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使い魔、頑張ります

 真っ赤な顔で息を詰めるビビアナの姿が可愛くて、リュカはこっそり微笑んだ。

 キュッと固く結ばれた唇に顔を寄せる。わざと息を吹き掛けると、ビビアナの身体がビクリと震えた。


 唇に唇が重なる…………瞬間。


 バチーーーン!!


「っ!!」


 派手な音とともに、頬に衝撃が走る。

 ビビアナの平手打ちが頬にぶつかったのだと理解したのは、濃紺の瞳を見開いて驚いた顔をしたビビアナを見たからだ。

 頬は全く痛みはないが、拒まれた事実は胸が痛む。


「あ……っ。ご、ごめんなさいっ!!」


 無意識だったのだろう。自分の手を押さえてオロオロしているビビアナの手を取って、撫でた。

 先ほどまで真っ赤だった顔が、今は青白い。人を叩いたのは初めてなのかもしれない。


「……いや、僕の方こそごめんね。ビビアナに会えたことが嬉しすぎて……無茶なこと言っちゃった。

 だから……」


 さっきから地味に足が重くて痛い。


「だから、このデスウルフを退かしてくれるかな」


 足を持ちあげると、ふくらはぎに噛み付いたデスウルフの前足も一緒に持ち上がった。


「えっ? うわぁ、タンク! 噛み付いたら駄目よ!」


 ビビアナが慌ててタンクを引き離しにかかるが、がっちり牙をくい込ませたまま、なかなか離れようとしない。普通なら、とっくに足が引きちぎられているだろう。それほどデスウルフの牙は強力だ。


 ビビアナが何度もタンクに呼び掛けて、ようやく牙が抜かれた。ズボンに穴があいていた。


「だ、大丈夫? 足も……頬も……」


「うん。足は平気だよ」


 オロオロと心配するビビアナに安心して欲しくて、ニコリと笑った。

 デスウルフの牙の威力は、主人であるビビアナもよく知っているようで、いくら大丈夫と言っても信用していないようだ。


「救急箱を持って来るから待ってて!」


 バタバタと走って行った。



 ビビアナがいなくなるとデスウルフのタンクは、床に伏せて不服そうな目をしている。金色の瞳を細めると、伏せながらも低い唸り声を出した。


「……いい使い魔だね、君は。ビビアナを守ろうとしたんだろ? 僕に噛み付くなんて、普通は出来ないよ。……その勇気に免じて、噛み付いたことは目をつむっておいてあげる」


 タンクはすくっと立ち上がり、ビビアナの後を追って行った。







「救急箱、救急箱、どこだっけ……」


 ビビアナは救急箱を探しながら、気まずい気持ちでいっぱいだった。

 自分でキスを了承したのに、命の恩人のリュカの頬を思い切り叩いてしまった。叩いた手が熱を持ってジンジンする。


 頬を叩いた時のリュカの表情は、少し悲しそうだった。

 リュカに大好きだなんて言われて、恥ずかしかったが、嬉しくもあったのだ。

 気まずくて逃げるようにリュカの側を離れて来た。

 怒っているだろうか。あきれられただろうか。嫌いになっただろうか。


「救急箱あった!」


 タンクが噛み付いた足は大丈夫だと言っていたが、大丈夫な訳がない。森の魔物をあの鋭い牙で仕留めるところを何度も見ている。しかもビビアナが孵化させたタンクは、野生のデスウルフにない特性を持っている。

 毒があるのだ。

 深く噛み付くと、牙から毒を流れて瞬時に全身に行き渡る。強力な毒だ。


 ビビアナがリュカから逃げようとしたから、リュカを敵と判断したタンクは噛み付いた。全部自分のせいだ。

 情けなくて涙が出てくる。

 いつの間にか側に来ていたタンクが、ビビアナの涙を嘗めた。ふわふわのタンクの毛並みを撫でると、心が落ち着く。


「……しっかりしなくちゃ」


 自分の頬を両手でパシッと叩いて気合いを入れて、救急箱を持ってリュカのところに戻った。






「さぁ、足を出して」


 椅子にリュカを座らせて、穴のあいたズボンを膝まで捲った。

 リュカはニコニコしながら、言われるままにビビアナに従っている。


「リュカ……これはどういうことかな……?」 


 リュカの足は、牙が食い込んだ部分が若干赤くなっているくらいで、傷も血も何もなかった。心配していた毒も影響がないのか、皮膚の色も変わらないし、身体も動いているようだ。


「ね? 大丈夫だったでしょ。デスウルフごときの牙じゃあ、僕は傷つかないよ」


 確かに、ビビアナの契約紋を跳ね返すだけの力をリュカは持っている。しかし森の中では向かうところ敵なしのタンクが、傷もつけられないとなると……リュカ自身の特性か、単に圧倒的な力量の差か。


「……でも、頬は少し痛いかな」


「あ……ごめんなさい」


 思わず目を反らすと、リュカはクスリと笑った。


「可愛い顔するね。……ビビアナが撫でてくれたら治るかも」


 ビビアナとリュカの目がピタリと合った。金色の瞳にはからかう様子は見られない。


 リュカの頬に手を添えると、少しヒヤリとしたリュカの体温が伝わる。すべすべの頬を壊れ物を触るように撫でると、金色の瞳が嬉しそうに細められた。


「リュカ、角が……」


 金色の角が発光している。卵が光っていた時と同じだ。


「ああ、気持ちが騒いじゃって……。ビビアナが触れてくれるのが、僕は嬉しいんだ」


 真っ直ぐなリュカの言葉に、ビビアナの頬は赤くなった。リュカが可愛いと呟くものだから、どんどん顔に熱が集まる。

 リュカの頬から手を離そうとすると、手首をやんわり掴まれて頬に固定

される。手首に全く痛みはないのに、頬の位置から動かなくなった。

 ビビアナの手にリュカは自分の頬を擦り付け、それから手のひらにチュッとキスをする。


「ひゃっ」


 突然のリュカの唇の感触に思わず可笑しな悲鳴が漏れた。

 一度では終らず、何度もチュッチュッと繰り返す。


「ち、ちょっと。やめてよ!」


 ビビアナの契約紋が瞳に入っているにもかかわらず、制止の声は届かないらしい。キスどころか、指先に舌を這わせた。ぬるりとした感触に背筋がぞくぞくする。


「……っだめ! リュカ、やだ……」


 リュカの舌の動きが止まった。

 金色の瞳がスッと細められると、リュカを纏う雰囲気が一瞬で変わった。周りの空気が一段冷えた気がする。


「だからさぁ……噛み付くの止めてくれない?」


 ビビアナの手首をつかんでいたリュカの肘に、タンクが噛みついてぶら下がっていた。



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