの? あれを放っておいて」


 リュカがまだ冷たい空気を纏いながら、ビビアナを見た。

 一瞬息を飲んで頭上を見上げると、マリンがヒラヒラ飛んでドアに向かって行った。


「マリンに任せよう……」


「……そうか」







「ちくしょう! 何なんだあの化け物はっ!」


 震える足で地面を這いながら、何とか店を出た男は、悪態をつきながらも森を抜けようと必死だった。


 強い使い魔が欲しいと思っていた。自分の思う通りに動く使い魔がいれば、獰猛な魔物を従えていれば、世間から注目を浴びることが出来るだろう。たまご屋の女が連れている狼のような、強そうな魔物がいい。自分の隣に侍らせたら、どんなに気分がいいだろうか。

 それなのに自分の元にやって来たのは、虫けらだった。確かに羽は綺麗な色だ。だが、虫は虫だ。強そうな魔物と正反対で、全くの期待はずれだ。

 しかもその虫のせいで、二度と使い魔と契約出来ないとは。


「虫も腹が立つし、黒髪のヤツはもっと腹が立つ!」


 物凄く綺麗な外見の黒髪の少年だった。


 なぜだか分からないが恐ろしかった。身体が勝手にガタガタ震えた。


 それが圧倒的強者を前にした弱者の本能だとは、男は知らない。


 男の頭上に、大きな海色の蝶が飛んでいた。


 蝶が羽を振る度に、青くキラキラ光る粉が降ってくる。


 森の外へ逃げようとしていた男は、思わず足を止めた。


「これは……どういうことだ!」


 辺りは一瞬にして夜の森に変わったのだ。

 今の今まで、木々の隙間から日の光が漏れているくらいだったのに、今は闇につつまれている。


 夜の森が危険なことは常識だ。よほど腕に自信がない限り、一人歩きなんて無謀だ。

 遠くで動物の鳴き声がする。よく響く力強い遠吠えは狼だろうか。

 たまご屋にいた狼の牙を思い出して、男の身体がガタガタと震えた。


「くそっ!」


 震える足を叩いて、何とか歩き出す。早く森を抜けなければ。

 昼は高価な魔物避けの効果で、丸腰でも大丈夫だったが、夜の凶暴な魔物は防ぎきれない。


「くそ、くそ、くそぉっ!」


 その時、男の前に青く光る蝶が現れた。

 闇の中でぼんやりと光る蝶の姿の美しさに、一瞬息を飲み、ニヤリと笑う。


「ふはははっ! お前みたいな虫けらでも役に立つなんてなぁ……。

 おい、虫! このまま森の外まで案内しろ。役に立つならお前を俺の使い魔にしてやろう」


 蝶がヒラヒラ揺れて、辺り一面に光る鱗粉が降り注ぐ。


「ぐっ……ぁ……何だ?」


 身体中に激痛が走った。皮膚をグサグサと針で刺されているようだ。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 いつの間にか夜ではなくなり、森は元の明るさを取り戻していた。


 青い蝶は、痛みにのたうち回る男の頭上をヒラヒラと飛んで、森の中に飛んで行った。






「あ、マリンが帰って来た!」


 振り回した椅子で、散らかった部屋を片付けていたビビアナは、窓から入ってきた青い蝶に微笑んだ。


「気が済んだか?」


 リュカに答えるように、ヒラヒラ飛んで頭の上に止まる。

 まるで青いリボンを付けているようで、ビビアナは吹き出してしまった。


「ふふふっ……マリンくっつけて、似合う……ふふふっ」


「ビビアナの方が似合うけどね」


 頭のマリンを手に乗せて、ビビアナの頭に乗せる。


「ほら、可愛い」


 チュッとビビアナの額にキスをした。


「な、な、何してるの~~っ!」


「キス。大好きの証明だよ。ビビアナが好きだ。 本当はもっと練っとりと濃厚なキスを教えてあげたいけど……まだ我慢する。

 ……だから、危険な時も、悲しい時も、安心して僕の名前を呼んで。ね?」


 綺麗な顔でニッコリ微笑まれると、心臓がドキドキする。

 リュカがわざとそんな事を言っているのは知っている。

 この後、起こる出来事にビビアナの気持ちが沈みすぎないように。一人で押し潰されないように。

 リュカが側にいてくれる。


 クロスパピヨンのマリンはビビアナの頭から飛び立って、ビビアナとリュカの頭上をヒラヒラ飛んだ。そしてタンクの鼻先に止まる。


「……もう、行っちゃうんだね」


 今回の契約解除はキュウビのフローラの時とは違う。心の繋がりのない状態での契約解除は、使い魔にも負担が大きい。


 マリンの青い海色の羽が、徐々に霞がかっていく。

 どんどんマリンの姿が薄くなる。


 マリンは白地に真っ赤なマーブル模様の卵から生まれて来た。卵の色から、てっきり赤い身体の魔物が生まれて来ると思っていたビビアナは、青い蝶が生まれて驚いたのだ。

 慌てて付けた名前は、海の色、マリンブルーの羽から付けたマリン。


 その海色が霞の中に消えて行くのを、じっと見つめていた。

 マリンの姿が完全に消えた後、タンクは鼻先をペロリと舐めた。


「また生まれておいで。今度はきっといい人が見つかるよ……」


 流れた涙は、リュカにペロリと舐められた。

 




 翌日。


「ビビアナ~~! ちょっと来て」


 リュカに呼ばれて急いで向かうと、タンクも一緒に待っていた。


「何? 二人してどうしたの?」


「うん。あのさ……今朝、卵を一つ持って帰ったよね……」


 リュカもタンクも一人一個ルールをきちんと守っていて、今朝も一つずつ持って帰って来た。


「実は……今朝はもう一つ見つけちゃって。ビビアナが怒るかなぁって思ったから、タンクにくくりつけてたんだ」


「えっ?」


 タンクの首にはビビアナのショールがくくりつけられていた。

 通りで……今朝からタンクの姿はお尻としっぽしか見なかった訳だ。隠してたのか。


「その卵がさ、動いてるんだけど……」


「なんですって……。すぐ出して! 今すぐ出して!」


 慌てて取り出した卵はタンクの毛皮で温められて、ホカホカだ。


「えっ? この卵って……」


 白地に真っ赤なマーブル模様。

 見覚えのある柄だ。

 似たような柄はいくつもあるのは分かっているが、これは……。


 卵が崩れ、中から出て来たのは、青い海色の蝶で……。


「ええっ? マリン!?」


 その瞬間、契約紋が発動し、海色の蝶に刻まれた。


「……短いお別れだったね」


 リュカが悪戯が成功した少年のように笑った。



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