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人型の魔物は癖が強い

 ビビアナは本棚から一番分厚い本を取り出した。

 

『世界の魔物図鑑』


 子供の頃からよく読んだ本だ。

 世界中の様々な魔物が描かれていて、一般的な魔物から幻と呼ばれる魔物まで、幅広く掲載されている。たまご屋としての知識の多くが、この本から得た物だ。


 卵から生まれる魔物は、野生の魔物と異なり必ず色違いで生まれる。一つとして同じ個体がないので、生まれた個体の特徴を詳細に描き写し、独自の魔物図鑑になっていく。ビビアナの父が残した魔物図鑑も、ビビアナには貴重な教科書だ。


「ええと、人型の魔物……人型の魔物……確かこの辺りに……」


 魔物図鑑をペラペラ捲って、目当てのページを探す。

 何度も見た本とはいえ、卵から孵化する魔物以外は流し読み程度しかしていない。特に人型の魔物なんて、卵からは絶対に生まれないと言われていたのだ。ビビアナも、目の前でリュカが卵から出て来なかったら、信じられなかっただろう。


 人型は力も知能も、他の魔物と比べ物にならないほど優れている。人型と人獣型は他の魔物と区別されて『魔族』と呼ばれることもある。


 魔物の卵は、魔物自身から生まれる訳ではないと言われている。

 何かの条件が揃った時に、自然に何もない空間から現れると言われている。断定出来ないのは、誰も真実を確かめる術がないからだ。

 そうして出来た卵は、たまご屋が孵化させないかぎり、また自然に消滅する。


 ビビアナは卵が消滅する瞬間を見たことがある。

 たまご屋を継いで間もない頃、白地にクリーム色の渦巻き模様の卵が、孵卵器の中で急激に温度が下がっていった。あと数日で孵化出来る状態の卵だったのに、どうしても温度の低下を止めることは出来ない。本棚で父の残した本を調べても原因が分からなかった。

 その卵は、その日のうちに孵卵器から消滅したのだ。ビビアナの目の前で、少量の煙を出して、孵卵器から存在を消した。


 それからビビアナは、孵化直前の卵を自分の手のひらで包むことにしている。万が一消えてしまっても、その卵が存在した証人になりたくて……完全に自己満足だが。


「あった! 人型の魔物……ええと、吸血鬼、淫魔、夢魔、人狼……まだまだいるな……」


 リュカはどの種族だろう。いろいろ質問したいことがあったのに、ビビアナがリュカの頬をひっぱたいてから、どうにも本人に聞きづらくなってしまった。

 それならば自分で調べるしかないと思って、魔物図鑑を見てみたが……。


「吸血鬼は違うような……血をちょうだいって言われたことないし。

 淫魔……は違うと思いたい。うんうん。

 夢魔は……夢の内容なんて覚えてないし分からないな……。

 人狼って感じも違う気がする……」


「ふ~~ん。ビビアナはそういう奴等に興味あるんだ……」


「リュカ!」


 突然背後に現れたリュカに驚いて、少し飛び上がってしまった。やましいことはないのに、つい魔物図鑑を腕で隠してしまったのは何故だろう。


 リュカは少し機嫌が悪いようだ。形よい唇を尖らせた。元々少年の域を出ていない容姿で子供っぽい仕草をすると、綺麗な顔が可愛い印象になる。あまり見つめすぎるのも気まずくて、さりげなく視線を外した。

 それが気に入らなかったのか、リュカの金色の瞳がスッと細くなって空気が冷たくなる。また少し機嫌を損ねたようだ。


「……吸血鬼ね。あいつらナルシストで変態だよ? 極度の偏食だし。暇さえあれば鏡を見てる。

 淫魔なんて、ビビアナは手を繋がれただけで妊娠しちゃうよ? 気をつけて。

 夢魔は……殴られると恍惚の表情になる変態だから、近づかない方がいい。

 人狼は満月以外は基本的に無害だけど、無口すぎてなに考えているか分からない。


 ……ビビアナはそういう奴等が好みなの?」 


「いやいや、そういう訳じゃなくて……」


 慌てて否定すると、リュカの雰囲気が少し柔らかくなった。


「……僕にしておきなよ。可笑しな性癖もないし、何よりビビアナが大好きなんだよ? おすすめだと思うよ」


「うっ……」


 リュカがとたんに色っぽい雰囲気を纏う。

 この雰囲気が少し苦手だ。心臓が痛いくらいにドキドキする。


 やっぱりリュカは淫魔か何かじゃないだろうか。それならばドキドキするのも納得だ。何しろ手を繋ぐだけで妊娠するらしいから。そういえば、手を繋いだことがある……あれはなかったことにしよう。


「赤くなっちゃって、可愛いなぁ。

 でもね、そんなに警戒されると傷付くよ。僕達、一緒にお風呂に入った仲なのに……」


「それは! 卵の時の話でしょ!」


「一緒の布団で寝たよね。ビビアナの寝顔が可愛くて、いろいろ我慢するのが大変だったな」


「だから! 卵の時です!」


 リュカは卵の時の事を覚えているようで……と言うことは、お腹に肌身離さず卵をくくりつけていた事も覚えているだろう。


(うわぁ、恥ずかしい)


 お腹が減ってグゥと鳴ったことも、食べ過ぎてポンポンになったお腹も、リュカは知っているのだ。

 両手で顔を隠してしゃがみ込んだビビアナを見て、リュカはクスリと笑った。 


「可愛いすぎ。抱きしめてもいい?」


「っ!!」


 慌てて駄目だと言う前に、店のドアベルが鳴った。

 ビビアナは弾かれたようにスクッと立ち上がる。


「お客さんだ!」


 普段のビビアナからは考えられない程の速さで、リュカの前から消えてしまった。

 机の上の魔物図鑑に目を向けて、ページをペラペラ捲ってみる。


「この本、情報が足りないな……」


 ペンを持つと、図鑑に書き込みを加えた。


 吸血鬼……幼女趣味。バラ風呂が好き。

 淫魔……熟女、熟男好き。下着は着けない。

 夢魔……親父の夢を好む。筋肉好き。

 人狼……繊細で打たれ弱い。汗っかき。


「よし。こんな感じかな」


 リュカは満足げに頷いて、ビビアナの後を追った。






「まぁ、なんてちっぽけな店かしら。庭師の物置小屋くらいしかないわ」


 店に入って来たのは、若い女だった。

 赤みの強い豊かな髪。一見して分かる仕立てのいいワンピース。

 男の後から剣を腰に下げた大柄な男が二人、入店して来る。どう見てもお嬢様と護衛三人組と言う感じだ。


「しかもこんな森の中に店があるだなんて、聞いてないわ」


 お嬢様が高原でピクニック……のような服装では、森の中では不釣り合いだ。

 ビビアナは乾いた笑いを浮かべながら「いらっしゃいませ」と声をかけた。

 お嬢様がビビアナに目を向けた時、もう一度ドアが開いて、もう一人若い男性が入店した。


「こらこら、アンジェラ。お前が無理矢理ついて来たんじゃないか」


 アンジェラと呼ばれた女性と同じ赤毛に、シンプルだが質の良さを隠せない服装をした男が、ニコニコと笑顔で近づいて来る。


「初めまして。妹が失礼を……。

 私はレオニール。お忍びゆえ、家名は控えさせてもらうよ」


「あ……はい。私はたまご屋の店主、ビビアナです」


「店主ですって~~? あなたが?」


 すかさずアンジェラが割り込んできた。

 まだ年若いビビアナが店主だと知ると、侮った態度に出る客も少なくない。タンクがピクリと反応し、ビビアナの前に出た。タンクを見たアンジェラが、言葉を飲み込んで一歩後ろに下がる。


「……本日はどなたの使い魔をお探しでしょうか」


「ああ、ここにいる全員に使い魔を探したい」


 赤毛の兄妹と護衛二人、合計四人。


「使い魔についてご存知かもしれませんが、今一度確認の為にもお話させていただきます。

 使い魔を人間が選ぶことは出来ません。使い魔が使える人間を選びます」


「ええっ? 私が私に相応しい使い魔を選ぶとばかり……」


 アンジェラは知らなかったようだ。最初に伝えておかないと、後々厄介なことになりかねない。


「では、狭い店なので、この場で注意事項を説明させていただきます。


 使い魔は道具ではありません。使い魔を害すようなことがあれば、あなたの身の保証は出来ません。その場合、もう二度と使い魔と契約出来ない身体となります。

 ……よろしいですか?」


 レオニールと二人の護衛はすんなりと頷いたが、アンジェラは明らかに嫌そうな顔をしてる。


「アンジェラ様はお辞めになりますか?」


 アンジェラはレオニールに無理矢理ついて来たと言っていた。無理に進めるつもりはない。


「や、やるわよ!」


 四人全員の使い魔選びが決定した。




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