表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

ふわふわの貴婦人

 契約紋を刻んだ魔物は、各自好きなところで生活し、呼ばれた時にビビアナの元に来る。


「……ねぇ、リュカ。普通、魔物は好きなところに行くでしょう。ここにずっといたりしないよね」


「僕のいたい場所はビビアナの側だから」


 にっこり笑顔で言われてしまっては、何も言い返せない。




 野菜たっぷりのスープを器に注いで、パンを用意する。

 食卓に並べるとリュカがスープにふぅふぅと息を吹きかけていた。かなりの猫舌のようで、毎朝お馴染みの光景だ。


「……ねぇ、リュカ。普通、魔物は調理した物を食べたりしないよね」


「さぁ、どうかな。僕は食べるよ。ビビアナと一瞬に食べたいし」


 にっこり笑顔で言われてしまっては、何も言い返せない。




 夜ベッドに入ろうとすると、リュカも当たり前のように一緒に布団に入ろうとする。


「ちょ、ちょ、ちょっと! リュカ! 普通は男女一緒に寝たりしないのっ!」


「僕は人間じゃないし、ビビアナと一緒に寝たい!」


 いつになく必死なリュカは、強引にベッドに潜り込んで、にっこり笑顔を浮かべた。


「いやいやいや! 流されないから! 布団が必要なら隣の部屋のベッドを使って!」


「ええっ! あんなに毎日一緒に寝たのに、今さら駄目だなんて、ひどいよ!」


「卵の時の話でしょ!」


「卵の僕は良くて、今の僕が駄目なんて、可笑しいよ!」


「可笑しくありません!」


 タンクに協力してもらいながら、リュカを部屋の外に押し出すことに成功した。

 寝る前にどっと疲労が増してベッドに倒れ込む。


「一緒に寝るとか……」


 そんなの、まるで恋人同士みたいではないか!

 リュカは人間ではないが、見た目は美少年で、金色に光る美しい角があって、瞳が綺麗で、優しくて……そんなリュカと恋人だなんて……。


「ないないないないっ!」


 ボッと顔に熱が集まり、ビビアナはベッドの上をゴロゴロと転がった。




 明朝、頬がむず痒くてビビアナは目を瞑ったまま、意識だけぼんやり目を覚ました。

 頭がまだ覚醒していない状態で、首の辺りに引っ付いた柔らかい毛並みを撫でる。何度か撫でて、ふと違和感に気がついた。


(タンクの毛並みってこんなに柔らかかったっけ?)


 嫌な予感がして、パチリと目を開ける。

 何故か身体が身動き出来ずに、顔だけ少し動かして首もとを見ると、黒い柔らかい髪と、発光する金色の角が目に入った。


「きゃーっ! なんでリュカぁーーっ!?」


 リュカに抱きしめられながら寝ているなんて、夜のうちに何があったのだろう。


「ん……、ビビアナいい子いい子。もう少し寝てよぅね」


 寝ぼけてグズる子供を寝かし付けるように、ビビアナの頭を撫で、ついでに頬にチュッとキスをした。


「りゅかぁーーっ!」


 真っ赤な顔で叫んでも、抱きしめる腕を解いてくれない。それどころか目も開けていない。

 寝ぼけて全部無意識なのだろうか。


「リュ~~カ~~。起きなさぁい!!」


 叫んだ瞬間、金色の瞳が突然カッと見開いた。


「ひっ!」


 驚いてビビアナの喉から可笑しな音が漏れる。


 リュカは腕の中のビビアナをみて、蕩けるような笑みを浮かべた。

 耳元で少し掠れた声でおはようとささやいた。


(ヤバい! 寝起きの色気、いろいろヤバい気がする!)


 心臓が激しく動いて、口から出てきそうだ。

 顔を最大に真っ赤にしながら、身体をカチンコチンに固くする以外に、羞恥に対する対処法がビビアナにはない。


「夜、寂しくなって一緒に寝ただけだよ。頬にキス意外は何もしてないから安心して。

 ビビアナの純潔はまだ健在だよ。近いうち僕が貰うつもりだけど、昨夜は手を出してないから。


 ……だからいい加減に離れてくれないかな、タンク」


 リュカのお尻にタンクが噛みついていた。


 タンクのおかげで心臓が口から出なくて済んだ。






 昼もだいぶ過ぎた頃、リュカが何もない空間をじっと見つめた。

 少しだけ目を細め、金の角が淡く光る。


「どうしたの?」


 珍しい様子に首をかしげると、ビビアナをグイッと抱き寄せる。


「えっ? リュカ?」


 今さっきビビアナがいた場所の頭上が強く光り、そこから炎が吹き出した。

 リュカが抱き寄せなければ、ビビアナは頭から炎に包まれていただろう。


「……どういうこと?」


 目の前に激しい炎が燃え上がっているのに、熱が全く感じない。

 炎は渦になって一塊になるとパンッと弾けて消えた。


 炎が消えた場所には、一匹の魔物がいた。


「あなたは……」


 魔物はキツネのような身体で、身体より大きなしっぽがふさふさしている。

 赤い瞳はどこか気品があり、クルンと空中で宙返りをした。

 野生の魔物ではなさそうだ。


「へぇ。キュウビか……」


 魔物はリュカの前に来ると、頭を下に下げる。その仕草は高貴な貴婦人が優雅にお辞儀しているようだ。

 リュカは満足そうに口角を上げた。


「このキュウビ、そこそこ育ってるけど……ビビアナの契約紋じゃないな。それに契約紋が消えかけてる」


「あ! もしかしてあなた……」


 本棚にある、ビビアナの祖父の魔物図鑑で見たことがある。

 祖父が孵したキュウビは、隣国のある高貴な女性の使い魔になった筈。その高貴な女性が寿命を迎え、こうして戻って来たのか。


「あなたは、キュウビのフローラ?」


 祖父のつけた契約名を呼ぶと、キュウビは優雅にお辞儀をする。

 フローラで正解だったようだ。


 通常主人を亡くした使い魔は、そのまま自由に好きなところに消えることが多い。このキュウビのように、生まれたたまご屋に戻って来ることは少数だ。

 キュウビは長寿な種族だから……というのも関係しているのかもしれない。

 戻って来たということは、また誰かに使える気持ちがあるということだ。


「お役目を全うしたのね。ご苦労様でした」


 祖父の孵した魔物ということは、五十年は使い魔として主人に使えたということだ。五十年連れ添った主人を亡くして、更にまた他の主人に使える意思があるなんて、きっと前の主人との関係が素晴らしく良好だったのだろう。


「私の契約紋を刻んでもいいのかな?」


 フローラはまたお辞儀をする。その度にふさふさのしっぽが揺れて優雅だ。


「じゃあ、いきます」


 ビビアナの濃紺の瞳とフローラの赤い瞳が交わる。五十年刻まれていた祖父の契約紋が外れ、変わりにビビアナの瞳から契約紋が発動する。


「あなたはフローラ。キュウビのフローラ。」


 契約紋が赤い瞳に吸い込まれ、あっという間にフローラの瞳に刻まれた。

 契約名は祖父がつけた名をそのまま使った。

 祖父が孵したキュウビをビビアナが受け継ぐ。祖父のことは顔も覚えていないが、何だか胸が温かい。


「いい人が見つかるといいね。これからよろしくね、フローラ」


 フローラはキュイーンと高い声で一声鳴いて、炎に包まれて消えた。



 うーんと唸ったリュカを見ると、顎に指をかけて何か考えている。ビビアナとさほど見た目年齢は変わらないのに、そんな少し大人びた仕草が似合っていて、ドキリとした。

 こんなことでいちいちドキドキしていたら身が持たない。早く同じ家に他人がいる生活に慣れなくては。


「……どうかした?」


 聞くとリュカの唸りは止まる。


「たまご屋がつける契約名について考えていたんだけど……。

 今のキュウビの契約名はビビアナの先々代がつけた名だよね。ビビアナの先祖にしては、ずいぶん可愛らしい名前をつけたなぁって思って」


「祖父は……昔好きだった女性の名前を契約名に使ってたらしいよ。

 父は、食べ物の名前をよく使ってたなぁ」


 プリンとかチョコとかキャンディとか……甘そうな名前をよくつけていた。見るからに獰猛そうな魔物に、クッキーちゃんだなんて甘く可愛らしい名前をよくつけていた。


「……ビビアナもあらかじめ考えておいた方がいいよ」


 行き当たりばったりな名前をつけている、ビビアナの名付けセンスはひどい物だった。

 ビビアナが契約名をつける度に、隣でリュカがため息をついているのは、もちろん気付いていた。


「……頑張ります」


 他に言葉は見つからなかった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ